プリズマ☆イリヤ クロス   作:-Yamato-

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第15話 鳥は、一羽空を行く

「リンさんってば、ちゃんとそちらの皆さんの気を引いてくれてなきゃダメじゃないですか」

 

 フリフリと羽を振りつつ、自身のマスターに苦言を呈する。もっとも、部屋の中にまで声は届いていないのだが。

 

「それで、お二人の意見をお伺いしたいのですが」

 

 サファイアはそれまであれほど熱の入った反応を返してきていた姉たちに対し、冷淡に問いかける。

 

「ん〜〜まずは、驚きですね。イリヤさん、ほぼ完全に英霊と同化しているようです。おそらくはこれが本来のカードの使い方なんでしょうね。まぁ、イリヤさん本人はこの時のことを全く覚えてないんですけどね」

 

 サファイアとの記憶同期(シンクロ)で見せてもらったセイバーとイリヤの戦闘について意見を述べるルビー。

 

「アレが、カードの正しい使い方であるという点については、私やリンさんも同意見です。残念ながらアーチャーさんは座とリンクしていないので、そちらからの情報は得られませんでしたけど」

 

 別世界のルビーの方は、イリヤがカードを使用した時は戦闘の真っ最中であったため、詳しい状況が分からなかった。だから、そばで見ていたサファイアから情報を収集し、仮定をより正確なモノにするために来たのだ。

 

「でも、協会ですら解析できなかったカードの使い方を、イリヤ様がどうやって……」

 

「もしかして、手順をすっとばして結果だけを導いたとか?」

 

「それは、イリヤ様の能力なんでしょうか?」

 

「この家に魔術師はいないみたいだし、イリヤさんはずっと普通の子として育てられてきたはず。だから、一種の先天的な才能なのかもしれません」

 

「まぁ、アインツベルンですからね。そういうのもありじゃないですか?」

 

 彼女たちの話を聞いていたルビーがうんうんと羽を組んで頷く。

 

「は?」「え?」

 

 別世界のルビーの方を向いて、疑問符を浮かべるステッキ二つ。

 

「イリヤさんはアインツベルンの家の子ですからね。魔力や異能の一つや二つあっても不思議じゃないでしょう。今日、ここにリンさんが来たのも、その辺を探るためですし」

 

 説明するが、2本は全くと言っていいほど反応を返せない。

 

「あれ? もしかして、気がついてなかったとか?」

 

 ポリポリと羽で、てっぺんの部分を掻くルビー。

 

「気がつくもなにも、アインツベルンであれば何か問題があるんでしょうか?」

 

サファイアが首を傾げるように羽を振る。

 

「んん? どうやら認識の齟齬があるようですね。アインツベルンは、千年続く古い魔術の家系ですよ」

 

 向こうの世界のルビーの言葉に、こちらの世界のステッキたちは顔を見合わせるような動きを取る。

 

「まぁ、こんなごく普通の家庭に魔術の大家のアインツベルンがいるなんて、誰も思いもしないでしょうし。その上で確認しますけど、本当にイリヤさんは普通なんですか?」

 

「ええ。普通ですよ。魔術の『ま』の字も知らない普通の子です。今回の一件まで魔力を発現したこともないようです。ご両親にはまだ合ったことはないですけど、特に異常を感知したことはないですしね」

 

 羽を器用に組んで、これまでの自分のマスターのことを思い出しつつ答える。

 

「そうですか。つまりは、彼女は何かしら隠された力がある、と…………」

 

 ふつふつと込み上げてくるモノに、ルビーたちは耐えきれなくなり含み笑いをし始める。

 

「「なんて、魔法少女らしい展開なんでしょう!!」」

 

 二本のルビーが完全に同期して、クルクルと空を舞う。見つけたおもちゃが思っていた以上に高スペックであったことに、感激している。

 

「とりあえずは、ルヴィア様たちにはそのことは秘密にしておいた方がよいかと」

 

 そんな姉たちのハイテンションに構わずサファイアが静かに提案する。

 

「あ〜〜その件なんですけど……」

 

 ルビーがピタリと止まる。

 

「なんとなく、凛さんにはバレてる気がするんですよね」

 

 あはははは〜〜と呑気に笑うルビーだった。

 

 

 

※※※ 

 

  

 

「その、アインツベルンというのは聞いたことがないけれど、魔術師なんてありえないわ」

 

 アーチャーから説明を聞き、凛が首を振る。

 

「だって、あの子からは魔力の欠片も感じられなかったし、あの家にだって結界の一つも張られていないのよ」

 

 だから、イリヤは魔術とは関係のない一般人だとずっと思っていた。それが、魔術の大家アインツベルンだというのだ。すぐには信じられるはずもない。

 

「私たちの世界では、彼女は聖杯戦争のマスターとしてバーサーカーをサーヴァントにしていた。さらには、彼女の心臓こそが小聖杯だ」

 

「な!? それじゃ、そっちの世界じゃ彼女はホムンクルスってこと?」

 

 アーチャーの僅かな説明からイリヤがホムンクルスであることを推察する。

 

「ああ。だから、リンは彼女を調べるために行ったのだ」

 

 アーチャーから聖杯戦争も含めて説明を受けたが、凛は頭の整理が追いつかない。

 

 願いを叶える万能の釜、聖杯を奪い合う聖杯戦争。7人の魔術師と召喚された7人の英雄とで争い合い、最後の一組に与えられる奇跡。その奇跡を降ろすためだけに調整されたホムンクルス。

 

 アーチャー達の世界のことについて、得られた情報。平行世界の別人とはいえ、基は同一人物である。ならば、この世界のイリヤは……

 

「だが、セイバーを打倒するほどの魔力を保有していながら、それまで誰にも気づかれなかった。つまりそれは、精緻にして堅牢な封印が施されていたからだと予測できる」

 

 煮詰まっている凛にアーチャーは更に言葉を続ける。

 

「……つまりは、その辺も含めて彼女は確認しに行ったということね」

 

「そういうことだ」

 

 凛の出した答えに、アーチャーの口元に思わず笑みがこぼれる。それは、昨夜リンが出したのと同じ結論だからだ。

 

「あとは、リンが戻ってきたら聞いてみるといい。他に質問は?」

 

「あなたの真名は?」

 

 即座に、質問する凛。

 

「それに、答えると思うか?」

 

 意地の悪い笑みで返すアーチャー。

 

「あ、やっぱり」

 

 凛も答えてもらえるとは思っていない。ただ……

 

「どっかで見たことがあるっていうか……誰かに似てる気がするのよね」

 

 口元に手を当て、眉間にしわを寄せて考え込んではみるが、答えは出てきそうもなかった。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

「イリヤ。大丈夫か?」

 

 ノックの後、イリヤの自室に入ってきたのは赤毛の少年だった。

 

「友達が来ていたのか」

 

 士郎は部屋の中にイリヤ以外に二人の少女がいることに気づく。

 

「お見舞いに来てくれて、ありがとう」

 

 少年がまるで自分のことのように話す、その優しくて、どこか孤独な声音。

 

「お兄ちゃん……?」

 

 美遊はただただ、茫然と士郎を見上げ震える声で呟く。そこには、驚きや戸惑いといった複雑な表情が見え隠れする。

 

「えっと……イリヤの兄ですけど?」

 

 士郎が答えるが、美優は反応を返さない。返すことができない。

 

「初めて見るけど、キミは? イリヤの友達?」

 

 美遊の反応に戸惑いながら、士郎は言葉を続ける。その言葉に、美遊から表情が一切消え去った。

 

「はい……イリヤのクラスメイトの美遊といいます」

 

 立ち上がり、礼儀正しく頭を下げる。 

 

「はじめまして、俺は衛宮士郎。苗字は違うけど、イリヤの兄だよ」

 

 ようやく言葉を返してくれたことに安堵した士郎は、柔らかい笑みを見せる。

 

「その……失礼しました。わたしの兄に似ていたもので」

 

 美遊は白くなるほど、自身の手を固く握り締める。

 

「そっか。君にもお兄さんが……」

 

 士郎の言葉のうちに、美遊は彼に倒れるようにして寄りかかり、服を掴む。本当に一瞬だけ、離したくないと願うように。けれど、掴んだ手はあっさりと美遊から離される。

 

「失礼します」

 

 再び頭を下げ、美優はイリヤの部屋から出て行ってしまった。

 

「……えっと……?」

 

 戸惑う士郎に、なぜか無性にむかつき腹部にひじ打ちを入れてみるイリヤ。

 

「クスクスクス、仲がいい御兄妹ですね」

 

 彼らの微笑ましい様子に思わずリンの口元に笑みがこぼれる。

 

「ごめん。ええっと、キミは?」

 

「はじめまして衛宮くん」

 

 リンは優雅にお辞儀する。

 

「あ、もしかして遠坂の妹かな?」

 

「………姉をご存じなんですか?」

 

 姉という言葉が出てくるまで、微妙な間があったりするのだが、当然のごとく士郎は気がつかずに話を続ける。

 

「ああ。同じ学校だからね。クラスは違うけど、彼女たちは目立つから。学校でも結構人気あるみたいだよ」

 

 それを素で言った途端、再びなんとなくという理由からイリヤにひじ打ちを受ける士郎。

 

「こっちの世界でも、士郎は士郎というわけね……」

 

リンは能天気な士郎の様子に深く息を吐き出した。

 

「ん?」

 

 リンの独り言に士郎が首をかしげる。

 

「なんでもありません。私もそろそろ帰りますね」

 

 立ち上がり、猫を被った笑顔を見せるリン。

 

「あ、送るよ」

 

 半ば反射的に申し出る士郎。

 

「いえ、一人で…………いえ、そうですね。

やはり、お願いしてもかまいませんか?」

 

 首を横に振りかけたリンだったが、考え直し彼の申し出を受けることにした。

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「そうですか。ご両親は健在なんですね」

 

「ああ。二人とも海外で頑張っているんだってさ」

 

 二人は遠坂邸に向かって手をつないで歩きながら、そんな会話をする。

 

「俺は縁があって親父に拾われたし、本当の家族の顔も覚えちゃいないけど、今の家族は大切にしなくちゃいけないと思っている」

 

 リンの手を握る少年の手に僅かに力がこもる。

 

「親父みたいになるのが、俺の夢だから」

 

「夢?」

 

「そう。正義の味方になるのが、俺の夢だ」

 

 迷いもなくはっきりと告げる、その少年の瞳は。ひどく孤独で優しい決意の色を宿している。

 

「…………そっか。士郎が士郎なのは、変わらないのね」

 

 リンがほんの少し悲しそうに、でも眩しそうにそんな士郎を見上げる。

 

「つまんないだろ、こんな話。悪かったな。一人で勝手にしゃべっちゃって」

 

 謝る士郎へリンが首を横に振る。

 

「そんなこと、ないわ」

 

 そこで、一端会話が途切れる。茜色に染まる空の遠くを一羽の鳥が弧を描いて飛んでいく。少年と少女が何も言わず、その鳥を見上げながら歩を進める。

 穏やかな空気の中、それ以上の会話もなく坂の上に遠坂邸が見える交差点に辿り着いた。

 

「いつみても遠坂の家はでかいな」

 

 士郎が、遠坂邸を見上げる。

 

「ここまででいいです。どうもありがとう」

 

 リンは送ってくれた士郎に感謝の言葉を述べる。

 

「……衛宮くん?」

 

 だが、彼は心ここに在らず取った様子で遠坂邸の方を見ていた。

 

「あ、いや……誰かに見られているような気がしたんだけど、気のせいだったみたいだ」

 

 リンに名を呼ばれ、士郎は小さく首を振って答える。

 

「それじゃ、遠坂によろしく言っておいてくれ」

 

 それで、二人は別れる。

 士郎が交差点の向こうに行ったことを見届け、リンは士郎が見ていた場所を見上げる。

 

「アーチャー……」

 

 呟く名前には複雑な響きが込められてた。

 


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