冒険に異世界を求めるのは間違っているだろうか   作:その辺の人

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夜風に呼ばれて

高い白壁の続く17階層の一部屋。嘆きの大壁と呼ばれる18階層への降り口に差し掛かり、フレイヤの駒は足を止めた。

常人には気付けない見た目のそれは、景色に慣れを感じる程度にはダンジョンへ潜っていたこの男も初めてみるものであった。

 

壁を見上げると、白い本がこぶのように張り付いている。

明らかに人工的な見た目であり、良くみればわずかに表紙が開いたり閉じたりしている。何か模様が見えるが、磨かれた大理石のように天井の明かりを反射し、うまく読み取れない。

嘆きの大壁には入っておらず、あくまで部屋の外から上級冒険者の視力をもって観察していた。それでもこちらに気付いたのか、本は元から小さかった動きを完全に止めた。

本というのが引っ掛かる。我が主が笑いをこらえきれず話したイタズラの内容は、新しい英雄譚が出ると言う話ではなかったか。

(あの御方を一目で釘付けにした男…今は図らずともこちらと同じ狙いが見える動きをしている、らしいが…焚き付けたか、そこまで折り込み済みか。)

 

見る限り、あれはモンスターか魔法道具。モンスターが人工物の姿をとるのは珍しく、階層主専用の発生場所である嘆きの大壁で発生したとあればその亜種と見る他無いが、本来ゴライアスと呼ばれるそれは巨大な骸骨である。あまりに特徴が違う。

その他の場所で発生し、この仮初めの安全地帯に居座った可能性は有るが、それでさえ覚えにない出来事。

やはり魔法道具としての線が濃い。誰が設置した。いつからある。目的は。効果は。すべてが全くの謎だった。

 

歩いて近寄ってみる。真下に立ち、見上げた先に本がある。やはり何も起こらない。何かを鍵に動くのか。この場所の特性から考えるに階層主の発生が引き金か。であるなら先ほど動いていたのは何なのか。

 

ここまで来て無害ならば、もう四角い石と見分けのつかないあれをどうする気もない。

(今は目的を果たすのみ。襲い来るなら、相手をしても良かったが。)

前例のない事態には違いなかったが、ここは常識の外、ダンジョンである。無数の謎をいちいち調べあげるのは変わり者だけだ。

危害がなければ用はなく、ギルドへ報告するつもりもない。強いて言えば、未だ浮かれ続けている主への、土産話の一つくらいにはなったかもしれない。

 

これ以上は時間の無駄と割りきった男は踵を返し、何事もなかったかのように歩き出した。

はるか格下の駆け出し冒険者が女神の寵愛に相応しいか、試す。それだけの為に。

 

ーーーー

 

昼寝しすぎたバッツは夕方目が覚めた。暇潰しに心配しているかもしれないシヴァへ顔を見せるために街へ出ると、すぐに襲ってきた空腹に耐えきれずリューの店へ行く約束を思い出し、寄ることにした。

 

(つい出てきたやつの声が聞こえちゃったけど…かわいい女の子がいっぱいだから人気って、この店怪しくないか?)

「あ!バッツさんすみません!助けてください!」

「どうした!?」

 

((ロキ・ファミリアを黙らせた人だ…シル、なんてやつを連れて来た…))

「なあ、何で俺がこんなこと…」

「暇って言ったじゃないですか!今さら文句は言いっこ無しですよ!」

「よろしくニャ、イケメンなら売られた少年の身代わりだろうとむしろウェルカムニャ。あいつらびびってるけど無視でいいニャ。」

「仕方ない、これもベルの訓練のためだ。」

「お前たち!おしゃべりが増えたんじゃ余計邪魔なだけだよ!」

「ミア!今日はよろしくな。」

((よ、呼び捨てだと…!?))

「ほう、お前さん、骨がありそうだね。シル、良い子を連れてきたじゃないか。」

((気に入られてる…))

「こいつには力仕事から押し付けな!他に手が足りなきゃ教えればこなせるだろう、あたしが言うんだ。容赦は無しだよ!」

((何者なんだ?))

「バッツだ。みんな、よろしくな!」

(鎖骨から大胸筋にかけてはだけている…)

(健康的な腕…)

(太もも…尻のラインは見えそうで見えないニャ…)

「…ふん。バッツ、悪いけど着替えとくれ。」

((余計なことを…))

「え?何で。」

「お前のせいじゃないが、厨房じゃ油も飛ぶ。あっちで頼むよ。」

((適当な理由つけやがって…))

(ナイトで良いか。防具は外しておこう。)

「こんなんでいいか?」

((早い!のぞく暇がなかった…))

「良いじゃないか。その服どうしたんだい。」

「とっておきさ。気にしないでくれ。じゃあ早速、掃除からでいいか?」

「…ああ。シル、あとは頼んだよ。」

「お任せください!」

 

ーーーー

 

夜。

知らぬ間にバッツを犠牲にしてホームへ戻ったベルの顔は、呆けていた。

誰に話しかけたわけでもないが、動揺が口をついて出た。

「アイズ・ヴァレンシュタイン、レベル6…」

 

装備を置いたベルは、3人で使うには小さいテーブルを見て、こうしてそろって夕食を囲めるというだけで気分がやわらいだ。

我ながらなんとも言えない大雑把な盛り付けの野菜はいつも通りによく水気を切った。誰が見てもかろうじてじゃが丸くんを受け止めるためのものであると分かるはずだ。早い者勝ちではいつもバッツが一人で半分食べてしまうため、ちゃんと数を決めたのはいつだったろう。

ヘスティアは今日とてバイト詰め。すぐにいつもの匂いとともに帰ってくるだろう。

 

(…バッツはきっとたくさん失敗してきたんだろうけど、そうは見えないよ。あの人も…)

雲の上を行く黄金色の輝きを思うと、自然と訓練を反芻してしまう。体の使い方を気にしていたアイズと違い、バッツから見て足りないのは精神的なもののようだ。心の鍛え方なんて、ファミリア入団のあの日と同じくらい、大きな壁かもしれない。

 

肌寒い風が香ばしい匂いを運んで来た。地下にあるこの部屋は、入り口が開かれると光が入ったり、風が入って分かりやすい。この時間に開けるのは、我が家の主だけだ。

「ただいま!」

「おかえりなさい!」

「今日はいつものと、新作の実験でミートベリー味も貰った!」

「初めてのいい匂いだ…」

「確かに、昨日までハズレ続きだった…苦節10日、ようやく心を一つにしたお店のみんなで頑張ったのさ!これはじゃが丸くん史上類を見ない、高級路線の傑作になるだろうね!」

(意外と短い苦節だ…あとはシルさんが健康志向極まるあの味付けを止めてくれれば…いや、これで釣り合いが取れてると思っておこう。うん。)

 

神様は小さく柔らかそうな手で、ガサツな日頃とは違い優しく盛り付けていく。やはりおばちゃんの指導が染み付いているのだろうか。

「どうしたんだい、ベル君。そんなにじっと見つめられると、僕の手は穴が開いちゃうぜ。」

「僕とは違って、動きに無駄がないですね。」

 

神様はふうと一息すると、じゃが丸くんを取り出し終えた袋をたたみ、立ち上がってこちらを見下ろした。低い身長のせいで顎を引いただけにしか見えなかったが。

「ボクが神様だって忘れてないかい?」

「神様はいつだって神様です。」

隣に座られた。肩を捕まれ、逃げられない所にずいっと顔を寄せてくる。自分の顔が赤くなってくるのが分かる。

「よろしい。ではベル君。悩みを打ち明けたまえ。」

 

ただでさえ落ちていく気分を自覚しているのに切り込まれては息さえ詰まる。憧れのアイズ・ヴァレンシュタインどころか、寝食を共にする同期との差が激しすぎるなど、誰もが分かりきっているだろう。相談し辛い。

「調子悪いのはずっと伝わってたからね。そろそろちゃんと助けさせて欲しいんだよ。今が神様らしくかっこつけるチャンスなのさ。」

わかって聞いてきているのかが分からない。バッツには同じように相談させず、ステイタスを未だ更新しないのは意味深に感じてきた。

それでも多くを見通しているのだろうと信じて思いの丈を話すことにし、思わず頭を掻いた。

「正直、背中も見えないんです…あの人も、この人も、僕には遠すぎます。」

 

口角が上がる神様からは、それとなくズレた余裕を感じる。

「良くできた兄弟をもつとそれはそれで苦労するって訳かい?ボクも似たようなもんで、天界ではそんな状況にあぐらをかいてぐうたらし放題だったさ。それはそれは心地よかった。君もそうしてみたらどうだい?」

思った通りだが、休めと言うのは正しいのだろう。神様の兄弟というのは、人間と同じと思ってはいけない気がする。

 

これ以上神様とバッツの心配事を増やしたくない。でも、元気に振る舞ってくれる二人には早く恩返ししたいから、今は頑張って正直に。

「僕は、自分に自信が持てないんです…」

神様は安心した表情で肩を上げた。

「ふうん。思った通りだ。」

ここ数日、心の中に大軍勢でなだれ込んできた貧弱の2文字が笑い飛ばされた。それなりに気にしていたので流されても困る。思わず相手にしてもらえないのかと深い息を吐くと、笑顔で両肩に手を置かれた。

「いいね、よーくきくんだ!…」

 

ーーーー

 

一応の夕食を振る舞われ、タダ働きを終えて豊穣の女主人を後にしようとしたバッツは、シルとリューに見送られながら開いたドアの向こうで再び捕まった。

手を小さく動かし、他に誰も分からないような仕草で器用に挨拶してきた小人と目を会わせると、わずかに表情を明るくして寄ってきた。

「やっと見つけた。毎日通ったかいがあったよ。元気にしていたかな。」

「フィン。どうしたんだ。」

「約束を、もう一度と思ってね。」

 

未だここに来てからのことをはっきりと思い出せてはいない。事情は知っているはずの相手なので誤魔化すことはしない。

アイズの話ではこの男が団長らしい。ベルのように若い団長というのは、そんなに珍しくないのだろうか。

「約束?悪いけど覚えてないんだ。」

「ダンジョンに潜らないか。僕たちロキ・ファミリアはこれから50階層より深く、みんなで遠征に行くんだ。僕だけ先に道を見ておこうと思うんだけど、途中まで一緒にどうかな。」

 

同時に何十人もの冒険者が息を合わせて進むなど想像がつかない。これが未知の領域を開拓する正しいやり方なのだろう。深層と呼ばれる程なら何十日もかかるかもしれない。分からないものだらけで人の生きていけるところではなさそうだ。興味をそそられ、食後の眠気は来そうになかった。

「俺は10階層までしか行ったことないぞ。地図だけなら持ってるけどな。」

「じゃあ18階層かな。レベル1なら絶対行くべきではない所だけど、君がアイズの言う通りなら問題なく地下の町までたどり着けるだろう。」

 

レベル1での18階層入りなど自殺行為であるとエイナから大声で聞かされてはいるが、フィンがいるなら問題ないだろう。なにせアイズが言う自分より強い人のうちの一人らしい。

そんなことよりエイナの語る18階層を想像すると楽しそうでしかたがなかったのを思い出した。

「聞いたぞ、ダンジョンの中に町があるんだよな!…よし、ベルも明日の訓練が終わったら休まないといけないし、それまでに帰ればいいか。」

「ふふっ、決まりだね。僕も槍のひとつは持っておきたいし、バベルをのぼって軽く装備を調える。そのとき話したいこともある。」

「分かった。じゃあまた!」

 

全力で駆け出した白い背中はあっという間に通りの暗闇へ消えた。自分のレベル2の団員と比べても遜色ない加速は逆に違和感がある。

(快諾だ。あまりにアイズの言う通りで思わず笑ってしまった。全く躊躇しないな、彼は。…妙に必死だったラウルにロキの指示を聞かされてから指も少し疼くし、遠征前で動けるのは今しかない。あとは暁の4戦士の尻尾さえ掴めれば上々か。)

 

ーーーー

 

急いで戻ったホームで、ダンジョンに潜る約束があったので今から行って戻るのは明日だと伝えた。薬と地図を入れた鞄を背負い、唯一のおしゃれかもしれない石細工の魔石灯を腰に下げる。帰りを待っていたとはいえ状況に追い付けず固まる二人には目もくれず、あっという間に支度は終わった。

「と言うわけで、行ってくる!」

 

熟練の早支度を思わずぽかんと見守っていたヘスティアは慌てて立ち上がった。

「夜は危ないんだ!ただでさえ病み上がりなのに、そんなの許すと思うのかい!?」

「頼む!もうバベルで待たせてるんだ。」

やたらと大人しく見つめてくるベルは、潤んだ目で口をぱくぱくとしてまごついている。夜の安全より気になることがあるらしい。

「も、もしかして、ア、アイズさん?」

「おしい!お前とおんなじ、子供の団長さんだ。」

 

潤んだ目は瞬きする度に落ち着いていった。

「おしい?団長?…勇者フィン・ディムナ!?」

「へえ、ロキのとこの団長も子供なのか…」

「違います!レベル6だし、小人だけど子供なんかじゃないですよ!」

(ベル君がいるから話せないし、向こうの団長が直接接触してきた。良いことなはずがない。…今から下手に邪魔しても悪い方にしか行かないか。仕方ない、バッツを送り出して、明日あいつの顔をひっぱたいてでも狙いを聞き出してやる。)

 

「子供にしか見えなかったけどなー。」

「絶対本人に言わないでよ!今からでも怒らせないように断った方が…」

「うーん。そんなに凄い人がついてるならいいか。とりあえず、ファミリア間での揉め事だけは厳禁!それだけは忘れないように!」

「神様!?なんで見送ろうとしてるんですか!?」

「分かってくれたか、ありがとう。」

「分からないよ!なんでそんなことになるのさ!」

「楽しそうだから!フィンのことなら、忘れたからわからん。」

「あ…」

「気にするなって。それより約束を破って怒らせるのはまずいんだろ?」

「…気を付けてね。絶対無理しないでよ。」

「ああ、いってきます!」

部屋が広くなり、残された二人はまたこの光景かと思った。そして彼の危機の前兆だと認めたくはなかった。

 

バッツを見送って静まり返ったホームは、珍しくベルの希望で魔石灯の弱い明かりをつけっぱなしていた。

明日、訓練の最終日にそなえてなんとか寝ようと奮闘するベルを、心配慣れし始めたヘスティアは静かに見つめて可愛がっている。

ついに閉じ続けていたまぶたをぱっちりと開いてしまったベルに話しかける。

「なあベル君。バッツは何階層まで行くと思う?」

「嫌なこときかないでください…ああ、お腹いたくなってきた…」

「さあほら、僕の胸でお眠り。」

「ごめんなさい。ここでいいです。バッツの布団で。」

「…バッツにはかなわないなあ。」

「そんなつもりじゃ…ごめんなさい。」

「良いんだよ。ボクもそっち行くから。」

「…はい。」

(最近のバッツはベル君とのスキンシップを増やしてくれるから感謝してたけど、これはやり過ぎだ。思い出したら全部吐いてもらうからね。)

 

 




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