プリズマ☆イリヤ クロス   作:-Yamato-

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第10話 再戦は、空の上で

 

 濃紺の空に星が瞬く。

 半月よりも僅かに膨らみを残す月が夜空で儚げな光を白く放つ。

 いつもと変わり映えのない、夜の空の下。

 ひどくギスギスとした空気を纏う少女たちがいた。

 

「トオサカリン、探査はしたんでしょうね」

 

 両腕を組み、真向かいに立つ凛にルヴィアが問いかける。

 

「もちろんよ。キャスターは、前回と同様に準備万端、いつでもどうぞとばかりに待ち構えていたわ」

 

 凛は、ルヴィアの挑発的な問いかけに対し、逃げる気はない。だが、前回の失態があるので、棘や皮肉を織り交ぜることなく告げる。

 二人の間で、敵意という名の目に見えない火花が何度も散っている。

 

「……ええっと、これから戦う相手はキャスターなんだよね」

 

 イリヤが自信なさげに問いかける。

 

「そうよ。でも、アイツのことだからどさくさにまぎれて、何をしてくるか分からないから、注意しなさい」

 

 ルヴィア陣営に対する注意を怠るなと凛が告げる。

 

「ふ、そちらこそ。美遊、なんでしたらやられる前に、やってしまっても構わないわよ」

 

「それは、ちょっと……」

 

 さすがに、ルヴィアの無茶苦茶な指示には頷けない美遊。

 

「まぁ、冗談はこのくらいにして、今回の戦いの作戦を伝えるわ」

 

 まったくもって冗談に聞こえなかった会話を取りあえず切り上げた凛は、今回の戦いの作戦の説明を始める。

 

「複雑な作戦を立てても混乱するだけだろうから、役割を単純化するわ。接界したら、すぐにキャスターの魔法陣の上に出て。その後は、小回りのきくイリヤが陽動とかく乱を担当。突破力のある美遊は本命の攻撃担当。挟撃の形を保ちつつ、なるべくイリヤ側の弾幕を厚くして、そうしてイリヤ側に敵の意識が向いたら、ランサーのクラスカードで勝負をつけて」

 

「あの人たち、来るのかな……」

 

 イリヤは独り言のようにポツリとつぶやく。

 瞬間、空気が凍った。

 とくに、凛からは冷気のようなモノが噴きあげてきている気さえする。

 

「ふふふふふ、あいつらの目的が鏡界面の崩壊エネルギーだっていうのなら、来るでしょ。というかもう来ていて、その辺で高みの見物をしているかもしれないわね」

 

 俯いて口元だけで笑っている凛は正直、怖い。

 

「どうせ、認識阻害の結界でも張ってこちらに悟らせない程度のことはやっているだろうし、取りあえず邪魔はしてこないはずだから、放っておきなさい」

 

 凛はひどく冷ややかで口調は固い。だからこそ、余計に彼女がどれほど煮えたぎらんばかりの感情を抱いているかが伝わってくる。そうやって、冷静にと言い聞かせていなければ、爆発してもおかしくないほど導火線に火のついた爆弾を抱え込んでいるのだ。

 

「ええっと、あのアーチャーって人。もしかしたら、英霊なのかも……」

 

 イリヤは正直、そんな凛に声をかけるのは怖かったが、昼間に気がついたことを報告しておくことにした。

 

「英霊? 一体なんの根拠があるの、イリヤ?」

 

「んーと」

 

 言葉にするよりも、見せた方が早い。

 イリヤは預かっていたクラスカードを取り出し、ルビーに押し当てる。

 

限定展開(インクルード)

 

 ステッキが黒塗りの弓に変わる。

 

「これって、英霊の武器なんでしょ? アーチャーさんが持っていた弓に似てない?」

 

 『ランサー』のカードによってゲイ・ボルグという槍が現れるように、『アーチャー』のカードでも弓が現れる。それは、英霊が愛用していた宝具でもある。

 

「確かに、似ていると言われれば、そうかも知れませんわね。それで、この武器の真名は?」

 

 ルヴィアが凛に問いかける。宝具は真名を唱えることで、その威を発揮する。そして、宝具の名前がわかれば、英霊の氏素性もはっきりしてくる。

 

「…………ないわ」

 

「は?」

 

 口元に手を当て考え込んでいた凛の答えに、ルヴィアが間の抜けた声を上げる。

 

「まさか、調べていないとでも?」

 

「調べたわよ。でも、この弓にはなんの神秘も込められていない、ただ頑丈なだけの弓なのよ」

 

「弓の英霊なのに、使っていた武器が宝具でもなんでもないただの弓だなんて、ありえませんわ」

 

 苛立たしげに爪を噛むルヴィア。

 

「そうでもないわよ。アーチャーのクラスに必要なのは、武器を射出する能力だもの。もしかしたらこの『アーチャー』の英霊は、弓ではなく矢となるもの、もしくは射出する技能の方が宝具だったのかもしれないわ」

 

 それは、すでに考察していたことだったのだろう。凛は淀みなく自身の考えを述べる。

 

「アーチャーのクラスカードで得られる武器が単体では使い物にならないから、取りあえず英雄の正体は置いていたんだけど。こうなったからには調べないといけないかもしれないわね」

 

 そこで、凛は息を一つ吐き出す。

 

「イリヤ、他に何か気がついたことはある?」

 

「あ、ううん。とくには……」

 

 ふるふると首を横に振るイリヤ。

 

「そう、美遊の方は?」

 

 話を振られた美遊も、イリヤと同様に首を横に振った。

 

「それじゃ、この話はこれでお終い。接界しましょ」

 

 結局、イリヤはあのアーチャーと呼ばれていた少年が、自分の兄衛宮士郎と少しだけ似ているような気がしたことを口には出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛とルヴィアは戦い邪魔にならないように、鏡面界に入った直後から爆撃の有効圏外である冬木大橋の橋の下へと避難した。

 

「それで、あの子は空を飛べるようになったの?」

 

 凛は、今回の戦いでの一番の懸念を口にする。

 前回の戦い後、空を飛べなければ戦いにならないという結論が出たが、美遊という少女は空を飛ぶということに対し、具体的なイメージを持つのが難しそうであった。

 

「もちろんですわよ。美遊! 見せて差し上げなさい」

 

 ルヴィアの言葉に軽く頷いて見せた美遊は、地面を蹴って空へと駆け上がる。

 

「あれは飛ぶというより、跳ぶじゃない。なるほど、魔力で足場を作り、強化した脚力で蹴りあがるというわけね」

 

 凛は一目で美遊の飛行方法を看破する。

 

「ふ、結果的には空中戦ができるのですから、問題はありませんわ。それに、魔力の総合運用という点からみても非常に効率的ですのよ」

 

 ルヴィアはまるで、自分のことのように自慢する。

 

「ええ、本当に凄いわね」

 

「な!?」

 

 凛があっさりとそれを認めたことに、ルヴィアは非常に驚く。

 

「……あんた、私のことをどう思っているのよ。ルヴィアとあの子は別人だし、今回の戦いに必要な技能をきちんと身につけてきたのは、評価すべきでしょ」

 

 凛は戦いから目をそらさずに、ルヴィアに言う。少しルヴィアは悔しがっているようではあったが、凛としてはこんなことで彼女との勝負をつける気はないので、それ以上は何も言わない。

 

 戦いの方は、作戦通り進んでいた。

 イリヤが散弾を放ち、キャスターを釘づけにする。そして背後から、美遊が迫る。

 

「行ける。タイミングばっちり!」

 

「やっておしまいなさい、美遊!!!」

 

 上空にいる彼女たちには聞こえていないと知りつつ、彼女たちは拳を固めて声を上げる。

 だが、美遊がゲイ・ボルグを限定召喚する直前、キャスターの姿が掻き消えた。

 

「な!?」

 

 一体何が起こったのか、凛たちが理解するよりも早く、キャスターの姿は美遊の背後に唐突に出現し、その無防備な背中に杖を振り下ろした。防御行動を取る間もなく、美遊は地上へと墜落する。

 

「なんて奴。転移魔術を、呪文の詠唱もなしにやってのけるなんて……ほとんど魔法の領域じゃない」

 

 予想しえない事態に、凛は唇を噛む。

 

「美遊、早くそこから離脱しなさい! そこはっ!!!」

 

 そこは、キャスターが上空に展開している設置型魔法陣の有効爆撃範囲内。ルヴィアの言葉のうちにも、魔法陣は敵を探知(サーチ)しレーザーのように、その照準を美遊に合わせる。その数は10を超える。

 

「くっ! このままではっ!!」

 

 あんな数の砲撃を受ければ、間違いなく障壁ごと吹き飛ばされる。ルヴィアは、宝石を握りこみ凛が止めるのも聞かずに美遊に向かって走り出す。

 美遊が砲撃の雨にさらされる直前、彼女を掻っ攫うようにして飛び込んできたのはイリヤだった。イリヤは、美遊を抱きかかえたまま空へと昇る。

 

「か、間一髪でしたわ……わわわわわ!!!!!」

 

 設置型の魔法陣は、有効爆撃圏内に無防備に入り込んできたルヴィアに照準を合わせてきた。

 逃げ惑いつつ、なんとか橋の下まで戻ってきたルヴィアの息は上がっており、ドレスは所々が焼け焦げていたりした。

 

「それにしても、転移魔術はやっかいね」

 

 プスプスと煙を上げるルヴィアを欠片も心配せず、凛は考え込む。

 

「一度、あの子たちを戻して作戦を立て直し————!?」

 

 見上げた空の上、幼い魔法少女たちは戦闘を続行していた。しかも、初めの作戦を無視してイリヤがオフェンスを担当するように前に出て杖を振りかざしている。

 

「「んなーーーー!!!!?」」

 

 じれったいとばかりに、頭を抱えて絶叫を上げるルヴィアと凛。

 

「あの馬鹿!! せめて役割分担くらい、守れ!!」

 

 凛がイリヤを叱咤する。

 

「どっちにしても無意味ですわ! また転移で逃げられるだけなのですから!!」

 

 自分たちが戦えれば他にも手があるというのに、と地団駄を踏むルヴィア。

 下で騒ぐ彼女たちの予想通り、キャスターは攻撃の直前に転移する。

 逃げられてもイリヤは構わず誰もいない方向に向かって、極大の散弾を放った。散弾は、魔力反射平面に跳ね返り、さらに広範囲に攻撃が散る。

 

「うまい!」

 

 凛の歓声が上がる。

 ただでさえ、イリヤの散弾は範囲が広い。それが、反射平面を利用することで、空域の大半に攻撃が広がる。

 結果、攻撃は転移先のキャスターすら捕える。もちろん、これだけ広範囲に散ってしまった魔力弾では攻撃力はほぼ皆無。それでも、キャスターの動きは一時的に停止する。

 その一瞬さえあれば———

 

「やっておしまいなさい! 美遊!!!」

 

 ルヴィアが、聞こえていないことを知りつつも手を振り美遊に攻撃を命じる。

 美遊はステッキを真っすぐにキャスターに向け照準を合わせる。

 

「弾速最大!! 狙射(シュート)!!」

 

 細く穿つような砲撃。キャスターの転移は間に合わず、地面に向かって墜落していく。だが、威力よりも速さに重点を置いた攻撃では、キャスターに止めを刺し切れていない。

 咄嗟に、凛とルヴィアは宝石を取り出し、魔術回路を起動させる。

 凛が握るのは5大宝石の一つサファイア。ルヴィアが握るのは同じく5大宝石のルビー。

それぞれが、風と炎を司る。そこに秘められた魔力の全てを一気に解放。

 

「轟風弾五連!!!」

「爆炎弾七連!!!」

 

 青と赤の魔力が、一つとなる。風は炎の力を増強させ、炎の力は風に乗り更に周囲へと威力を拡大させる。それぞれが、互いの力を相乗させその威力は単体での発動の数倍。半径数メートルのも範囲を焦土へと還るほどの威力を誇る。

 魔術は、完全にキャスターを捕えた。例え、英霊であろうと無事では済まされない。

 

「やりましたわ!」

「まだよ!!!」

 

 勝利を確信し歓声を上げたルヴィア。だが、凛はまだ警戒を解かない。油断も隙も見せてはいけない。キャスターより誰より、『自分自身に』。

 だから、凛は己の魔力を空間全体に広げ、そして感知する。

 

「っ!!」

 

 居た。

 あれほどの攻撃を受けてなお、キャスターはまだ息があった。鏡面界の端にまで転移して、空に浮いている。彼女はもう、虫の息だ。自身が存在するための魔力も、まともに残っていない。そのまま放置しておいても、消える運命は変わらない。

 けれど、その中でも彼女はまだ生きているのだ。ただ、目の前の敵をせん滅する存在として。

 だから、彼女の選択は一つ。己の存在すらも魔力に変換させ、空間ごと焼き尽くし敵を殺しつくすこと。

 

 キャスターの周囲に浮かぶ、強大な魔法陣。地上から、空にまで届くほどの円周が眩いほど輝く。おそらくは、始めからそこに設置してあったのだろう。そうでなければ、いくらキャスターといえど、空間を焼き尽くすほどの魔力を即座に起動できるはずはない。起動の鍵は、自身の命。

 

「ダメ!! 美遊!!!」

 

 美遊もまた、キャスターが終わったと思っていなかったのだろう。だから、キャスターの転移に気付くと同時に、止めを刺すべくキャスターへと空を蹴る。

 けれど、下にいたからこそ凛は気づいた。美遊がどれほど速く跳べたとしても、彼女単体ではキャスターの攻撃には、ほんの僅か間に合わないと。

 

 凛の叫びは遅すぎた。例え、美遊が動くのと同時に声を上げていたとしても、彼女は走り出してしまった。もう、攻撃も脱出も間に合わない。だから、全滅————

 

「乗って!!!!!」

 

 イリヤは弾速最大にした魔力砲を打ち出す。それが、運命を捻じ曲げた一手。

 美遊はイリヤの魔力弾を足場にし、僅かに足りなかった速度を得た。手の中のステッキは、彼女の意に応え赤き呪槍へと姿を変える。

 光よりもなお早く彼女は因果すら覆す槍を手に、破滅へと導こうとする魔女へと最期の一撃を放った。

 

 

 

 

 


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