一枚のカードがヒラリヒラリ舞い落ちる。
それと同時に、無限の剣の世界が鏡面界へと入れ替わるように音もなく消えていく。
「って、なんでアーチャーまで、元に戻っているのよ!?」
固有結界を展開していた時は、かつてのアーチャーの姿を取り戻していたというのに、鏡面界に戻った途端、アーチャーは再び少年の姿になっている。
リンに詰め寄られ、アーチャーは肩をすくめつつ、彼女の手に握られているステッキを見る。
「また、あんたの仕業ね?」
まるで、地の底からのうめき声のような声音でルビーに問い詰める。
「それは、誤解です。先ほどまでのアーチャーさんは元に戻ったというよりも、思い出した夢のようなもの。夢が終われば元通り、というわけですよ」
ピコピコと羽飾りを動かして解説する。
「はぁ。ま、いいけど。どうせ、これで鏡面界のエネルギーの回収も終わりだしね。ほら、ルビー。さっさと、魔法陣を展開しなさい」
「はいは〜い。了解しました」
ルビーが底抜けに明るい声をあげて、崩壊しつつある鏡面界のエネルギーを回収するため、黒い魔法陣を開く。
「はぁ〜、これでようやく面倒な騒動も終わったというわけね」
そんな、平行次元移動組を横目で見つつ凛がバーサーカーのクラスカードを拾い上げる。
「…………? ルヴィア、どうしたのよ?」
普段のルヴィアならば、手柄の横取り目当てでクラスカードを奪いに来るはずだと警戒していたというのに、その気配は全くない。
不思議に思い、思わず声をかけてしまう凛。
「なんでもありませんわ!」
アーチャーの姿を捉えつつ、もの思いにふけっていたルヴィアは、凛の言葉で我に返る。
「あんた……」
「さて、こっちは終了。早く、元の世界に戻りましょう」
凛がルヴィアに問いかけるよりも早く、リンが離界のための魔法陣を展開させた。
元の世界では、東の空から少しずつ白み始めていた。星は太陽の光に解けていき、暗い夜空は青い色を取り戻しつつある。
「これで、この世界ともお別れってことね。途中、どうなることかと思ったけど、無事ことが済んで良かったわ」
「さんざん引っかきまわしてくれて、よく言うわよ」
凛が呆れて、息を吐き出す。
「そうですわね。あなたがいなくなってくれるというのなら、清々するというものですわ」
ルヴィアも、さっさと行ってしまえとばかりに手を振る。
「少しヒドイ気が」
余韻も何もない、素っ気ないやり取りに思わず美遊が感想を漏らす。
「気にしなくていい。あれは、彼女たち流の照れかくし。アレが別れの挨拶のようなものだ」
「「「聞こえてるわよ、アーチャー!」」」
三人から同時に突っ込みが入り、アーチャーは涼しい顔で肩を竦める。
「なんて言ったらいいのかわからないけど……私が、前に進めたのはリンさんのおかげだから。あの時、お礼を言ってくれたから、私ちゃんと自分の力に向き合おうと思えたの。だから、本当にありがとう」
ペコリとイリヤがリンに頭を下げる。
「あ〜、私的には、本当にアレで戦いから身を引いて欲しいと思っていたんだけど」
気まずそうにリンがガリガリと頭をかく。
「でも、今の戦い。あなたが来なかったら、こうしていられなかったのは事実よ。頑張って前に進んできなさい」
イリヤを抱きしめ、リンが激励の言葉を贈る。
「うん」
イリヤが素直に頷く。
「美遊も、今回のことでは、あなたは本当によくやったわ。イリヤと頑張んなさい」
そういって、今度は美優を抱きとめる。
美優は、耳まで赤くしながら小さく頷いた。
「アーチャー」
「ん?」
マスターと少女たちのやり取りを見ているアーチャーにルヴィアが声をかける。
「あなたに思い知らせてやれなくて、それだけが少しばかり残念ですわ」
「————ああ、助けた時の礼の話か」
少し間を開けてからの返事は、思い出すのに時間が必要だったから。忘れていたというより、本当に気にかけていないというべきだろう。
「あなたという人は、本当に…………」
はぁと息を吐き出し、俯いて目を閉じる。
ルヴィアの瞼の裏に映るのは、つい先ほどまでいた彼の固有結界の世界。心象風景を写すあの場所は、焼けた空と乾いた赤土と剣だけしかない世界。それが、彼そのものだとするのなら、なんて寂しいのだろう。
「あなたが、私のサーヴァントでしたら…………」
「あげないわよ」
ルヴィアの言葉にかぶせて言い放ったのは、いつの間にか二人の話を聞き咎めていたリンだ。
「アーチャーは私のなんだからね」
アーチャーの腕にしがみつくリンは幼い容姿も相まって、余計に子供じみて愛らしく、第三者が介入する余地がないことを見せつけている。
「ならば、しっかりおやりなさい」
「言われなくても」
自信満々で、言い切るリンの口元に浮かぶのは不敵な笑み。
「全く……私は、物ではないのだが」
はぁと疲れた息を吐き出すアーチャー。
「頑張って。一応、あんなんでも私なんだし。よろしく頼むわよ、アーチャー」
そのアーチャーの肩をポンポンと慰めるように叩く凛。
「さあてと。それじゃ、そろそろこの世界からお暇させてもらいましょうか」
アーチャーの腕から離れ、リンはルビーを構える。
「ルビー、私たちを元の世界に戻してちょうだい」
「できませんよ」
ルビーの答えに、瞬間時間が凍りついた。
「………………………………………………………、ルビー、よく聞こえなかったから、もう一度言ってちょうだい」
「だから、できないって言ったんですよ」
何を当たり前のことをと、不思議そうな声で言うルビー。
「なんでよ? ちゃんと、クラスカードを倒すたびに毎回、鏡面界のエネルギーを回収していたでしょう」
「はい。そうですね」
リンの確認に、肯定するルビー。
「なら、なんで、できないのよ」
怒鳴り散らしたいのをかろうじて堪え、単語を一つずつ区切って問いかける。
「エネルギーの回収回数が足りなかったからですよ」
「は? だって、アーチャー戦の時から全部回収………あ!」
リンは自分の言葉の途中で気がつく。
「はい、そうです。キャスター戦のあと、セイバーとの連戦になりましたからね。キャスターの鏡面界のエネルギーを回収できなかったんですよ」
「んなぁぁあああああああああああ!!!!!!!」
朝日が昇る、冬木の街に赤い魔法少女の絶叫が轟いた。
付け加えて。
魔術協会のあるイギリスへと凛とルヴィアが戻る途中。互いに、クラスカード回収の手柄を奪い合い、宝石魔術の応酬となり。冬木市の片隅で、ちょっとした魔術大戦が勃発した。
そのため、大師父から「日本に一年留学して、性格を矯正してこい」と言い渡されることになった。
結局、なんだかんだで、全員が日本在留。
このややこしくも騒がしい関係は、まだまだ続いていくことになりそうである。