プリズマ☆イリヤ クロス   作:-Yamato-

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第21話 撤退は、しない

 

 

 

 最悪。

 

 現状を現すには、その言葉以外に適切なモノはなかった。

 ビル一つを丸々囲う鏡面界、その狭い範囲で見境なく猛攻を振るう狂戦士。その名は猛勇ヘラクレス。神話で、何度も狂戦士となっている彼にとってバーサーカーとしての親和性が高かった。

  

 クラスカードによる英霊の現象であり、サーヴァントシステムにより呼び出されたモノに比べてランクは落ちている。

 だが、その高い攻撃力と防御力、そして蘇生能力は健在。

 ただの腕の振り一つが、カレイドステッキによる物理障壁すら貫く攻撃になり、全力の砲撃でも傷一つ与えられない。

 

「あんなの化け物を一体どうやって倒せって言うのよ………」

 

 凛が頭を抱えて呻く。

 取りあえず別の区画に退避したが、ここもいつバーサーカーに襲われるか知れない。

 

「っ……く……、まだ戦えます」

 

 血まみれになりながら、ルヴィアの腕の中で美遊が呻く。

 バーサーカーにゲイボルグを直撃させはしたが、直後に蘇生したバーサーカーの攻撃を受けた。ただの腕を振り回すだけの一撃で、美優は立ち上がれないほどの傷を負う。サファイアが治癒をしているが、今も完治には至っていない。

 

「馬鹿言わないで。ここは撤退しますわよ。一度体勢を立て直さなくては」

 

「ったく、こんなときにあいつらどこに消えたのよ」

 

 あいつらとは言うまでもなくリンとアーチャーの二人のこと。彼らはバーサーカーの情報を話してくれたが、その後別行動を取ると言って、鏡面界に入った途端どこかに行ってしまったのだ。

 おかげで、こちらの戦力は実質美遊一人。

 

「とにかく一度、離界しましょう」

 

 凛が提案する。幸い、鏡面界自体には損傷はない。ここで一度離脱しても、現実世界には影響が及ばない。

 

「そうですわね。美遊」

 

 ルヴィアの指示。だが、美優はソレに応じない。

 だから、サファイアが離脱のための魔法陣を展開する。

 そして、離界する一瞬に美遊は立ち上がり魔法陣の外に出た。

 

 ルヴィアが美優に何かを言ったが、もう聞き取れない。聞き返すこともできないし、その必要もない。彼女たちは、鏡面界の外に出てしまった。そして、カレイドステッキがなければここに入ってくることもできない。

 

「————やっと、一人になれた」

 

「み、美遊さま?」

 

 サファイアにも、美遊が何を考えているのか分からない。

 圧倒的すぎる戦力差、一撃で瀕死の重傷を受けてしまうような相手に一人で立ち向かう。その意味が分からない。

 

「戻りましょう。いくら私でも、死んでしまっては助けられません」

 

 先ほどは、たまたま生きていた。

 でも、次が生きていられるとは限らない。むしろ、死んでしまう可能性の方が高い。

 

「逃げるのは、なし」

 

 美遊がスルリと、手の中に出したのは『セイバー』のカード。

 それを床において、その上に杖の柄の部分を押し当てる。

 

「告げる!!!」

 

 美遊の言葉に応え、カードが光を放つ。光は、円を作り幾何学的な模様を浮かび上がらせる。それは、英霊召喚の魔法陣。

 

「汝の身は我に。

 汝の剣は我が手に。

 聖杯のよるべに従い、この理に従うならば、応えよ!!」

 

 天井が突き破られる。

 上階から降ってくるのは、強大な力を有するバーサーカー。理性を失い、狂気のみで思考を染められた彼は、ただ真っすぐに敵と見定めたモノへと向かう。

 

「誓いをここに。

 我は常世全ての善となる者。

 我は常世全ての悪を敷く者。」

 

 けれど、美優は動かない。

 召喚の呪を紡ぎ続ける。

  

「汝、三大の言霊を纏う七天。

 抑止の輪より来たれ

 天秤の守り手!!」

 

 バーサーカーはその柱のように太い腕を振り上げる。

 それを振り下ろせば、目の前の脆弱な生命は叩き潰され、ひき肉へと変えることができる。理性はなくとも、それを本能で解する。

 そして、彼は良心を失っている。例え、目の前にいるのが愛する我が子ですらその拳を振り下ろすだろう。狂気に囚われ、自身の子を火の海に投げ込んだ神話のように。

 

夢幻召喚(インストール)!!!」

 

 けれど、それはならなかった。

 振り下ろされた拳は、星が造りし聖剣に止められる。振り抜かれた聖剣に押し返され、バーサーカーは廊下の端にまで弾き飛ばされる。

 

「撤退はしない。全ての力を持って——————」

 

 少女は、変わっていた。

 その身に、アーサー王の英霊を降ろし、蒼いドレスと白銀の甲冑を纏う姿に。

 

「今日ここで、戦いを終わらせる」

 

 聖剣を真っすぐにバーサーカーに向け、高らかに宣言した。

 

 

 

※※※

 

 

 

 振りかぶる拳の下を剣を盾にしてすべり込む。

 懐のうちに入り込み、水月へと刃を深く突き立てる。

 筋をブチブチと切り裂き、内臓をズブリと貫く感触が、剣を通して全身に伝わった。

 

 完全な致命傷。しかし、そこからでもバーサーカーは蘇生する。

 

 それを理解している美優は、すぐさま剣をバーサーカーの身体から引き抜き、後方へと下がって距離を取る。

 

 引く剣にべっとりと付着した赤い血液。それを振り払って、隙を見せないようバーサーカーを睨みつける。

 

 一挙手一投足がまるで、自分の身体ではないようだった。他の誰かが、自分を操っているような感覚。剣が身体の一部となり、卓越した剣技を振るう。

 

「み、美優さま……これは?」

 

 聖剣から声が困惑する声が発せられる。

 

「驚いた。その状態になってもしゃべれるんだね、サファイア」

 

 ヘラクレスから視線を外さぬままサファイアに答える。

 

「まさか、英霊をその身に……」

 

「そう。クラスカードを介した英霊の座への間接的なアクセス。クラスに応じた英霊の力の一端を写し取り、自身の身に上書きする。それが、クラスカードの本当の使い方」

 

 説明している間にも、バーサーカーに与えた傷はまるで逆再生のようにふさがり蘇生していく。

 

「話はお終い。行くよ」

 

「無茶です! 蘇生を繰り返す相手と真っ向からやりあうなんて!!」

 

 制止の声を上げるが、美優は聞かない。

 バーサーカーが蘇生しきる前に、次の一撃を与えるべく走り出す。

 

 姿勢は低く。

 

 魔力放出を使って、跳ぶように一足でバーサーカーの間合いの内側にすべり込む。

そして、全身をバネにして胴をなぎ払う。

 

 しかし、今度の手ごたえは先ほどのモノと全く違った。

まるで、鋼鉄でも叩いたかのような衝撃が剣を握る手に返ってくる。

 

 かろうじて、手から剣を取りこぼさずにはすんだけれど、痺れるような感覚に一瞬身体の動きが止まる。

 

 そこに、振り回されるバーサーカーの拳の直撃。

 受身を取ることもできず地面をみっともなく転がる。

 

「刃が通らない……まさか!?」

 

 全身ががくがくと震えるのは、身体の痛みのせいだけではない。

 

 こちらの攻撃に対する耐性をつけたことを身にしみて理解させられたから。

サファイアによる治癒は効いている。だから、あちこちを傷つけたとはいえ、まだ身体は動く。

 

「セイバーの宝具さえ、耐性の対象になるなんて。こんな怪物、倒しようがありません!! 美優さま、撤退を」

 

 ゆえに、サファイアは撤退をしきりにすすめる。

 

このまま戦い続ければ、治癒が追いつかなくなり、美優は動けなくなってしまう。

そうなれば、逃げることさえ不可能になる。

 

「撤退は……しない」

 

 けれど、美優はそれを頑として受け入れない。

 立ち上がり、剣に魔力を込める。剣は、美優の意志に答え白く輝きを放ち始める。

 

「美遊さま、どうしてそこまで…………」

 

 自身のマスターが理解できず、サファイアが茫然と声を上げる。

 

「ここで撤退したら、次はイリヤが呼ばれる」

 

 今まで優しい世界で生きてきて、戦いなんて知らなかったイリヤ。

 

「イリヤは戦いなんて、もう望んでない」

 

 こんなにも痛い。

 こんなにも苦しい。

 こんなにも怖い。

 

 こんな戦いをイリヤは望まない。

 

「イリヤは……って私を初めて呼んでくれた人だから」

 

 満面の笑みで、手を差し伸べてくれた白銀の少女。

 

「だから、友達を守る!!!!」

 

 振りかぶるは、勝利を約束する剣。エクスカリバー。

 美遊の強い思いを反映し、刃はどこまでも凄烈な輝きを放つ。剣は、貪欲なほど美遊の魔力を喰らい尽していく。

 

—————すべての力をここに込める!!!

 

 この戦いの最期を決めるために。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!!!!」

 

 解き放たれる真実の名前。

 振り下ろされる輝きは、全てを白く染め上げていく。

 バーカーカーを殺し、ビルの壁を破壊し、鏡面界の一部を貫く。

 

「っ………くぅぅぅ」

 

 美優の胸から、『セイバー』のクラスカードが弾ける様に飛び出す。彼女の魔力が切れ、セイバーが強制送還される。

 ステッキを取り落とし、膝から崩れ落ちていく。

 

「くっ、サファイア。もう一度、召喚を……」

 

 美遊が手を伸ばすが、ステッキを取ることは叶わなかった。彼女が、ステッキを拾うよりも早く、バーサーカーの黒い足がステッキを踏みつぶす。

 

 腹の底にまで響くような音を上げ、バーサーカーが迫る。狂気を宿す瞳が、美遊を見下ろしている。

 

—————まずい、まずい、まずい、まずい、まずい

 

 思考はその言葉にだけ支配され、打開策を考えることすら叶わない。

 

 助けは、ない。

 

 凛やルヴィアは自分の手で逃がしている。

 だから、終わり———

 

「全く、予想外な展開になってるわね」

 

 そんな声が、どこからか聞こえた。

 

 


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