後輩は自称劣等生   作:一ノ瀬巧

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入学式(後編)

 西暦二〇九五年四月。国立魔法大学付属第一高等学校。

 入学式開始の一時間程前。

 

 あの日から丁度一年たったこの場所で、静裕也はある男子生徒に去年の入学式のことを話していた。

 

「というようなことが去年あった」

 

「くっ、ははははは!」

 

 裕也が話し終えると同時に、話を聞いていた男子生徒が腹を抱えて笑い出した。彼は話を聞いている間ずっと笑うのを我慢していたがそろそろ限界だった。

 両者共、肩に一科生の証である花弁の紋章を持っており、腕には風紀委員会に所属していることを示す黒い腕章を付けていた。

 

 男子生徒の名は、沢木さわき碧みどり。二年D組、風紀委員、マーシャル・アーツ部所属。爽やかなスポーツマンと言った表現が似合う男だ。

  

 マーシャル・アーツをざっくり説明すると魔法を使った格闘技のことであるが、沢木は魔法抜きでも百キロ近い握力を誇る強者である。

 

 ちなみに彼は、名前にちょっとしたコンプレックスを持っており、名前で呼ぶと怒る。

 

 笑い過ぎて涙目になっている沢木を見ながら、裕也は当時を思い出してため息を吐いた。

 本当に大変だったのはあの後だったのだ。

 

「それで、その後どうなった?」

 

 ようやく笑いの波が引いた沢木が話の続きを促す。

 

「その後、一旦家に帰って、次の日学校に行ったら中条が謝りに来たんだ。というか同じA組だったんだけど。それで『あの時は一杯一杯になっちゃて、ちゃんとお礼も言えず逃げ出してごめんなさい』って中条が謝って、俺は『気にしてない』って返して、それで中条との話は終わりだ。だけど……」

 

「だけど?」

 

「……中条が泣いてるところをみた誰かが、『眼鏡を掛けた男が総代の女の子泣かせた』ていうことを話したらしくて、それがいつの間にか『女を泣かせる眼鏡の男がいる』ていう話に変わってて、俺のあだ名が一時期『鬼畜眼鏡』になった」

 

「わははははははははは!」

 

 さっき以上に沢木は爆笑しだした。

 

「あの噂ってお前のことだったのか。初めて知ったよ」

 

「笑いごとじゃないんだよ。その後渡辺先輩には目を付けられるし、七草先輩は今でもその話で弄ってくるし、十文字先輩には尋問されるし」

 

「尋問って、穏やかじゃないな、どうした」

 

 沢木は少し笑いを引っ込めて問いただした。

 それを見て、裕也は大したことじゃないんだが、と前置きした上で話し出した。

 

「ほら、十文字先輩って噂で人を判断するような人じゃないだろ?」

 

「ああ」

 

 沢木はうなずく。

 

 日本で最も強い力を持つとされる魔法師の一族、十師族の一つ十文字家の嫡男、十文字克人は非常に真摯な人物で不確かな情報で他人の人格を決めつけるような真似はしない。

 だが同時に融通の利かない人物であることも知られている。

 

「だから俺の噂の真偽を確かめる為に、俺と中条を会議室に呼び出したんだ。で、そこにいったら、当時の生徒会長と風紀委員長と一緒に十文字先輩がいた」

 

「まじかよ」

 

 沢木はその状況を想像して震え上がった。

 

 あの時裕也は本気で退学を覚悟した。

 ちなみに一緒に呼び出されたあずさは十文字に睨まれて(実際はただ見つめていただけだが)泣き出しそうになっていた。

 

「それで俺達から事情を聞いて、噂が誤解と脚色からできた無実無根だって分かってくれたんだ」

 

 生徒会長と風紀委員長を同席させたのは証人の意味があったらしい。

 

 その後、九校戦が近づいてきたこともあり話題は自然とそちらに移り、二学期になるころにはほとんどの人間が噂の内容を忘れていた。

 

 だが裕也にとって何よりつらかったのはその噂を真に受けた同級生が裕也のことを避けていたためクラスで浮いた存在になってしまったことだった。

 入学して最初の一か月、裕也に話しかけていたのは、あずさ、啓、花音の三人だけだった。

 

 ある意味噂の元凶であるあずさは、罪悪感から裕也の噂を払拭しようと頑張っていたのだが、本人が人見知りであるため上手くいかず、変わりにクラスで孤立気味だった裕也に積極的に話しかけることにしたのだが、見方によっては『弱みを握られた男に尽くすか弱い少女』という印象を与えてしまい、余計に噂に信憑性を持たせることになってしまった。

 啓は、『あの時君と話したが、君がそんな人物には思えなかった』といって、入学式の時と変わらず接していた。

 花音は『啓が信じるならあたしも信じる』といって、態度を変えることはなかった。

 この三人と裕也は今でも友人関係であり、裕也はこの三人に感謝していた。

 

 

「それは大変だったな」

 

「……本当だよ」

 

 あの時のことを思い出すと、裕也は今でも気分が落ち込む。

 

 さて、話は変わるがなぜ裕也と沢木がこんな話をしているのかというと、彼らは入学式前に問題を起こす生徒や迷子になっている新入生がいないか巡回して、見つけた場合然るべき対応を取る。という風紀委員の職務の途中なのだが、校舎の隅で少し休憩しようという話になった。

 要するにサボりである。

 そして、しばらく駄弁っていると今日が入学式であるため自然に話題が入学式に関することになり、裕也がそういえばあの時こんなことがあったと話し始め、上記の流れにいたった。

 

 彼らは失念していた、いつまでも同じ場所にとどまっていれば、鬼のように強い彼らの上司に見つかるであろうということを。

 

「……随分と楽しそうだな、沢木、静」

 

 突然声が後ろから聞こえた。足音は全く聞こえなかったが、彼女にとって気配と足音を消して忍び寄るなど朝飯前だ。

 一瞬で固まった裕也と沢木はゆっくりと恐る恐る振り返る。

 そこには氷の微笑を浮かべた渡辺摩利風紀委員長が仁王立ちしていた。

 

「おしゃべりはそんなに楽しいか、ん?」

 

「……逃げるぞ、沢木!」

 

「おうっ!」

 

「逃がすか、馬鹿め」

 

 駆けだそうとした瞬間、裕也と沢木は地面に転がっていた。足払いを掛けられたと気が付いたのはその後だ。

 流石剣術のスペシャリスト、この間合いで彼女に勝てる確率は万に一つもなかった。

 完全なる敗北を悟った裕也はそのままおとなしく拘束される覚悟を決めた。

 

 

◆◆◆

 

 

『校内の秩序を守る風紀委員がサボりなど言語道断、罰として放課後反省文十枚』

 

 以上が裕也と沢木に与えられた罰則であった。

 当然ながら完全なる自業自得なので裕也達に同情する者など誰もいない。大人しく裕也は職務を再開することにした。

 

 その後は、案内板とにらめっこしていた、赤い短髪の強気で活発そうな少女と黒髪をおかっぱにした眼鏡を掛けた巨乳のおっとりした少女を含む四人組の女子達を講堂まで案内した以外に特にやったことはなかった。

 

 新入生が全員講堂へ入ったことを確認した裕也は、自分も講堂へ入り、講堂の後ろ側で入学式を見張る。

 入学式は予定通り進み、新入生総代の答辞の番となった。

 

 そういえば、去年はあそこで中条が大失敗をしたのだったな、と裕也が一年前を懐かしんでいると。

 下手(舞台の客席から見て左側)から、黒髪長髪のこの世の物とは思えぬ絶世の美少女が現れた。

 

 裕也は息を飲む、彼女の姿を直接見るのは見るのは久しぶりだったが、前に見た時以上にその可憐な美貌に磨きがかかっているように思えた。

 彼女の一挙一動から目が離せない。

 頭の中でありとあらゆる美の賛辞が思い浮かぶが、それのどれも彼女の美しさを表現するには物足りない。

 

(……これはまた、凄みが増したな)

 

 比較的見慣れている裕也ですら圧倒される。ましてや初見の新入生などは完全に魅了されていた。

 彼女のあまりの美しさに放心状態になるものすらいた。

 人の眼を奪い、そして魅了する。これも一種のカリスマという物なのだろう。

 

 総代――司波(しば)深雪(みゆき)は舞台の中央に置かれているマイクの前で一礼し、口を開いた。

 

 天使の美声というのは、こういうの物なのだろうか?

 その美貌、その美声、完璧な立ち振る舞い。ある一定の領域を超えた美しさというのは、恐怖すら感じさせるのだな、と裕也は思った。

 

 しかし注意深く彼女の答辞を聞くと、無視できない言葉がいくつかあることに裕也は気づいた。

 『皆等しく』『一丸となって』『魔法以外にも』『総合的に』。

 それらしい建前に包まれて、つい聞き流してしまうようなフレーズだったが、ほんの僅かに、かなり注意しないと気が付かないレベルで、その部分の口調が強くなっていた。

 

 よほど学校の兄に対する評価が腹に据えかねたと見える。

 相も変わらずの、行き過ぎたようにも思える兄妹愛に裕也は内心苦笑した。

 

(そうか、今年からあの兄妹が入学してくるんだったな)

 

 騒がしくなるかもしれないな、と裕也は思った。

 なにせあの兄妹、特に兄の方はトラブルを引き寄せる体質を持っているのだから。

 

 裕也のその予想は遠からず内に的中するのだが、まだ誰もそれを知る術は無かった。

 

 深雪が話し終えると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 裕也も軽く拍手する。

 

 入学式は何事もなく終わり、裕也は新入生をIDカード受け取り窓口まで誘導するため、指定された場所へと向かった。

 

◆◆◆

 

 仕事を終えて、風紀委員本部に戻ってきた裕也を迎えた渡辺摩利風紀委員長は、裕也にあるものを手渡した。

 

 コンピュータ全盛期のこの時代では、すっかり見かける機会の減った、原稿用紙とボールペンであった。

 

「……今時、手書きですか」

 

「その方が心に染みるだろうと思ってな。ほら早く始めろ、最後の一行まで書き終わるまで帰さんからな」

 

 半世紀前の学校だろうかここは。裕也はそう思いつつ渋々ボールペンを手に取った。

 

 『キーボードに慣れた現代っ子に手書きはきつかった』と後に裕也は友人に溢した。 

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