後輩は自称劣等生   作:一ノ瀬巧

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新入部員勧誘週間

 新入部員勧誘週間。

 

それは今年入学した新入生を獲得するために各クラブが(しのぎ)を削る一週間。

 

この一週間は新入生向けのデモンストレーションのため、普段は禁止されているCADの携行(けいこう)が許可される。

 そのため優秀な新入生を巡り魔法の打ち合いになることも珍しくない。

 

何故ここまで苛烈になるのかと言えば、優秀な新入生の獲得はそのまま各クラブの勢力図に影響するからだ。

 

大会や発表会などで結果を残したり、九校戦で貢献したりしたクラブには、部費が増加されたり良い練習場を与えられたりと様々な優遇がされる。

そのためどのクラブも多少強引な手段を使ってでも新入部員を獲得しようと必死になるのだ。

一応表向きルールは存在するし、違反したクラブには部員連帯責任の罰則もあるがトラブルは後を絶たない。

本来このような事態を抑制するべき学校側は九校戦で良い結果を生徒に出してもらいたいためこの状況を煽っている節すらある。

 

そのため第一高校は一週間無法地帯と化し、生徒会、部活連そして風紀委員会はその対応に追われることになる。

 

誰が呼んだか、新入生争奪合戦。

 

第一高校の生徒にとって、一学期最初の山場となる一週間である。

 

 

◆◆◆

 

 

「はあぁぁぁ」

 

 本日四度目になるため息を吐いたのは中条あずさだ。

 新入部員勧誘週間に向けて、スケジュールの調整や場所の確保、各部への連絡などがようやく終わり、今はいつものクラスメイト四人組と学校近くのカフェで放課後のティータイムを楽しんでいる。

 四人用の席に裕也とあずさが隣、向かいに啓と花音が隣で座る形だ。

 

 あずさのため息はようやく仕事が終わった安堵によるものでなくむしろ明日に迫った勧誘週間本番に対しての物だった。

 

「あーちゃん元気だしなって。大丈夫だよ、大したことは起こらないって」

 

 憂鬱から若干顔色が悪いあずさを励まそうと花音が声をかける。

 だが内心花音も平和に終わることはないだろうなと確信していた。昨年の新入部員勧誘週間に起こった騒動の数々を花音は実際に目にしてきたからだ。

 だからあずさにかけた言葉は気休めでしかない。

 

「……花音ちゃん、本当にそう思いますか?」

 

 潤んだ瞳でじっと見つめてくるあずさの視線に耐えきれず、花音はそっと目を逸らす。

 そんな花音の様子を見てあずさは五回目のため息を吐いた。

 

 二人の少女のやり取りを苦笑いと共に眺めていた啓は注文したケーキをゆっくり味わっている裕也に話しかけた。

 

「そういえば裕也君、風紀委員に二科生の一年生が入ったって聞いたけど本当かい?」

 

「……よく知ってるな」

 

 裕也は、最近自分の頭を悩ませる人物の名前が突然出た動揺と一緒に口の中に残っていたケーキを飲み込んで、皿にフォークを置いた。

 そして不審がられぬよう、それとなく質問する。

 

「誰から聞いた」

 

「二-Dの沢木君が話してたって、クラスの友達から聞いたんだ。教えてくれた人は半信半疑だったけどね」

 

 やっぱり本当だったんだ、と啓は確信を持った様子だった。

 それを聞いた裕也は、頭の中であの爽やかスポーツマンの顔を思い浮かべた。

 摩利がここだけの話と言ったのは達也が服部に模擬戦で勝利したことであり、達也が風紀委員になることは含まれていない。

 そのため沢木に全く非はないのだが、今まで例が無い二科生が風紀委員を務めるという事態がどのような影響を及ぼすかわからないため、できればあまり知られて欲しくないというのが裕也の本心だった。

 

「あ、それあたしも聞いた。あーちゃんは知ってた?」

 

 あずさを励まそうとすればするほど余計にあずさが落ち込むという負の連鎖に陥っていた花音がこれ幸いと会話に加わった。別の話題によって空気を変えると同時に仮にそれが失敗しても二人を巻き込むことが出来る作戦だ。

 

「知ってますよ、司波深雪さんのお兄さんで司波達也という人です」

 

 昼休みに生徒会室で司波兄妹とよく顔を合わせているため、仲の良い先輩後輩程度の関係を築いているあずさが答える。

 

「へー同じ学年で兄妹ってことは双子なの?」

 

「いえ、司波君が四月生まれで司波さんが三月生まれだそうです」

 

 話題が新勧から逸れたことで、あずさの気力は幾分か回復したようだ。花音からの質問にもはきはきと答えている。

 

「二科生なのに風紀委員になれたのって何か特別な理由があったのかな」

 

 啓が興味深々という態度で裕也に聞いた。

 

「……いや、俺はそこのところは渡辺先輩から聞いていないからな」

 

 知らないふりも存外大変だ、と思いつつ裕也は返答する。

 

「はい、それが司波君はすごいんです!なんと、司波君は展開された起動式を読み取ることが出来るんです!」

 

 裕也の代わって、あずさが興奮したように話す。先ほどまで落ち込んでいたとは思えないほどの切り替えの早さだ。

 

 一方、啓と花音はあずさから聞かされた衝撃的な言葉に耳を疑った。

 

 それもそのはず、起動式とは魔法の設計図であり魔法を構築するためのプログラムだ。そのデータは膨大な物でありさらに展開から魔法の発動までのインターバルは遅くても数秒、速い者は一秒もかからない。

 そんな中から起動式を読み取るなど普通は出来ない。

 あずさと啓は学校の筆記テストでは毎回学年一位二位を争うほどの論理派で、あずさに至っては実技でも学年トップスリーを維持し続けるほどエリートであるが、その二人でもまず不可能だ。

 また当然、感覚派である裕也と花音も出来ない。

 反射神経が優れているとか、頭の回転が速いとか、そういう次元ではない。

 もはや一種の異能と言っても過言ではないだろう。

 

「……それは、すごいね」

 

「……びっくり、今年の一年生にはとんでもない子がいるのね」

 

 嘆息しながら啓と花音が声を漏らす。

 

 そして達也の人外ぶりに慣れている裕也は、驚きよりも呆れにも似た感情を覚えた。

 一般常識に照らし合わせれば脅威的な能力も、達也にとっては実力の一端に過ぎない。

 つくづく自分とのかけ離れた差を思い知らされる裕也だった。

 

「そんなすごい一年生がいるんならトラブルが起こっても大丈夫じゃない」

 

 花音は優しくあずさに告げる。

 

「そう、ですね。それに私が気にしても仕方のない事でした」

 

 幾分か落ち着いた様子のあずさが言った。もう明日の新入部員勧誘週間に対する恐れは薄れたようだ。

 

それを見た裕也は安心させる意図を込めて、あずさの顔を見つめながら言った。

 

「まあ、何か起こった時のために俺(風紀委員)がいるんだ。お前が心配することはないさ」

 

 次の瞬間、あずさは耳まで真っ赤にして裕也の視線から逃れるように顔を俯かせた。

 

「……うぁ、ありがとう、ございます」

 

 そして消え入りそうな声で呟く。

 

 さっきまでとはまた違うあずさの様子に裕也は首を傾げた。一方、啓と花音はすぐ何かを察したようだ。

 

 花音はニヤッと笑うとからかうような口調であずさに言った。

 

「よかったわねあーちゃん。静君が守ってくれるらしわよ」

 

 あずさの赤い顔がさらに朱に染まる。

 

「わ、私お手洗いに行ってきます!」

 

 椅子が音を立てるほどの勢いで立ち上がったあずさは、そのまますごい速度でカフェの奥にあるトイレへ走っていった。

 後にはポカンとした様子の裕也と机に突っ伏して笑いを堪える花音、そしてやれやれという表情の啓が残された。

 

「……罪なことするね、静君も」

 

 啓の小さな独り言は誰の耳にも届かず、カフェに流れる落ち着いたBGMに紛れて消えた。

 

 

◆◆◆

 

 

 新入部員勧誘週間初日。

 

「なぜお前がここにいる!」

 

 風紀委員会本部に男子生徒の声が響く。

 結構な大声に裕也は僅かに眉を顰めた。

 

「いや、それはいくら何でも非常識だろう」

 

 呆れたような態度でため息交じりに言ったのは司波達也だ。

 

「なにぃ!」

 

 その態度は一年生に見える自尊心の高そうな茶髪の男子生徒の気を刺激したらしく、まさに今飛び掛からんばかりの様子だった。

 

「やかましいぞ、新入り」

 

 凛とした声が室内に響く。

 摩利が発言した瞬間、茶髪の男子は慌てて口をつぐみ、直立姿勢を取った。

 

「この集まりは風紀委員の業務会議だ。風紀委員の者以外がいるはずがないだろう。その程度弁えろ」

 

「申し訳ありません!」

 

 摩利の叱責を受けて、男子生徒は顔を青くして答えた。

 生徒会長、部活連会頭に並ぶ権力者を前にしているのだから無理もあるまい。

 

「もういい、座れ」

 

 気まずそうに摩利は着席を命じる。

 こういうのは、弱いものいじめをしているようで彼女の性に合わないのだろう。

 

 その後二人が下座に座り、さらにその後二人の三年生が入室したところで摩利が言った。

 

「全員揃ったな」

 

 三年が委員長の渡辺摩利含めて四人、二年が静裕也、沢木碧、岡田という名前の男子の三人、最後に一年が二人。合計九名。

 これが現在の風紀委員会構成員だ。

 

 摩利が立ち上がると室内の空気が張り詰め、緊張感が漂う。

 

「今年もまた、ばか騒ぎの一週間がやってきた。ここには去年、調子に乗って大騒ぎした者も、騒ぎを鎮めようとして更に大きくしてくれた者もいるが」

 

 ここで摩利は一瞬言葉を切って三年の席に座る辰巳鋼太郎を睨む。睨まれた辰巳は首をすくめた。

 摩利はすぐ話を続けた。

 

「今年こそは処分者を出さぬよう、気を引き締めて当たるように。いいか、くれぐれも風紀委員が率先して騒ぎを起こすような真似はするなよ」

 

 念を押すように摩利が言えば、今度は何人かが気まずそうに身じろぎした。

 

「今年は幸いにも、卒業生分の補充が間に合った。紹介しよう、立て」

 

 摩利がそう言うと、下座に座っていた二人の一年生が立ち上がる。

 達也は落ち着いた涼し気な顔色で、茶髪の男子は緊張を隠さない硬い表情で。

 

「1-Aの森崎(もりさき)駿(しゅん)と1-Eの司波達也だ」

 

 達也のことを以前から知っている裕也、沢木、辰巳以外の風紀委員メンバーが達也のクラスを聞いてざわめいた。

 第一高校では、一科生はA~D組に、二科生はE~G組に、クラス分けされる。

つまりE組の達也は、二科生ということになる。

 

「誰と組ませるんですか」

 

 手を上げて発言したのは岡田だ。

教職員選任枠である彼は生徒会選任枠の裕也や部活連選任枠の沢木とは違い、差別意識の程度は考慮されていない。要するに岡田は、二科生(ウィード)を見下す典型的な一科生(ブルーム)だ。

 

「前回説明した通り、部員争奪週間は各自単独で巡回する。新入りであっても例外じゃない」

 

「役に立つんですか」

 

 表向きは一年生の二人へ向けられた言葉だが、実際は達也一人に向けられたものだろう。

 隠しているつもりかもしれないが、達也(二科生)への悪意が言葉の端々からにじみ出ている。

 

 岡田とはあまり話した機会が無く、その人となりをよく知らない裕也は、岡田がこうも差別意識を明確に見せるような輩であったか、と驚いたが。

 

(いや、違うか)

 

 裕也は自分の前提が間違っていたことに気が付いた。

 裕也の周りにはあずさ、花音、啓、摩利など二科生を見下す行為を嫌っている人間が多いので忘れがちだが、この学校では岡田のような人間が多数派なのだ。

 むしろ悪意を隠そうとしている分、岡田はまだマシ言えるだろう。

 

 一年生の頃から風紀委員としてそういった人間と山ほど接してきただろう摩利は、岡田をうんざりとした顔で見ていた。

 

「心配するな。二人共使えるやつだ。司波の腕前はこの目で見ているし、森崎のデバイス操作もなかなかの物だ。それでも不安なら、お前が森崎についてやれ」

 

 投げやりな摩利の言い方に岡田も思う所があったようだが、「やめておきます」と嫌味っぽく言う程度に止めた。

 

「他に言いたいことのある奴はいないな」

 

 摩利が全体を見渡して睨みつける。

 これは、『余計なことが言いたい奴は、面倒だから今のうちに言っておけ』と言いたいのだろう。

 

 室内に火花が散るような感覚、穏やかならざる雰囲気に達也と森崎は困惑しているようだったが、裕也にとっては慣れ親しんだ物だ。

 全体で集まって会議などを行うたびに、こうした空気になるのだから嫌でも慣れる。

 

「よろしい。では早速行動に移ってくれ。司波と森崎は私から説明があるので残るように。他の者は、出勤!」

 

 摩利が宣言した瞬間、全員が立ち上がり右手の拳で左胸を叩いた。風紀委員式の敬礼だ。

 

 その後、備品箱からレコーダーを取り移動を開始する。

 外に出る前に、裕也は達也に一言掛けた。

 

「色々大変だと思うが……まあ、頑張れ」

 

 たっぷり含みを持たせて達也の肩を叩いた。

 お返しに達也から曖昧な表情を受け取り、裕也は風紀委員会本部を後にした。

 

 

◆◆◆

 

 

 記念すべき司波達也の風紀委員初仕事の成果は、剣術部二十四人を相手にした大捕物であったと聞いて、裕也は頭を抱えた

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