「……むかつきますわ! トオサカリン!!!!」
彼らが消え去った後、ルヴィアはまず予備動作もなく、目の前にいる遠坂凛へと殴りかかった。
「あれは、私じゃないでしょうが!!!」
その拳をさばき、右足を踏み出し寸勁をルヴィアの胴体部分に向けて打ち出す。
「どちらも、トオサカリンに変わりはありませんわ!!!」
腹部に加えられた衝撃。だが、それすら反動として利用しルヴィアは、大きく足を開いて凛の背後へと回る。
そのまま後ろからがっちりとホールド。
バックドロップで凛を頭から地面へと叩きつける。
「その屁理屈、気に入らないけど、喧嘩を売ってくれるというのなら、格安で買い取ってあげるわ!!」
頭部が地面に接着する直前に両手を地面に押し当て、身体を捻ってルヴィアのホールドを外す。そして、逆立ちの体勢のまま足を縮め勢いをつけてルヴィアに向けて飛びあがった。
その攻撃をルヴィアは上体を反らせてかろうじてかわし、凛から距離を取る。
凛も体勢を立て直し、二人は真正面から対峙し合う。
不敵に笑いあう二人。高まっていく魔力。懐から取り出される宝石。
魔術大戦勃発直前、二人の後頭部に衝撃が走り、彼女たちは同時に前方へと昏倒した。
「お二人とも、喧嘩している場合じゃないでしょう!!」
「今は、キャスターへの傾向と対策を立てるべきだと提案します」
ルビーとサファイアが同時に元マスターたちへと突撃し、倒れ伏した彼女たちに叱責を投げる。
「…………結構いい一撃が入ったようなんですけど……」
ピクリとも動かない二人の魔術師の様子に、イリヤは突っ込みを入れるのだった。
※※※
「むかつきますけど、確かにあのちんくしゃなトオサカリンの言うとおり、戦略を立てないとキャスターには敵いませんわね」
復活したルヴィアが、腕を組んで考え込む。
「ち、ちんくしゃ……、………、そうね。せめて、魔力反射平面だけでもどうにかしないと、攻撃が届かないし」
ルヴィアの刺のある言葉に、色々とぶちまけたいところを我慢して飲み込む凛。
「幸い、あれは座標固定型の要塞のようなものです。ですから、空を飛んで魔法陣の上に出られれば、戦いようはあると思います」
ぴょこんと羽を上げて提案するルビー。
「あ、そうだよね。飛べばよかったんだ」
「でも、いきなり練習もなしに飛ぶなんて……は?」
「何?」
ふよふよと宙を浮いているイリヤが首をかしげて凛を見ている。
「ちょっ!? なんでいきなり飛んでるのよ!? 私やルヴィアでさえ丸一日練習したのよ!?」
「だって、魔法少女って飛ぶものでしょ?」
驚愕の声を上げる凛に対し、不思議に思われている方が理解できない様子のイリヤ。
『『なんて、頼もしい思い込みっ!!!』』
この瞬間、ルヴィアと凛の感想は見事に一致した。
「負けていられませんわ! ミユ!! あなたも飛んで見せなさない」
「人は飛べません」
負けず嫌いのルヴィアの指示に、夢のない返事を返す美遊。
「くっ! そんな考えだから飛べないのですわ。帰って特訓です!!」
ルヴィアは美遊を引きずるようにしてその場を立ち去って行った。
「ま、とりあえず今日はお開きにするしかないわね」
足早に去って行くルヴィアと美遊を見送りつつ、凛がヤレヤレと息を吐き出す。
「私も明日までに、戦略を考えてみるわ。あと、あの二人のことについても調べてみるわね」
「そういえば、あのアーチャーって人、どこかで見たことがあるような気が……」
首をひねりながらイリヤの独り言は、凛の耳には届かなかった。
※※※
「本当にいい性格をしている」
アーチャーがリンをたしなめる。
彼らが本拠地としているホテルに戻ってからも、リンはニマニマとチシャ猫のように笑っている。
「んふふふふふふ、見た? あのルヴィアの悔しそうな顔」
堪え切れない笑みがリンの口元を緩ませる。
リンは天敵であるルヴィアを悔しがらせたいがために、情報の開示を拒否したのだ。
「彼女たちがカードを回収し終えた後に、私たちは鏡面界エネルギーを頂くんですから、情報の提供くらいしてもいいと思うんですけどね」
ルビーはアーチャーのそばでピコピコと浮遊して回る。
「彼女たちと協力関係を結ぶ必要性は低いもの。なら、余計な情報の提供はしない。それが、魔術師としての常識でしょ」
こうやってあっさりと切り捨てることを選択できるあたりは、魔術師らしい。
「完全に見捨てないあたりは、リンらしいと言うことか」
だから助言を与えるようなマネをしたし、次のキャスター戦でも見守ることになるだろう。
「わかってるわよ、心の贅肉だって。でも、こんなところで見捨てたら寝覚めが悪いもの」
「まぁ、実際のところ、どうしてこの世界に来たか、なんて答えられないですよね〜なにせ、いつものごとく、『うっかり』が原因なんですから〜〜」
「う、ぐっ……」
ステッキの指摘に、その通りであるがゆえに、リンは反論もできずに押し黙った。
そもそもの事の始まりは2週間ほど前まで遡ることになる。
※※※
その異常は唐突に起こった。
アーチャーへ供給されているリンの魔力が、激減したのだ。それこそ、このままなら現界が難しい状況になりかねないほどの極々微量にしか流れてこない。
「どうした、リン!?」
何かしらの緊急事態が起こっていると判断したアーチャーは、リンの部屋へと飛び込んだ。部屋の中にいたのは、10歳前後の幼い少女。ブカブカの赤い服を着て、青い瞳に涙を貯め、部屋の中に入ってきたアーチャーを見上げる。
「ま、まさかとは思うがリン……、ギルガメッシュの宝具を間違えて使ったんだな?」
「そ、そうよ! 10年後の姿になって、からかってやろうと思ってたのに、間違えて10歳若がえちゃったのよ! どうせ、うっかりよ!!」
涙目で半ば逆切れしながら、アーチャーの確認の言葉を肯定する。
「なるほど、それで供給される魔力量が減少したというわけか」
「な!? そういえば、やたらごっそり魔力が持っていかれると思ったら。まずいわよ、このペースで取られたら、あっという間に空っぽよ」
リンが手の中の小瓶から、赤い玉を取り出す。
「アーチャー、これを飲みなさい」
「…………それは、命令かね?」
「そうよ、命令よ」
早く飲めと突き出してくる。
「いや、リン。私は」
「いいから! 飲みなさい」
アーチャーの言葉にかぶせ、更に命令を重ねる。
「……了解した、マスター」
アーチャーは諦めて、若返りの薬を口に含んだ。
※※※
そんな騒動ののち、アーチャーも若返らせたのだが、それでも。
「かなり、負担は軽くなったけど、それでも厳しいわね……宝石を飲んで魔力を底上げしてもいいけど、一時的なモノだし……」
腕を組んで、思索モードへと突入していく。
「う……アレにだけは、頼りたくはないのだけれど………けど、背に腹は代えられないし……」
ちらりと見るリンの視線の先には宝石翁ゼルレッチ謹製の宝石箱。その中に詰め込んで封印した『アレ』
「あのな、リン」
一応、アーチャーが言葉をかけてはいるが、彼女の耳には聞こえていない。
「でも、アレがあれば無制限に魔力の供給が受けられるし……、何より宝石のバックアップだともったいなさすぎるけど、あれならタダ……」
タダ、無料、もとでゼロ。
『アレ』に手を出すことによりもたらされると考えられる騒動よりも、この時のリンにとってはタダという誘惑の方へと天秤が傾いてしまった。
のちに、彼女がこの時のことを振り返った時、必ず思うことがある。
『あれは、気の迷いだった……』
と。
※※※
この後に起こったことを、リンは覚えていない。
カレイドステッキルビーに意識を乗っ取られ、変身したのち彼女のノリと勢いで魔法少女らしい騒動と事件を求め、平行次元へとアーチャーもろとも転移させられた。
リンにとって悔しいのは、平行次元への転移という魔法のことを全く覚えていないことだったりする。
のちに彼女は回想する。この時のことを覚えていれば、第二魔法『平行世界の運営』の研究が十年は進んだのにと。
※追記※
「……リン、一ついいか?」
「なによ」
「アーチャーのクラスのスキルに単独行動というのがあるのを覚えているかね?」
「あぁ!?」
「まぁ、つまり。一時的にマスターからの魔力供給がなくとも、活動が可能なのだよ」
「そういうことは、早く言いなさいよ!!」
「いや、何度も言おうとはしていたのだが……まてっ、八つ当たりに、ルビーで叩くのはやめたまえ」