冒険に異世界を求めるのは間違っているだろうか   作:その辺の人

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バッツの洗礼

「腹が減ったよ。早く入ろうぜ。」

片手をあげただけで足を止めないバッツがさっと見渡し、唯一樽を足がわりにしていたテーブルをえらぶ。流されるように続いた3人がテーブルを囲んだ。

ベルはスカウトじみたことをするのは初めてだったので、普通に人を紹介し普通に話すのは普通に落ち着かない様子で全員の顔を眺めるのに忙しい。

話の中心にいる赤髪の男はバッツの顔を見るなりあごをなで目を閉じた。

 

ドワーフのマスターがバッツへ低い声でまたエールでいいかと確認してくる。真っ昼間からの酒は止しておけと全員に止められたバッツが仕方なく水と適当な食べ物をたのみ、眉尻を下げたマスターが下がった。

ベルは何から話すか慌て始め、リリはじっと男に疑いの視線を投げ続ける。

早速訪れた沈黙に男はやれやれと呟き、集まる視線のうち最も好奇心を感じるものへ向けて続けた。

「あんたはどっかで見たきがするんだ。」

「うーん?気のせいじゃないか?」

「そうかもな…だが、気が合いそうだ。」

「おう!」

「なに通じあってるんです。」

一度口を開いてしまえばあとは簡単だった。男は自身で話を進め、レベルアップしたいことやベルの協力は取り付けていることを淀みなく伝えていく。

 

料理が運ばれて来たのに合わせてバッツが視線を投げ、きちんと受け取ってこほんとぎこちなくのどを鳴らしたベルへ注目が集まる。形だけでも団長らしくあるところを見たいのはリリも同じだった。

「…と、言うわけで!専属の鍛冶師になってくれたヴェルフ・クロッゾさんです。」

「俺はバッツ!よろしくな!」

「リリです。ベル様、レベルアップするまでパーティーに入れるなんて、すでにいいように使われてるではありませんか!」

「お前の言えたことじゃないだろう。信じてやれよ。」

うぐっと口をつまらせるリリへ自分の水を渡し、おかわりを取りにバッツは席を立つ。

ヴェルフは焼きたてで瑞々しい肉のローストを切り落としてつつき、次に野菜、肉、野菜と器用に一串にすると満足そうに頬張った。ベルがその手があったかと真似すると、自分の口の小ささを忘れたか肉汁に溺れ出す。

 

思わず笑ったヴェルフはバッツへこいつの分もたのむと合図し、愉快に震えた口調で話した。

「くくっ、あのバッツが頭って感じか。それにしてもお前は素直だな。覚えが早そうだ。」

無理矢理水で流し込んだベルは、深呼吸を挟んでようやく落ち着いた。リリはまた怪しい表情でにらむ仕事に戻っている。バッツのおごりとあってしっかり肉を頬張っていたので緊張感の欠けた表情をしている自覚はなかった。

「なんでも大丈夫って言うから、ちょっと心配だけどね。すぐどっか行っちゃうし。」

「…私だからわかるんです!とにかくこういうとんとん拍子の話は怪しいんです!」

戻ったバッツがなみなみ入った水さしを置く。街の明るさで眩しい水面は、たこのあるごつごつした手がさっさと注いでしまって見えなくなった。

「こういうやつなんだ。怒らないでくれ。」

「ああ、反抗期ってやつだな。」

広場の子供相手のぬるい視線がリリを囲む。はっとしたかと思えばまたむっとしているが、今度の訴えは全方位に発している。

「そういう目でみないでください。泣きますよ?」

「ずるだな。」

「ああ、ずるだ。」

「ずるはいけないよ、リリ。」

「ああっ、もう!」

簡単に落ち込むのを許すバッツではなかった。真一文字が崩れ小さく開いた口にすかさず次の肉を差し込む。リリは貧乏性が災いして食べることに集中してしまいなにも言えず、眉こそつり上がっているがすぐにその味に幸福感を覚え小言も一緒に飲み込んでしまう。

ベルはリリと話し合うときは食事しながらにしてこうすれば良いと思った。無論それがヘスティアの怒りを買うとは知る由もない。

食事を終える頃にはレベルアップ用の作戦を何となく詰め、買い物を済ませるとダンジョンへ向かった。

 

ーーーー

 

快音が響くダンジョン11階層。

「ほら、こいつを使ってくれ。」

「うん。終わったらすぐ返すからね。」

バッツが指差した方向の壁にはヒビが入っている。音を立てて壁が崩れると同時に腰を落としたベルは両手で全員を制止した。

大きな甲殻がどすんと音を立てる。ぎこちなく歩みだしたハード・アーマードは獲物の兎が身を屈めているのを視界に捕らえ、その身を丸めるために跳ねたところで見失った。

自慢の甲殻をものともしない白刃の刺突が脇から突き刺さる。体制を崩し体を開くと、一緒にくっついてきた兎がほとんど零距離で赤い瞳で覗き込んでくる。

声を発する間もなく上がった喉に黒い刀身が突き立てられ、次の瞬間には崩れ行く体のそばで兎がその血を振り捨てた。

 

「やっぱり俺が教えただけあるな。覚えてないけど。」

「お前が…って、覚えてないのかよ!」

「何ふざけてるんです!次が来ますよ!」

 

任せろと言うが早いか大きな刀身を担ぎ上げ、大上段に構えたヴェルフの怒号にオークが応える。重く駆け出し、肘を引き、肩を巻き込みながら床へ投げるように叩き付けた片刃は殴りかかるオークの肘から先を紙のように裂き、残った勢いに任せて切っ先で足をはねた。

右の手足を失ったオークは叫び散らしながら倒れ伏し、土を噛む。

ヴェルフはもがく巨体へ冷静に歩み寄って吐き捨てた。

「おう、ちゃんと歯を食いしばってるな。」

二度目の叩き下ろしで首を落とすと、大きな体が風に消え魔石が残った。

 

前衛と言うよりは切り込み隊長となった少年の足には揃って三人とも舌を巻いた。電光石火の一突きは、この辺りのモンスター相手では後手に動いたベルが先手をさしきった様に見えるほどだった。

バッツはいつも通りの動きで淡々とベルの討ち漏らしと増援を潰し、ヴェルフへ少しずつ敵を流す。不動の距離感で構え、前衛にも関わらず広げた視界を生かして優々リリへの危険を遠ざけた。

がむしゃらに動くヴェルフはリリに叩きつけられる薬を贅沢に浴びてひたすら一対一をこなした。その顔はバッツから両手持ちの指導を受けたおかげか自信が覗いている。

(それにしてもあいつらは構えてから倒すまでがはやいな…これがレベル2の世界なのか?)

(ヴェルフは強そうに見えてベルよりは普通みたいだ…)

(バッツがやり過ぎないように見てないと…)

(人に投げつけるのってちょっと楽しいですね…)

 

ーーーー

 

ヴェルフは数十分続けたところで、違和感を覚えた。こいつらは休憩をするつもりがないのか?後ろのチビスケさえ汗はかいてもへばる気配はない。ろくに見る余裕がなかったがベルのやつも始めほど走り回ってはいないようだ。何よりも静かになった。掛け声が減っているのは疲れてるからじゃないのか。

それにしてはこっちに来る敵の数は変わらない。気を使わせているのだろうか。

「よし、俺たち馴染んできたな!ベルもそろそろ調子出てきたか?」

「やっと思った通りに体が動いてくれたよ!」

「良いですね!では、インプを縛り上げてペースを上げましょう!」

予感に応えるように不穏な言葉が並びはじめる。この陣形を崩さないのが作戦の肝であったはずだ。だれか強がってないで疲れてるって言えよ。いま手ににじんだこの汗はオークをぶったぎったからだ。間違いない。

それでも、それでも一応聞いておかなければ。「は?ちょっと、お前らまてよ。まさかここからが本番とか言うんじゃないよな?」

「良くわかってるな!心配しなくともお前がちゃんとレベルを上げきるまで行くさ。」

満面の笑みと来た。そうだ、この剣が痛んできたからここまでだ。と提案するつもりが、振り向けば何故かバッツが背負ってきていた銀の大剣。ベルのレベルアップの記念品らしい。

「使える人に使ってもらった方がいいよ。」

「くそっ…正直に言う!もう割と限界…」

「薬ならまだあります!ベル様の装備品のお礼ではありませんが、今回は奢りですよ?」

(何が気が合いそうだ!バッツ!お前爽やかな面して死ぬほどキツいじゃねえか!こいつらも大概だ!)

 

数十分で終わるかと思われた狩りは数時間に及び、ヴェルフに二回膝をつかせたところで終わった。

「お疲れ様。僕が周りを見てるから、しっかり休んでね。」

(もう目が潰れたオークやらのどが潰れたシルバーバックやらは一生見たくねえ…俺が切ったそばからひたすら蹴り込むやつがあるか。くそっ。化け物どもの死に物狂いの最後っ屁をしのぎ続けるなんて…我ながら良くやっただろ。今日は。)

身を投げ出し、息も絶え絶えに天井の灯りを仰ぐヴェルフの目の前では、壁を掘ったバッツが床に集めていた魔石の山をみて腕を組んでいる。

持ち帰れない魔石の処理に困っているようだ。リリも荷物をまとめ、バッツと共に腕を組みどうしようかと話し合い始める。捨て置いてただでくれてやる気にはならないらしい。

 

「よし、休んでる間にこの魔石で薬買おうぜ!」

ヴェルフは言葉にならない叫びをあげようと口を開けたが、疲れと驚きで咳き込んだ。思い付きの方向性が最悪だった。

(せめて予備の袋を買って持って帰るとかあるだろう?俺を見ろ。この顔で薬じゃあ擦り減ったこころは治らないと気付いてくれ…無視するなよ…)

「良いですね!物欲しそうに見ていた冒険者もちらほらいましたし、結構な道具を使いましたからね。リリは賛成です。」

「まあ、足元見られてもどうせおいていくしかない魔石だから良いよね。まだまともにもらったダメージもないし。」

「頼むから…頼む…止め、ごほっ…」

「ヴェルフ様…仕方ないですね。もう一本いっときますか!」

 

ヴェルフは切り続けた。ひたすら死の恐怖とモンスターをまとめて両断するだけの、人生で一番長い戦闘でただ濃くなる生を噛み締めた。帰路につく頃には一言も発しなくなり、唯一別れぎわに発したあばよの台詞だけははっきりと明るかった。

 

ーーーー

 

「お帰りなさい。レベルを上げたのね。ヘスティアから聞いてるわ。」

戻ったへファイストス・ファミリアのホームで、珍しく主神へファイストスに微笑みとともに迎えられる。女神の笑顔に安堵し、大きなファミリアであるにもかかわらず今回はすぐにステイタスの更新をしてくれるようだ。終わり良ければなんとやら、日中のことは心の深くにしまっておこうと決めたヴェルフは深呼吸とともに背中をさらした。

 

「ヘスティアの所の子は最速記録も当然なくらい過激な戦いらしいけど…さすがに疲れきっているわね。」

「ああ…昼から夜まで薬漬けでぶっ通し…」

「それは…ヘスティアへキツく言っておきます。でもそれについていけるなんて凄いじゃない。」

静かに手早く背中をなぞられる最中、心配そうに今日の事を聞いてくるへファイストスに、半分愚痴るように答える。ほとんど恐怖との戦いだった事はわずかに残っていた男の意地が口にさせなかった。

 

ぽんと背中を叩かれ終わりを知らされる。聞かずともわかる。レベルアップしたに決まっている。でなければ死んでやる。

「良くやったわ!」

「鍛冶のスキルは?」

「ええもちろん。これでレベルアップは完了。それよりも大切なことを頼みたいの。」

レベルアップを確認してのお願い。これは待遇向上につながる試験のようなものかもしれない。ベルには悪いが集中させてもらう。これをこなしてこそ今日の辛さも帳消しに出来るというものだ。

 

「あなたが!恋のキューピッドよ!」

差し込んだ陽光がみるみる暗雲に遮られる。我らが主神様は何を仰られているのか。ここには人だけです。天使はいません。振り返るとちらっと歯が見えるほどの笑みに思わず見とれる。しかし理性も本能も警鐘を鳴らして止まず、次の瞬間には安心を求めてファルナをなぞろうとしていた後ろ手さえ拳を握った。

「決まってるじゃない!背の高い方の!最速記録保持者にお熱の!椿の援護よ!」

突然横っ面を叩かれた気分だった。もうまともな言葉などほとんど出てこない。きっと顔も歪んでいることだろう。

「気のせいだろう?なあ、俺はまだ正気か?」

「しっかりしてちょうだい。確かに私は恋を司ってはいないわ。それでも女のカンが叫ぶのよ!」

 

両手を合わせ高らかに語り始めた主神は、心が擦りきれていたヴェルフには狂って感じられた。俺には一言誉めるだけの価値しかないのか。無邪気な笑顔の前では大事にしていた何もかもが矮小に思え、かといって目をつぶれば巨大化したバッツがモンスターを投げつけてくる。死の恐怖に狂った自分が見ている幻覚なのかもしれない。

逃げなければ。

何かしなければ。

絞り出した感謝の挨拶とともに震えだした全身へ精一杯力を込めて走りだす。暗い夜道を駆け抜け、酔っぱらいをはね飛ばし、気づけば見慣れた小さな工房の真ん中で立ち尽くしていた。息も上がり、ふらつくままに工具棚へ手を掛ければ、愛する仕事道具たちが語りかけてくる。

お帰り、さあ仕事だ。言われるがままに掴んだノミが脈打ち、確信が胸を貫く。

どこに何があるかなど見なくとも分かる。明かりなど無くとも火を起こすのは造作もない。がちっと鳴らせば弾けるまばゆい希望を炉にくべる。大きく深い息を優しく吹き込み、かえってくる温かさに涙がにじむ。

込み上げる安心と満足。優しくふいごを踏み話しかければ元気良く返事する炉の風を腹が焼けるほど目一杯に吸い込み、天を仰ぎ、袖で汗を拭き捨て叫んだ。

ああ!ここが俺の居場所!ここが天国だ!

 

一心不乱に鎚を鳴らす姿は一切の迷いがなく、一晩かけて鍛え直された銀の大剣はもはや別物と呼ぶに相応しい改心の出来だった。

 

翌日、ヴェルフは風邪で寝込んだ。

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