冒険に異世界を求めるのは間違っているだろうか 作:その辺の人
…1巻のプロローグです。
ベル・クラネルの冒険
ーーーーー
バッツとベルがダンジョンに潜るようになって数日経った。
順調にダンジョンを踏破していく2人はすでに4階層を攻略していた。
ダンジョン初心者のベルがここまで大きなケガもない順調な攻略を進められるのがバッツの力のおかげであることは、ベルも重々承知であった。
しかし、ここ数日の順調さに年相応に調子に乗ったベルは、ホームでの夕食中ついにその一言を発する。
「一人でダンジョンに潜りたいです。」
「ダメだよ!いつか言うんじゃないかと思ってたけど、君はまだ子供なんだぜ。バッツも反対だろう?」
「いいんじゃないか?一人でも。」
「うん。ほらバッツもこういうことだし…えっ!バッツ!?」
「武器の使い方は頭では覚えたし、あとは一人でやってみないと身につかないぞ。いい機会だろ。」
「それっぽいこと言って!こればっかりは反対だからね!ベル君はバッツの後ろを歩いてよく覚えるんだよ!本物のゆうし…」
「おっと、手が滑った!」
バッツはヘスティアの持って帰ったじゃがまる君を口へ突っ込んだ。
シヴァの助言で素性は明かさないことにしているバッツは、神特有の感情を読み取る能力を鑑みて人のよさそうなヘスティアには素性を明かしたが、英雄好きで素直が過ぎるベルには隠そうと思った。
このファミリアに吹く暖かく穏やかな風を自分の所為で荒らしたくはない。
「んぐぐぐっ!」
「神様!?水を!早く!」
「とにかく俺は賛成!じゃあ明日は頑張れよ!ベル。今日はもう遅いし、訓練はやめとくか?」
「やります!よろしくお願いします!」
「よし。じゃあ一本だけな。」
すでに日課となりつつあるこの訓練は、ホームの1階、廃墟と化したその柱に適当に魔石灯一つを置いて行っていた。
バッツの持論では、暗がりは相手を見るのに集中できるから良いらしい。
二人は相手の足が暗く見にくい距離まで離れ、互いにギルドの支給品を構えた。バッツは片手剣を軽く突き出し体の力は抜けている。
ベルは短剣を胸の前へ逆手持ちで構えた。すでにそのけん制範囲において大きく差が出ている事を考え、武器の威力を最小の振りで最大限発揮するために体重を乗せた攻撃を選択する。
全力での踏み込みから落ちている石を2つ投げ、バッツに回避を強いる。
バッツはベルの腕の振りだけで顔とへそあたりに飛んでくるとあたりをつけ首をそらした。
同時に空いている左手は腹の前に構えた。石が耳元を通り過ぎる音がする。
直後にバッツは手の中に石が収まる感触を確かめつつ、すでにあと1歩でベルの短剣が届く距離まで近づくのを許した。
バッツの剣先はベルを向いておらず、ベルはこの小細工の成功を確信する。
「もらっ…!!」
(甘いよな。)
バッツはベルの最後の1歩に合わせて踏み込んだ。
ただ前に強く踏み込み、その細身がベルの視界を覆いつくす距離まで詰める。
ベルは驚き身体が強張る。当然武器を振ろうとするがまるで腕が動かない。
気付けばバッツの右手には武器ではなくベル自身の腕が収まっていた。
「武器を捨てるなんて…」
「次はもっと思い切ってこい。力負けするのは勢いが足りないからだ。体つきじゃない。」
「はい!」
「でも俺の顔から目をそらさなかったのはいいぞ!その調子なら明日は余裕だな。」
「えへへ…でもまだバッツからは一本も取れてないや。」
「そう簡単にやるかよ。じゃ、今日はここまでだな。」
「ありがとうございました!」
「ちゃんと寝ろよ!俺も明日は昼から潜るから、行きで俺に追いつかれたら明日のじゃがまる君は俺のものな!」
「ええっ!?が、頑張ります!」
「その支給品が折れたら困るし、明日は俺の短剣ももって行けよ。」
「ありがとうございます!大事に使います!」
この後二人はホーム内でぷりぷり怒るヘスティアをなだめ、結局ふて寝してしまうヘスティアを見てから寝た。
翌朝も納得のいかない顔のヘスティアを尻目にバッツ持参の短剣を下げたベルが出かけ、バッツも散歩の一つでもしようかと起き上がった。
「まったくベル君も頑固だな…さて、いいタイミングだからバッツには話しておくよ。シヴァと会っていくらか楽になったよ。ありがとう。」
「いいんだ。気が晴れてよかった。」
「そしてごめんね。君の過去をシヴァに聞いたよ。君が話してくれたより詳しくね。」
「そうか。で、どうだった?」
「正直すごく衝撃的でおもしろかったよ!…でも怒らないのかい?勝手に聞いてしまったんだよ?」
「まあシヴァが話したなら良いんだ。あいつは信用してる。」
「…ありがとう。君は心が広いね。」
「なんでむっとしてるんだ?おれがあんまりなんともないから?」
「…ごめん!正直シヴァとの付き合いが長いとはわかっているけど、ボクより仲がいいのが気になっちゃったんだ!ファミリアに入ってくれて僕たちの生活を助けてくれてるのに、ボクはあろうことか嫉妬したんだ…」
「そんな難しく考えるなよ!俺はシヴァと同じぐらい仲良くしてるつもりだけどな。」
「わかるよ!わかってるんだ!君の気持ちも!その素直な性格も!」
「なんだそれ…よし!じゃあ俺のことをもっと知ってもらうために!一つ面白いの見せてやるよ!」
「その光は…噂に聞くジョブチェンジってやつかい!?…なんだいそれは!?おヘソ丸出しじゃないか!そんな恰好はダメだよ!」
踊り子へのジョブチェンジを行ったバッツの大胆な服装に思わず顔を赤くするヘスティア。
しかしその刺激に逆らえず、セリフとは裏腹に全身をなめまわすように見てしまう。
「そうは言っても面白い顔してるぞ?気に入ったんだろ。一曲踊ろうか…神様?」
調子に乗ったバッツの煽情的なしぐさに、その手のことに耐性のないヘスティアは鼻血を垂らしふらついた。
すでに意識がもうろうとしている。
「イケナイ…うーん、僕にはベル君が…」
「おっとこれはまずいな…そうだ、ミアハに見せよう。」
結局踊り子の恰好のままバッツが運び、ヘスティアはミアハのホームへ運び込まれた。
通りを歩くと、バッツに思わず目を奪われた人々、神々の視線が二人を蜂の巣にした。
「これは…!?」
「私なら囲うわね、絶対…」
「ヘスティアはどこでこの男娼を…!?ヘスティアが男娼と一緒だと!?」
「「なんだと!?伝説の第2幕だ!」」
何やら付きまとわれていることに気付いたバッツは、早足にミアハのホームへ向かう。
容赦のない神々が徐々に距離を縮めてくる。
バッツはいつの間にやら走り出す羽目になり、ミアハのホームにつく頃には伝説の始まりだという誰かの叫びを聞き付けた人々で背後は人だかりとなっていた。
「ミアハ!ヘスティアが倒れた!」
「なんだと!?すぐに見せろ!…なんだ君の恰好は。」
「すごくすてきね…。」
「俺のことは気にするな!じゃああとはよろしく!」
「何!?この人だかりはなんだ!説明してくれないか?」
「いやあ、俺にもよくわからないんだ。伝説の続きとかなんとか。」
「バッツがすてきだからだと思うけど…。」
「そんなわけないだろ。…きっとお客さんじゃないか?とにかくヘスティアをよろしく!」
「確かに稼ぐチャンスね…。」
「そんなことよりヘスティアだ!受付は頼んだぞ。」
「まかせて。」
「「おい!ここにヘスティアと男娼が来なかったか!?」」
「それについて聞きたければ…」
「早くして!今日は彼のお店に決めたのよ!」「伝説をここで途切れさせるわけにはいかんのだ!」
「ここに特製のポーションと新製品のエーテルがあります…」
「「商魂たくましい!言い値で買う!」」
ミアハの焦りをよそに借金返済のめどが立ちそうな大繁盛を見せる店内は、受付の顔がとてもいい笑顔だった。
バッツはこの格好はどうも人目を引くらしいと気付き、適当なものかげですっぴんに戻ってからホームへの道を歩いた。
屋台のいいにおいとともに腹の虫が昼を告げ、バッツは適当に屋台料理をつまみながらホームに帰った。
そそくさと装備を整え、ホームを出たバッツは、ふと訪れる確かな予感に表情を強張らせた。
「風が…急いで行こう。」
ダンジョン3Fを一人で行くベル。
バッツがいなくともすでに2対1程度の状況は、問題なく1対1の瞬間を作り急所に一撃入れて突破することができるようになっていた。
一人旅は何より体力が大事だというバッツの教えを忠実に守って、高速戦闘とこまめな休息による5階への到達を目標としていた。一人でバッツの知らないところまで進んで、帰り道で自慢して驚かしてやろうという腹であった。
順調に歩みを進めるベルは、地図を頼りに4階層へも最短ルートで到着する。
ベルはここから、モンスターのいない道をしばらく歩く。
偶然前の冒険者が通ったばかりなのかと楽観視するベルであったが、問題はその余りの順調さに自分の体力を忘れて休憩していないことであった。
結局ろくな戦闘もないまま5階層へ到着する。
僅かな疲労感に少しずつ冷静さを奪われているとも知らず、少し気合を入れて歩みを進めるベル。
新しいモンスターの1匹でも見たら帰ろうと決めたベルは、その目標がすでにうぬぼれている事に気付く由もない。
危険に陥っても誰も助けてはくれないのが一人旅。
未知の危険を注意してくれるパートナーのいないことこそが、ソロで潜る最大の危険だということにベルは気付いていない。
一人でここまで来ただけではだめなのだ。無事に帰らなければ何も残せない。
「いたぞ…あれは見たことがない!やった!一人で冒険できたんだ…ん?なんで突然走り出したんだろう…」
地響きが始まった。
ベルは足をすくめている自分に気が付いた。
未知への恐怖がベルの頭の中を埋め尽くすのにあらがえず、逃げるか隠れるか迷ってしまった。
もっと思い切ってこいというバッツの教えが脳裏をよぎる。
今のベルには、そんな後悔をする暇などないとわかっていてもこの思考を止められなかった。
「どうしよう…!どうしたらいいの?バッツ…神様…助けて。」
ベルは地響きが低いうなり声を伴って近寄ってくるのを感じた。
完全に恐怖で混乱したベルはついに叫びだして走る。
「誰か!!誰か助けてください!」
うなり声の主の息遣いが聞こえた。
背後を見たくないベルは全力で走り出す。
足音は大きくなり、ついにうなり声は叫び声となった。
「うわあああ!」
か弱い心の芯をへしおられたベルは狂乱した。
もつれた足が後悔の波を呼ぶ。
一人で来なければよかった!神様の言う通りだった!僕はなんて弱いんだ!
もう死んだ。終わった。ベルは心からそう思った。
しりもちをついた拍子に化け物の顔が見える。
一度顔を見てしまえば未知の恐怖は過ぎ去り、ベルに冷静な死を悟らせた。
「あ、ああ…ミノタウロス…」
「ヴゥモオオオオオォォ!」
(よくこんな化け物を退治する夢を見たっけ。僕はわき役の戦士にもなれそうにないや。)
ベルは開き直った。
最も身近な底の見えない実力者を想像して人生最後の現実逃避を始める。
(バッツならこんなときどうするかな?)
(よく見ろ!見るんだ!)
「!!」
バッツの声が聞こえた気がしたのは、ベルの精神の極限状態が見せた幻覚だろう。
しかしベルには気付け薬として十分だった。
ミノタウロスは今右手を振り上げた。
奴はぎりぎり拳の当たる距離で振りかぶった。十分に遠いと思った。
何とか強張る体を転がして一撃を避けたベルの叫び声に恐怖はなかった。
「走れ!動けよ!」
腰に下げた短剣を握る。
バッツがついてる!大丈夫だ!よく見たら避けれたじゃないか!
握った短剣を引き抜いて地面に突き刺し立ち上がる。
「走れ!走れ!」
(走れ!走れ!)
僕は生きてる!生きて帰るんだ!
「ヴゥゥゥモオオ!」
背を向け全力疾走するベルにミノタウロスは突進した。
余りにもその速度の差は激しく、立ち止まるミノタウロスから離した10Mほどの距離が、次の曲がり角につく頃には消滅した。
勢いよくも曲がりきったベルに対して壁に激突するミノタウロス。
「に、逃げ切れない…倒せるはずもない…どうしよう。」
ふいにベルを呼ぶ声がした。
「ベル!」
ベルには希望の光だった。
しかし同じレベル1。
遅すぎる登場に、冷静だったベルはせめて巻き込むまいと大人になった。
「バッツ!逃げて!助けをよ…」
「伏せろ!」
「ヴゥモオオ!!」
空振りするミノタウロスの拳。
思わず助けてくれたバッツの顔を見たベルは、ミノタウロスから目を離してしまったことに気付いた。
短い人生で最も確かに己の死を悟る。
これはいけない。
感謝を伝えなければ。
唯一の家族で会ったおじいちゃんとのお別れにお礼が言えなかった過ちだけは、もう繰り返さない。
「ありがとうバッ…」
「ヴゥオオオォォォ!!」
ミノタウロスの無慈悲な角がベルの腹をつらぬいた。
長いので5000文字前後でいったん切ります。