冒険に異世界を求めるのは間違っているだろうか   作:その辺の人

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エイナの受難

「申し訳ないがこの報告の一切はこちらで処理する。」

「え…」

「言いたいことは分かるが、レベル1で剣姫から一本取るやら自衛が精一杯な戦闘力のサポーターを庇いながらミノタウロスを倒すなど正気の沙汰ではない。理解してくれ。」

「…はい。」

「実を言えば俺も状況が全くわからん。不透明極まる事柄が多すぎるんだ、主に上からの指示がな。特にこの、バッツ・クラウザーは専門の担当をお前の代わりに立てるほどらしい。今後の接触は最低限に押さえておくべきだろう。」

「え?」

 

報告には彼が買い物すら危ういほどの記憶喪失であったことを全くのせていない。そう、もしかしたら彼はここに来てからの記憶無しに剣姫を相手取れたことになる。

レベル毎の強さなど知識しかなく、その全力を見たことは当然ないが、6ともなれば建物をひとっとびで越えてしまうような超人であってもおかしくない。それを常人に毛が生えたレベル1がなど。

彼がなにも隠していないなどあり得ないのは明らかだった。神秘を抱え込み、記憶を消さなければならないほどの窮地に至ってしまったのか。

それでも思い起こされる彼の顔は、生活を楽しんでいたのだ。なにか裏があるとはとても思えないほど素直に、生き生きとしていた。

 

現状を上に、いや神々にさえ知られてしまえばどうなるか。彼の人生のためにも担当は代えられてはならない。ギルドでこれを知るのはおそらく私だけ。私にしか守れないのかもしれない。

「どうすれば…」

「情がうつったか?」

口をついて出た言葉をすかさず上司にひろわれる。現状の整理に頭の大半を使ってしまっている今、黙秘する事しか思い付かない。

「…すみません。」

「この件について情報を隠すのはかなりまずい雰囲気があるということは知っておけ。その上で今のは色恋沙汰だという事にしておく。ギルドの職員には良くあることだ。」

「あ、ありがとうございます。」

全くお見通しらしい。それでもここまで好きにさせてくれるのはきっと今日だけだ。日頃稼いだ得点を全部つかってしまったかもしれない。

 

「覇気がないな。…それから、これは独り言だが、シヴァ様はバッツの事だといえば誰にでも時間を作ってくれるらしい。」

想定外の助け船。どうしようもなさに飲まれた所で目の前に垂らされた可能性。すがる思いがつい顔に出る。素直にゆっくり頭を下げたところで、なぜシヴァを紹介したか、その意図が親切ではないかもしれないことを察する。喜んでしまった顔は、はっきり見られただろう。大人しく勢いのまま続けるしかない。

「…ありがとうございます!」

「辛くなったら言え。ここの誰でもいい。出来れば口の固いやつにするのが無難だが。もし多少上の者を希望するなら根回しはする。」

どうせこの人も上から言われてやっているだけなのだ。心配してくれているのはきっと本当だ。だからこそ甘えておくなら今しかない。明らかに踏み込みすぎている自覚はあるが、死ぬわけでもないし、やれるだけやって、後悔はそれからだ。

「…今日は午後から休みをいただいてもよろしいでしょうか。」

「…ああ、青ざめているな。今すぐしかるべき書類を書いて真っ直ぐもってこい。それとバッツ・クラウザー関連の書類もしばらくは全てこちらで預かる。」

深く息を吐いて、ぐっと表情を締める。いつもの自分の顔を取り戻さなければ。少なくともここの職員の誰にも悟られてはならない。

「この恩は必ず…」

「いい。どこまでも頑固者だな。」

「すみません。」

 

昼の休憩に入り次第ギルドを飛び出したエイナは汗も拭かずにガネーシャ・ファミリアの門を叩いた。

すぐ景観に似合わない光の反射に気付き、見てみれば緑の美しいソファが門の向こう、すぐそこで日にさらされている。

やたら目立つその輝きを見れば、座らされるように門番らしい格好でソファに腰かけていた男が当然目につく。男の表情は他に腰かけられる物もないと分かっていて使わざるをえないのが明らかな、ぎこちないものだった。不思議そうに見るエイナに気付いた男は丁寧に立ち上がった。

「その服装は、ギルドの方ですね。どのようなご用件でしょう。」

「か、神シヴァへ、バッツのことで話がありますとお伝えください。」

「少々お待ちください。いまシヴァ様へ確認して参ります。お疲れの様子ですのでそれまであれでおくつろぎを。とはいえ、あれしかありませんが。」

「ありがとうございます。正直助かります。」

「シヴァ様が下さったのですよ。丈夫で柔らかいからと。私の身にはすぎたものです。あなたのような女性に使ってもらわねば。」

「私にもこれは余りに…」

 

触れた艶のある革は日差しを無視するかのように冷たく、汗が吸われるでもないようですっと消えていく。触るほど不思議で心地良かった。いったい何ヴァリスの価値かは考えてはならないと察し、慎重に座ると想像以上だった。

あっさりと全身の力を抜かれ、くつろぎたい衝動が一息で頭を埋め尽くした。深呼吸をすれば背もたれに沈む頭が軽く空を向き、人前であるとわかっていても半開きになった口の端から唾液が垂れそうになる。もう立ち上がれない。今の私にも、無論立ちっぱなしの門番にはより良いものだろう。

ある意味悪いかもしれない。神シヴァは見た目より質に拘るのだろうか。全く見た目と用途を切り分けている辺り、上等な物だからと門番に使わせたかったのか。

あるいはその滑稽な姿を笑うために与えたか。手を胸に当て、もうほとんど落ち着いた息を整えながら前者であることを祈る。

 

ついに我慢しきれずゆっくりまぶたが落ちる。

これで頼れない類いの神であったなら、ギルドに隠れて深入りしすぎた私はきっとお払い箱。そうなったら責任押し付けてヘスティア様の元に置いてもらおうか。ギルドで待たされない裏技くらいは教えられるだろう。あとは財布の管理とか、料理も、少しは、嗜む程度に。何を出してもあの人たちは笑顔で食べてくれそうだ。おっと、案外悪くないのでは。あのお騒がせな二人の安全を祈るのはいまと変わらないわけだし。

「あの…」

「それにちょっと癖になるとひそかに人気の、ハスキーな二人の声を聞き放題なのは中々…」

「シヴァ様がお待ちです!」

 

何か言われた気がする。たまには良いじゃない。今日はもう仕事はないの。

「うーん、あと五分…」

「起きてください!」

手を握られる感触。慣れないごつごつとした感覚に反射的に目が開く。上りきった日の光が眩しい。視界と一緒に脳内もまっさらに弾けた。

「はい!?」

「半分寝てましたよ。それでもソファにはお似合いでしたが。」

そういう門番さんは無表情じゃないですか。私は熱くなった頬を撫で、不快な感触に口角を下げた。

思いっきり端からこぼれていたものを伸ばしてしまった。やってしまった。こんな往来で。派手に人目を引く場所で。妙な想像をしながら。あわててハンカチを出す右手の素早さといったらきっと相当なものだった。

「止めてください。すいません。すぐ行きます。はい。案内をお願いします。…ああ恥ずかしい。」

「分かります。あれは気を強く持たないと心地よすぎて持っていかれてしまう。」

「…」

「それと、二人の声を聞き放題とは一体なんでしょう。」

口にさえ出ていた。このソファ!

にらんでも返事などあるはずもなく。これのことは一生忘れないだろう。門番へはお願いすることしかできないが必死に頭を下げた。

「忘れて下さい!」

「盗み聞きの算段であれば見逃せません。」

仕事熱心め。ただの妄想などとは口が裂けても言いたくない。こちらの仕事の話はしたくないが仕方がない。ベルくんとバッツさんもこれくらいは許してくれるだろう。悪いことは言ってないんだし。

「その二人が冒険者で、私の担当なんです!お願いですから他言無用でお願いします!」

「そうでしたか。ではこちらへ。近頃のシヴァ様は嘘、誤魔化しと遠回しな話を極端に嫌われます。そしてとても、とっても!気の短い様子ですので、くれぐれもご注意を。」

門番さんの無表情の原因はこれか。今日は虫の居所が悪いなんて、本当についてない。一瞬で恥ずかしさなどどこかへ消えた。歩きだした門番さんの儀礼じみた所作を見れば何も言えなくなるほど気を張っているのが伝わる。出来るだけ手早く済ませて明日のことをまとめないと。

 

神に怒られた経験などないエイナは自身の置かれた状況も相まってさらに緊張した。

一度中へ入れば綺麗に手入れされた広い廊下と高い天井、喧騒から切り離され澄んだ空気に背筋を正される。外見だけでなく中もファミリアの大きさ、豊かさを誇示するようであったが、汚れた冒険者が柔らかい表情で出入りしているのが民衆第一を掲げるファミリアらしい。

同じオラリオに住むものの為の組織であるギルドは隠し事だらけで、その差を感じざるを得ない。やはり裏方は日陰者たる理由を抱えており、主神の性格もそれを後押ししているのは明らかだった。

 

「こちらの部屋です。帰りは別の者が案内するかと。それでは開けます。」

開かれた部屋は、質素と呼ぶのが最もそれらしい物の少ない空間だった。そもそも部屋自体もそれほど広くない。神ガネーシャに客として迎えられているにしては狭すぎる印象。

その部屋の奥、窓のそばに置かれた机に肘を突き、男神は外を眺めていた。ゆっくりと鋭い目がこちらへ向き、眉間には、いかにもあえて寄せたしわが見て取れる。

「門番、遅かったな。」

「申し訳ありません。何でも少し癖になる声を聞き放題だとかで。」

神は明らかに怒っている。門番の汗は服装のせいだけではないと思わせるには十分な迫力だった。エイナは冷静を欠き、わずかに顔を覗かせた親切心を考えなしに口にした。

「も、申し訳ありません。門番さんは私の話に付き合わせてしまい…」

「挨拶は無しだ。用件を短く話せ。言い訳しか出来なかった門番への処罰は後にする。覚悟を決めておけ。」

「…はっ。」

緊張感に呑まれた空間でエイナは吐き気を覚えた。もう助からないのだろう。バッツも、この血も涙もない神にとらわれて良いように使われるのだ。

「…もう、よろしいでしょうか。」

門番の退出をせがむ声は弱く、今のエイナには助ける術などない。

ここから一人で、この神とまともに会話出来る自信はない。うつむいた視線の先に、敷物のコーヒー染みらしいものが目につく。こんなに神経質な神がこんな派手な汚れを許すだろうか。もしかしたら、殴った人の血が染みついていて、戒めとして使用人たちに見せつけているのでは。長すぎる沈黙があってはならない想像ばかりを膨張させていく。

 

ついにエイナが沈黙を破り、肩を震わせて深呼吸をすると、シヴァは立ち上がった。

「すまない。ああ、からかいすぎた。エイナはお前ほど気が強くはないらしい。」

「良かった!エイナさん、しっかり。」

門番に肩をさすられてはっとする。無意識に涙がにじみ、ほんの一歩だけにもかかわらず歩いた神を見て息が詰まった。

「始めにお伝えしたあれは、驚かせたくて私とシヴァ様で考えた、ええ、いわゆるドッキリです。申し訳ありません。」

「ひっ…え?」

 

私は頑張った。上擦った声ですら良く出たものだと思う。もう何がなんだか理解が追い付かない。

「今の件は嘘です。私は処罰などいただきません。」

この人は何をいっているのだ。私がどれだけ必死に助けを求めてここへ来たか。それをおふざけで済むと思うのか。どっきりって?

「すまなかった。まさか隣のものを適当に叱るだけでこれ程とは。私は自分の威圧感というものがわかっていなかった。許してほしい。」

震える私を見て代わりに門番さんが返す。

「シヴァ様。私はこうして崩れる人をこれまでに10人は数えました。もう冗談について実践で学ぶのはお止め下さい。」

「む。相手によって加減できない冗談など笑えないからな。私は不器用だから数をこなすしかないのだ。」

また話が弾み出す。何を始めるのだこの二人は。もうこの二人が口を開くだけで怖い。

「それによって折られる人の心についても、何とぞ…」

「…そうだな。謝れば許してもらえるなどと、虫がよすぎた。ついに涙を流す者まで現れてしまってはな。もう止めることにする。」

「え?」

本当に終わり?帰って良いのですか?なんで門番さんは未だに無表情なんですか?

「ありがとうございます。」

「これまで良く付き合ってくれた。褒美に椅子と変わらぬ質の物見小屋を建てよう。」

「えっ…」

初めて門番さんに表情が出た。すごく嫌そう。ちょっとスッとした。ああ、落ち着いてきたかもしれない。

「あのような椅子だけではもの足りなかっだろう。番兵たるもの、日頃は体をいたわるものだ。」

「い、いえ!私にはすでに過ぎたものです!これ以上は…」

きっとこれ以上の環境は仕事にならないからだ。あれ以上居心地がよすぎるなど、人の身では二度と家に帰ることすら危うい。

「気にするな。そうだな。ミノタウロスの突進くらいでは傷もつかない程度で作るとしよう。怪物祭で街に出てしまったモンスターを考えるに、それで十分であろう。なに、ガネーシャの奢りだ。以上だ、下がれ。」

 

門番の去った部屋で、神シヴァは椅子の背をつかんで引き、私へ座れと促す。本当に礼儀を気にしないらしい。あとは私の気が動転しなければ大丈夫。きっと。疲れたので帰りますと口にするだけだ。

「あの…」

「大丈夫か?椅子がきつければベッドもある。ゆっくりしていくと良い。」

「はい!すみません。取り乱してしまいました。」

何をいっているのだ私は、冷静になれ、聡明なエルフの血が少しは流れているだろう。断れ私。でも何か忘れている気がする。

 

「とって食ったりはしない。先ほどの通り、皆とは気楽に接しているつもりでな。バッツとのようにはいかないのがもどかしい位だ。」

「あ、そうです。そのバッツさんのことで。」

思い出した。何のためにここまで来たんだか。神にからかわれるとここまで混乱するとは想像以上だった。

神シヴァが再び座るのに合わせて机を挟んで座る。先ほどまでの剣幕は見事に消え失せていた。それでも目を会わせれば鋭い目付きに見透かされるようだった。給仕が扉を叩き、瞬く間にコーヒーとサンドイッチを机に並べ終わると、感謝する神シヴァに苦い顔を隠すことなくお辞儀して返すとそそくさと消えた。あの人も被害者だ。間違いない。

「好きに食べると良い。バッツはある城の塔でくつろぐ私と出会うなり、私の挑発にのって袋叩きにしてきてな。それ以来連れられるままに世界中をまわっていたが、今回は逆に私がガネーシャへ会うついでにここへ連れてきた。」 

どんな顔をすれば良い。どんな出会いだ。突然あった人間に袋叩きにされる神がどこにいる。冗談か、何かの隠喩なのか。こうも淡々と語られてはなにも掴めない。私には流すしか出来ない。

「そ、そうでしたか。では、彼の記憶喪失についてもご存じですか。」

「無論だ。だが、ただの事故らしい。気にするな。」

あっさりと決着した。正直神ヘスティアよりはるかにバッツさんへの信頼感が見える。だが、ここからは私しか知らないこと。コーヒーを一口すると、これもまた格式高い香りが鼻を抜け、高まりすぎた緊張がすっと抜けていく。さんざん振り回された高級品に今日初めての感謝をしつつ、努めて慎重に伝える。

「それに合わせてお伝えしたいことが。ギルドで彼の情報秘匿が始まっています。私が…申し遅れました。エイナ・チュールです。ギルドにて冒険者バッツさんのサポートを担当しています。」

「ヘスティアには悪い虫と言う風に聞いている。まあ、気にしない事にする。続きを。」

 

「…以上です。正直に言います。私は、バッツさんが神々の…」

「遊び道具にされるのは我慢ならないか。全く同意見だが、心配はいらないだろう。」

まただ。この神々の力と厄介さを歯牙にもかけない物言い。明らかにバッツさんには何かある。

「それです!その根拠がきっと…」

「悪いがこれは詳しく話せない。経験則とあいつの実力を照らした結果とでもしておこうか。」

やはり聞いてみても教えてはくれない。普通に断る辺り、やはり積み重ねた信頼が大きいのか。そう言えば、なぜバッツさんはヘスティア・ファミリアに居るのだろう。ここまで仲の良い神が居るなら、普通はその神のファミリアに所属する。しかしシヴァ・ファミリアというのは記憶にないので、ファミリアを持たない神なのだろう。

今日の私は堂々と情報共有が目的といっているようなものだし、当然悪意はない。たとえ何かを感じ取られても、流れのままに、素直に聞けば、何かつかめるかもしれない。少なくとも怒らせることはないだろう。もうネタはないが、こちらからは話を終わらせず続けることにする。

「経験、ですか。」

「語れない理由はある。お前はどうやって私へたどり着いたのか思い出せ、ギルドの案内があったのだろう?」

その通りだ。私はギルドの使いだと、あるいは知らぬまま使われている、そう思われてもおかしくない。私自身もその懸念を払うことができないでいるが足掻くしかないと決めた。本部へ戻ったら拘束されるなど、あるのだろうか。

「…はい。私にはもう、手遅れなのでしょうか。」

「手はあるぞ。ガネーシャの力ならギルドの中枢へ食い込める。お前はバッツの担当を外れない事が最も優先する目標だったな。私もあのいつ寝ているか分からぬお前の主神へ話を通している。だからここへこれたのだろう。」

話が早い。無駄が嫌いというのは本当だったようだ。

 

それにしても、冷めきったコーヒーに初めて手を付けたかと思えば一気飲みとは。これ程の品でその飲み方は勿体なくて私にはできない。

「はい。これまでのように一般的な冒険者然とした生活が続くことが可能なら、私はそれを望みます。」

「これまでのようなというのは難しい。バッツがただ穴に潜り続けるだけの生活など出来るはずがない。そういうサガだ。それに、あいつはすでにロキとフレイヤには目をつけられていて、私も関係者として嗅ぎ回られている。」

私は内心頭を抱え直した。やはり想像以上に大ごとなようだ。オラリオのほとんど最高の戦力に目をつけられていては、当然これまでのようにとは行かないだろう。実際、バッツさんは、最近ギルドに姿を見せる頻度がかなり落ちている。

 

「それに、折角なので一波立つことも覚えておけ。共にこの街へ来た友が行方をくらませた。いや、安全なところにいると嘘を付いていた。私とバッツの、共通の友だ。これを手伝えとは言わないが、邪魔はするな。」

これ以上は抱えきれない。それでもこの神は取り合ってくれるのが救いだ。何か、何でもいい。話を続けなければ。私が折れることだけはあってはならない。

「行方不明人の捜索はギルドにて受け付けております。もちろんダンジョン内に限らず、オラリオの地上全域を捜索します。」

「まともにファミリアのホームもあらためられない組織が良く言う。私は自分がロキとフレイヤの抗争の火種となろうが気にせずやると言っている。」

私の顔は今きっとひきつっている。誤魔化しが嫌いなのも本当か。我ながら気付くのが遅すぎた。門番さんはほとんど嘘は正直だった。それと少しわかった。まだ、この神は怒っていない。

「すみません。私にはバッツさんを取り巻く状況が想像しきれません。」

「そうだろう。まあ本人も私も、わかってはいない。その程度の事だとも言える。」

「…ご友人の無事を祈ります。」

「どうせ、もうろくした振りでもしてその辺を歩き回っているだけだ。そのようなことに気を揉むな。目的の為に邁進しろ。それが叶わぬと知ってからでも選べる道はある。」

「いいえ。おせっかいが生き甲斐ですので。」

また私は。気を使わせたにも関わらず普通に張り合ってしまった。このひとには、なにか真実を語らせる力が働いているような錯覚を覚える。

 

はっきり言い返したのに気を悪くするどころか目の前の神はむしろ微笑みさえ見せた。私がここまで真っ直ぐ誤魔化さずに話し、それをこの神は認めてくれた。初めから私が素直になって疑うのを止めるだけで良かった。それだけのことなのに。

「何度も言わせるな。気にするな。私は不器用だ。」

「はいっ!ありがとうございます。すっきりしました。」

空腹に気付き、落とした視線を追われたのか皿を押されて少し恥ずかしくなる。寄ってきたサンドイッチのなんと香ばしいこと。表面だけしっかりとついた格子の焼き目は私がおっかなびっくり二本指でつまみ上げてもしっかり形を保つのを助けた。口にすればサクッと音をたてたパンが口の中でほぐれる。次の瞬間には丁寧に水気を抑えられていた野菜とハムが主張を始め、最後にハーブと香辛料が爽やかに鼻を抜ける。コーヒーに負けない素晴らしい出来だった。

「美味しい…」

「いくらでも食べるといい。元は私と門番が悪いのだから。」

「その通りです。死んだかと思いました。もちろんこの素晴らしいサンドイッチはすべていただきます。」

無言で差し出すようにずずっと皿を押し出される。

縁を押す二本指はそこだけ見れば男に見えないほど艶やかだった。どうせ美肌の決め手はと聞いても、何もしていないと返されるだろう。

何か付いているかと指を擦り合わせる神に私は首を振り、両手で支えたサンドイッチを口へ運び続けた。

 

私の態度の変わりように声を出して笑った神は、そのままで聞けと言って始めた。

「最後だ。バッツの記憶喪失は上司とやらに明かしても良い。」

「…その理由をお聞かせください。」

「おそらくそれを知ろうがギルドは何もしないからだ。ひとつは剣姫とある程度戦えてしまっていること。一目でレベル3程度の戦闘力では力量も分からず追い返されるのが妥当なところだと、大きなファミリアの神や武神の類なら分かることだろう。ひとつはロキが街の情報のほとんどに目を光らせているらしいこと。これはロキ自身が勝手に宣誓した。ある程度だが信用していいだろう。ダンジョン内では、分からないが。」

推測すると、彼の記憶喪失という事態は彼の価値からすると大したことではないか、記憶喪失の度合いを把握できているほど監視の目があり、故にオラリオから出せない。

そして少なくとも、バッツ擁護派もしくはヘスティア・ファミリア、ロキ・ファミリア、フレイヤ・ファミリア、ギルドが動いている。

 

私程度の末端職員では何もできない可能性は否定されなかった。それでも足掻けというこの神には、希望があるということか。

彼がなにかすれば上には気取られる。今の状況は分かった。しかし彼は大人しくしないだろうと。ならば私に出来ることは。これからいくつ規則を破るかを思うと、ヘスティア・ファミリア入団が現実味を帯びてきた。

「お前にはお前の戦いがあるだろう。参考程度にしておけ。」

「助かりました。ありがとうございます。」

「…ふむ。お前はバッツに惚れているのか?」

「いえ…えっ!?」

「仕事の付き合いなら命をかけるほどではない。違うか。」

「乗りかかった船と言うか…状況を甘く見ていたら成り行きで…」

「それだけでか。気が強いな。一応だが、バッツの身が危険であっても、捕まえておくのはほとんど不可能だと思え。これを忘れると皆痛い目を見る。案外、バッツより気がはやる者の方が多いがな。」

「…はい。よく覚えておきます。」

 

「では、ギルドへはガネーシャから伝えておく。実際に我々へ手を出したフレイヤの猛者がどうなったか見てみろと。」

「お、オッタルが…?」

もう事は始まっているように聞こえましたが!それはついでに言うことじゃ、ないんじゃあないですか!

「ああ、あの馬鹿どもはバッツへ手を出したらしい。ロキが腹を抱えて過呼吸になりながら話した事だ。きっと先ほどの誓いなどより信用できる。」

「うわ…」

何も言うことはない。このひとは間違いなく血が流れてから本番だとか言い出すタイプだ。つつくたびに過激な話が出てくるのもいたずらなのかは怖すぎて聞けない。

「お前はせいぜいここでの話を聞き出されないよう徹底することだ。」

まずはあの上司の探りを避けないと。

 

それよりも…

 

「美味しいサンドイッチもあと半分ですね。コーヒーのおかわりをお願いします。」

「素晴らしい。私を顎で使えなければバッツの伴侶はつとまらない。」

「違います。助けたいだけです。」

「私も人の気はすこしくらいわかる。」

「今はもう一人の冒険者の事を考えてました。」

「ほう…二兎を追うとは。」

「そうじゃありません!まったく…」

「子兎とその兄兎と言ったところか?」

「…もう。」

「すねるな。正直者。この程度で揺さぶられていてはこれからどうする。」

 

…どうしようかな?

はあ…あ、これもおいしい。

 

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