プリズマ☆イリヤ クロス   作:-Yamato-

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第16話 今は、君のサーヴァントで

「ただいま」

 

 扉を開けたリンの前に、仁王立ちになっている凛がいた。

 

「……お帰りなさい」

 

 向けられる満面の笑顔。

 

だが、リンは彼女が『凛』であるからこそ理解できる。その笑顔は僅かな刺激でも与えれば、爆発する可能性が高いダイナマイトであることを。

 

「……色々と聞かせてもらったわ」

 

 凛のその言葉に、小さく舌打ちをするリン。

 

「色々が、どこまでを指しているのか確認しなければならないところだけれど、その様子だと、昨日の戦いの真相あたりまでは聞いているみたいね」

 

「ええ。なぜ、隠すような真似をしたのか、ぜひ伺いたいものね」

 

「あら、私は聞かれた質問に答えただけよ」

 

 セイバーとの戦闘後、アレを倒したのはあなたか? と問われリンは違うと答えた。それだけだ。

 

「そうね。私の聞き方が間違っていたのよね。なら、改めて聞くわ。あの時、一体何が起こったの?」

 

 ウソや誤魔化しなど一切通用しないし、させないわよと凛が無言の圧力をかけてくる。

 

「そのあたりは、アーチャーにも同席してもらって説明するわ。だから、こんな玄関先なんかじゃなく、居間でゆっくり腰を落ち着けない?」

 

 アーチャーにはイリヤが英霊の力を自身に降ろして、セイバーと戦い打倒したとしか伝えていない。だからこれからの話には彼にも同席してもらう必要があった。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

ソファーに座って向かい合う凛とリン。リンの後ろで二人に背を向け、ソファーに寄りかかるようにして立ち、腕を組んで目を閉じているアーチャー。そして、リンの肩の上で携帯バージョンになって寛ぐルビー。それが、この会合の参加メンバーだ。

 

「回りくどいのは好きじゃないでしょ? だから、はっきり言うけどイリヤスフィールがアーチャーを降ろしてセイバーを倒したということしか、昨日の時点ではわからなかった。そんな曖昧な情報であなたを振り回したくなかったから、話さなかったのよ」

 

 より正確に言うならば、もしもアーチャーが口を滑らせてさえいなければ、この時点でも彼女にそのことを話すつもりはなかった。あまりにも不確定すぎている上に、論拠の一部が平行次元上の別世界の話になってしまうからだ。

 

「そして、話す前の前提として理解してほしいのは、アーチャーは確かに英霊だけれど、サーヴァントとして召喚されている今、座とは直接つながっていない。だから、イリヤスフィールが彼の座から力を降ろしても彼にはその情報は伝わってこないわ」

 

「了解」

 

 凛は素っ気なく頷く。

 

「一つ確認したいのだけど、ルヴィアには話を聞かせなくてもいいのかしら?」

 

 リンが念のため確認を取ると、彼女は顔をしかめる。

 

「……あいつには、話すべきだと判断したら説明するわ」

 

 ルヴィアとは協力関係と言う名の敵同士。必要があれば背中を預けるが、そうでなければ背中を狙い合う関係なのだ。ならば、余計な情報は提供したくはない。そんな思惑がありありと見てとれる。

 

「ですよね。せっかく、凛さんが有利になれる状況ですもん。利用しない手はないですよね」

 

 その辺の思考をしっかり理解したうえで、あえて両者の関係を悪化させるようなモノ言いをするルビー。

 

「そっちのルビーも、性格悪いのね」

 

「まぁ。私はただ、面白ければそれでいいだけですよ?」

 

 快楽主義のどこが悪いのかと、のたまうルビー。

 

「なんで大師父、こんな礼装を造ったのかしら……」

「それは、永遠の謎ね」

 

 そして、それと付き合わなければならないことに頭を抑える少女が二人。

 

「お二人とも失礼ですね。そう思いませんか、アーチャーさん」

 

「私に意見を求めるのか、ルビー」

 

 目を閉じたまま、疲れたように息を吐き出すアーチャー。彼もまたルビーの快楽主義の被害者なのだ。

 

「とにかく、こいつのことは取りあえず基本無視で話を進めましょう」

 

「そうね」

 

 そう決意しあった後、リンがまず切り出す。

 

「結果から話すと、イリヤスフィールについては、何も分からなかったわ。彼女本人が全く何も知らないし、魔力の封印さえ感知させないほどに、高度な隠ぺいが施されている。ごくわずかに魔力の残り香があった程度。それがなければ、夜のアレは夢だったんじゃないかって思ってしまったところよ」

 

「そう」

 

 頷く凛の方には、がっかりしている様子はない。その結果は予想の範囲内だ。凛自身が、イリヤの魔力について全く気づかなかったのだから。

 

「これで私は彼女に関する詮索は諦めるわ」

 

「どうして?」

 

 不思議そうに凛は首をかしげる。

 

「彼女にはご両親がいる。義兄もいるし、家族がある。そこには魔術師には望めない平凡な平和があるわ。そして、その平和を守るために封印を施しているのなら、それを暴いてまで平和を乱すつもりはないわよ」

 

 自分たちの世界のイリヤスフィールは、聖杯のために調整された特別なホムンクルスで短命を約束されている。父親はなく、自分の義兄すら殺してしまおうとするほど歪んだ感情を抱いていた。

 

 けれど、この世界ではそんな彼女が望むことさえ許されなかった平凡な平和がある。

 

 だから、それを壊したくはない。

 

 ちらりとリンはアーチャーの方へと視線を向ける。相変わらず背中を向けたままだったが、彼も同意見だとその穏やかな気配が言っているような気がした。

 

「もっとも、この地のセカンドオーナーである貴方を止める権利なんて私にはないし」

 

 調べるならば好きにすればいいと。でも、それに協力はしないとリンははっきりと言葉にする。

 

「……私だって無理やり人の秘密を暴く趣味はないわ」

 

 凛もまた同意する。別世界のイリヤスフィールがどんな運命をたどるかなど、彼女は知る気はない。それでも、イリヤスフィールがホムンクルスであると聞いた時点で在る程度の予想は付く。

 だからこそ、これ以上イリヤスフィールの生活を乱すことを良しとしたくはない。

 

「魔法少女騒動に巻き込んでおいて、今さら……ゴガっ!!!」

 

 リンは、ルビーにみなまで言わせず、テーブルの上に叩きつける。木製のアンティークのテーブルにのめり込むほどの勢いで。

 

「それを、あなたが言うのは、お門違いじゃないかしら?」

 

「それは、こっちの世界のルビーであって、私じゃ……ああ、リンさん御無体な……そこは……責められると……っ……ぁん…………ぃやぁ……」

 

「気色悪い声をあげるな!!」

 

 今度は凛が、手近にあったナイフでルビーをテーブルに縫いつける。

 

「…………だんだん、容赦がなくなっているな」

 

 そう感想は漏らすものの、全く同情する気も助ける気もないアーチャーが冷淡な感想を述べた。

 

「さて、次に確認できたことだけど」

 

 リンは何事もなかったかのように話を先に進める。

 

「想像通り、こっちの世界のサーヴァントはある意味で弱いわ」

 

「弱い? あのセイバーが?」

 

 夜の戦いを思い返す。アーチャーは一撃で倒れ、魔法少女に変身した凛やルヴィアでも一蹴するような化け物のどこが弱いというのか。

 

「いえ。セイバーだけじゃなく、サーヴァントが相対的に弱いのよ。マスター不在でも地脈から無制限に供給されている魔力がある。逆にいえばそれだけだというのが、昨日の戦いではっきりしたわ」

 

魔力による力押しで攻められれば、状況によってはアーチでも敗退することになる。昨日の戦いがまさにそれだ。

若年化による弱体もさることながら後ろに無防備な少女たちがいたので、回避行動が取れなかった。結果、真正面からセイバーの剣を受けることになり、彼女の魔力放出に押し負けてしまった。

 

だが、今回の結果だけを見てクラスカードから現界したサーヴァントが強いとはならない。

「どういうこと?」

 

 リンの言い分に、疑問符しか出てこない凛。

 

「セイバーはね、アーチャーを降ろしたイリヤスフィールと同じ宝具で撃ちあい負けたのよ」

 

 それが、絶対的にして確かな証拠であるとリンは言う。

 

「ふむ。なるほどな」

 

 凛が何か言う前に、アーチャー自身が納得して頷く。

彼は宝具ですら投影可能だが、投影品は本物よりワンランク下がってしまう。神造兵器である、エクスカリバーであればなおさら同質のものなどアーチャーでも無理だ。そんな投影品で撃ちあい勝った。つまり英霊の象徴たる宝具の格が落ちているということ。

 

それは、クラスカードを核にして呼び出されている『セイバー』が、サーヴァントシステムで呼び出されるセイバーよりも弱いという明確な証拠となる。

 

 だが、アーチャーの武器が投影であることを知らない凛は、宝具の打ち合いの結果だけを持って弱いという結論に達するのか首をかしげる。

 

「英霊同士の同じ宝具の打ち合いというだけでどうして弱いという結論に…………ってちょっと待って?」

 

 言葉の途中で凛が息をのんで身を乗り出す。

 

「同じ宝具? 弓の英霊がエクスカリバーを使った? アーチャーあなた一体……何の英霊なのよ……」

 

 アーチャーの正体。それが、未来の英霊でありイリヤスフィールの義兄であるエミヤシロウであるなど、どこの誰が想像しえよう。

 

「その質問に答えると思う? いくら、協力関係を結んだとはいえ、その情報は等価交換の範囲外になるわよ」

 

 そして当然のごとく、リンは彼の正体を明かす気などない。

 

「そうね。もし、あっさり答えるようならそれは、さすがに幻滅ものよ」

 

 音を立てて、ソファーに倒れ込むようにして力を抜く凛。

 

「それにしても、あのセイバーやライダーで『弱い』なんて。聖杯戦争はどんな化け物同士で戦っているのよ」

 

 そして、若返って弱体化しているとはいえ、その化け物が目の前に存在しているのだ。

 

「あくまで私たちの世界のサーヴァントと比較してというだけの話で、脅威であることには変わりないのだけれど」

 

「確かに。だが、彼らにはまだ不利な点がある。彼らは自身の意志で戦うフィールドを選べない。たとえば、ライダー。彼女ならば、あのような広いグラウンドではなくもっと遮蔽物の多い場所で戦う方が有利だろう。そして、向こうから攻めてくることができない。そういう意味では、この戦いは我々にとってかなり有利に進められると言える」

 

 アーチャーが冷静に戦略的な意見を述べる。

 

「そうね。それに、こちらには3本もカレイドステッキがあるし」

 

「そのカレイドステッキを非常に雑に扱っているのは、どこのどなたでしょうか?」

 

 テーブルに縫いつけられたままルビーが哀れっぽく声を上げる。

 

「あら? マスターをマスターとも思っていないステッキがいたような気がしたけれど、気のせいかしら?」

 

「気のせいに決まってます」

 

 ためらいの欠片もなく、ルビーは断言する。

 

「単に遊んでいるだけですから」

 

「救いようがないわね、この馬鹿ステッキは」

 

 クラスカードよりもむしろ、この傍迷惑なステッキを先にどうにかすべきなのではないだろうかという考えがリンの脳裏をよぎる。

 

「それをするときには、呼んでちょうだい。ぜひ、協力させてもらうから」

 

 リンが口にしなかった考えを、凛は正確に読み取る。

同じ『凛』なのだから、思考過程から考えを読み取るなど造作もない。

そして、凛もまたカレイドステッキの被害者の一人なのだ。

 

「あら〜? もしかして、ルビーちゃん、ちょっとピンチですか?」

 

 罪の意識など、まったくもって感じていないルビーの呑気な言葉。

 

「まぁ、今すぐ、というわけではないが、それなりの脅威があるというのは確かだろう」

 

 アーチャーが肩をすくめる。重ねて明言するが、彼はルビーを助けるつもりなどさらさらない。

 

「私はただ、リンさんの有り余る(コメディーの)才能を活用したいと思っているだけなんですよ。しかも、そんな才能を持った方がお二人もここにいらっしゃるんです。ああ、もう……これは、楽しむしかないじゃないですか!!!」

 

 ルビーは身悶え、可愛らしい声で力説する。まったくもって人の話を一つも聞いてはいない。縫い付けていたナイフを自力で抜いて、くるりと回りステッキの姿に戻って、二人の凛の周りをクルクル踊る。

 

「私、間違えてた。こいつと契約するべきじゃなかった。分かってたのに、なんであの日の私は、こいつと契約してしまったんだろう」

 

 まさしく呪いとも言うべき契約をかわしてしまったリンが、後悔の念に囚われてしまっても、誰も言葉をかけられなかった。

 

「いいかげんにしろ」

 

 アーチャーが飛びまわるステッキを掴んで、疲れた息を吐き出す。

 

「二人とも時間が迫ってきている」

 

 彼の言葉通り、柱の壁時計がそろそろ出発を考え始めなければらなない時間を指していた。

 

「そうね。もう他に確認すべきことはないかしら?」

 

 凛が立ち上がり、二人に視線を向ける。

 

「一つだけ。あなた、美遊について何か知っていることはない?」

 

 リンが、凛を見上げ問いかける。

 

「美遊? なぜ、そんなことを聞くの? 彼女もそちらの世界ではホムンクルスだとか?」

 

 凛は質問の意図が掴めず、逆に問い返す。

 

「いいえ。向こうの世界で、私は会ったことがなかったから。あなたは知っているかなと思っただけよ」

 

 リンは別に特別な意図があって質問したわけではない。ただ知っているか、知らないかの確認をしたかっただけだ。

 

「それと、今回の戦いだけど。アーチャーは置いていくわ」

 

「な?」

 

 これに、声を上げたのはアーチャーだった。

 

「賛成よ」

 

 そして、凛がそれに同意する。

 

「アーチャーほどの戦力が抜けるのは確かに痛いけれど、昨日の今日で回復していないのでしょう」

 

 凛にもわかる。アーチャーが外側をどう取り繕おうと、おそらく5割程度にしか回復していないだろう。

 

「……戦闘からサーヴァントを外すなど、正気の沙汰ではない」

 

「アーチャー。これは、聖杯戦争じゃない。さっきも言ったように、クラスカードから呼び出される彼らは本来のサーヴァントよりも弱いし、こちらにはステッキが3本ある。戦力的には十分よ。今日は今日は休みなさい。マスターとしての命令よ」

 

 二人の『凛』からの言葉の上に、マスターとしての命令が重ねられアーチャーは頷かざるをえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

「アーチャー。やっぱりここにいたのね」

 

 遠坂邸の屋根の上で、どこか遠くを強い眼光で睨みつけているアーチャーの姿を認めたリンが声をかける。

 

「リン。何を考えている?」

 

 屋根に上がってくるリンの姿を認め、アーチャーは視線を彼女の方へと移す。

 

「何よ、今日の戦いはお留守番だと言われたことがそんなに悔しいの?」

 

 仕方ないじゃない。かなり回復したとはいえ、戦闘行動は難しいでしょう、とリンは言葉を続ける。

 

「もちろん、それもある。だが、それよりも……エミヤシロウとなぜコンタクトを取った」

 

「嫉妬?」

 

 隣のアーチャーを意地悪く笑いながら見上げる。

 

「リン」

 

 諌める響きを込めたアーチャーの声音に、リンは苦笑する。

 

「別に、あなたが思うような意図があったわけじゃないわ」 

 

「では、なぜだ?」

 

 アーチャーは回りくどいことをせず、率直な問いを放つ。

 

「気になるからよ」

 

 イリヤスフィールを含め、自分たちの世界とは明らかに異なる歴史を歩んでいる彼らのことが気にならないわけはない。例え、平行次元上の別世界であっても、彼らはイリヤスフィールであり、衛宮士郎なのだから。

 

 リンのその答えに納得したのか、していないのか。アーチャーは無表情で遠くを見つめている。

 

「アーチャー、美遊のことは知っていた?」

「質問の意図は?」

 

視線をリンへと戻す。

 

 

「衛宮くん、彼女については知らないようだった」

 

アーチャーが無言で話の続きを促す。

 

「でも……あの子、衛宮くんに会った時、過剰に反応していたのよ。感情の表出の乏しい子が、明らかに動揺していたわ。たぶん、何か関係があるのよ」

 

 カード回収以外に強い興味を示さない彼女が、ほんの一瞬とはいえ、士郎に執着を見せた。二度と会えないと思っていた人に会ったかのような反応だったが、対する士郎には心当たりはないようだった。

 

もしも、この件について知ろうとするのならば、美遊に直接聞かなければならない。だが、それは彼女の心の傷を抉ることにもなりうる。

 

「結局は、現時点では美遊は正体不明の美少女というところだけれど」

 

 リンは息を吐き出し、そう結論付けるしかなかった。

 

「さて、そろそろ魔法少女しに行ってくるわ。留守番はよろしくね、アーチャー」

 

 言って、リンは屋根の端まで歩いていく。

 

「そうだ」

 

 ふと気がついたように、振り返りアーチャーを見る。アーチャーは真っすぐにリンを見守っていた。

 

「あのね、今日ほんの少し話しただけだけれど、彼はやっぱり、歪だった。でも………」

 

 リンが言葉に詰まる。どう表現すれば戸惑うように。

 

「好ましかったわ」

 

 そしてリンは、はっきりと告げて屋根から軽やかに飛び降りた。

 

「全く……そう心配せずとも、今はキミのサーヴァントでいるさ」

 

 視界から消えてしまったリンに聞こえないと知りつつ、アーチャーは静かに告げて薄く笑った。

 

 


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