冒険に異世界を求めるのは間違っているだろうか 作:その辺の人
すっぴんマスターのバッツがジョブチェンジするのはすっぴんだと基礎能力が足りないと思ったときです。
あとは着替えたいとき。服代が浮きそうで良いですよね。
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5階層へたどり着いたバッツの目の前でベルは倒れた。
目の前の化け物が4階層までのモンスターとは明らかに戦闘力が違うことはバッツの経験と、大きな角に引き締まった巨躯が知らせている。
恐らくはレベル1の冒険者では歯が立たないであろうと踏んだバッツは、角に突き刺さったベルを事も無げにこちらへ振り捨てるミノタウロスを努めて冷静に観察した。
ミノタウロスの体にはすでに固まった血がこびり付いている。これが今ベルの撒いた血液でない事を見抜いたバッツは、このミノタウロスが既に複数の戦闘をこなしていることを察した。
5階層にこのような強大なモンスターが出ないことはエイナから叩き込まれている。
ミノタウロスはここまで上がる必要があった。恐らく下の階で行われた戦闘か罠、あるいは圧倒的な力での強制を想像する。
バッツはこの不自然に現れたミノタウロスを誰かの手によって誘導されたものであると断定した。
過去にモンスターをけしかけ、操り、人を襲わせる者達との戦いには経験がある。
バッツはこの状況に悪意の影をみる。ベルはダンジョンでなく、人に殺されかけたのだ。
「くそったれ!」
怒るバッツの叫びと共に、淡く光る全身がスキルの発動を告げた。
滞りなく体を巡る魔力、思い通りに動く体。
確かめずとも分かる。
この心の叫びが収まるまでに、一刻も早くベルを回復し、その元凶を断たねばなければならないと覚悟した。
イメージする姿は誰よりも速く世界を駆け抜けた、歴史に語られない影の英雄。
その経験に相応しい肉体を取り戻したバッツは、全身に顔さえ隠し尽くす黒装束を身に纏った。
「ベル。まだ終われないだろ。」
その心の内に癒しの光を秘めてベルに近づく。
光る右手。
深く息を吸うミノタウロス。
「アレイズ!」
即時発動の魔法はミノタウロスが威嚇する瞬間には発動を完了した。
瞬く光がベルの体を駆け回る。すっと光が消えるとベルの腹に空いた穴はふさがっていた。
ベルがまだ生きていられる事を確認したバッツは、今度こそ生きて帰るためにミノタウロスと対峙した。
ベルは浅く息こそしているが、意識がはっきりしていないようだった。バッツはベルを守るため戦闘に入った。
ベルがその体を起き上がらせるまで逃げる道はない。
「まずはお前からだ。」
ミノタウロスをけしかけた何者かに向けた一言。
ミノタウロスが踏み出すのと同時に、バッツはベルの握っていた自分の短剣を手に取り、まっすぐミノタウロスへ歩き出した。
明確な敵意を感じ取ったミノタウロスはバッツへ攻撃をした。
そのはずだった。
この時ベルは息苦しさと共に意識を取り戻し、その瞬間を目撃した。
ぼやけた視界に映るのは、ベルの血にまみれたミノタウロスが腕を振り上げる様子と、その角越しに背後を取っている一つの人影。
ミノタウロスがその丸太のような腕を振り上げきる頃には、既に鼻から上が真っ二つに裂けていた。
ミノタウロス自身がそのことに気付いたのは、続く全身の切断面を目にしたときだった。
「ヴモ?」
間抜けな声と共に血飛沫を撒き散らし、ミノタウロスは絶命した。
ベルの視界は顔についた血飛沫を拭った時にようやく晴れた。
直後にベルへ駆け寄った一人が声をかける。
「大丈夫?」
その少女にベルは心奪われた。
神にも劣らない美しく可憐な容姿。透き通る声さえベルにはこの世のものとは思えなかった。
ベルは2度のまばたきの間見とれると、直後に自分の顔から全身が燃えるような感覚を覚えた。
「う、うわあああ!」
思わず走り出すベルは弾丸のように速かった。
何か言おうと口を開く少女は、しかし首に突きつけられた刃に気づき戦慄した。
全く気配さえ感じられなかった。
完全に背後をとられた。
少女は脳裏に絶対的な死がちらつき冷静さを失った。
影が話し出す。
「あいつを追えば切る。このミノタウロスはお前がけしかけたのか?」
「け、けしかけた訳じゃない…」
「お前は一人か?理由は?」
「パーティーで群れの相手をして…手を抜いて…逃がしました。」
影の声に怒気が混じる。
「名前を教えろ。」
「…アイズ・ヴァレンシュタイン。」
「アイズ。お遊びで人が死ぬのは仕方ないことか?」
「ひっ。そんなことありません…」
「…信じるぞ。次はないからな。」
影の気配が消える。
既にないはずの、冷たく首へ突き立てられた刃の感覚が消えない。
少女は一人、未知の恐怖とダンジョンで手を抜いた後悔に飲まれ、呆然と立ち尽くした。
追い付いて来た仲間達に声をかけられても、しばらくは返事をすることさえままならなかった。
この日の探索はここで終わりとなる。
最短ルートで抜けた3階層の入り口でバッツと再会したベルは、バッツが偶然出会ったアイズ・ヴァレンシュタインに助けを求めた事を聞かされ鵜呑みにした。
そのまま定時で閉まりかけたギルドに飛び込んで必死にアイズ・ヴァレンシュタインについて訪ねる二人の姿は、また一目惚れ冒険者かとギルドのロビーに笑いを誘った。
バッツとベルに詰め寄られたエイナは思わず個人情報は教えられませんと叫び、次の瞬間にははっとして、はしたない自分に顔を赤くした。
結局諦めの悪い二人に、彼女がロキ・ファミリア所属であること、レベル5であることなどを教えたところ、ようやく満足した様子で、じゃあ帰るかと言い出すバッツ。
対してまだぐずるベル。
「でも、お礼くらいしたいんです。好きなものくらい…」
「とかなんとか言って本当は、その子にホの字じゃないのかい?」
「…うう、バッツ~!」
素直過ぎるベルがちょっと可愛くなったエイナは、ついおせっかいを焼き始める。
高嶺の花も良いところだ、それにファミリア間を跨いだ関係は様々な問題を生みやすいから想像より辛いことになるぞと警告すると、ベルはうつむき落ち込みだした。
すかさずバッツが小声でフォローを促す。
完全にお守りの体制である。
「おい、ミノタウロスに殺されたばっかりの子供にそこまで言うことないだろ!恋くらい好きにさせろよ!」
「たしかにそうですがバッツさん…?いまなにに殺されたって?殺された?殺されかけたんじゃなくて?」
「やっぱり僕なんかじゃ立派な男にはなれないんだ…」
「ほらエイナ!早く励まさないとベルが不良になっちゃうぞ!」
「え、えーと…一途な男の子は素敵だと思うよ!相手が誰かなんて関係ない!がんばれベル君!」
パッと明るくなるベルとバッツ。
「そうだぞベル!頑張ればなんにだってなれる!お前ならできる!じゃあ帰ろうぜ!」
「ありがとうバッツ!さようなら!エイナさん大好きー!」
「え、ええっ!?」
周囲の人々から好奇の視線が突き刺さるなか、真っ赤な顔でひとり置いてけぼりをくらうエイナ。
彼女はしばらく同僚にこの件でいじられ続けるが、不思議と嫌な感覚は覚えなかった。
ホームに戻ったバッツとベルは、待ち構えていたヘスティアによって現実に叩き戻される。
「二人とも!よく戻ってきたね!…!?ベル君、なんでそんなボロボロの服なんだい!?体は傷ついて無いようだけれども…」
「それはちょっと転んで…」
「バッツ!正直に話そうよ。…家族に嘘はつきたくないよ。」
「…大丈夫か?ベル。無理に思い出さなくても良いんだ。」
「…君が辛いならボクはいくらでも待つよ!今日じゃなくても良いさ。」
思わず恐怖がよみがえり膝を抱えるベル。
気持ちを読み取ったヘスティアは、これは相当なことがあったと察した。
迷わず女神らしく慈愛を溢れさせたヘスティアは、ベルの両の頬に手を当て、静かに震える緋色の目を見つめた。
ベルの顔に強がりと恐怖を見たヘスティアは、そのままベルを抱き締めた。
「キミは笑顔で帰ってきた。良いことあったんだろ?その話を聞かせておくれよ。」
「神様…バッツが、僕を守ってくれたんです。そして絶体絶命の僕を、あの人が助けてくれました。」
一度話し出したベルはしばらく止まらなかった。
興味津々で話を聞くバッツと、微笑みを絶やさず相づちを打つヘスティア。
ベルはひたすら涙を堪えて、今日覚えた恐怖と希望を吐き出し続けた。
しかし話が終わりに近づきアイズが登場すると、徐々に微笑んでいたヘスティアの顔がひきつり出した。
バッツは当然その変化を見逃さなかったが、既に経験済みのそのヘスティアの変化を、面白そうだと思って見守ることにした。
そんなヘスティアには構わず話を続けるベルは、気付けばアイズの誉め言葉を並べ始める。
あの一時でよくそんなに誉められるなあと内心で感心するバッツと、ついに口を開くヘスティア。
「それでですね、大丈夫?って!もう僕は…」
「もういい!もーいい!君の趣味はよーくわかったから!」
「えっ?でもまだここから…」
「うるさーい!いいったらいいの!」
「…分かりました…なんでそんなに怒ってるんですか?」
「それはだな…」
「バッツは黙ってて!ベル君は知らなくていいの!とにかくこの話はおしまい!」
「面白かったぞベル!大変だったな。よし!明日は俺が美味しいものおごってやる!それでまた元気にダンジョンだ!」
「本当!?やったー!」
「良かったねベル君!明日はバッツと楽しんできなよ!」
「はい!楽しみだなあ…」
「お楽しみはもうひとつ!今日の大冒険の結果発表だ!ステータス更新しよう!」
「おっ、すっかり忘れてたな。」
「僕はほとんど逃げ回ってただけですけど…ちょっと楽しみですね!」
ヘスティアはこのあと二人の成長に衝撃を受ける。
バッツは先に更新したが、すべてのステータスがGからA評価へ跳ねた事に案の定ヘスティアが衝撃で固まってしまい、初日と同じくベルを外に出しての面談が始まった。
所々かいつまんで話したバッツは、ベルを蘇生したことと、アイズを一方的に脅したことは伏せた。
ミノタウロスの頭を一撃で割ったという戦闘内容に、ヘスティアはさすがは英雄だと誇らしくなったが、こういう人間は街で神々に付け狙われるからできるだけ目立つのは止めること、人前でのジョブチェンジや魔法など、元々持つ力の行使を控えるよう厳命した。
次いでベルの更新を行い再度固まる。
ベルのスキルが発現した。
憧れるだけ成長するなど噂できいたこともない。
何より憧れる相手が問題である。
それがバッツならどれ程良かったか。
あのミノタウロスを倒したのがアイズであると疑わないベルが憧れているのは仕方がないと頭でわかってはいる。
しかしヘスティアは正直に、ベル君の心のど真ん中に居座りやがってヴァレン某めと心の中で舌を打った。
スキルを読むほど嫉妬の炎が燃え上がるのを感じたが、しかし今日ベルが体験した辛さを思えば顔に出すのはためらわれた。
とりあえず素直すぎるベルにはこのスキルの発現を黙っておくことにして、その異常なステータスの伸びを成長期の到来で押しきった。
あまりにレアスキルばかり発現する二人に、自分の数少ない常識が打ち砕かれる音が聞こえたヘスティアは、もう難しいことは寝てから考える事にした。
ヘスティアが今日は疲れたからと二人へ睡眠を促すと二人は大人しく頷き、皆少し早く就寝した。