プリズマ☆イリヤ クロス   作:-Yamato-

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第8話 交渉相手は、宝石翁

 

 

「なんだったのよ、アレ」

 脅威が消え去り、はぁと息を吐き出して地面にへたり込むリン。

「今のは英霊の現象、という奴じゃ」

 そこへ、何の前触れもなく現れた一人のリンたちに背を向ける老人。白髪に黒の外套、肩幅が広く筋肉質な体つき。僅かな空気のみだれも起こさず転移してきた彼の存在そのものにこの空間が一瞬にして支配された可能のような錯覚を覚える。

 カツンと音をならして黒いステッキで地面を打ち、落ちたカードを拾い上げる。

「何やら騒がしいからと思ってきてみれば、なかなかに面倒な騒動が起こっておるようじゃの」

「……あ、あなたは」

リンの言葉は、喉に引っ掛かりまともに声にならない。それは、ここにいるはずのない、けれどどこにでも現れる可能性を持つ、この世でただ一人の人物。

「大師父……」

 リンの独り言にも似た呼び名に、老人は黒い裾の長い外套を風に揺らしゆっくりと振り返る。彼の者は平行世界に至り、万華鏡、宝石翁などの二つ名を持ち、第二魔法を体現し現存する魔法使いの一人。

「ほぅ。遠坂の直系か。ソレにいいおもちゃにされておるのか」

 くくくと、愉しげに喉を鳴らす。

「あは〜〜、お久しぶりです」

「ふむ。こちらには、すでにお前は存在している。つまりは、平行次元を移動してきたのだな」

 問いかけというより、確認の意味が強いゼルレッチの言葉に「そうですよ〜」と呑気な答えを返すルビー。

「大師父、一体これはどういうことなのでしょうか?」

 リンは立ち上がりゼルレッチと相対する。

「どういうこと……とは?」

 ちらりとリンを流し見るその視線に、身体がびくりと震える。

 魔法使いと言う名はだてではない。

 存在する、それだけで放つ威圧感にリンは緊張に張りつく喉を鳴らす。

 けれど、そんな緊張を全て隠しきってリンは口を開いた。

「面倒な騒動が起こっている、そうおっしゃいましたね。つまり、コレで終わりではないということ。そして、一体何が起こっているか、ある程度は把握していらっしゃるのでしょう?」

 リンの挑発的な言葉。それすらも、愉しいと言いたげに口の端を上げるゼルレッチ。

 

「この世界の冬木市には、聖杯戦争という可能性がない代わりに、コレが存在するんじゃ」

 

 人差し指と中指で先ほど拾ったカードを挟みリンたちに向けて見せる。それには、弓使いが描かれてる。

 

「まぁ、あえて『クラスカード』とでも名付けておこうか。これは、極めて高度な魔術理論で編みあげられたカードでの。これを核にして実在した英雄の力を『座』から引き出すことができるのじゃ」

 

 ゼルレッチの言葉に、リンはアーチャーの方を見る。

 アーチャーは無言で軽く肩をすくめた。

 

 聖杯戦争のために『座』から召喚された彼ではあるが、『座』とはリンクしていない。そのため、あのようなカードにより『座』から力を引き出していたとしても、その情報を入手することはできない。

 

「大師父、もしかしてそのカードは他に六枚存在するんですか?」

 

「それを、説明する前に少しやっておくことがある。そろそろ、この世界も歪みが取り除かれた故に、崩壊しそうじゃ」

 

 その言葉通り、不安定なこの世界に亀裂が生じつつある。

 ゼルレッチは、何気ないしぐさでトンと軽く地面に杖をつく。その一工程(シングル・アクション)で、彼の手に生み出された、黒く小さな球体。

 

「さて、では、元の世界に戻ろうか」

 

 ゼルレッチは、リンたちを置いてさっさと消え去ってしまった。

 

「(まったく、あのくそじじいは、変わりようがないですね)さぁ、リンさん私たちも外に出ましょうか」

 

「……それはいいけど、ルビー。あなた、大師父の前では、彼については何も考えないでちょうだい」

 

 カッコ付きの文章でも、思いっきり声として外にダダ漏れだから。

 

 

 

 

 

 

 元の世界では戦闘の跡は一切残っておらず、柳洞寺は深夜の静寂を変わらず保っていた。

 

「ふむ……このカードを少し解析してみたのだが、どうやら冬木の霊脈の乱れの原因がこれにあるようじゃな」

 

 戻ってきたリンたちに、ゼルレッチは説明を続ける。

 

「そして、お前たちが想像するように、コレと同種のカードがあと六枚この冬木の地に隠されておるようじゃ」

 

「アーチャー感じ取れる?」

 

 同じサーヴァントの気配を感じ取ることができ、実際鏡面界にいた『アーチャー』の気配を感知したアーチャーに確認を取るリン。

 

「リン、私のクラスを忘れたのかね。キャスターならいざ知らず、ただの弓使いにそこまでの能力を期待するのは酷というものだ」

 

「一応、確認しただけじゃない」

 

 アーチャーの皮肉に、上目遣いで彼を睨む。

 

「さて、遠坂の末裔。このカードの危険性くらいは認識できるであろう?」

 

 ゼルレッチが、話の本題に移り始めたことを二人は理解する。

 

「そうですね。英雄を実体化させるカードがあと六枚もあるなんて、危険極まりないということは理解できます」

 

 取りあえず、その事実には首肯する。

 

 『聖杯戦争』

 

 英雄を召喚して戦わせる聖杯の奪い合いに、『戦争』などという大層な名前が付けられているのは、英霊と魔術師たちの戦いによって巻き起こされる騒動が街一つを簡単に滅ぼしかねないほどの影響を持っているからだ。

 

 そんな力が、先ほどの『アーチャー』のように目の前に現れた物を攻撃するだけの存在として7つもある。

 しかも、聖杯戦争のようにルールも神秘の漏えい防止のための策もないまま。このまま放置すれば、クラスカードによる冬木の崩壊や魔術の存在が表の世界に知れ渡る可能性もある。

 それだけならば、まだマシな可能性。

 英雄の力が、手綱もなく放置されている状況に、下手をすればアラヤの守護者が反応することも考えられる。

 

「けれど、平行次元から転移させられてきた私たちには、あまり関係のない話です。世界を救うのは、やはりその世界の住人であるのが妥当でしょう。余計なおせっかいを焼く気はありませんよ」

 

 続けて、リンはこの後に続けられそうな依頼を先に断わっておく。

 

「元の世界に帰るために、コレが必要だとしてもか?」

  

 ゼルレッチは、リンの返答など予想の範囲内であったと、左の手に握っていた黒い球を見せる。それは、鏡面界から脱出する直前に彼が造っていたものに他ならない。

 

「それは?」

 

「鏡面界が崩壊するときに発生したエネルギーを回収したものじゃよ。ルビー、お前は転移のためのエネルギーはもう空になっておるであろう?」

 

「はい。その通りですよ」

 

 それが何か? とでも言いたげなルビーの返答に、リンは言葉をなくす。

 

「つまり、元の世界に帰るための魔力はないということか」

 

 そのリンに変わり、アーチャーが確認する。

 

「ええ。この10年近く(マスターをからかう為だけに)貯め込んでいた転移のための魔力はすっからかんです」

 

「ちょっと待って、ルビー。それじゃあ、あなた元の世界に帰る当てもないのに、ノリと勢いで平行次元への転移なんてやらかしたわけ?」

 

 ステッキを持つリンの手はカタカタと微かに震えている。

 

「はいです」

 

 その答えを聞くか否か。リンは人差し指をステッキの杖頭に人差し指を押し当て、零距離でガントを打ち出した。

 

「全く、乱暴なマスターですね」

 

 だが、ルビーはその攻撃をステッキの柄を器用に曲げて見事に回避する。

 

「ふふふふふ、人を無理やり平行次元に転移させたあんたがソレを言うのね」

 

 口元に浮かぶ笑みは、残酷な楽しさを発見した子供のよう。

 

「ねぇ、ルビーあなた、埋めてほしい? それとも、吊るしてほしい? そうね、焼いてみるのもありかも知れないわね」

 

 ルビーの羽の部分を人差し指と中指で摘んで持ち上げ、笑みを顔に張り付けたまま口にする内容は全て本気である。

 

「リンさん? いいんですか? そんなこと言って」

 

「どういう意味よ、ソレ」

 

「私がいないと、元の世界に帰ることができないんですよ」

 

「そんなもの、自力で何とかしてみせるわよ!」

 

「ゼルレッチ卿。その黒い塊が、平行次元を移動するエネルギーとなるわけか?」

 

 後ろで、ステッキと言いあいをしているリンを捨ておいてアーチャーはさっさと話を進め始める。

 

「そうじゃ。おそらく、7つのつまりはカード全てじゃな。そのエネルギーを集めねばならんだろう」

 

 ゼルレッチの方も、頭に血が上っているリンよりもアーチャーの方が話を進めやすいと判断し彼に説明をする。

 

「鏡面界崩壊時にしか収集できんのじゃよ」

 

「クラスカードを回収し、歪みが修正されれば鏡面界は崩壊する。ということは、実体化された英霊を倒さなければならないということか」

 

 面倒なことになったと、アーチャーは頭を抱える。

 

「そういうことじゃ。何、全てをお前たちに押し付けようという気はない。そのうち増援も送ってよこす。それまで、多少なりともカードを回収しておいてくれると助かる」

 

 被害が表の世界に出て、神秘が露見する可能性を少しでも減らすための予防策に、自分たちを当て馬にしたいという考えが見てとれる。

 だが、元の世界に戻るために、鏡面界のエネルギーを回収する必要があるという現実は変わらない。

 

「リン、その辺にしておけ」

 

 幼いの姿の小さいリンの襟首をつまみあげるようにして、アーチャーは二人の不毛な喧嘩を止める。

 

「取りあえず、増援が来るまではクラスカードの収集をしなければ、ままならんということだが、どうする?」

 

「……わかったわよ。どうせ、他に道はないんだし」

 

 かなり不本意だが、そうでもしなければ元の世界に戻ることができない。

 

「ただし、その増援と組むかどうかはこちらで判断させてもらうわ」

 

 つまり、増援がきたら彼らににクラスカードを片付けさて自分たちは鏡面界のエネルギーだけ頂くが、それでも構わないかと確認しているのだ。

 

「それで構わん。それでは、これは渡しておこうかの。ルビー」

 

 ゼルレッチが無造作に放り投げた黒い塊をルビーは吸収する。

 

「それでは、あとはよろしく頼む」

 

 言って、ゼルレッチは現れた時と同じように、魔力の痕跡すら残さず跡形もなく消えた。

 

「はぁ、まったく面倒事を押しつけられたものね」

 

「ふふ、まさしく魔法少女なバトルの予感ですね」

 

 やれやれと肩を落とす魔法少女と、その手の中でウキウキと浮かれる魔法のステッキがあった。

 

 

 

※※※

 

 

 その後、この世界のことを調べながら、ランサーのカードを入手。カードに関してはルビーでは使い道がないので、魔術協会に送りつけ、ゼルレッチに貸しを作っておくという流れを経て、現在に至っている。

 

「クラスカードはあと4枚。残るのは、キャスター、セイバー、アサシン、そしてバーサーカー……先は長いわね」

 

 リンが指折り数える。そのどれもが強豪で、第5次聖杯戦争の時のことを考えれば、一筋縄ではいかないことが予想できる。

 

「しかも、増援に来た彼らのうち、ステッキのマスターは戦闘に関して、素人とも言える小学生だしな」

 

 さすがに、今回の戦闘での振り返りを元にキャスター再戦時には作戦を立ててくるとは思うが、それでも厳しい戦いになりそうなのは否めない。

 

「まぁね。でも、イリヤが本当にアインツベルンなら戦闘で不利になった途端、隠された真の力を発揮。過程をすっ飛ばして結果だけを導き、わけもわからないうちに勝利、なんて流れもありそうよね」

 

 基は小聖杯であり、そのためだけに調整されたホムンクルス、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 彼女の魔力は大英雄ヘラクレスを狂化させてなお、制御するほどのもの。

 平行世界とはいえ、基は同じモノなのだから、この世界のイリヤにも何らかの裏技なり魔力なりが備わっていてもおかしくはない。

 

「身も蓋もない。が、ありえんと言いきれないところが、やっかいだな」

 

「でしょ」

 

 クスリと小さく笑った後、リンは表情を引き締める。

 

「それに、クラスカードに関して謎が多すぎる。製作者も製作意図も不明。本来の使用目的もわからない。一体、なんなのかしらね。宝石翁の解析でもほとんど何も分からないなんてありえないわ」

 

「深く考えても仕方あるまい。何より、私たちとは文字通り世界が違うのだから」

 

「そうですよ。魔法少女は、敵に向かってリリカルでマジカルにド派手な魔力砲をぶっ放して征けばいいんです。その方が、画面も映えますしね」

 

 アーチャーの言葉にルビーが同意するが、その方向性は一周回りきって、どこか明後日の方向へと暴走しまくっている。

 『いく』が『征く』になっているあたり、彼女の魔法少女観は、かなり間違っているといえるのだが。

 

「なんにしても、まずはキャスターとの再戦ね。もし、それで結果を出せないようなら、彼女たちに見切りをつけて、私たちで勝手に動きましょう」

 

 そんなルビーにあえて突っ込みを入れずして、リンは魔術師らしい顔つきで、はっきりと明言する。

 

「了解だ、マスター」

 

 アーチャーは、その言葉を待っていたとばかりに肯定した。

 

「お二人とも、見事なスルースキルを身につけてしまいましたね。ルビーちゃん寂しいです」

 

 そして、器用にも羽飾りでハンカチを握りしめ一人涙を流すステッキがあった。

 

 


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