プリズマ☆イリヤ クロス   作:-Yamato-

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第20話 アーチャーは、何者?

 

「いくら、家主がいないからといってもだらけすぎだぞ」

 

 ソファーで寝そべっているマスターに苦言を呈するのは、すっかり茶坊主役が板についてしまっているアーチャーである。

 

「さすがに、昨日はきつかったし。今日中にやっておきたいことはあるけど、ソレにしたってまだ動くのは早いから」

 

 あくびをしながら両腕を伸ばすさまは、まさに子猫のようだ。昨日受けた毒の影響はほとんど感じられない。

 そのリンが、ピタリと動きを止める。

 

「ん? 家主が帰ってきたみたいね。随分慌てている様子だけど、何かあったのかしら。しかも、一人じゃないみたいだし」

 

 いまだ玄関先にいるであろう、この家の本来の住人の様子を感知する。遠坂邸の結界をすでに掌握したリンだからこそできることである。

本来なら、他人の結界を掌握するというのはひどく、特に『遠坂凛』のような一流の技術を持つ魔術師の結界の掌握など、不可能とも言えるような真似ごと。それができるのは、平行次元上の同一人物が作った結界だから。

 もちろん、凛本人には結界を掌握したことは内緒にしている。

 

 とにかく、結界から感じ取れる家主の様子はかなり慌てふためいており、なにがしかの緊急事態が発生していることが予想される。

 リンは表情を引き締めて、ソファーに座りなおす。少なくとも、心づもりだけは何が起こってもすぐに対応できるようにする。

 

 凛たちが居間に飛び込んでくる。

彼女たちは体育の授業を抜け出して来たのだろう。制服にも着替えず、体操着のままである。

 

「随分と慌てているようだけれど、一体何があったの?」

 

 彼女たちが、衣服に気を回す余裕もなかったということは、よほどのことなのだろう。

リンは気を引き締めた上で、ソファーから身を乗り出し状況確認のための質問をする。

 

 だが、彼女たちはそれには答えず、一直線にアーチャーへと迫る。鬼気とした迫力に、アーチャーが僅かに身じろぐが、そんなものを無視しルヴィアが彼の頭を鷲掴みにして、その髪をワシャワシャと乱暴に乱す。

 

「……一体、何をしたいのかね」

 

 彼女たちの行動の意図が全く読めず、しかし生命の危険を感じるものはなかったので取りあえず、されるがままにしているアーチャー。

もっとも、身の危険に関してはヒシヒシと感じ取っている。

しかし、下手に抵抗すると散々な目にあわされることを骨の髄まで理解させられているから、されるがままになっているとも言えなくもない。

 

「やっぱり、そっくりですわ……」

 

 アーチャーの前髪を額に下ろしたルヴィアが、マジマジとその顔を見る。

 目の前にいる、英霊として呼び出されたという少年は、同じ学校の同級生に髪や皮膚、瞳の色の違いを除けは、これ以上ないほど外見はそっくりなのだ。

人を喰ったような捻くれた態度や、戦闘時の敵を射抜く鷹のような瞳などの、雰囲気とでも呼ぶべきものは似ても似つかない。

だからこそ、外観がそっくりであるのが余計に違和感として強調される。

 

「なんで、アーチャーが衛宮くんに似ているのよ!?」

 

 リンの方へと向き直り、疑問を真っ向からぶつける。

 

「そうね。似てるわね」

 

 対するリンは、なんだそんなことかと言わんばかりの様子で、ソファーに背を預ける。

実際、彼女たちが屋敷に飛び込んできたときには、一体どんな緊急事態が起こったのかと内心焦っていたが、蓋を開けてみればこの程度のことなのだ。

 

「今回ばかりは、納得のいく答えを聞かせてもらうわよ」

「そうですわね。なぜ英霊であるアーチャーとシェロがここまでそっくりなのか。少なくともただの偶然とは思えませんもの」

 

だが、ルヴィアと凛にとっては、『この程度のこと』などでは済まされない。だからこそ、普段はいがみ合う二人が息もぴったりに問い詰める。

 

「なら聞くけど、貴方がたが『納得する答え』ってどんなもの?」

 

 意気込む二人に、リンが逆に問い返す。

 

「衛宮くんがアーチャーの生まれ変わり、彼の先祖がアーチャー、あるいはやっぱりたんなる偶然。それとも、彼がアーチャー本人って答えの方が納得できる?」

 

 リンは、組んだ足の上で両手を絡ませクスクスと笑う。

小さな子供の大人びた仕草。それはまるで夢の国に迷い込んだアリスをからかって遊ぶ猫のよう。

 

「ふ、ふざけないでくださる!?」

 

 テーブルを感情のままに叩きつけるルヴィア。

 

「別にふざけてないわよ。だって、どう答えても納得なんてしないでしょ? 何より、私からは絶対に、アーチャーの真名を明かす気はないわよ。まぁ、貴方達が調べるというのなら、それを止めようもないけど」

 

 リンの余裕を見せつけるような態度は揺るがない。

 アーチャーの真名を絶対に見破られないという自信がそこにはありありと見てとれる。

 

「くっ……わかりましたわ!! そこまでおっしゃられるというのならば、絶対にアーチャーの正体を暴いてみせますわよ!! 覚えてらっしゃい!!」

 

 ルヴィアはアーチャーとリンに向かって、人さし指をつきつけ高らかに宣言をした後、肩で風を切って遠坂邸を出て行った。

 

「まったく、アイツは……」

 

 リンはルヴィアの分かりやすい態度に苦笑をもらす。彼女の負けず嫌いな性格は平行世界でも全く変わらない。

 

「私だって売られた喧嘩は、きっちり買う主義だもの。そんな態度を取ったことを後悔させてあげるわ」

 

 ルヴィアほど逆上してはいないが、凛の方もきっちりとアーチャーの正体についてこれからも詮索を続けることを明言する。

 

「構わないわよ。それより、少し前に電話があったわ」

 

 リンが伝えるのは、凛と契約している魔法少女イリヤから来た電話の内容。

ただ、放課後に会いたいと言われただけ。

けれど、凛はそれだけでイリヤが何を目的として自分と会おうとしているのかを理解する。

 

「そう、わかったわ」

 

 凛は短く答え、振り返らずに外へ出て行った。

 

「なるほどね。こうやってうっかりは発生するんだ」

 

 閉じられたドアを眺めつつリンが呟く。

 凛は、体操着のまま着替えもせずに出て行ってしまった。

おそらくは、あの恰好のままイリヤと話すことになるだろう。

 

「止めないキミもキミだと思うがね」

 

「あら、あなたも止めなかったのだから、共犯よ」

 

 クスクスと笑い合う、ひねくれ者二人。

 

「さぁて、私もそろそろ動こうかな」

 

 ひとしきり笑った後、リンは立ち上がり、腕を上げて背筋を伸ばす。

 

「一体何をしでかす気なのやら」

 

 アーチャーが前髪をかきあげながら、一応釘をさしておく。

 

「人聞きの悪い。別に大したことをするつもりはないわよ」

 

 片眉を上げ、アーチャーを軽く睨み返す。

 

「ということで、行ってくるわ」

 

 リンはアーチャーの返事も待たずに立ち上がった。

 

 

 

※※※

 

 

「ただいま」

 

 イリヤは全く覇気のない声で、帰宅を告げる。

  

「おかえりなさい、イリヤさん」

 

 リズが顔を見せ、何か話しかけるがイリヤの意識には全く入ってこない。

 つい先ほど凛と話し合いをして、魔法少女としてクラスカードの回収の手伝いをしなくてもいいことになった。

そうしてイリヤは自分の望み通り、いつもの平凡な日常に帰って来たというのに、その日常を受け入れる心の余裕はどこにもない。

 そのまま、リズを無視する形で二階に上がり自室のドアを開ける。

 

 そして、その姿勢のまま固まった。

 目の前にあるのは、見慣れた自室の光景。フローリングの床、寝乱れたままにしてあるベッド。その脇には勉強机が置いてある。

 それはいい。そこまでは、自分が出かけた時のままだ。

 

 問題は

 

「お邪魔してるわよ」

 

 と、ベッドの上に腰をおろしている少女だ。ヒラヒラと手を振り、帰ってきたイリヤに無邪気な笑顔を向けている。

 

「ななななななななな!!!!?」

 

 満足に言葉にもならない絶叫がイリヤの口に上る。

 

「ちゃんと、おうちの方には断ってるのに、そんなに驚かれるとは心外ね」

 

 クスクスと笑いながら肩をすくめる。

 そういえば、とイリヤは思い出す。

2階に上がる時にリズが何かを言っていたような気がする。

 

聞き流していたので、何と言われたのかまで覚えていなかったが、リンを部屋に通したことを言っていたのだろう。

 

「一体……何の用ですか?」

 

 後ろ手でドアを閉めるイリヤ。

 

 リンは聞いたのかもしれない。

今後のクラスカードの回収についてイリヤがもう関わらないことを。そのことを責めに来たのだろうか。

 その考えが表に出たせいで、表情や口調は硬いものになる。

 

「なんか、勘違いされているみたいね」

 

 軽く勢いをつけて、ベッドから立ち上がる。リンの背の高さは、イリヤとほとんど同じ。

だから、二人は真正面から見つめ合うことになる。

 

「責める気なんてサラサラないわよ。むしろ、私は貴方が戦いから外れることに賛成しているんだし」

 

「え?」

 

 リンの言葉に、イリヤが間の抜けた声を上げる。

 

 戦いから逃げ出したのだ。

 まだ、最後の一枚のカードが残っている。これまでの戦いからすれば、相手は強敵であることは間違いない。

 

 なのに、カレイドステッキを持つ戦力が一人抜けるというのが、戦況にどれだけ影響を及ぼすことになるのか、理解できる。

 

 でも、もう戦いたくはなかった。

 

 魔法少女なんていっても、やってきたことは命がけの戦い。何度か死にかけていたのに、そんなことにも気がついていなかった。

 

こんな状況になってから初めて、美遊の言う「覚悟」の言葉の意味を少しだけ理解する。

戦うだけの理由も覚悟もなくただ、興味本位に面白そうだからという理由だけで、魔法少女をやっていた。

 

 戦いに赴いても、それはどこか夢の中の他人事のように捉えていた。美遊に「戦わなくてもいい」と拒絶されても当然だ。

  

 逃げたことを怒られるかもしれない。あるいは、覚悟もなく魔法少女をやっていたことを責められるかもしれない。

 

 凛、ルヴィア、そして美遊に嫌われても仕方ないと思っている。

 

 なのに、目の前のリンは戦いから外れても構わないと言っているのだ。

 

「確かに、カレイドステッキに一抜けされるのは結構厳しいわよ。残るカードは、バーサーカーなんだし」

 

 はぁと、リンは息を吐き出す。

彼女の脳裏に浮かぶのは、第5次聖杯戦争のバーサーカー。

イリヤスフィールのサーヴァント、ヘラクレス。

もちろん、先のアサシンの例もあるから、クラスカードのバーサーカーから顕現する英霊がヘラクレスとは限らない。

 

 けれど、リンにとって第5次聖杯戦争のヘラクレスの印象は強烈過ぎた。

全てを圧倒する大英雄ヘラクレス。多くの逸話を残し、圧倒的な身体能力と反則的な宝具を有する最強のサーヴァント。

彼の宝具「十二の試練(ゴッドハンド)」は、一定ランク以下の攻撃を完全に無効化するうえ、代替生命のストック11を有する。さらに既知のダメージに対して耐性を持たせるため、一度殺した攻撃で再び殺されることはなくなる。

 

 次の相手がそのヘラクレスであるならば、勝ちを拾うのはかなり厳しいと言わざるを得ない。

 

「それでも、普通の子どもがこういう魔術の世界に関わりを持つべきじゃないわ」

 

 ヘラクレスの宝具を攻略するためには、Aランクを上回る破壊力で攻撃し続けること。

そして、その手段ができる限り多彩である必要がある。そういう意味でも一人欠けることは、単純に攻撃手段の減少を示すことになってしまう。

 それでも、リンはイリヤが戦いを望まないのならそれでもいいと断じる。

 

「ま、実を言うとルビーはこっち側に戻ってくることを期待していたんだけど」

 

 リンの言葉に、イリヤのかばんからチョコッと顔を出すルビー。

 

「イリヤさんは私が決めたマスターですからね。それに正直、クラスカードの回収なんてどうでもいいことですし」

 

「魔法少女っぽいマスターで遊べれば、満足ですよね」

 

 返事をするのは、リンのルビー。

 

「さすが、平行世界の私。話がわかります」

 

「あんたら、一回死んで生まれ変わってこい」

 

 呆れるより他にないルビーたちの言葉に、ついリンから本音というか、むしろ願望が口をついて出る。

 

「生まれ変わっても、この性格だけは変わらない気が……」

 

 そして、事の本質を見事についたイリヤの突っ込み。このルビーたちは、例え別世界に生まれ変わろうとも、他人に傍迷惑を振りまく素敵な性格は変わらないだろう。

 

「とにかく、私が来たのは責めるためでも、戦いに出るように説得するためでもないわ」

 

 脱線しかけた話をリンは表情と口調を引き締め、無理やり元に戻す。

 

「それじゃあ、なんで?」

 

「お礼を言うためよ」

 

「え?」

 

 イリヤは本気で、何を言われているのか分からないという顔をする。まるで、聞いたことのない外国の言葉を聞いた時のような反応だ。

 

 無理やり人をサーヴァント扱いし、英霊に突撃させた凛の言葉とは思えない。

もちろん、イリヤはサーヴァント扱いした凛と、今ここにいるリンが別だとは理解している。

けれど、平行次元上の同一人物ということだけあり、彼女たちは背格好以外はそっくり。

だから、つい凛と重ねてみてしまう。そのためイリヤにとって、リンがお礼を言うなどという珍事は、想像の範囲外だった。

 

「なんか、すっごい失礼なことを考えられたような気がするけど、まぁいいわ。アサシンの攻撃から、助けてくれてありがとう」

 

 柔らかく微笑むリン。

 リンの背格好がイリヤと同世代であるため忘れがちになってしまうが、本来の年齢は10代後半。それを、彼女の大人びた笑みを見て初めて実感した。

 

「あなたがいなければ、今頃私はここにいなかった。感謝している」

 

 真っすぐな感謝の言葉が、イリヤの沈んでいた心にじんわりとしみ込む。

 

「次の戦いに勝っても負けても貴方に会えるのはこれが最後になる。だから、どうしてもお礼を言いたかったのよ」

 

 勝てば、平行次元を移動し元の世界に還ることになる。そして、負ければ—————死ぬかもしれない。

 

「それじゃあね、イリヤ。さようなら」

 

 リンは振り向きもせずに部屋を出て行った。

 その後ろ姿を、イリヤは何も言えずに見送った。

 痛みを訴える胸を抑えて。

 

  


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