冒険に異世界を求めるのは間違っているだろうか 作:その辺の人
スピード感が欲しい。
「今日は、魔法を使っても、良いよ。」
「え?」
「きっともうできる。左手の魔法と右手のナイフ。」
「え、え?」
「…守るのは、煮詰まった。」
「あぁ…」
「君は、攻撃の当て方に集中した方がいい。」
「ありがとうございます?」
「煮詰まったって言うのは、今の君の体をいっぱいに使ってるってこと。言うことなしだよ。」
「ありがとうございます!!」
「…でも、バッツの真似はダメだよ。あれはバッツにしか出来ない。」
「はい。身に染みてます。」
「あれは私にも無理だから。」
「え?」
「むしろ教えてほしい。」
「ん?」
「…なにかおかしなこと言った?」
「え?…え?」
「…え?」
「「え?」」
「「なんだかごめんなさい。」」
「「…ふふふ。」」
「私、バッツみたいになりたい。秘密にしてね。」
「…理由を、聞いてもいいですか?」
「空を飛んでるみたいで、強くて。…真っ直ぐ見ててくれる。」
「見ててくれるんですか。」
「うん。」
「僕は、ちょっと怒ってるんです。すぐどっか行っちゃうし、危ないことしてみんなを心配させるから。」
「…そうだね。ごめんなさい。」
「あ、ああ、もうあのミノタウロスのことは良いですから!忘れてください!ね?怒ってないです!なんならゆ、ゆるし…」
「そうじゃないの。それもだけど…ごめんなさい。」
「…はい。」
「…はじめよう。教わったこと、全部見せてね。」
「はい!」
ーーーー
「その切り払いは、当てないつもりで軽く振った方がいい。自分から疲れちゃうと負けるから。」
「…はい。」
「そのあとのファイアボルトは必ず当てるつもりでね。」
「あれは一応本命でした…はは。」
(ここにはバッツがいる。お互いどうしても意識してる。理由はきっと違うけど。それにしても…)
アイズは、初日に比べてベルにずいぶんと剣が届かなくなったとしみじみ思った。高速で動く剣先を追わず、気後れせずに根元から反らす事を覚え、短刀の握りも力が抜けた。叩き込んだ基本がここに来て体に合ってきたようだ。
こちらの肩を見て合わせようとする必死さは速度の差を埋める熟練者の発想で、バッツの入れ知恵に違いない。故に過剰に集中しているとすぐフェイントに引っ掛かるのも明確な改善点だったが、今教えても酷なことだ。恐らく既に同年代で追い付ける者はいない成長を見せているのだから。十分限界を越え続けている。
少年の魔力の回復を待つ小休止中、目を閉じて思う。
本気で進み続ける彼に、我流の剣で教え込んで良いのか。
バッツはなんだって経験だと言っていたが、私だって教わりたいくらいなのだ。それがどうしてリヴェリアと約束を。なんなら嫌がるレフィーヤさえ乗ってしまいそうだった。
なぜなのか。あの腕で魔法の方が得意なのか。私の無愛想が招いた結果か。いや、私はバッツと似ているらしい。これはフィンでも分からなかった事だ。きっと良い事だ。では私は同じようなものしかあげられないから求められないのか。訂正しよう、似ているのは悪い事だ。
そうじゃない。分かっている。
「私が怪我をさせたから…」
目を開くと、覗き込んでいた少年の目が見開かれた。
「え…?」
自制が効かない。吐露する口を押さえる気にすらならない。
「私が、バッツを…」
「と、突然何を…」
私はだめだ。許しより、罰が欲しい。
「君を見てるの、思ったより辛いね。」
「そんな、もっと頑張りますから。」
「じゃあ、聞いて。」
少年は察したようだった。こらえる準備が見てとれる。自分でも何が起こるかはもうわからない。
「「…」」
「君にしたことと同じくらい、すごく悪いことをしたの。」
「や、止めてください。」
喉がつまる。怯える顔を見てやはり辛くなった。それでも、伝えなければ。この遠征で最前線に立つ以上、無事に終われる保証はないのだから。
「私がバッツの記憶を壊した。」
震える声が弾けた。
「止めてよ!!」
立ち上がる顔を追って見上げる。風に流された少年の涙を頬で受け止めた。
「私は…」
「僕なんかに教えてくれるのは!そういうことだったんだ!」
これでいい。彼は知らなくてはならず、私は罰されなければならない。それでも、別れの予感に悲しみが溢れてしまう。
「必ず償うから…」
自分が涙している事には気付けなかった。私が彼の立場なら、ずるいと思う。少年は一歩下がって歯を食いしばった。
「ご、ごめんなさい…」
「いいの。…君は、正しい。」
「そんな…あたるつもりは…僕は…!」
「君には知って欲しかった。」
「う、うう…」
他にやれることと言えば、応援だけだ。この二人を相手に、後悔だけはしたくない。
「…強くいてほしい。」
「っ!」
「バッツには止められてたけど、これが私の気持ち。」
「何で…」
「秘密には、しなくてもいいよ。」
「「…」」
「…許します。」
「…何で。」
「似合いませんよ。悲しいのは。」
「止めて。」
「約束します。僕は強くなります。だから振り向かないでください。」
(私は怒ってるからこうしてここにいられるの。そんなこと言わないで。)
少年の目が立ち上がれと訴えてくる。答えなければならない。ゆっくり下がると同時に私は構えた。
「信じさせて。」
「…いきます。」
その日、戻ったバッツをベルは笑顔で迎えた。
ーーーー
翌日。
「行ってきます!」
「ちょっと!まだ途中…ふう。」
元気になったみたいで良かった。耐久がやたらと上がっちゃって。それに器用も。敏捷より高いってことは、君はやられた数以上の技術を盗んだわけだ。…より過激に憧れちゃったりもしちゃってるみたいだけど!
でも、気を付けるんだよ。嫌な予感がするんだ。
…バッツはボクより先にこれを感じ取っていたから君を…そういえばバッツは?
昨日は皆一緒におやすみって…あれ?
「また一人で抜け出して!もう許さないぞ!」
ーーーー
「で、どうして誰にも秘密で連れてきたんだ。」
ギルドの地下、街を守る為に祈祷を捧げるギルドの長ウラノスの目の前で、バッツは珍しく苛ついていた。
腕を組み、爪先で床を鳴らす。返事は真っ黒な人の形のローブからする、生き物かも判然としない乾いた声だった。
「すまない。ここにつれてくる必要はあったが、今である必要はなかったかもしれない。だが私の悲願を叶えられると分かったら、いてもたっても、いられなかった。」
「俺はラムウと話したいんだ。お前は誰なんだ。」
「そうだな、すまない。私はフェルズ。愚者を名乗っている。ラムウ殿は現在充電中だ。」
「充電?」
「食事だ。自分でそう言っていたのでな。」
「そうか。じゃあ仕方ないな。また来るよ。」
「待ってほしい。」
「今日はベルといるって決めてるんだ。次にしてくれよ。今頃気付いて二人とも怒ってる。」
「すまなかった。ひとつだけ教えてくれ。モンスターの友がいるのは本当か?」
「ああ。ボコにシルドラ、他にもいる。」
「迷わず答えてくれて助かった。希望が沸いてくるよ。」
「…なんだかわからないけど、頑張れ。」
「ああ…出口はこっちだ。」
「ところでウラノスってこの話聞こえてるのか?もしかして寝てる?」
「…ウラノス神は祈っているのだ。気にせずとも良い。」
「そうか。またな。ラムウを頼むよ。」
「…任された。」
「お!今喋ったぞ!聞いたか?」
「静かにしないか。」
「ではこの先が外だ。一方的で悪いが、また用があれば私が行く。」
「そうか。つぎは暇なときにしてくれよな。って、消えた…入り口も消えた。凄い!秘密基地か!」
「おお良いところに!フィンに聞いてるやろ、うちらは今日から遠征!でな、もう色々思うと胸が張り裂けそうなんや…!心細いから一緒に見送って!そのあとは絵本の読み聞かせなんてええなあ。」
「もう!帰してくれよ!」
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ダンジョン9階層。ベルは強化された体を確かめるように全身の感覚を意識しながら草を散らし、岩を蹴る。リリから見たその動きは、短刀のリーチなど気にならないほどで、気付けば魔石を壁際に集め、いちいち側に戻って来ては目を会わせる余裕さえあった。
(インプって、こんなに遅かったかな…それに、気づいたら踏み込んでる。なんで大丈夫って思ったんだろう。怖い感じがしないから?)
「ベル様凄いです!目で追えません!」
バッツから教わった剣技が少しは上手くいっているらしい。からだの動きを囮に視覚を揺さぶり、調子をつかませない先制攻撃。単純でも相手が本能的なら、思い通りとはいかずとも有利に働いてくれる。
ほどなく群れを突破し、初めて上達を実感した。あの二人のしごきは自分が無力に感じていけない。厳しすぎたと今さら気付いたが、感謝の方が強い。
「同じレベルのバッツともとんでもない差がある。あの人はどれだけ遠いかな…」
「どうかしましたか?」
リリはそそくさと魔石を回収し、安全を確認すると健気に駆け寄ってきた。低いステイタスでこの立ち回りを癖になるほど身に付けているのは本当に凄いと思った。経験と知識、リリもお手本にして追い越さなければならない。
「僕はいま、どのくらい強くなったんだろうって。」
「十分な上達だと思いますが…バッツさんはここに来るまでの旅の経験が凄まじいのでしょう、比べても仕方がありません。リリも全力でお力添えします。」
今さらだが、キラーアントの群から助けたあの日以来、彼女は道具の買い出しからこうした戦闘後の気遣いまで何かと積極的だ。だがまた見捨てられるのを恐れてのことだとは思えない。事実深くかぶっていたフードを浅くして、可愛らしいくりっとした目を隠すことは無くなっている。
「ありがとう。じゃあこのくらいは、ファイアボルト無しで頑張らないとね。」
「使えるものは、使った方がよいのでは?」
「そう思う?精神疲労を気にしすぎかな。大丈夫、無理はしないよ。」
「ベル様は、バッツさんのようになりたいのですか。」
「うーん。目標は別。でも、何でもやらないと、絶対たどり着けないから。」
「…お聞きしても良いでしょうか。」
「どうしたの改まって…!?」
地鳴りを感じ、反射的に体が固まった。
この感覚、忘れるはずもない。
僕の顔をみたリリの体が強ばる。彼女を守るんだ。息の仕方を思い出せ。すくんだ足を動かさなければ。
走れ。もうすぐそこだ。僕を殺しに来る。
あの日、初めてだった冒険の終わりを告げた、蹄の重い音が響いてきた。
「ま、また死ぬのは嫌だ。」
「…?」
「リリ。…ミノタウロスだ。」
きっと勝てない。目標はリリを無事に返して、生きて帰ること。
どうする。足が動かない。心臓は破裂しそうだ。このまま行けばあの日と同じ。本当に終わってしまう。
息をしろ。息を!
「えいっ!」
ぱんと頬が鳴って視界が揺れる。自然と肩が開いて空気が喉を通った。
「何を…」
「逃げるんです!」
守らなければいけない少女に背中を押されていたら話にならない。足の震えも止まってくれた。蹄の音は近い。ならばやることは一つ。
「ありがとう。でももう近すぎるみたいだ。…リリは早く行って。」
「嫌です!リリがいないと息も出来ないような人を放って置けませんよ…!」
「…じゃあ、矢とポーションをありったけ使う準備だ。僕はいつもよりずっと離れるけど、投げて届く?」
「任せてください。地の果てまで届けます…死ぬときは一緒ですよ?」
「ありがとう。でもそれだけはナシ!」
突き当たりから重く踏み締める音が響く。大きな角が見える。全身に血管の浮いた巨体が当然のようにこちらへ向き、血走った目で僕をにらんだ。
僕は胸を膨ませ、あいつは顎を上げた。
あの日とは違う。もう絶対に目は反らさない。
ふたつの咆哮が、ここを修羅場に定めた。