IF:―――――   作:鉤括弧

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IF:ホロウ

「っは……!」

 

レアは肺の空気を吐き、そして新しい空気を思いきり吸った。呼吸を立て直すと同時に右半回転で振り返りつつ、背後の影を確認。そこには、今まさに全力上段斬りを放とうとする緑のトカゲ男の姿があった。

縦に構えた剣でトカゲ男の一撃を受け流したレアは、そのまま銀の剣を大上段へ持ち上げる。剣が蒼い煌めきに包まれ、レアの体を不可視の力が突き動かす。

高速の縦斬りが閃き、トカゲ男の見た目のわりに丈夫なブレストプレートを砕いた。下段に振りきられた剣が普通ではあり得ない速度で返され、やや斜めになった斬り上げはトカゲ男のウィーク・ポイントである心臓を狙い違わず両断する。トカゲ男は、ガラス片のように四散した。

片手剣縦二連撃《バーチカル・アーク》の技後硬直が解けるや、レアは右へと大きく跳躍する。四メートル先に着地すると、さっきまでレアがいた地点に鋼鉄の長柄戦鎚が叩き付けられた。金属質の衝撃が、洞窟の地面と壁を突き抜ける。

腕を引き矢の如く引き絞る。深紅のエフェクトが瞬き、ジェットエンジンのような轟音を鳴らしてレアの体は再び突き動かされた。右足で地面を蹴り、捻転力と加速力を最大限に込めた単発突き《ヴォーパル・ストライク》を放つ。

叩き付けで地面にめり込んだ鎚をやっと引き抜いたコボルドが、鏡面仕上げのフルフェイスマスクをレアに向ける。その頭鎧に入った縦のスリットに、紅の刀身をねじ込む。ライトエフェクトの紅い光は頭鎧の後頭部を貫通し、そのすぐ後ろにいたトカゲ男までも貫いた。二つのシルエットが同時に爆散。

あくまでもレアの体感に過ぎないが、この戦いが始まってから既に一時間近くが経過している。洞窟にしてはやや広目の通路の両側からとめどなく亜人型モンスターが湧き続け、倒せど倒せど一向に減らない。人気のないクエストのキースポットでしかないため通りかかるプレイヤーなんておらず、レアは内心で死を悟っていた。

何十体目のゴブリンを屠ったとき。

ゴブリンが四散した際の破砕エフェクトに紛れ、その奥からトカゲ男が現れた。曲刀単発突進技《フェル・クレセント》に反応しきれず、上位剣技の一撃をもろにくらう。

 

「くぅっ……」

 

ノックバックを受け、レアの体は数メートル後退させられる。そしてその先には、両手鎚を構えるコボルドの姿。

 

「なっ……。が、ぁっ……!」

 

無防備な背を金属塊で殴打され、その衝撃に意識がブラックアウトしそうになる。どうにか気を繋ぎ止めておこうと右足で地面を強く踏みつけるが、洞窟特有の湿った岩肌はレアを裏切り足を滑らせた。レアはそのまま前のめりに倒れ込む。

倒れる直前にゴブリン系モンスター特有の奇声が聞こえ、レアは即座に体を仰向けへと反転させる。襲い来るゴブリンの蛮刀に、左手の盾を掲げて防御する。

反撃をしようにも上から押さえ込まれる姿勢では何もできないし、背を殴られたときの衝撃で剣が右手を離れてしまっている。おそらく今は自身の足元にあるはずだ。

視界端のHPバーは二度のクリーンヒットで大きく減り、もう一割も残っていない。

 

――ここまで、か。

 

頭に黒い靄がかかり始めた、その瞬間。

蒼い光の奔流が視界を埋めつくし、レアの上のゴブリンを消し飛ばした。

両手剣ソードスキル《ブレイクタイム》。

ゴブリンの代わりにレアの前に降り立った影は華奢で、とても両手剣を扱えるようには見えなかった。すらりとした手足にくびれた腰周り、滑らかな曲線を描く胸元。女性だ。絹のように白く美しい肌を紫のドレスワンピース風の衣装で包み、ヒールブーツでコツリと音を立てて地面に立っている。

 

「正面はアタシが!後ろをお願い!」

 

それが両手剣使いの発した声だと理解するまでに半秒を要した。

レアは即座に立ち上がり、自身の剣を拾い上げる。体の正中線に剣を構え、目の前のモンスター群の動きに目を光らせる。

HPは未だに赤いままだが、気持ちは妙に冷静だった。

 

―――――

 

これもあくまで体感に過ぎないが、両手剣使いの闖入からモンスターを全滅させるまでに三十分を要した。

最後のコボルドを斬り伏せ、無限とも思えるような戦いが終わると、レアは荒くなった呼吸と共に剣を鞘に収めながら両手剣使いを見た。

美しい女性だ。

スタイルもかなりであるが、どこか幼さの残る可愛らしい顔立ちに紅玉のような瞳が煌々と輝いている。ややカールのかかった薄紫の髪は滑らかで、ピンクとも取れるその色合いは子供っぽさと大人びた雰囲気を同時に感じさせた。

 

「大丈夫?」

 

「え、ええ。大丈夫よ」

 

その言葉が自分へとかけられたものだと理解し、ややたじろぎながらも答える。まだHPは赤いのだが、もうしばらくすれば《バトルヒーリング》の自動回復効果で安全域まで戻るはずだからだ。

 

「そっか。あ、獲物横取りしちゃってごめんね。今、ドロップしたお金とアイテム渡すから。経験値だけは渡せないけど、それは許してね」

 

女性はそうまくし立てながらウインドウを操作していく。数秒でレアの眼前にトレードウインドウが現れた。

 

「いや、いらないわ。好きで戦ってたんじゃないもの。取っておいて」

 

ウインドウの下にあるトレードキャンセルを選択し、ウインドウを消す。

 

「それより、助けてくれてありがとう。あなたは命の恩人よ」

 

「命の恩人なんて、アタシはクエストしてて通りかかっただけだから」

 

「それでも、救われたのは事実よ。ありがと

う。あ、名前、言ってなかったわね。私の名前は《レア》よ」

 

柄にもなく、レアは自分の右手を差し出していた。一つ微笑んだ女性はレアの手を取り、朗らかに口を開く。

 

「アタシは《ストレア》。よろしくね」

 

その手は柔らかく、どうしようもないまでに暖かかった。

 

―――――

 

レアが件の洞窟にいる訳は、単にクエストのキースポットだからだ。最寄りの村で受けられるクエストで、大まかな内容としては“洞窟に住み着いたオオカミたちが畑を荒らすなどの被害をもたらしているため、その親玉を退治してほしい”というありがちな話だ。

受けられるのが八十九層とそこそこ高レベルな地帯なうえ、その外周部ギリギリの辺境村まで足を運ぼうという輩は少ない。おまけに報酬も大したことがない端金程度となれば尚更だ。

では何故、レアはこのクエストをしているのか。単純明快に、知識が欲しいのだ。この洞窟ダンジョンがどんな構造か。クエストボスはどんなネームドモンスターか。NPCはどんな挙動か。リターンの少ないこのクエストはどんな利点があるのか。

そういった“知識”の集合である“情報”こそが、レアの最大の武器なのだから。故に、どんな些細な知識であってもそれを逃したくはなかった。

曰くストレアが受けているクエストもレアと同じものらしかった。この洞窟をキースポットとするクエストはレアの知る限り一つしかないので、当然と言えば当然だが。

 

「ストレアは、どうしてこのクエストを受けたの?」

 

薄暗い道を奥へと歩きながら、レアはストレアに聞いていた。

 

「んー……ここに、来なきゃいけない気がしたから」

 

その言葉の意味を、レアは推し測ることができなかった。思わず眉を寄せるレアを気にしないふうに、ストレアは続ける。

 

「アタシはね、探してるんだ」

 

「……何を?」

 

「この世界を壊すかもしれないもの」

 

レアは更に眉を寄せた。

傍らのストレアに視線を送ると、そこに先刻までの柔らかな笑みはなくなっていた。ただ宙の一点を悩ましげに――しかし真顔で見つめている。

 

「……」

 

それ以上この話に関わってはいけない気がして、レアは口を開きかけた閉じた。ストレアもまた、何かを語ろうとはしなかった。

決して人付き合いの上手い方ではないレアにとって気まずい沈黙が発生する直前、二人の前方十五メートルほど先で蒼い光が揺らめいた。モンスターの湧出エフェクトだ。

レアとストレアは、顔を見合わせるや各々の剣を抜き放つ。同時に右足へ重心を乗せ、同時に踏み出した。

 

―――――

 

レアがタンク、ストレアがアタッカーを務めるコンビは、その後モンスターの大群に囲まれることもなく無事にネームドモンスターのオオカミを倒してクエストを終了させた。

二人揃って村へ戻り、依頼主のNPCへと報告して細やかな報酬金を受けとる。システム的・数値的な報酬は回復ポーション数個ぶんにしかならないが、レアにとっては“一連の情報”という非数値的な経験値が大きく手に入った実のあるクエストだった。

ストレアの誘いで、村の酒場へ入る。規模としては食堂という形容が正しそうな店内は閑散としており、これがプレイヤー経営だったら間違いなく店が潰れるような寂れ様だ。

二人で奥まった席につき、果実酒と簡単なパスタセットを注文。時刻はもう二十時を過ぎており、夕飯には遅い時間だが、どうせここではいつ何を食べようと全く太りはしないのだ。カトラリーバスケットからフォークを出し、数分の待ち時間で配膳されたパスタを巻き取る。

 

「ねぇレア。フレンド登録しない?」

 

不意にストレアがそう言ったのは、平皿のパスタが残り五分の一となった辺りだった。

ほんの一瞬ではあるものの、レアは思わず手を止めた。

現在レアのフレンドリストにある名前は、三つ。鍛冶屋、商人、情報屋の知り合いたちだが、プライベートな付き合いは一切ない。発注していた品物が届いたから取りに来いだとか、そんなレベルの付き合いだ。そもそも、鍛冶屋と商人の二人はメイン活動場所が其々四十二層と六十七層で、七十五以下の層に行けない今では全く無用な人脈だ。情報屋だけは七十六層まで上がってきていて、情報のやり取りだけはあるが。

ともあれ、レアのフレンドリストがそんな寂しいことになっているのにも理由はある。元よりレアは人付き合いというものが苦手で、SAO以前にプレイしていた各種ネットゲームの全てでソロプレイを貫いてきた。何度か誘われるがままギルド入りしたこともあったが、やはりレアの肌には合わなかった。

初のVRMMOたるこのSAOではせめて友人の一人くらい作りたい。そう思いつつナーヴギアを被った当時のレアだったが、その期待――あるいは希望は、あっさりと踏みにじられた。

デスゲームと化したSAOに――正しくは、恐怖のあまり狂気に包まれたプレイヤーたちに、レアは激しく戦慄し、恐れた。

SAO開始初期の混沌とした地獄絵図を見るに耐えきれず、レアは必要以上の他人への干渉を完全にカットアウトした。SAOがクリアされる、あるいは自分がここで死ぬまで、もう他人には関わらないと心に誓った。それはつまり、最期の時までソロでいる覚悟と決意をしたのだった。現にあれから二年と半年近くが経つが、フレンドリストの三人以外のプレイヤーとロクに言葉を交わしたことはない。唯一あったのは、ギルドやパーティへの誘いの言葉に対する「必要ない」の一言だけだ。

しかし、洞窟で自分を救ってくれたストレアだけは何かが違った。レア自身ですら気付かない内に心の深いところへとするりと入り込み、けれど嫌悪は感じさせない。むしろ、心に溜まった膿をゆっくりと取り除いてくれているような心地好い感覚さえある。

思えば、今こうして誰かと向かい合って食事をしていることこそイレギュラーなのだ。それをこうもあっさりと実現してのけたストレアならば、心を許すに足るのではないか。

そう考えたからか、レアは自然と首を縦に動かしていた。

 

「ええ、構わないわよ」

 

「ホント!?やったぁ!」

 

目を丸くしつつ口角が上がり、驚きと喜びを同時に表現するという器用な一面を見せたストレアは、凄まじい速度でウインドウを操作した。三秒足らずでフレンド登録申請が来ている旨のシステムメッセージが現れる。

 

――せめてあと少しの食事が終わるまで我慢して待てばいいのに。

 

そう考えつつ右手を持ち上げてイエスボタンを押したレアの口元には、微かながら笑みが浮かんでいた。

 

―――――

 

斯くして初のプライベートなフレンドをリストに登録したレアだったが、しかし正直なところ、あまり期待はしていなかった。

ストレアはレアとは違う。あの明朗快活、自由奔放、元気溌剌な性格からして友人付き合いは多いはずだ。日や情報収集のために走り回る以外にすることのないレアとはレベルが違う。

よってストレアが二年以上もボッチだった自分のために時間を割くということが想像できなかったレアだったが、その考えは翌日の昼に早速裏切られた。

 

【今から八十七層の《スクジン》で買いものしようと思うんだけど、一緒にどう? ついでに、道案内頼めないかな?】

 

眼前に浮かぶメッセージウインドウを見て、レアは数秒間瞠目した。

《スクジン》はレアのホームタウンだ。それは確かに昨日伝えたし、ストレアのホームタウンが七十六層の《アークソフィア》だということも教えてもらっていた。しかし、まさかフレンド登録した翌日にいきなりメッセージで買いものに誘われるとは思いもよらず、レアは半ば反射的にレスポンスのメッセージを打ち込んでいた。

 

【構わないわよ 《スクジン》の転移門で落ち合いましょう】

 

【おっけー、わかった!】

 

返答を送信してからわずか三秒で届いた了解の旨のメッセージを閉じ、レアは自分の体を見下ろした。

今日はこれから攻略に出掛けようと思っていたので、レアが纏っているのは青と銀の全身軽鎧だ。ブレストプレートに、両腕のガントレット、膝下までのブーツの前面は銀の金属装甲で、他は青を貴重としたロングコートとレザーパンツ。いま手持ちの防具類で最高性能なため使っているものだ。とても買いものに行くような格好ではない。

 

「……っ」

 

レアは必死になって頭を回転させた。

ストレアからのメッセージには“今から”とあった。経過時間からしても既に《アークソフィア》の転移門近くまで来ていてもおかしくない。あと数十秒もすれば《スクジン》の転移門に到着するだろう。レアに与えられた時間は、精々三十秒程度か。

パターン1。この格好のまま行く。いや、主観イメージに過ぎないが、ストレアはかなりお洒落好きに見える。プライベートな買いものでこの格好は是としないだろう。

パターン2。少しの間待ってもらい、その間に適当な服を買いに走る。いやいや、自分は誘ってもらった身なのだから、ストレアを待たせる訳にはいかない。

パターン3。誘いをキャンセルする。いやいやいや、論外だ。せっかくの誘いを一度受けておきながら直ぐ様キャンセルするなど非常識にも程がある。

 

「……頼むわよ、過去の私……」

 

パターン3までを一秒かけて考え、その全てを破棄したレアは、なけなしのパターン4を実行に移す。

パターン4。それはつまり、自身のアイテムストレージにそれらしいアイテムが入っていることを祈るだけ。

珍しく焦りながらメニューを開き、ストレージ窓を呼び出す。宿部屋の外部ストレージも別ウインドウで開き、二つの半透明な四角形を凝視。

片手剣、片手剣、防具、素材、素材、素材、防具、短剣、防具、両手槍、素材、素材、素材、素材…………

 

「あ……っ」

 

ストレージの殆どは武器防具か素材類だったが、一応、全身分の服類アイテムが入っていた。あとはこれが普遍的な服であることを祈るばかり。せめてゴスロリとかそういうのは勘弁してほしい。

震える指でレアはアイテムを実体化させた。

 

―――――

 

「あっ、レア!」

 

一分後、転移門広場に現れたレアを見付け、ストレアは長い黒髪を揺らす影へと駆け寄ってきた。

 

「お、お待たせ、ストレア」

 

一応軽く手を上げて応じるレアだったが、その動作は、言い様のないぎこちなさを含んでいる。自分の格好を見たストレアが何と言うか、何となく予想がついていたからに他ならない。

果たして、レアの体を上から下、下から上へと眺めると、ストレアは華奢なおとがいに指先をあてながら言い放った。

 

「なんか、黒っぽいね?」

 

ぐさり。

 

――あぁ、改めて見るとやっぱり美人ね。あごに指をあてる感じとか可愛いじゃない。リアルにこんな美人っているものなのね。羨ましい限りだわ。

 

そう現実逃避するレアの格好は、確かに黒っぽい。黒いのではなく、黒っぽい。

濃いグレーの開襟シャツに、黒いハーフコート、濃紺に近いダークブルーのホットパンツと、黒紫のタイツ、だめ押しに真っ黒なロングレザーブーツ。

黒いと言えば黒いが、しかし完全な黒さではなく、実に中途半端だ。

 

「これしか手持ちがなかったのよ……勘弁してちょうだい……」

 

えもいわれぬ申し訳なさに肩を落とすと、くすくすと笑ったストレアがレアの隣に立ち、肩をぽんと軽く叩いた。

 

「今日はもともと、ここにできた服屋さんを見るつもりだったんだ。丁度いいから、レアの服も買お!」

 

ストレアはレアの後ろに回り、急かすように背を押し始める。

人付き合いの苦手な自分と話していても消えない、ストレアの屈託のない笑顔。それを見たレアは、言い様のない多幸感と暖かみを感じ、内心で感謝を述べた。

 

―――――

 

いざ本格的に話してみると、ストレアはレアとよく気があった。性格的には真反対であるが、お互いの性質がよく噛み合ったのだ。

やや社交的な会話を苦手とするレアを明朗快活なストレアがフォローし、どこか天然気味なストレアが突っ走ろうとしたときはレアが止める。

出会ってほんの一週間ほどで、二人は買いものに食事、攻略などでもよく二人でいるようになった。レアは、嫌な顔一つせず、いつも笑顔を絶やさないストレアにいつからか憧れの念を抱くようになった。

そして、その強い――いっそ強すぎるほどの憧れは、いつしかレアにとある結論を出させた。

 

――ストレアは、この世界で最も尊ばれるべき存在だ。悪点も短所も不得手もない彼女は絶対に喪われてはいけない存在であり、希望そのもの。同時に、ある意味では究極の存在たるストレアと隣り合って談笑ができる自分はこの上ない幸福者で、これ以上の幸せを望む権利など微塵もなく、恩義に報いる以上のものを返さなければならない。そのためには如何なる犠牲も躊躇うことはない。

 

つまるところが、自身が差し出せる限りの代償を以てストレアに頭を垂れ、傅き、仕え、彼女を守り通すということだ。“出せる限りの代償”には、当然レア自身の“命”も含まれる。

もし仮にストレアを守ることで死ぬのなら、それはレアにとって光栄なことであり、唯一とも思える本望な死に方なのだ。

 

――奴隷でも、配下でも、手下でも、小間使いでも、駒でもいい。使い捨てられても構わない。例え一時でも、共に歩き、話し、そして笑い合うことができただけでこの上ない至福なのだから。

 

その思考プロセスと“命に代えてもストレアを守る”という決意が取り返しのつかない悲劇を招くことを、レアは知る由もない。

 

―――――

 

レアとストレアが出会ってから一ヵ月が過ぎたある日。二人は七十八層のダンジョンに来ていた。

ストレアが裁縫スキルを上げようとしているらしく、それに必要な素材を集めるのが目的だ。

裁縫に使う素材の内、布素材はショップやクエスト報酬がメインになるが、糸はその限りではない。ショップで買うこともできるが、モンスタードロップの糸を専門のNPCに渡して製糸してもらうのが最も安価かつ高品質な糸になる。

その情報をもっていたレアは高効率で糸を集められるダンジョンをストレアに紹介し、ついでに素材集めにも付き合っているということだ。

 

「ありがとね、レア。おかげであっという間に集まっちゃった」

 

洞窟系ダンジョンの道を歩きながら、ストレアは言った。レアは頷き返して応える。

二人が訪れているのは、七十八層の中でも人目に着きにくい奥地にあるダンジョンだ。主要モンスターは、アリやクモなど虫系。そのためかダンジョンの材質は硬く固められた土で、構造も細やかに入り組んだアリの巣状になっている。細い脇道が多く、モンスターとの出会い頭の接触に気を付けなくてはいけないが、索敵スキルをコンプリートしているレアによってその心配もなかった。

一時間ほどで二人はダンジョン最奥へと到達し、その頃には必要なだけの素材も集まっていた。最短距離で入り口に戻る道すがらに経験値とお金稼ぎのためにちょくちょくモンスターを屠りつつ、入り口まであと三分の一程度というところで、事態は起こった。

形容の難しい、言わば“嫌な予感”を感じ、レアは反射的に足を止めていた。

 

「レア?」

 

「シッ……」

 

数歩遅れて立ち止まったストレアが、振り向いてレアの顔を見つめる。レアは最小限の動きで人差し指を立ててストレアの口を塞ぎ、顔を動かさずに視線を走らせた。

左斜め前方。ハズレの行き止まりへと続く脇道の辺りの空間が揺らいだような違和感を感じるや、レアは右手で腰のベルトを探り一本のピックを取り出す。コンマ三秒で腕を振り上げ、投剣スキルの基本技《シングルシュート》を放つ。

細い口笛のような音を立てて宙を駆けたピックは土製の壁に深々と突き刺さる。同時に、何かがその傍で身じろぎするように動くのも感じた。

 

「誰か知らないけど……出てきなさい」

 

剣呑な声で呼び掛けると、数秒後、凝視していた場所から三人の人影が出てきた。

背格好は似通っている。全員黒いフーデッドケープを羽織り、その下に黒いシャツ。麻製らしい亜麻色のズボンに、厚底のブーツ。腰には鞘。そして頭上のカラーカーソルは、オレンジ。犯罪者プレイヤー。

全体的な見た目は、かの《ラフィン・コフィン》に似ている気がしなくもないが、あのラフコフがわざわざ帰ることのできない上層へ上がってくるとは考えにくい。ならば、ラフコフを模倣した中小ギルドか。

考えを巡らせつつ、レアは剣を抜いた。背にストレアを庇うようにして立ち、盾を前面に構える。

 

「ダンジョンで潜伏なんて、穏やかじゃないわね。そこを通してもらうわよ」

 

レアが低い声で言うと、三人組の真ん中にいた男が両手を広げるジェスチャーをした。粘つくような気味の悪い声が続く。

 

「通すわけにはいかないねぇ」

 

「……何故かしら」

 

「そりゃ、俺らの目的がアンタだからだよ」

 

そう言って指差す先は、まず間違いなくレアに見える。

レアは怯むことなく返した。

 

「オレンジに狙われる理由なんて、心当たりがないのだけど」

 

「大した理由なんてねーよ。前線でモンスとヤり合ってる女なんてめずらしーからな。死にそーになったときどんな顔で命乞いすんのか興味があるんだよ」

 

悪寒が――いや、虫酸が走った。

MMOにおいて、女性ばかりを狙ったPKというのは残念ながらよくある話だ。女性人口が極端に少ないSAOでは、その楽しみもある意味では倍増するのだろう。

そして、オレンジたちの狙いがレアでなく女性PKならば、その悪意の矛先はレアの後ろにいるストレアにまで向けられる可能性が高い。

なればこそ、ここで自身が屈する訳にはいかない。

レアは半身の構えをとり、腰を落とした。

 

「いいねぇ、ヤル気あるねぇ。あのときは悲鳴も上げなくてイマイチだったから、今度はちゃんと聞かせてくれよ」

 

男の言葉に、頭にちりっと引っ掛かるものがあった。

 

「“あのときは”……?」

 

「あれ、まさか気付いてなかった?一ヵ月前のモンスパニック、あれ俺らなんだよね」

 

「なっ……」

 

一ヵ月前のモンスターパニックと言えば、洞窟でレアが危うく死にかけたアレしか思い当たらない。確かにモンスターの増加速度が異様に早いとは思っていたが、まさかトレインを使ったMPKだとは。

 

「あなたたちが……!」

 

ストレアが憤るように声を上げる。

レアは内心で首を傾げた。ストレアは一体なにに憤っているのかわからなかった。卑劣な手段を取ったオレンジたちに、だろうか。しかし、オレンジたちの狙いはレアだし、万が一ストレアに狙いが移ってもレア自身が身を呈して守るのだから、ストレアは何の心配もする必要がないのに。

暗礁に乗り上げる前にレアは思考を打ち切った。今は考え事をしている場合ではない。目先のオレンジを退けることを考えねば。

 

「私を狙って襲うってことは、私にやり返される覚悟もあるのね?」

 

「三人相手に勝てるってか?調子づくんじゃねぇぞ!」

 

叫び、真ん中の男が腰から長剣を抜きながら突っ込んできた。

片手剣カテゴリに分類される片刃剣《ドラグニティ》。黒い刀身と機械めいたデザインが特徴的で、同ランク帯の剣と比べるとやや基礎攻撃力が高い。

そこまでをコンマ二秒で判断し、レアは左手の盾を持ち上げた。盾の中心で受け止め、斬り下ろしの力を分散させる。

 

「レア!」

 

剣の柄に手をやり、今にも飛び出しそうなストレアが声を上げる。レアは首だけ振り返ってストレアに叫び返した。

 

「下がってて!」

 

「でもっ……」

 

「いいから!!」

 

レアはストレアの反応を待たずに動いた。

体を大きく右回転にターンさせ、限界まで力の込められていた片刃剣を受け流す。つんのめった男の襟首に剣の柄での打撃。

男がうつ伏せに倒れるのには目もくれず、後方から近付く足音に集中する。大きく右に跳び、工夫のない振り下ろしを回避。二人目の男の得物は片刃曲刀。確か、名前を《ポワゾシュランゲ》という。

大振りな攻撃を外してがら空きの背中に左袈裟斬りの一撃を見舞おうとするが、三人目の男に短剣でガードされる。短剣《ミラージュナイフ》。

短剣と長剣を鍔迫り合いさせながら、レアは低く唸った。

レア自身のレベルは決して低くないが、あらゆる状況、あらゆる敵、あらゆる武器、あらゆるスキルに適応させるためにステータスを完全均等に割り振っている。よく言えば究極のバランス型ビルドだが、悪く言えば秀でているものがない。鍔迫り合いで押し勝つことは非常に困難だ。

これが尋常なる一対一の対戦ならば、敢えて盾を捨てて体術を交えた零距離戦闘にでも持ち込むところだが、三対一で盾を捨てるのには大きな抵抗がある。

足技という選択肢もあるが、そのために上半身の動きを疎かにすればカウンターを喰らう羽目になるだろう。

ここからどうする。レアはそれだけを考え、無数のパターンを考えては却下していく。

オレンジの集団(と呼ぶには人数が少ないかもしれないが)との戦闘という特異極まる状況に、情報を主武器とするレアは激しく狼狽した。いや、いっとき足りとも冷静ではいなかったことを遅まきながらに自覚した。

せめてストレアを逃がさねばならない。それだけを自分に言い聞かせ、決死の足技を敢行しようとした、そのとき。

 

「っ……!?」

 

短剣の男の奥から曲刀の男が飛び出し、レアの左側から打ちかかってくる。咄嗟のことで瞬時に判断が付かず、反射的に盾で受け止める。足技をしようとして姿勢が不安定だったこともあり、未だ刃を触れあわせたままの短剣使いと合わせて二人分の体重を支えきれずに一メートル近く後退させられる。

どうにか足を踏ん張って姿勢は持ち直すが、二人がかりで抑え込まれた以上、本格的になすすべがなくなった。この状態で無理に足技をしようとすれば、後ろに転倒し、即座に斬られるだろう。

歯噛みしたのも束の間、左右の男二人はニヤリと笑った。気味の悪い笑みに肌が粟立ち、やや強引ながらバックジャンプで距離を取ろうとする。同時に、男たちはレアの剣と盾に接触したままの短剣と曲刀を大きく斬り払った。勢いを受け止められずに剣も盾も大きく弾かれ、胴を無防備に晒す。

役目を終えたと言わんばかりに大きくバックダッシュする二人の間から、入れ替わりに突進してくる影が一つ。片手剣を上段に振り上げた男だ。

 

「っらァ!!」

 

片刃の剣が青いエフェクトを纏う。片手剣高速四連撃《バーチカル・スクエア》。がら空きの胴にクリティカルされれば、レアのHPは派手に割り込み、その後に予想される短剣と曲刀の強打によって根こそぎ奪われるだろう。

咄嗟に切り返そうにも姿勢が悪く、これではとても間に合わない。

奥歯を割れんばかりに噛み締めて迫る敵を睨み付けるしかできないレアの目の前で、それは瞬間的に起こった。

 

「レア―――ッ!!」

 

張りつめた声が響いて、青いエフェクトに彩られていたレアの視界が紫に覆われる。蒼白の閃光が縦に閃き、紫の影から小さい呻き声が聞こえた。直後、紫の影の手に握られた剣が紅に変わり、急速に動き出した。

両手剣ソードスキル《バックラッシュ》。全てのソードスキルの中でも珍しい、“後方へ即座に攻撃できる”技だ。応用すれば、前後左右にある程度の上下方向までを射程に捕らえる高レベル技。

宙に紅い円弧を描いて、両手剣は《バーチカル・スクエア》の二撃目たる斬り上げと激突した。一瞬の拮抗もせず、片手剣はあさっての方向に弾かれてソードスキルが強制中断される。剣は、柄を握る男ごと硬直し、不自然な体勢のまま動かなくなる。ほんの一秒足らずの硬直ではあるが、決定打を打ち込むには十分な隙だ。

鋭く切り返された両手剣に紅の輝きはなく、鮮やかな紫の刀身が霞むような速さで右からの上段凪ぎとして振るわれる。銀の刃は片手剣使いの首もとへ襲いかかり、ケープごと撥ね飛ばそうとした。その刹那――

 

「――――ッ……!」

 

凄まじい風圧のインパクトを爆発させつつ、紫の剣は片手剣使いの首もと数ミリ先で突如停止した。

弾かれたように片手剣使いの男は後ろへ飛び退き、レアは即座に紫の影の前に盾を掲げて立ち塞がる。

レアと男たちが数秒睨み合っていると、不意にレアの背後から小刻みに続く音が聞こえ始めた。ごく小さなサウンドだが、それは妙にレアの耳に響いて聞こえ、レアはそっと振り返った。

音の発生源は、紫の剣《インヴァリア》だった。小さく振動し、かちかちと金属質の音がしている。しかし、何も剣がひとりでに震えているわけではない。真に震えているのは、剣を持つ手なのだ。

 

「ストレア……?」

 

レアは思わず呟いた。

ストレアは上段凪ぎを止めた姿勢から動いておらず、顔を俯けているせいで表情はよく見えない。一秒後、金属音とは違う細やかな音を、レアの鼓膜は捉えていた。

ぽつり。ぽつり。

地面に水滴が落ちる音がする。しかし洞窟で雨なんて降るわけがない。

水滴は、ストレアの頬から流れていた。

 

「ッ――!!」

 

目を見開き、割れんばかりに奥歯を噛み締めた瞬間、レアは自身の中の何かが音を立てて弾けるのを他人事のように感じた。

ストレアから視線を引き剥がし、眼前の男たちに向ける。男たちに対して胸中で感じることは、ただ一つ。怒りだけだった。

男たちが何かを感じたように身じろぎするより早く、レアは地を蹴っていた。

超低空ダッシュで片手剣使いに肉薄し、盾の縁でかち上げる。あごを強かに打ち抜かれ、片手剣使いはぐらりと姿勢を崩した。そこに己の片手剣での連撃を打ち込む。

袈裟斬り、逆袈裟斬り、左一回転してまた袈裟斬り、最後に全力中段凪ぎ。片手剣高速四連撃《バーチカル・スクエア》。

片手剣使いは後方に吹き飛び、代わりに曲刀使いと短剣使いが身構える。

左側にいた曲刀使いに詰め寄り、曲刀の内側に盾を潜り込ませる。曲刀を外側に押しやって無理矢理に胴を開けると、そこに剣を突き入れる。背後で短剣使いが動く気配がし、レアは右に百八十度旋回しながら剣を横に振り払った。曲刀使いの胸に刺さっていた剣が左脇腹から抜け、そのまま水平の弧を描いて短剣使いの胸を斬り裂く。

再び斬りかかってきた片手剣使いの攻撃を難なく受け流し、体術スキルの水平蹴り技《水月》を片手剣使いの腹に放つ。片手剣使いは背後の壁に激突し、苦しそうに呻いた。男に向けて片手剣単発突き《ヴォーパル・ストライク》を放とうと、剣を持ち上げる。

レアの剣が禍々しさをも感じさせる血のクリムゾンレッドに染まり始める。

 

「やめてッ!!」

 

悲痛な叫び声に、レアは動きを止めた。剣が完全に引き絞られる直前で止まり、血色のエフェクトは静かに霧散する。

突如として様子が急変したレアを恐れるように、三人のオレンジプレイヤーはどたどたと洞窟の出口へ向かって走り去っていった。

レアは追い掛けようと足を動かしかけたが、深追いしても得るものがないと判断してやめる。剣を鞘にしまい、後ろを振り返った。

 

「どうして……同じ“人”どうしで……こんなこと……」

 

何かに耐えるように、ストレアは自身を掻き抱いて呟いた。しかしその言葉の意味を考えることもできず、レアはストレアに歩み寄るとその肩を掴んだ。

 

「何をやっているの!」

 

「っえ……?」

 

わずかに顔を上げたストレアの目尻には未だ水滴が残っていて、それがレアの心をずきりと痛ませる。痛みを意識的に無視して、レアは言葉を続けた。

 

「私には、あなたが命をかけてまで守るような価値はないのよ。私なんかを庇うために、あなたが危険な目に遭うようなことはしないで」

 

「レア……?」

 

「私はあなたの傍にいられるだけで十分以上の幸せなのよ。だから、私に慈悲なんて要らない。ただの配下として、奴隷として、駒として……無慈悲に、無感動に、無感情に使い捨ててくれれば、私はそれでいいの」

 

最低なことを言っている自覚は、どことなくあった。しかし、漏れ始めた声は止まることを知らず、不可視の刃となってストレアとレア自身を斬り裂く。

 

「そんな……そんな、寂しいこと言わないでよ……。アタシ、レアのこと好きだよ?だから、そんなこと言わないで、アタシを信じてよ……」

 

「あなたはッ!」

 

ストレアの肩が、びくりと震えた。怯えるように、両手を胸の前で握り合わせる。

 

「……あなたは、私にないものを全部持ってるわ。住む世界が違うのよ。そんな人の言う甘い言葉を信じることは……できない」

 

ぴしり。音を立てて、二人を繋ぐものが決定的に崩れるのを感じた。

もう、後戻りはできない。しかし、それでいい。二年半も一人で過ごしてきたのだ。それが元に戻るだけ。この一ヵ月は、単なる幻想の時に過ぎなかったのだ。

 

「レア……」

 

名前を呼ばれ、レアはストレアの肩から手を離した。ストレアは深く俯いてしまい、前髪で顔が見えなくなる。

 

「そ……だね……。レアとアタシじゃ、住む世界が、違うんだよね……。人と、AIじゃ……」

 

ストレアが発した言葉が即座に理解できず、レアは思わず聞き返した。

 

「……AI……?ストレア、あなた何を言って……」

 

「アタシは……MHCP……《メンタルヘルス・カウセリングプログラム》の、試作ナンバー002……《Strea》。心理カウセリング用の、AIプログラムなの……」

 

「な……」

 

レアは絶句した。ストレアが、プログラムが動かすAIなどと信じられなかった。

しかし同時に、それが真実であるということは痛いほどにわかってしまう。そんな質の悪い冗談を言う性格でないのは、一ヵ月の間で理解している。

 

「だから……ごめん、なさい……AIのくせに、レアの傍にいようとして……人に、近付こうとして……」

 

「ストレア……」

 

「アタシ……もう、レアの前には現れないから。気を付けるから。……じゃあね。……バイバイ。……今までありがとう……レア」

 

消え入りそうな声のなか、最後の言葉は無声音としてレアの鼓膜を叩いた。

ストレアは身を翻し、洞窟の出口へ走り去ってしまう。レアは手を伸ばすものの意思とは裏腹に足が動かなかった。動くはずがなかった。

ストレアを傷付けたのはレア自身だ。ストレアを傷付けた自分に、彼女を引き留め、慰める権利があるわけがない。

AIだなど関係ない、側にいてほしい、またいつものように微笑んでほしい。そんなことをいう権利が、どこにあるというのだ。

レアは伸ばしたままだった右手で壁を殴り付けた。当然、傷一つつかない。ぎりぎりと音がするほどに歯を喰いしばり、レアは何度も壁を殴った。

自分を戒めるように。自分を裁こうとするように。

 

―――――

 

終わりの日は、一週間後に訪れた。

宛もなくストレアを捜して出歩いていた七十八層の花畑で、レアは一人、SAOという一つのゲームがクリアされた旨のシステムメッセージを聞いていた。

空虚な瞳で仮想の空を見上げ、片時も頭を離れない顔を思い浮かべながら、レアは紫の花が咲き誇る花畑に身を預けて倒れた。

次に目を覚ましたときには、レアは東京都文京区の大学病院にいた。チューブやらコードやらが巻ついたり刺さったりしている体を起こすだけで全身が悲鳴を上げた。それは、最早女流剣士《レア》のものではなかった。五月の誕生日を過ぎ、二十歳となった《連城彩葵》という女性のものだった。

何もかもが空疎に感じた。カーテン越しに差し込む陽も、空気の匂いも、空調の駆動する音も、病室の外から聞こえてくる喧騒も。

あのシステムアナウンスを皮切りに、全てのプレイヤーが強制ログアウトさせられたのだろう。一斉に目覚めたプレイヤーたちへの対処で大慌てなのは想像に難くない。

ふと、彩葵はある考えに辿り着いた。

 

――ストレアはどうなる?

 

強制ログアウトが行われた以上、浮遊城アインクラッドは封印――あるいは消去されていてもおかくない。SAOの環境プログラムの一部であるストレアも、それと同じ運命を辿ることになるはずだ。

ならばストレアもまた、途方もないほどの完璧な封印状態にあるか、最悪の場合、既に全プログラムが削除されている可能性も――

 

「ッ……ストレア……!」

 

初めて発した声はしゃがれていて喉を鈍い痛みが襲うが、それを意識することもできず彩葵は自身の体を掻き抱いた。

 

「ストレア……ストレア……!!」

 

嗚咽を交えながら、彩葵は彼女の名前を呼び続けた。

あの世界に戻りたい。今すぐにあの剣の世界へ戻り、一層の《はじまりの街》から百層のラスボスの部屋までを駆け回り、ストレアを捜し出し、抱き締め、そして謝りたい。そのためならば、二度とこの世界に戻って来れなくとも構わない。

二度も彼女に救われた命だ。彼女のため以外にどんな使い道があるというのだ。

涙が涸れ、口の筋肉が軋み始めた頃、彩葵は起こしていた体を再びベッドに横たえた。濃紺のヘッドギアの電源がまだ入っていることを確認し、目を閉じて彼女の顔を強く思い浮かべる。

 

「リンク・スタート……!!!」

 

五感が遮断され、起動するアプリケーションを選ぶためのホームメニューへと自動移行する。眼前に並んだアイコンの殆どはナーヴギアにデフォルトで入っているブラウザやらヘルプやらだ。

彩葵のナーヴギアに入っているデフォルト以外のアプリは一つしかない。

蒼い空に浮かぶ円錐の城が描かれたアイコンをクリック。サーバーと通信できないという旨のメッセージを消し、再度クリック。新たに出たメッセージを消し、またクリック。

メッセージを消し、クリック。

メッセージを消し、クリック。

メッセージを消し、クリック。

メッセージを消し、クリック。

メッセージを消し、クリック。

メッセージを消し、クリック。

メッセージを消し、クリック。

メッセージを消し、クリック。

メッセージを消し、クリック。

メッセージを消し、クリッ……

メッセージを消し、クリ……

メッセージを消……

メッセージを……

メッセ……

メ……

……

……

……

……

……

何度繰り返したかなどわからなかった。無限とも思える時間、無限とも思える回数、それを繰り返した。

最初はアイコンを指でクリックしていたが、いつしかその動作は荒さを増し、最後に思いきり振り上げた握り拳をアイコンに叩き付けて彩葵は停止した。

次のメッセージを消す気力もなく、膝から崩れ落ちる。地面に手をつき、彩葵は再び泣いた。

仮想世界の体は衰えない。病室よりも激しく声を荒げ、両拳を地面に叩き付けた。

どれくらいの間そうしていたのか、わからなかった。現実世界で目覚めてから一度も時計を見ていないため、今の時間を見ても経過時間の逆算はできない。

ともかく、彩葵が再び立ち上がったときには既に彩葵の心は罅割れ、彩葵の中の時間は停止していた。

 

―――――

 

SAOがクリアされたのは二〇二五年の六月半ばだった。以来、彩葵の魂は鋼鉄の浮遊城に囚われ続けた。

SAOの虜囚となった時点で彩葵は十七歳の高校二年生だったため、学生生還者のための臨時学校に通って高校の卒業認定を取るための勉強をするのが普通だ。本来ならば、二〇二五年六月現在で大学に通っていたはずなのだから。

しかし彩葵は、学校の入学案内を一瞥しただけで何の反応もしなかった。

彩葵は登校どころか外出をしなくなり、日々の殆どを文京区にある自宅のみで過ごすようになった。父は海外に単身赴任、母は朝から朝まで会社にいるバリバリのキャリアウーマン。不可避的に一人の時間は多くなり、それは彩葵の生活を蝕んでいく。

常に自室に籠ってストレアの笑顔に想いを馳せる彩葵は食事も運動も疎かにし、折角退院した病院に心理カウンセリングも兼ねて通院することになった。

カウンセラーらしい四十代前半ほどの女性の話を上の空で聞き、質問に最低限の口数で答える日々。人間のカウンセラーに彩葵の心の傷が癒せるはずがない。それは彩葵自身が一番よくわかっていた。

彩葵の傷を癒せるのは、メンタルヘルス・カウンセリングプログラム――心理カウンセリング用のプログラムAIである彼女だけなのだから。

 

―――――

 

SAOから生還してから、あっという間に一年が過ぎた。世の中ではALOというらしいVRMMOが流行しているようだったが、それに乗っかるつもりなど毛頭なく、彩葵は変わらずに塞ぎこんだ毎日を送っていた。

一年が過ぎ、更に数ヵ月が過ぎたとき。彩葵のもとに、一つの情報が流れてきた。

新たなVRMMO――《ソードアート・オリジン》。そのクローズドβテストをするためのテストプレイヤーを募るといった内容だった。

彩葵は激しく戦慄した。曰く、SA:Oは旧SAOサーバーをベースに作られたと言うのだ。ならば、SAOサーバーと運命を共にした彼女もまた、SA:Oにいる可能性もあるはずだ。

希望というにはあまりにも不確実で頼りない情報だったが、彩葵はPCでβテスターへの応募ページを立ち上げ、直ぐ様登録した。

 

―――――

 

「っは……!」

 

レアは肺の空気を吐き、そして新しい空気を思いきり吸った。呼吸を立て直すと同時に右半回転で振り返りつつ、背後の影を確認。そこには、今まさに全力上段斬りを放とうとする緑のトカゲ男の姿があった。

縦に構えた剣でトカゲ男の一撃を受け流したレアは、そのまま紅の剣を大上段へ持ち上げる。剣が蒼い煌めきに包まれ、レアの体を不可視の力が突き動かす。

高速の縦斬りが閃き、トカゲ男の見た目のわりに丈夫なブレストプレートを砕いた。下段に振りきられた剣が普通ではあり得ない速度で返され、やや斜めになった斬り上げはトカゲ男のウィーク・ポイントである心臓を狙い違わず両断する。トカゲ男は、ガラス片のように四散した。

片手剣縦二連撃《バーチカル・アーク》の技後硬直が解けるや、レアは右へと大きく跳躍する。四メートル先に着地すると、さっきまでレアがいた地点に鋼鉄の長柄戦鎚が叩き付けられた。金属質の衝撃が、洞窟の地面と壁を突き抜ける。

腕を引き矢の如く引き絞る。深紅のエフェクトが瞬き、ジェットエンジンのような轟音を鳴らしてレアの体は再び突き動かされた。右足で地面を蹴り、捻転力と加速力を最大限に込めた単発突き《ヴォーパル・ストライク》を放つ。

叩き付けで地面にめり込んだ鎚をやっと引き抜いたコボルドが、鏡面仕上げのフルフェイスマスクをレアに向ける。その頭鎧に入った縦のスリットに、紅の刀身をねじ込む。ライトエフェクトの紅い光は頭鎧の後頭部を貫通し、そのすぐ後ろにいたトカゲ男までも貫いた。二つのシルエットが同時に爆散。

あくまでもレアの体感に過ぎないが、この戦いが始まってから既に一時間近くが経過している。洞窟にしてはやや広目の通路の両側からとめどなく亜人型モンスターが湧き続け、倒せど倒せど一向に減らない。人気のないクエストのキースポットでしかないため通りかかるプレイヤーなんておらず、レアは内心で死を悟っていた。

何十体目のゴブリンを屠ったとき。

ゴブリンが四散した際の破砕エフェクトに紛れ、その奥からトカゲ男が現れた。曲刀単発突進技《フェル・クレセント》に反応しきれず、上位剣技の一撃をもろにくらう。

 

「くぅっ……」

 

ノックバックを受け、レアの体は数メートル後退させられる。そしてその先には、両手鎚を構えるコボルドの姿。

 

「なっ……。が、ぁっ……!」

 

無防備な背を金属塊で殴打され、その衝撃に意識がブラックアウトしそうになる。どうにか気を繋ぎ止めておこうと右足で地面を強く踏みつけるが、洞窟特有の湿った岩肌はレアを裏切り足を滑らせた。レアはそのまま前のめりに倒れ込む。

倒れる直前にゴブリン系モンスター特有の奇声が聞こえ、レアは即座に体を仰向けへと反転させる。襲い来るゴブリンの蛮刀に、左手の盾を掲げて防御する。

反撃をしようにも上から押さえ込まれる姿勢では何もできないし、背を殴られたときの衝撃で剣が右手を離れてしまっている。おそらく今は自身の足元にあるはずだ。

視界端のHPバーは二度のクリーンヒットで大きく減り、もう一割も残っていない。

 

――“あのとき”と、同じだな。

 

レアはあのときとは違う思考をした。勿論、他にも違う点は沢山あるが。

レアの手に握られる剣は銀の騎士剣から紅の直剣に変わっているし、青銀のカイトシールドはやや大きくなっていて色も紅だ。長髪と顔の造作は変わらないが、髪の色は深い黒髪から艶のある淡い紫になっている。瞳も、もとの闇色から燃えるような灼眼に。防具もまた青と銀の騎士装から紫と白の布革主体装備に変わっている。

それら見た目の変化は、《レア》というアバターを《連城彩葵》でなく《ストレア》という存在に近付けるものだった。

奇跡的にもβテスターとなった彩葵は、βテストの開始と同時にフィールドへと飛び出した。ゲーム攻略には目もくれず、ひたすらにダンジョンやフィールドを駆け回って、アイングラウンドでの強さと紫の彼女を追い求め続けた。気が付いたときには《邪神》と呼ばれるモンスターを一人で狩れるようになっていて、プレイヤーの中でもハイランカーへと登り詰めた。

そんな中、ある敵を倒したドロップアイテムに紫の全身装備を見付けた。《ワンダーアーマー》なる防具を見た彩葵――レアは、その意匠を紫の彼女と重ね合わせた。それ以来、紫を主体として赤や白、黒で纏めた装備に固めている。

ある日レアは《リューストリア大草原》の片隅にある村でとあるクエストを発見した。村人NPC曰く、“洞窟に住み着いたオオカミたちが畑を荒らすなどの被害をもたらしているため、その親玉を退治してほしい”とのことだった。

レアは動揺した。そのクエスト内容は、ストレアと初めて出会うきっかけとなったあのクエストと全く一緒だったのだから。

即決でクエストを受け、ダンジョンへ飛び込み、蔓延るモンスターを片っ端から斬り刻んだ。亜人モンスターの大群を引っかけてしまい、軽いモンスターパニックの中、レアは一人で戦っていた。

 

「くっ……」

 

ゴブリンの蛮刀が圧力を増して、レアは呻いた。SAOから変わらずに完全均等割りしているステータスでは、レアを押し潰さんとするほどの圧力を跳ね返せない。

ここはおとなくやられて、街で蘇生してからまた挑みに来ようか。

そう考えて左腕に込めていた力を抜こうとした、その瞬間。

蒼い光の奔流が視界を埋めつくし、レアの上のゴブリンを消し飛ばした。

両手剣ソードスキル《ブレイクタイム》。

ゴブリンの代わりにレアの前に降り立った影は華奢で、とても両手剣を扱えるようには見えなかった。すらりとした手足にくびれた腰周り、滑らかな曲線を描く胸元。女性だ。絹のように白く美しい肌を紫のアシンメトリーな衣装で包み、ヒールブーツでコツリと音を立てて地面に立っている。

 

「正面はアタシが。……後ろをお願い」

 

それが両手剣使いの発した声だと理解するまでに半秒を要した。

レアは即座に立ち上がり、自身の剣を拾い上げる。体の正中線に剣を構え、目の前のモンスター群の動きに目を光らせる。

HPは未だに赤いままだが、気持ちは妙に落ち着き、研ぎ澄まされていた。

 

―――――

 

あのときは殲滅に三十分を要したモンスター軍だったが、今回は自然湧きのものだったために数はたかが知れていた。十五分足らずで全ての敵を斬り伏せ、レアはリザルトウインドウには目もくれずに剣を鞘に収めた。自分に背を向けて立つ紫の女性を、すがるような視線で見つめる。

剣を鞘に落としこんだ女性はそのまま数秒立ち尽くしていたが、不意に踵を返すと出口へと向けてレアの横を通り過ぎようとした。

レアは反射的に女性の右腕を掴んで引き留めていた。

 

「ストレア……ストレアでしょう……?ねぇストレア……!」

 

恐る恐る絞り出した声に対する反応は、数秒の沈黙だった。軽くだがそっぽを向かれ、髪で表情が見えない。

やがて、暗く落ち込み、前のような艶のある抑揚が薄くなった声で反応があった。

 

「……ごめんね……もう現れないって言ったのに……。でも、ほっとけなくて……。大丈夫、安心して、すぐいなくなるから……」

 

「やめてッ!!」

 

レアは我知らず叫んだ。

女性の肩がびくりと震え、顔がレアの方を向きかける。が、顔が視認できるより早く再び顔を逸らした。

 

「もう、いなくならないで……私の前から、いなくならないでよ……ストレア……」

 

レアは両手で女性の右腕にしがみつき、顔を肩口へ押し付けた。レアの様子に困惑したように女性がレアのことを見た気配がするが、顔を肩に押し付けているせいでレアからは女性の顔が見えない。

女性の戸惑いを裏付けるように、女性の震えた声が聞こえた。

 

「れ、レア……?」

 

「ごめん……ごめんなさい……!私が、子供だった……あなたの優しさを素直に受け取れなかった、私が悪いの……!」

 

すがり付くレアの肩に触れる手があった。変わらない暖かみと柔らかさで、レアの目頭は一気に温度を増す。

 

「な、なんでレアが謝ってるの?何も謝ることなんて……」

 

「あなたのことをロクに考えようともしないで、勝手なことを押し付けて、あなたを苦しめた……傷付けた……。本当に、ごめんなさい……」

 

瞳が灼けるように熱くなり、堪え様もなく溢れた一粒の滴がレアの頬と女性の肩を濡らした。

 

「だから……だからきっと、あなたはもう私のことが嫌いだろうけど……でも……嫌われててもいい……!また私を、あなたの傍に、いさせて……!!もう、嫌なの……あなたがいなきゃ、私……私……!!」

 

もう我慢できなかった。涙腺が決壊し、止めどなく熱い液体が溢れる。嗚咽を漏らし、レアはより一層強く女性にすがった。

レアの肩に置かれた手が一瞬だけ強ばり、次にゆっくりと離れた。そのリアクションにレアはしがみつく両手に更に力を込めた。

肩から離れた手がそっと動き、何かに怯えるかのように、焦れったいほどのゆっくりとした動きでレアの背中にまわった。優しく、それでいて強く、女性はレアを抱き締めた。

レアの長い髪に触れ、柔らかな動作でそっと撫でる。レアの嗚咽は激しさを増す。

 

「嫌いだなんて……そんなことないよ……。アタシも……アタシも、またレアの傍にいたい……」

 

その言葉は、レアの胸を強く打った。

レアは右腕にしがみついていた両手を離し、恐々とだが抱き返した。

 

「ストレア……ありがとう……。本当に、ありがとう……」

 

レアはストレアを強く抱き締め、それに呼応するように、ストレアもレアをより強く抱き締めた。

 

―――――

 

二〇二六年十月。

ストレアとの再会を果たしてから数週間後、SA:Oに大きな異変が起きた。幾つかの地形フィールドが光に呑み込まれて宙に浮き、そのまま集合して一つの大きな円錐となったのだ。その姿は、SAOの舞台であった鉄の城《アインクラッド》そのものであった。

運営はこれを開発中の新フィールドと説明したが、レアにはそうでないことが何となく理解できた。しかし当のアインクラッドへ入る手段がなく、一プレイヤーでしかないレアにはどうすることもできなかった。

レアは信じた。普通のプレイヤーでは立ち入れない場所で戦っている彼女と、その仲間たちを。

更に数日が経ち、アインクラッドは一般プレイヤーにも解放された。それを以て全てが終わったのだと確信したレアは、ストレアに事の経緯を訊ねた。ストレアは一瞬躊躇ったようだったのだが、全てを包み隠さず話してくれた。

そうして全ての事情を知る人間となったレアは、ストレアに一つ訊いた。

 

「話はわかったわ。でも……なんでそんな大事なときに、私を頼ってくれなかったのかしら」

 

腕組みするレアに、ストレアは珍しくたじろいだ。

 

「えと、それはね……その……」

 

「まぁ、あなたがちょっとやそっとでダメになるような人だとは思ってないし、心配だった訳ではないのだけど……」

 

「それって、褒められてるの……?貶されてるの……?」

 

「もちろん褒めてるわ」

 

レアは単純に寂しかった。同時にとても悔しかった。

ストレアのレアを巻き込みたくないという気持ちは痛いほどにわかった。それでも、レアはそんなときにストレアが自分を頼ってくれなかったのが寂しかった。巻き込まんとする気持ちを蹴飛ばしてまで頼ろうと思って貰えるほどの強さを持っていないことが悔しかった。

しかしそれは、レア自身のエゴイズムに他ならない。もっと自分を見て欲しい。もっと自分を頼って欲しい。もっと自分を認めて欲しい。ストレアに対する自分勝手な欲望に過ぎないのだ。

自分の愚かさを再認識する羽目になり、レアは歯噛みした。

長い息を吐き、レアは両手を伸ばした。ストレアの首に腕をまわし、抱き締める。彼女自身がよくやるように、ストレアの頭を胸に抱き抱える。エディットでは再現しきれなかった絶妙な色合いの紫髪を、レアはそっと撫でた。

 

「……お疲れさま。よく、頑張ったわね」

 

「……うん」

 

返事をし、ストレアはレアを抱き返した。

 

「キリトたちが大事な仲間だから戦ったのは本当だけど……それと同じくらい、アタシはこの世界が好きで、レアが大好きだから……この世界がなくなったら、またレアと離れ離れになっちゃうと思ったから……だから、頑張ったよ」

 

ストレアの言葉に、彼女を抱く腕に力が入った。

 

「すごく辛かった……。けど、もしもレアがこんなアタシを見たら何て言うのかな、って考えたら、頑張れた」

 

「あなたの中の私は、何て言ったの?」

 

訊ねると、ストレアは小さく笑った。

 

「“あのときあんなドヤ顔で私を助けておいて、その程度なの?シャキッとしなさいよ、シャキッと!”って」

 

「何それ、まるで私が鬼教官みたいじゃないの」

 

二人は抱き合ったまま笑った。

 

「レア……大好きだよ」

 

「ええ。私も大好きよ、ストレア」

 

固く抱き合い、紫の少女二人は静謐な時間を過ごした。


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