冒険に異世界を求めるのは間違っているだろうか 作:その辺の人
ある日の朝、ベル・クラネルの個人情報を容赦なく叫んだギルド職員がいた。
オラリオ史上最速レベルアップ記録更新の情報が響き渡った瞬間である。
その後の詳細なベルの報告に、叫んだばかりのエイナの精神はさらに揺さぶられることとなる。
「エイナさんもわからなかったみたいですけど、幸運にします!」
「うん!それがいいと思うよ。」
「バッツの方はどうだった?」
「アイズの特訓が良かったみたいだ。」
「と、言うことは…」
「レベルアップだ!」
「やったあ!一緒にレベルが上がるなんてすごいや!」
「君たちは本当に良くやってるよ。じゃあベル君、横になって。」
いつもの調子で背中に血を垂らし、新たに加護を刻む。少年の背中に馬乗りになって無駄にさすりまくり、無駄にゆったりと作業する女神の表情は喜びに満ちていた。
つつがなく終え、紙に書き記した新しいステイタスをベルに渡すヘスティア。バッツの方はヘスティアの配慮でベルがエイナと話に行っていた最中に既に行っている。
「運が良くなったってことは、必ずエレメントアタックが出せるようになるかな。」
「なにそれ。」
「いい風が吹いてるとな…」
「バッツ!」
「おっと!」
「ふたりとも、どうしたの?」
「今のは無し。秘密だったんだ。」
「いつかね。いつか話せるようになるから。今のは無しだようん。最近とっても口が緩いみたいだから、バッツはもっと気を付けるんだ。」
「いったい何を…」
「続けよう!君には念願の!ふ、いや、一つ目の!スキルが!」
「え!?」
「これを読みたまえ!」
「アルゴノゥト…」
ベルは新たなスキルを声に出して読み上げた。
当然喜んだがそれもつかの間、英雄願望の名をつぶやくバッツとあふれる微笑みを隠しもしないヘスティアの表情で悟ってしまう。
あまりに突然の、あけすけ極まる少年心の露出。あっという間に赤くなったベルは逃げるように飛び込んだ部屋の隅で膝を抱えた。
バッツはベルがやっと顔を上げたところを見計らってこぼした。
「英雄か…俺もやってみたいな。どんなアビリティだろう。」
ズレた発言に思わず二人は目を丸くする。
「「どういう感想なの…?バッツ…」」
「ヒーローなんてジョブ、やってみたいだろ。やっぱりボコが言ってたみたいに光を飛ばしてダッシュとかキックで戦うんだろうな。」
ベルはあやしてくれたヘスティアの手を押しのけ、思わず立ち上がった。
「仕事じゃないんだ!もっと、頑張ったら気付いたら呼ばれる感じの、こう…」
「でも、想像したろ?マスクが似合ってて、でっかいマント!」
「うっ。た、確かに…光る剣、空を飛んだり…」
「あっという間に流されたねベル君…」
もうベルの顔は赤くない。手持ちぶさたに空を遊ぶ手を眺めながら男の子ってこんなもんなのかとヘスティアは思った。
「うう…」
「いじめるつもりはなかったんだ。ただな、俺もいろんな人に教わったけど、みんなかっこよかった。」
ベルの目が期待に光る。旅の話を聞くのはここ最近の楽しみの中でも特にお気に入りだった。
ヘスティアは爆弾発言のカウントダウンに自慢の黒髪を震わせる。
「うん、そうだよね。」
「それにな、そんないいものじゃないかもしれないぞ。」
「え?」
「バッツ!」
「おっと!」
「またそれ!?」
「気を付けてよ!本当に大事なことなんだから。」
日の高さが分からずとも昼を告げる腹の虫が鳴く。こんなに大きな音を出すのは一人しかいない。
バッツは二人の視線に恥ずかしがる素振りもなかった。
「そろそろ昼か。用事があるんだろ?」
「もうそんな時間かあ。しょうもない集まりだけどね。二人のためにボクは頑張るよ。」
「ただの名付け会だろ?楽しそうじゃないか。そんなに緊張するなよ。」
「何ですか?名付け会って。」
ヘスティアはこれから参加するデミトゥスについて簡単に説明した。
主に神々が顔を会わせるだけの集まりだが、ファミリア代表同士の交流としての面も強いためいくつかのイベントも行われる。その中のひとつにレベルが上がった者の二つ名を決める会議があり、冒険者が身内でなければとことん他人事だと思っている神々を中心に盛り上がる企画らしい。
「僕も冒険者らしくなれる!」
「いまでも立派にやれてるさ。」
「それでもなの!醍醐味だよ!特別な名前!神様、僕はどんな名前でも一生大事にします!」
「うっ…全身全霊でいい名前を勝ち取ってくるよ…!」
「俺のも頑張れ。でもまずはベルのに全力で頼む。」
(馬鹿言うんじゃない!緊張の原因のほとんどは君が目立たないかどうかなんだ!)
送りだしてくれる二人のなんと素敵な笑顔だろう。この期待には答えなければならないと靴を舐める覚悟を決めたヘスティアだった。
「ベル、英雄の本好きだったよな。話してくれよ。」
「…今、丁度思い出したんだ。僕のスキルと同じアルゴノゥトっていうんだけど…」
ーーーー
「今回はうち、ロキが進行するで。早速やけど近況報告や!ハイそこのキミ!」
「ソーマ君ギルドに趣味没収されて今は部屋の隅で死にそうらしいよ!」
「あれがなくなるのは残念過ぎるのでみんなで救ってあげましょう。じゃあ次や。そこの。」
「ラキア、また攻めてくる準備してるぞ。」
「外の連中な。ウラノスには言っとく。はい次!無いな?じゃ、命名式いくで。」
「なんかあいつの進行凄く早くない?ヘファイストス。嫌な予感がするよ。」
「私にどんでん返しは期待しないでね。一柱分は味方するから。」
「ありがとう。」
一人目からあんまりにあんまりな名前が付き、ヘスティアは握った両手に汗が滲む。3人目が終わる頃には水さえ喉を通らなくなった。
友であるタケミカヅチが先に膝を付く。お気の毒様としか言いようがない。
その後も順調に名付けは進み、気づけば死屍累々の有り様である。アイズ・ヴァレンシュタインのレベル6達成の報告では盛り上がったが、ロキの一喝で新たに二つ名が付くことは無かった。力あるファミリアならではの立ち回りをヘスティアは少し羨ましく思った。
問題が起こったのはその後だった。名付けとは別の話になるのは分かっていたが、ヘスティアに言い訳など用意出来ているはずもない。
更なる追い討ちもしっかり用意されていた。ロキの読み上げた名前に、隣のヘファイストスも手で口を押さえた。
最後の生け贄のごとく名を上げられたのは、ベル・クラネルとバッツ・クラウザー。
…おかしい。バッツのことはギルドに報告していないはずだ。というよりそんな事をする間がなかった。今朝判明して、すぐにレベルを上げてしまったのだから。
写しの顔に何を思ったか露骨に舌なめずりする音が周囲でいくつも聞こえ、不快でしかたがない。そんな中で堂々とロキに叩きつけられる疑問は、全会一致の興味の的だった。
「どんな手を使って1ヶ月そこらでやってのけた?常軌を逸して余りあるやろ。こんなん。」
ヘスティアはわずかばかり働く脳みその隅を必死に回転させた。
黙秘に走って家族がおもちゃにされるのは論外だ。しかしあっという間に全体へ広がった不正を疑う罵倒染みた言葉の数々に睨み返すしかできない。それでも容赦なく近寄って来たロキはついに胸ぐらをつかんで来た。
あっという間に訪れた最高潮、いつものやつだ、待ってましたと声をあげる神々。歓声とともに強くなる動悸が無抵抗な自分を殴っているようだった。
「バッツのことは任せえ。あとは知らん。」
「えっ?」
隣に座るヘファイストスでさえ聞きとれない小さな声だった。皆に聞かせるように音量をあげたロキが続ける。
「この期に及んでまだシラを…」
「醜いわよ。そこまでにしておきなさい。」
落ち着いた一声はうるさいくらいだった部屋を撫でるように伸びて静まり返らせる。男神たちは姿勢すら正したが、その視線だけは色気に泳いでいた。
部屋の中心を定義したフレイヤはただ近寄り、ただ微笑んだ。
「暇神が。」
舌を打って離れるロキ。
突如訪れた静寂に突き抜ける怒気混じりの鋭い声。
「友であるヘスティアと共に誓う。」
声の主に視線が集まり神々はざわついた。ファミリアを持たない門外漢であるシヴァの横やりなど大多数が想定していなかった。一部はさすが破壊神と逆に称えた。
理解の追い付かないヘスティアが必死に取り戻した一呼吸の間に部外者は引っ込んでろとヤジが聞こえ始めた。シヴァは立ち上がると全く臆することなく続ける。
「ガネーシャとヘファイストスにミアハと…傷心らしいタケミカヅチも付ける。」
「あら、何の誓いかしら。」
「無論、アルカナムの不行使だ。それとギルドへの虚偽報告の可能性、その他搦め手もだ。」
「…根拠を聞かせえ。」
「そこに載っているバッツは私が認めてここへ連れてきた。ガネーシャへ事前に達人だと認めさせた上でオラリオへ入れた。もとよりレベルなどというもので測れる器ではない。」
「のろけ話を聞かせて欲しい訳ではないのだけれど。」
「ふむ。お前は黙ってくれるな、ロキ。ヘスティアへ泥をかけるのは許さん。」
「…フィンとアイズたんが本気で稽古を着けてやってたって話か。」
ヘスティアが口をパクつかせ、ざわつきが文句から驚愕へと変わる。オラリオ最上位の戦闘力を誇る二人が冒険者登録1ヶ月の新米に仕込むことなどあり得るのか。再び爆発するように盛り上がった神々。ロキは自分へも突き刺さり始めたヤジを受けて、苛立ちを隠さないまま極めて申し訳程度に申し訳無さそうに弁解した。
「冗談にしか聞こえんかったんや。当たり前やろ、色々ある。何よりそこのドチビも含め何もかも駆け出しの連中なんや。」
誰かが俺たちの嫁に男がと言ったところでロキの睨みが男神達を一閃し、再び静寂が訪れた。
「バッツのことはそれで文句はないわ。」
女神達が信じるのかと異議を口にする。男神の無駄に艶やかな声が揃って信じますと返す。それを上回る全くずれのないため息の音を最後にもう何度目か分からない無言。
ばんっと鳴らされて視線が集中する先にはロキの持ち上げる幼い顔の模写。
「じゃもう一人や。このガキはどうなんや。まだなんかあるかシヴァ。」
「無い。どうせ叩いても埃ひとつ出ないだろう。」
「叩けばわかる。なあ。ドチビ。」
娯楽に餓えた諦めの悪い連中がそうだそうだとはやし立てる。ヘファイストスに背中を叩かれて正気になったヘスティアには極寒の部屋だった。
「あ、ああ…アルカナムなんて使うわけない。ボクは子供たちに誓うよ。」
「もうその話はええ。お前の所の話なのに聞いてなかったんか?お友達に失礼ちゃうんか?」
「八つ当たりなんてさっきより酷いわね。あなたこそ私の話を聞いてたのかしら。」
「いい加減にしろ。口を挟んだからにはお前にも何かあるのだろう、フレイヤ。」
「ふふ、もう少し楽しみたかったのに、つれないわね。…強いて言えばだけど、ギルドの把握するミノタウロスの情緒とこの子の経験は時期が一致するとは思わない?」
もう何もかもが流されるままだった。すっかり命名のことまで気が回らなくなったヘスティアの頭の中は、バッツとベルの身の安全を守る事ばかりだった。
それからは色ボケの神々にキレっぱなしだった。あの剣姫をなびかせるバッツとは何者か。体を売っているのは本当か。いくらで買えるのかと聞き捨てならない質問の嵐を必死に捌いている間に気付けば決定した名前が響き渡ってしまう。
宥めてくれた味方の神々に見送られる背中はいつにも増して小さく、丸かった。
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ヘスティアのいないホーム。英雄好きの語りに染められた部屋で、別世界の真実が紡がれるのを止める者はなかった。
「戦ってたってなんとなく分かってたけど、ちゃんと知ったのは一人旅を初めてからだった。」
机に肘を付き真っ直ぐ何もない壁を見つめるバッツ。ベルはすっかり緊張し、しぐさの一つさえ目が離せなくなっていた。
「…最後は家で倒れたんだ。病気だった。そのあとの旅で親父の友達や仲間とも会った。けど、病気だったことすら知ってるのは俺だけだった。」
目を閉じ、静かに一息してバッツは続けた。
「遠い国では親父が英雄と呼ばれてたんだ。若かったころ、そこの王様たちと一緒に戦ったからってな。でも、親父の仲間だった王様達は親父を一人で置き去りにして戦わせたことを気にしてた。」
ベルは旅暮らしを想像出来なかった。苦しむでもなく、世の中に流されているわけでもない生活。同じ小さな田舎の村の出身だと聞いて身近に感じていたはずの目の前の人が、戦いの場以外でも遠いと感じてしまった。
「そのくせ最後は一人でみんなを守って死んじまった。自分の国だけじゃない、世界中の人を助けたんだ。本当は王様たちには生きてて欲しかったよ。もっと親父のことも聞いてみたかった。」
「…なんて言ったらいいか…」
「そのあとも結局みんなで戦ったんだ。守ってもらったみんなで。海でも山でもずっと戦った。野宿なんて当たり前さ。最後は魔物を追いつめて、平和になったよ。みんなで石を積んだりして町を直すのも楽しかった。」
「良かった…」
「ああ。それで今はみんなが元気にしてるか見るために旅してまわってる途中だってことを思い出したんだけど、こんな状況なんだよな。不思議だ。」
「…」
(もしかしたらまだちょっとした寄り道なんて思ってる?…そんなわけないよね。)
「ん?どうせみんな元気にやってるから気にしなくて大丈夫だぞ。俺の仲間は助け合ってるし強いんだ。」
「心配にならないの?」
「全然だな。むしろ顔を見るのが楽しみなんだ。でも、今はここのみんなのほうが気になるし、ダンジョンのことももっと知りたい。」
(ここに来てからのことを思い出したら、気が変わったりするのかな。)
「どうだ、ベル。やっぱり空を飛んで目から光線出してるほうが良いだろ?」
「そんなことないよ…でも、本に書いてあるよりもずっと大変そう。」
「俺も王様って大変なんだなって思ってる。これで話は終わり!疲れたよな。」
「ちょっとだけ。正直に言うと、大変そうで寂しくって、良く分からなかった。」
「俺も親父に聞かされた話は良くわかんなかったな。まあそんなもんさ。」
「…うん。」
「喉乾いただろ、果物食べちゃおうぜ。」
「うん。」
「そのあとは、どうするかなー。」
「うん。」
(…なんか凄いこと聞いちゃった気がする…なんでこんな大事なことを話してくれたんだろう…)
ーーーー
突如としてホームのドアが開け放たれる。舞い込む砂など気にもせず、転がり込んだ勢いのままベッドへ飛び込んだヘスティアは、驚く二人へ唇を噛みながら一瞥すると枕に顔を押し付けて叫んだ。
「ボクは無能の馬鹿神だー!」
「名付け会はダメだったみたいだな。」
ゆっくりと起き上がった女神は枕を強く抱き締めて何か言いたげな目をふらつかせている。次の言葉を待つ二人は揃ってまばたきをするばかりで何も言わなかった。
頭のなかで整理がついたのか枕を置いたヘスティアは口を開いた。
「…ベル君は上々な無難さで、君のはまあ、致命的ではなかったよ。」
さらっと手書きしてそれぞれに渡された紙には、リトル・ルーキーと白突風の文字。
「これなんて読むんだ?」
「アクティヴタイムブリンカーだってさ。」
「かっこいい!」
「ベル君…いや、そういうことにしておこう、うん。」
「アクティ…なんだって?」
「一応説明すると、いつもいろんなところで現れては消えるからついた名前だよ。君の目撃情報は嘘も含めて凄いことになってたんだ…」
「ふーん。全然冒険者っぽくないな。」
「残念だけど、冒険者らしい名前なんてものは本当に万が一に付くかも怪しいよ。」
「じゃ、ベルはやっぱり幸運が効いてるんだな!」
「ありがとうございます!神様!」
彼らの心の平穏が保たれたことに安堵したヘスティアは、苦い顔をしながら頭の中でフレイヤへ律儀に感謝の一礼をし、そして遠慮無く噛み殺した。