風紀委員会。
国立魔法科大学付属第一高校において、この組織は普通の学校とは違う権限を持つ。
主な任務は、魔法使用に関する校則違反者の摘発と魔法を使用した争乱行為の取り締まり。ザックリ言えば、魔法を使った喧嘩を力ずくで止めることが風紀委員の使命である。
当然、求められる水準は高く。メンバーは生徒会、部活連、教職員が学年から一人ずつ選任する。
魔法の実力は勿論、対人戦への適正、魔法を使用する相手にも向かっていける度胸など様々な要素を合わせ持つエキスパートだけが厳選される。
彼らは魔法科高校の警察組織として日々、校則違反者を取り締まっている。
◆◆◆
新学期二日目の放課後。
風紀委員としての放課後の巡回を終えた裕也は、風紀委員会本部に戻ってきていた。
「お疲れ様で……す」
扉を開けた瞬間、大柄な男が本部の床で伸びている光景が飛び込んできて、裕也は言葉を失った。
倒れているのは、三年C組の風紀委員、
整理整頓されていない部屋の奥には不機嫌そうな渡辺摩利風紀委員長の姿があった。
裕也は風紀委員が座る椅子の一つで、報告書を作成している三年生の
「……何があったんですか」
裕也が小声で問いかけると、関本は摩利の方を一瞬見て、裕也にしか聞こえない小さな声で答えた。
「……辰巳の奴がまた委員長のことを『姐さん』呼びしたんだよ」
「……ああ」
裕也は納得した。
渡辺摩利は並みの男より強く、男より男らしく、美しいという言葉よりカッコいいという言葉を投げかけられる女性だ。
異性より同性にモテるタイプである。
また実力主義の風紀委員会において、一高最強と呼ばれる『三巨頭』の一人であり、また近接戦闘のエキスパートであり、さらに荒くれもの揃いの風紀委員達をまとめ上げるその手腕も含め、彼女の評価は非常に高い。
そんな彼女を『姐さん』と呼びたくなる気持ちは分からなくもない。
ただし、摩利は『姐さん』と呼ばれるのを非常に嫌っている。
摩利の内面は普通に乙女なのである。
そんなことを裕也が考えていると。
「おい、何をこそこそやっている。さっさと報告しに来い」
ドスの効いた低い声で摩利に呼ばれた。
そういう所が『姐さん』と呼ばれる要素なのではないだろうか、と裕也は思ったが、余計なことを言えば自分が辰巳の二の舞になるのは目に見えていたので、大人しく摩利の元へと向かった。
「えっと、本日の巡回、終了しました。逮捕者はゼロです」
「……そうか」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が風紀委員会本部を支配する。
不機嫌な先輩が一人、無口な先輩が一人、意識の無い先輩が一人。
四人も一つの部屋にいるのに会話一つない。
関本が端末を操作する小さな物音が響くばかりだ。
裕也はもう用が無いのでとっとと出ていけばいいのだが、何故か彼はこの場の空気を換えなければ、という妙な脅迫概念に襲われた。
「そ、そういえば渡辺委員長、そろそろ新入生勧誘活動の時期ですね!」
「……それがどうした」
一言で聞き返された裕也は言葉に詰まった。頭に浮かんだモノを取りあえず口に出しただけで、後に続く言葉は何も考えていなかったからだ。
「ええと……補充要員とか……どうですか?」
苦し紛れに出た言葉は、自分でも何を言っているのかよくわからなかった。
しかし、その言葉が裕也を救った。
「補充要員……新入りか。ああ、面白い奴を見つけたぞ」
ニヤリと摩利は笑う。
目に見えて機嫌がよくなった摩利を見て、裕也は内心安堵した。
「本当ですか? それは良かった!」
「ああ、まだ確定ではないが、真由美に取り合ってもらおう。まだ生徒会は一年の選任枠が確定していなかったはずだ」
摩利は楽しそうに語った。
もしこの時、注意して摩利の言葉を聞いていれば、その目を付けられた新入生が誰か、裕也は気づけたかもしれない。
もっとも、気づけた所でその後の結果が変わったかと聞かれれば、恐らく変わらなかったという回答に落ち着くだろう。
ちなみに最後まで気絶したままだった辰巳は、そのまま放って置くのも気が引けた裕也によって保健室に運ばれた。
◆◆◆
その次の日。
この日の裕也は、学校食堂で一人昼食を食べていた。
あずさは今日は生徒会の面々と生徒会室でランチを取ると言っていたため不在。また、啓と花音はお互い弁当を持参して昼休みを利用したデートを楽しんでいるため不在である。
昼食を一緒にするような友人を三人以外持っていない裕也はこうして一人になることも多い。
これは、あずさは生徒会の仕事で多忙なことが多く、啓と花音は基本二人きりでいるのを好むためだ。
裕也が一人黙々と昼食を取っていると、隣に一人の男子生徒が座った。
生徒会副会長の
生徒会のメンバーは生徒会室で昼食を取るのでは無かったかと裕也は思ったが、そういえば以前あずさが服部は昼時はあまり生徒会室に来ない、と言っていたのを思い出した。
生徒会メンバーは服部を除けば女子だけなので、気まずいのだろうとその時の裕也は思っていた。
ちらりと裕也は服部の横顔を見る。
真面目そうな、あるいは神経質そうな顔をしている。
キリリとした顔つきに、キッチリと着込まれた制服は彼の人となりを表しているようであった。
(なんというか、苦労が絶えなさそうな人だ)
などと考えつつ、服部より先に食事を終えた裕也はそのまま食堂を後にした。
◆◆◆
放課後。
裕也が風紀委員会の定例巡回を終えて風紀委員会本部に戻る途中、ばったりと辰巳と沢木に鉢合わせた。
「よう静。昨日はすまなかったな」
「お疲れ様です辰巳先輩。いえお気になさらず。……それよりいい加減、渡辺先輩への呼び方をなんとかしてください」
「ははは、善処しよう」
裕也に白い眼を向けられながら豪快に笑う辰巳を見てやれやれと沢木は首を振る。
そんな感じで三人は風紀委員会本部たどり着き、扉を開けた。
「ハヨースッ」
「オハヨーございます!」
「お疲れ様です」
入ると同時に威勢よく三人は挨拶をした。
「お、姐さん、いらしてたんですかい」
部屋にいる摩利に気づいた辰巳が早速第一声を掛ける。
つい先ほど注意したにも関わらず、摩利への呼び方を改めようとしない辰巳に頭痛を覚えながら、部屋に違和感を感じた裕也は辺りを見渡した。
昨日までどこに何が置いてあるかもわからないほどぐちゃぐちゃに物が置かれていた本部が綺麗に整理整頓されていた。
誰が掃除したのだろうか?
そう思った裕也がさらに部屋を見渡すと、部屋の隅に一人の男子生徒の姿を発見した。
その男子生徒の正体に気づいた瞬間、裕也は固まった。
一方、室内が整理されていることに気が付いた辰巳と沢木もまた裕也と同様の疑問を抱いた。
「……もしかしてこの部屋、姐さんが片付けたんで?」
まさか、という口調で言ったのは辰巳だ。
そして部屋にいる見知らぬ男子生徒の存在に気が付いた辰巳は彼の元へ近づこうとする。
その間に摩利が立ちふさがったと思うと、いつの間にか手に持っていた丸めたノートで辰巳の頭をスパンと叩いた。
「いてぇ!」
「お前の頭は飾りか、鋼太郎!姐さんと呼ぶなと何度言えばわかるんだ!」
頭を押さえる辰巳に向かって摩利は怒鳴りつけた。
「そう何度も頭を叩かねぇでくださいよあ……いえ委員長」
またしても右手を振りかぶった摩利をみて辰巳は慌てて言い直した。
「委員長、ところでそこにいる彼は?新入りですか?」
そのやり取りを眺めていた沢木が達也を見ながら問いかけた。
「……ああ、お前の言う通り新入りだ。一年E組の司波達也。生徒会枠で風紀委員に入ることになった」
摩利はため息交じりに答える。
ようやく摩利から解放された辰巳がじろじろと達也を見回す。
「へえ、紋無しですかい」
値踏みするような、冷やかすような態度で辰巳が言う。
「辰巳先輩、その表現は禁止用語に抵触する恐れがあります。この場合、二科生と呼ぶべきかと思われます」
そう辰巳の発言を忠告するようなことを言う沢木も辰巳の態度をとがめようとはしない。
そんな辰巳と沢木を見て、摩利は不敵に笑ってからかうように二人に告げた。
「お前たち、そんな浅い了見だと足元を掬われるぞ?ここだけの話先ほど服部が足を掬われたばかりだ」
「そいつがあの服部に勝ったってことですかい?」
「ああ、正式な試合でな」
「何と!入学以来負け知らずの服部が新入生に敗れたと」
(……なんでそんな状況になったんだ)
驚く二人をしり目に裕也もまた驚いていた。
服部が達也に負けたという結果に、ではない。服部には悪いが、戦闘で服部が達也に勝てる要素はほぼないと裕也は思っている。
国際規格上での魔法師としての能力は服部の方が上だろう。
だが良くも悪くも服部は固定概念に囚われた典型的な魔法師だ。そんな彼が規格外の塊で敵の裏をかくことに慣れている達也に勝てる道理など無い。
裕也が驚いたのは、達也と服部が模擬戦を行ったという事実だ。
服部は生徒会副会長で第一高校でもその名は広く知られている。
そんな服部に勝ったとなれば一科生、二科生問わず達也の名は知られることになるだろう。
達也の性格上言いふらしたりなどはしないだろうが、先ほどの摩利のように誰かが話してしまう可能性もある。
目立ってしまうと色々不都合な面がある達也にとっては迂闊と言うべき行動だったが。
(大方、深雪ちゃん絡みだろうなぁ)
普段は冷静かつ冷徹に徹している達也だが、深雪が絡むと途端に平常心を失うことを裕也は知っていた。
裕也がじっと見つめれば達也は所在なさげに視線を明後日の方角に向けた。
そんな裕也と達也の内心を知らず、辰巳と沢木は大型新人の到来に沸き立っていた。
「そいつは、心強い」
「逸材ですね、委員長」
元々この二人は二科生に対する差別意識も少なく、懸念していたのは達也の実力不足だけだった。
しかし実績があるのならなんの問題もない。
この二人はそのブルームやウィードなどの下らない問題を気にする程、狭量な人間ではない。
あっさり見る目を変えた辰巳と沢木に面食らったような反応を見せた達也に対し、摩利は悪戯が成功した子供のような楽し気な顔を見せた。
「真由美も十文字もあたしがこんな性格だって知ってるからな。優越感がゼロってわけにはいかないが、きちんと実力を評価できるやつを選んでくれる。ここは君にとっても居心地のいい場所だと思うよ」
摩利が誇らしそうにそういうと、辰巳と沢木が達也に握手を求めた。
「三年C組の辰巳鋼太郎だ。よろしくな、腕の立つやつは大歓迎だ」
「二年D組の沢木碧だ。君を歓迎するよ司波君」
二人との握手の後に裕也も達也に右手を差し出した。二人が握手をしたこの状況で裕也だけ何もしないのは不自然だ。
「二年A組の静裕也だ。初めまして、よろしく」
「……どうも」
裕也は達也と握手を交わしながら裕也は胸騒ぎを感じていた。
(……ああ、嫌な予感がする)
その予感が現実のものになるかどうかはまだ誰も知らない。