「……武器を呼んだか。ヒュドラの弓でないだけ、まだましか」
軽口を叩くアーチャー。
だが、その表情は険しい。
バーサーカーが巨躯に似合わぬ素早さで、アーチャーへと迫る。
「ちぃ!!」
舌打ちとともに、腕を振るう。
その動きに合わせるように、地面の無数の剣が一斉にバーサーカーへと疾駆する。
「■■■■■——————!!!!!!」
咆哮とともに、撃ち払われた戦斧。その一振りだけで、全ての剣は地へと堕ちる。
「くっ……!!」
戦斧を持ったバーサーカーはまさに嵐そのもの。技も何もない凶暴な力は、そばに寄るだけで破滅を約定される。
だが、アーチャーはその中でなお、前に出た。
後ろには下がるわけにはいかない。
守るべき少女がいる。
何より、彼女が言ったのだ。アレを倒せと。
ならば、それを果たしてこそのサーヴァント。
両の手に黒塗りの弓とただの矢を投影。
呼気とともに、矢が真っすぐにバーサーカーの眉間に向かい放たれる。だが、神秘の欠片も宿していない矢などバーサーカーという名の嵐の前では、そよ風にも等しい。
矢は、バーサーカーの眼前で音を立てて破裂した。バーサーカーへのダメージにはなりはしない。ただ、ほんの一瞬彼の目をくらませただけ。
その一瞬の隙に、アーチャーはバーサーカーの背後へと回る。
すでに次の矢は番えられている。その矢は、剣の丘から呼び寄せた彼が信頼する武器の一つ。
「
狙うは人体の急所の一つである、後頸部。アーチャーの内ではすでに矢が中るイメージは確定されている。そうであれば、それが的中するのは当然のこと。
「■■■■■——————!!!!!!」
だが、ギリシャの大英雄にはそんなもの関係はない。的中しようがしまいが、どうでもいい。振るうべき武器と、打ち倒すべき敵さえいればそれで完結する。
戦斧を振り下ろす。
それだけの凡庸な一撃。
しかし、それがこれまでの戦局をひっくり返す。バーサーカーの一撃は、アーチャーの防御行動すら無視して、彼と彼の世界に致命的ともいえるダメージを与えた。
※※※
「アーチャー!!!!」
リンは悲鳴に似た声を上げながら、地面に膝をつく。
一瞬にして大量に魔力が、持っていかれる。
いくらカレイドステッキによって、大量の魔力が供給されているとはいえ、10に満たないその体では、引き出せる魔力に限界がある。
アーチャーが傷を負った今、彼女に強いられるのは固有結界を維持するための魔力に加え、彼の回復のための魔力。それは、明らかに彼女の限界を超えている。
弱々しい赤い光が弾けるようにしてリンの変身が解ける。
限界を超えた魔力の行使に、魔術回路が焼きつきかけ、ブレーカーが落ちるように歯止めがかかった。
そして、リンからの魔力の供給の減退とともに、固有結界が音を立てて崩れ落ち始める。
「■■■■■——————!!!!!!」
空が砕け、地面が割れ、終焉を迎えようとしている世界の中で、絶対たる破壊者がさらにアーチャーに止めを刺すべく走る。
変身の解けたリンや、深手を負った美遊。それでもカレイドステッキのマスターである彼女たちよりも、アーチャーの方が脅威であるとバーサーカーは本能で感じ取っていた。
アーチャーはすでに死に体。
左腕は折れて感覚はない。魔力で応急処置をしたが、内臓の3割はまともに機能を果たしていない。
「っああああああああああ!!!!!」
その中で、なおアーチャーは立つ。
灰色の瞳は、ただ敵を見据える。そこに絶望はない。一筋の勝利の光明を探し続ける、怜悧な光がある。
だが、それは必滅を約束された運命。
バーサーカーという名の暴力は、この場にいる全ての者達に破滅をもたらすだけ。
例え、どんな奇跡を彼らが起こそうともそれが覆されることはない。
——————侵入者の存在さえ、なければ。
崩壊し始める固有結界。
無限の剣の世界に、3人の少女たちが降り立った。
「ようやく、中に入れましたわね」
「ちょ!? 何ここ? ビルじゃなかったの!?」
「いいから、イリヤはさっさと美優たちのフォローへ行け!!」
やたらと姦しく登場した3人はすぐさま、行動を始める。
イリヤは凛に蹴り飛ばされながら、真っすぐに美優の場所まで飛んでいき、凛とルヴィアは宝石をヘラクレスへ向けて投げつける。
「
発動させた魔術は、緊縛のためのもの。正六面体の小結界の中にヘラクレスを閉じ込める。
「通った!!
「おかげで、大赤字だわ!! コンチクショー!!!!」
金髪を掻きあげ優雅に微笑むルヴィアの隣で、やけっぱちになって叫び倒す凛。
「イリヤ、どうしてここに?」
「ごめんなさい」
問いかけた美遊に、イリヤが深々と頭を下げる。
「私、馬鹿だった。何の覚悟もないまま、戦ってた。戦ってても、他人事だった。こんな戦いは、現実じゃないって……なのに……」
ぽたりと、俯くイリヤから透明な雫が地面に落ちていく。
「ウソみたいな力が、自分にもあるってわかって……急に全部が怖くなって……」
乱暴に袖で涙をぬぐう。
「でも、『力』そのものに言いも悪いもないって気付いたの。恐れる必要なんてないんだって。それに、本当に馬鹿だったのは……」
ステッキを握るイリヤの拳に力がこもる。魔力の高まりに呼応し、ステッキが淡い桃色の光を放つ。
「逃げだしたこと! 友達を見捨てたままじゃ、前には進めないから!!!」
イリヤがステッキを振りかざす。
美優の持つステッキが引きずられる。
交差する美優のステッキとイリヤのステッキ。ステッキ同士が共振し、澄んだ音を響かせる。交差するステッキの中心には、セイバーのクラスカード。
「できるよ、二人なら」
確信に満ちたイリヤの表情にはもう涙はない。
「終わらせよう。そして——————」
クラスカードが眩い光を放ち、力を発現させる。
「前に進もう!!」
それは、獣を縛る結界が砕けたのと同時だった。
解き放たれた黄金の輝き。閉ざされた世界を照らし出す光はまるで万華鏡。セイバーの宝具、約束された勝利の剣が燦然と輝きを放ちながら、二人の少女たちの間で万華鏡のように何本も映し出される。
振り下ろされる聖剣。
どこまでも鮮烈な光が黒いバーサーカーを飲み込まんと迸る。
「■■■■■——————!!!!!!」
戒めを解かれた黒い狂人が、黄金の光に戦斧を手に真っ向から立ち向かう。
白い光は、バーサーカーを飲み込み切れず、バーサーカーは白い光を撃ち払うことができず。
状況は完全に拮抗していた。
あるいは、バーサーカーが武器を取っていなければ勝負はすでについていたはず。
だが、そんなもしもを語っても意味はない。
現状、間違いなく千日手の様相を呈し始めている。
否。
このままでは、負けてしまう。
カレイドステッキが魔力を供給するとはいえ、それを行使するのは幼い少女。未発達な彼らには、現状の威力を維持し続けるのは難しい。そうなれば、先のリンと同じように、強制的に変身が解けてしまう可能性が高い。
そして、黒化しているバーサーカーは無制限に魔力が供給され、その体力は底なし。
ゆえに、このままでは少女たちの敗北は決する。
「アーチャー……」
それを悟ったリンは、カレイドステッキを握る手に力を込めた。
「無茶です、リンさん。今のあなたの魔術回路は先ほどの過負荷によって、焼きつきかけているんですよ! これ以上、アーチャーさんへの魔力供給をすれば……!!」
「うるさい! さっさと、協力しなさい、ルビー!」
ルビーに最後まで言わせず、リンは命令を叩きつける。
「魔術師なら、魔術師らしく。手段がないのなら、あるところから持ってこればいいというのに」
不意に背後から声をかけられ、リンは振り返る。
そこには、平行次元上の同一人物である凛がいる。
「私とあなたの魔術回路は同一。なら、できるでしょ」
主語を省いた凛の言葉。
リンはその言葉の意味を十全に理解し、不敵に笑った。
「私に、できないと思う?」
「思うわけないわよ。私の魔術回路も、魔力も預けるわ」
凛の左手が、リンの左手を取る。
遠坂の家が連綿と伝えてきた魔術刻印が自動的に回り始める。遠坂の魔術は流動と転換を得意とする。
そして、彼女たちは同位体の存在。ならば、凛の魔力と魔術回路をリンが使えないはずはない。
向かい合わせで、立つ二人の『凛』
高まる魔力は、相乗しあい昇りつめていく。可視化できるほどに高まる魔力の光は、見る者を引きつけてやまない鮮やかな赤。
「アーチャー!! きっちり片をつけて見せて!!」
純度の高い、極上の魔力の本流がアーチャーへと流れ込んでいく。その魔力は、深手を負ったアーチャーの傷を瞬く間に癒していく。
「了解した。剣製の極致を尽くし、アレを倒してみせよう」
この無限の剣製の、無数にある複製された宝具の中で、最高峰ともいえる一振り。それは、まるでそこにあるのが当然のごとく、アーチャーの目の前に突き立てられていた。蒼い意匠を凝らした柄と、白銀の刀身を持つ清廉な剣は主に引きぬかれるのを待っている。その様は、まさしく選定の剣。
アーチャーが柄に手をかける。剣は、まるで意志を持つかのようにスルリと抜け、アーチャーの手に収まる。
「さぁ、行こう」
懐かしくも優しい瞳で囁くように告げられた言葉は、彼の記憶の残滓が言わせたものだったかもしれない。次の瞬間には戦う騎士の眼差で、敵を睥睨する。
剣は真っすぐ正眼に構える。柄が吸いつくように手になじむ。どこまでも伸びやかで真っすぐな剣は、真の主の気性を思い起こさせる。
金色の髪、青い瞳。まるで、清流のように高潔な魂を抱く騎士王。彼女の力が今ここで、真名とともに解放される。
「
イリヤと美遊が放つ「約束された勝利の剣」に勝るとも劣らない黄金の輝き。
拮抗していた力は、ただ一振りの剣で覆る。
勝利を約定された黄金の光は、黒い闇を貫き。
そして——————