プリズマ☆イリヤ クロス   作:-Yamato-

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第13話 交渉は、等価交換で

 凛が遠坂邸に戻る頃には、空が白み始めていた。

 

「今回は、危なかった……」

 

 魔術に携わる以上、死は常に身近にあり、それがいつか自分の身にも降りかかってくるかもしれない。そんなものはとうの昔に覚悟を決めている。

 

 だが、ほんの十数分前までの戦いは、そんな自分の覚悟がいかに甘いものであったかを思い知らせてくれた。

 

 セイバーという強大な暴力。

彼女の身に宿した神秘に、押しつぶされていてもおかしくはなかった。

今回は、かろうじて生き残ったが、それもたまたま。

 

 物理防御を最大限にし、地中に難を逃れなければセイバーの宝具にのまれ、跡形もなく消え去っていたかもしれない。

 

「それにしても……」

 

 遠坂邸の玄関のドアノブに手をかけながら、考え込む。

 状況からすると、セイバーを倒したのは美遊だろう。イリヤのステッキであるルビーは、戦闘で負傷した凛やルヴィアの保護をしていたし、リンは否定していた。

となると、セイバーと対峙できたのは、手元にサファイアが戻っていた美遊だけ。

 

 だが、美遊は最後までどうやってセイバーを倒したのかを明かさなかった。それが、非常に気になる。

 そんな考え事をしながらも、凛が遠坂邸の結界を解除する手並みには淀みがない。

 カチリと小さく脳裏に音が響く。結界は問題なく解除され、屋敷は主を迎え入れる。

 

 『ただいま』などとは言わない。

 両親とはすでに死別しており、家族は誰もいない。ガランとした冷たい空気が、凛を迎え入れる。

 だが、その空気がいつもとほんの少し違う。何がどう違うのかは、わからない。ただ、凛の直感が『違う』ことを伝えてくる。

 

「—————」

 

 全身に緊張が走る。

 ここは、魔術師の工房にして遠坂の本拠地。他人が侵入すれば、ありとあらゆる罠が襲いかかる。だが、結界には異常はなかった。罠にも動作した痕跡はない。

 だから、侵入者は考えられない。

 

 けれど、違和感は確かにある。この原因をはっきりさせるまでは、警戒を解くことはできない。魔術回路の回転数を軽く上げ魔術を発動できる状態にして、屋敷の中を進む。

 

 一番入ってほしくないのは研究の工房があり、魔術の秘跡が山と積まれている地下。

 そこへ行くためには、まず居間に入らなければならない。

 ドアノブに右手をかける。左手の人差し指を立て、ガントをいつでも放てる状態にする。

 呼吸を整え、ためらいなく凛はドアを開いて……言葉を失った。

 

 居間の中央のソファーに、赤い外套を纏った少年がまるで部屋の主のように堂々と腰をおろしていたのだから。

 

「リン、サーヴァントを戦場から遠ざけるとは何を考えている」

 

 少年は首をめぐらせ、凛を灰白色の瞳で捕える。静かな口調だが、そこには怒りが滲んでいた。だが凛を見た瞬間、少年から怒りが消えた。ふぅと小さく息を吐き出す。

 

「すまん。気配が同じだから、間違えてしまった」

 

 そう言って、力を抜き瞑想するように目を閉じる。

 ひどく疲れている少年の様子に、凛は彼が自分を庇って怪我を負ったことを思い出す。だが、それと魔術師の工房に入り込んだこととは別物だ。

 

「あなた。わかっているの? ここは魔術師の本拠地よ」

 

 両手を腰に当て、相手を挑むように睨む。

 

「そうだな」

 

 けれど少年はそんなもの全く意に介さず、相も変わらず目を閉じたまま王様のようにふんぞり返っていた。

 その態度に腹が立った凛は、足音を立て少年の真正面に立つ。

 

「人様の家に無断で入り込んでおいて、その態度は何よ?」

 

 長かった夜の疲れや苛立ちもあり、凛の怒りの沸点は非常に下がっている。これで、まともな回答が得られなければ、あっさりと爆発するのは間違いない。

 

「それは、こちらとしてもどうしようもない状況でね。この屋敷に侵入する結果となったことに私の意志は介入していない。リン……ああ、私のマスターのことだが、彼女がここに無理やり転移してくれたのだよ」

 

 やれやれと肩をすくめる。

 

「な!? なんでよ!」

 

「ここが、冬木でも有数の霊脈だからだろう」

 

 確かに彼の回復を望むのならば、遠坂の霊脈は最適だ。

 

「でも、私の意志一つでこの部屋に設置されている罠が全てあなたに向かうのよ!? なのに、なんであなたはそんなにも無防備なのよ!!」

 

 凛にとって、そこが一番納得がいかないのだ。少年は、さも当然のようにここにいる。凛が戻ってきても、逃げるそぶりの一つも見せない。

 

 リンの言葉に、少年はゆっくりと目を開く。色素の薄い瞳が真っすぐに凛を見つめる。

 

「遠坂凛は、そんなことをしない」

 

 たった一言、少年が口にする。

 

「っ……そ、そんなの……彼女は、そうかもしれないけど、私がそうだとは限らないでしょう!!」 

 

 反論する凛を、アーチャーは無言のまま目をそらさずに見つめる。戦闘時は近寄りがたい敵を射抜く鷹のような鋭い瞳をしていたというのに、今の彼のソレにはどこか懐かしさを含んだような柔らかい光を宿している。

 

 そんな彼の視線を受けて、凛は顔が赤くなっていくのを自覚する。けれど、彼から目を反らすこともできず、ここまで動揺する自分に理由が見いだせないまま、頭が真っ白になってしまった。

 

「アーチャー……あなたってホントに……」

 

 その凛の背後から、多分に呆れが混じった女の子の声がした。

 

「リン、戻ったか」

 

 アーチャーはあっさりと凛から視線を外す。凛も釣られて、自分の後ろを振り返った。そこにいたのは、10歳前後の幼い自分。

 

「悪かったわね。アーチャーの悪ふざけに突き合わせちゃって」

 

 軽い調子で謝罪するリン。

 

「む。別に、悪ふざけというわけではないのだが」

 

「うっさい。アレが、本気だというのならなお悪い」

 

 どう見ても女の子を口説き落としているようにしか見えなかった。

 

「いやいや、少々からかってみたまでだ」

 

 そんなリンの様子にアーチャーは喉を鳴らして笑う。

 

「それを、悪ふざけというのよ!!」

 

 小さなリンが起こる様子は、まるで毛を逆立てた子猫のようだった。

 

「だが、ウソをついたつもりはない」

 

 笑いを納めたアーチャーの真剣な表情を認めたとたん、リンは言葉に詰まり先ほどまでの凛と同じくらい顔を赤くする。

 

「…………なんでしょうね、このお熱い空気。バカップルどもめ!! という感想を抱かざるをえません」

 

 リンの手の中のステッキが、冷静に率直な感想を述べる。

 

「うるさい、ルビー。アーチャー、状況の方はどう?」

 

 ルビーの突っ込みで、自分を取り戻したリンが凛の横を通り過ぎアーチャーへと歩み寄る。

 

「ふむ。取りあえず、現界には支障はない。が、戦闘はしばらく難しいな」

 

 アーチャーの答えを聞きながら、リンはアーチャーの手を取って額に当て目を閉じる。

 

「かなりまずい状態じゃない。地下の方が霊脈の恩恵を受けられるんだし、そっちに行ってたらよかったのに」

 

 予想以上に深刻な状況にリンの唇からため息が零れた。

 

「ちょっと、待ちなさいよ。黙って聞いていたら、ここをまるで自分の家みたいに! だいたい、なんであなたまで勝手に入ってこれるのよ!!」

 

 凛がリンに向かって強い口調で攻める。

 

「なんでって、この家が『遠坂凛』を拒むわけがないでしょ」

 

 振り返りざま、キョトンとした顔で答えるリン。

 

「……それは、そうだけど……でも、無断で霊脈を使うのは、魔術師としての常識から外れているんじゃないのかしら?」

 

 言い負かされまいと、凛は更に言いつのる。

 

「緊急的措置よ。本来なら、私だってここに来るつもりはなかった。けれど、あのまま放置していたらアーチャーが消えていたんだもの」

 

 それとも、とリンは小さく笑みを浮かべて先を続ける。

 

「命の恩人であるアーチャーを追い出すつもり?」

 

 幼い姿をしていても、彼女は確かに『あかいあくま』に違いはない。そして、彼女は相手が例え自分であっても容赦しない。

 

「そうね。わかった。滞在を許可するわ。ただし、条件付きよ」

 

 凛は仕方なしに折れるが、それでも抑えるべき場所についてはきっちりと抑えてくる。

 

「……条件?」

 

 リンが、微かに渋い顔をする。

 

「そ。情報の開示と、クラスカード収集の協力。等価交換としては、妥当なところだと思わない?」

 

 予想通りの条件に、リンの言葉が詰まる。

 

「そうだな。それで構わない」

 

「アーチャー!」

 

 返答を迷うリンよりも早く、アーチャーが返答してしまう。

 

「この件については、こちらが折れるべきだ。それに、キミらも疲れている。一度話を切り上げ、休むべきだと提案する」

 

 凛とアーチャーからの至極まっとうな言い分。

 

「わかったわよ。でも、事情を説明するのは、明日にしましょう。今日は疲れたから、寝るわ。適当な部屋を借りるわね」

 

 言い負かされる形になってしまったリンは、それだけ言い置いて部屋を出て行きながら内心ため息を吐き出す。

情報の開示をするということは、この次元に転移するために至った原因が自身の『うっかり』にあったと説明しなければならない。できるだけ、その部分を誤魔化して説明するために寝るまで頭を悩ませなければならなさそうだった。

 

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