苦手な方はご注意下さい。
ここは、勧誘のテントが乱立する中庭。
新勧活動四日目。今日も通報を受けた達也は、現場へ急行する。
CADを取り出し、魔法を打ち合っている二人の生徒を見つけてそちらに向かおうとした瞬間。
一人の生徒が今まさに放とうとしていた魔法が、達也に向けて飛んできた。
「――――ッ!」
達也の足元に空気の塊が着弾する。
達也は大きく後ろへ飛びのくことでこれを避けた。
魔法を撃った生徒ともう一人の生徒は、踵を返して逃げ出した。
達也は二人を追おうとしたが、周りの野次馬がさりげなく道を塞ぎ追跡を妨害する。
「退いてください!」
達也は野次馬達を押しのけて後を追いかけようとする。
しかし、人波を抜け、視界が開けた達也が見たのは、地面に倒れる先ほどの二人の生徒と眼鏡を掛けた風紀委員の姿だった。
「魔法の不適正使用、及び風紀委員への業務妨害行為で連行する」
淡々と告げると風紀委員、裕也は手錠を取り出し、達也に魔法を放った生徒の手首へ掛ける。
生徒は手錠をかけた裕也に、ではなく達也に忌々しそうな視線を向けた。
視線を向けられた達也はため息を吐きたいのを堪えて、業務を遂行すべく自身の手錠を取り、もう一人の生徒に手錠をかける。
「触るな!
「抵抗すると処罰が重くなりますよ」
その際、生徒が反抗的な態度を見せたが、達也がひと声かけたとたん大人しくなった。
達也と裕也はこの後、風紀委員本部にいた摩利に二名の逮捕者がでたことを報告して、また巡回業務に戻ろうとした。
「裕也さん、先ほどはありがとうございました」
風紀委員本部を出て、校庭に戻ろうと歩いていた途中。
校舎の廊下で達也が裕也を呼び止め礼の言葉を述べた。
「いや、いいよ。偶然通りがかっただけだし」
裕也にとっては、礼を言われるほどのことでもないと思っていた。風紀委員として、当然の義務を果たしただけだ。
「それより、ここでその呼び方をしても大丈夫なのか」
裕也が気にしたのは、達也が裕也の名前を呼んだことだ。学校では達也と裕也は初対面ということになっており、お互い名字で呼び合うようにしていた。
「大丈夫です。近くに人はいませんし、この辺りには監視カメラの
まあ達也が言うのならそうなんだろう、と無条件で裕也は達也の言葉を信用することにした。
達也は探知能力も反則級であり、機械を弄らせれば世界トップレベルであることを裕也は知っていた。
第一高校の防犯システムの全てを達也がすでに掌握していると言われても裕也は驚かないだろう。
「実は、
「……何だ」
わざわざ人の耳が無い場所で、改まった言い方をする達也に警戒しながら裕也は聞き返した。
「裕也さんは『エガリテ』という組織を知っていますか?」
「エガ……リテ?……確か要注意団体『ブランシュ』の下部組織……だったか?」
一度、『本家』で要注意団体に関する資料を閲覧した際、そのような名称を見た憶えが微かにある。
最も重要度はかなり低かったのでほとんど覚えていなかったが。
逆に『ブランシュ』は、そこそこ危険な組織として記されていたため頭に叩き込んでおいた。そのため、関連付けて思い出すことが出来たのだ。
「その『エガリテ』がどうかしたのか」
「……一高の生徒にエガリテのメンバーがいるようです」
裕也は絶句した。
校内に不穏分子が潜んでいることに、何よりそれに気が付かなかった自身に愕然としていた。
「……本当か?」
こうして確認したのも達也の言うことが信じられないというより信じたくないという思いがあったからだ。
「二科生の中にエガリテのシンボルマークが記されたリストバンドを持つ生徒がいました。青と赤のラインで縁取られた白いリストバンドです」
裕也は思わず顔を覆った。
裕也に二科生の知り合いはいない。一科生と二科生は教室も離れているため気づかなかった、というのは言い訳にならない。
裕也は風紀委員だ。二科生と関わり合う機会は数多くあったのだ。
言われてみれば、過去に何度か青と赤のラインで縁取られた白いリストバンドを付けた二科生を見かけたことを思い出した。
迂闊にも程がある。裕也は自分の目の節穴を呪った。
「……それで、どこまで分かってるんだ」
一旦、自分の不覚を棚に上げて、裕也は敵の目的、規模などは分かっているのか、という意味を込めて質問した。
達也は首を横に振る。
「今はまだ何も……。裕也さんなら何か知っているかもしれないと思ったのですが……」
当てが外れたと言いたげな達也の表情に、ぐさりと心臓に針を突き刺されたような罪悪感に襲われる。
「……すまない、本当にすまない」
「あ、いえ、何もそこまで謝っていただかなくても」
深々と頭を下げる裕也に達也は気まずそうに応じる。
丁度、裕也が達也(と深雪)へ入学祝の挨拶をした時とは反対の構図だ。
「こちらで何とか調べてみる。分かったことがあったら伝えよう」
「はい、お願いします」
最後に、ようやく立ち直った裕也と達也がそれだけ会話して、二人は別れた。
◆◆◆
学校から裕也が自宅のマンションへ戻ると、いつもと室内の空気が違うことに気が付いた。
端末型CADを取り出し、警戒しながらゆっくりと家の中を進む。
部屋の丁度中央付近に、電気もつけず何者かが佇んでいる。大柄な男だ。
「誰だ」
裕也がCADを相手に向けて警告を発しながら
「私です、
すると、男は両手を上げ敵意がない事を示しながら名乗った。
裕也はほっと息を吐いてCADを下す。
「……岩尾、電気ぐらい
そう言って、裕也は部屋の隅にある照明のスイッチを押しに行った。
「は、申し訳ありません。しかし待っている間に電気代を消費してしまうのは勿体無いと思いまして」
そんな所に気を使うのなら、一人暮らしの家に帰ってきたら暗い部屋の中で大男が一人立っている、という状況がどう見えるのか考えて欲しかった。
相変わらず気遣いの方向性がずれている自分の護衛に呆れながら裕也は電気を点けた。
岩尾賢治は静裕也のガーディアンだ。
調整体魔法師『岩シリーズ』第二世代。
障壁魔法に優れる『桜シリーズ』や音に関する魔法に優れる『薬師シリーズ』などの調整体魔法師同様、『岩』シリーズは近接格闘に特化した調整体魔法師である。
硬化魔法を得意とし、格闘技や銃器、刃物などの武器の扱いに長けており、堅実な手段を持って主人を守る盾となる。
身体能力に限れば、『本家』の調整体魔法師の中で最も優れた個体、らしい。
賢治は二十一歳の男性で、寡黙かつ控えめな性格だ。表情の起伏が乏しく、何を考えているのか読み取るのは付き合いが長い裕也ですら難しい。加えて、先ほどのようにややずれた行動をとることが稀にあるので、より一層内心を察するのが困難になる。
実際は真面目かつ義理堅い性分をしており、祐也も信頼している。
普段は裕也のすぐ
裕也が学校にいる間は、学校周辺で異常が無いか見回りをしているそうだ。
緊急時と仕事の時以外は裕也の目の前に現れることは滅多にない。
これは裕也の方から希望したことで、何故と聞かれた際には目立つのが嫌だからと言う理由を付けたが、本当は調整体魔法師という存在が苦手であるからと言うのが理由であった。
その点、賢治は優秀で、かつて暗殺や実力行使を専門とする
「お伝えしたいことがございます」
賢治はそう言って片膝を床につけ頭を下げた。裕也はそれを見ながら無言で先を促す。
「これはお父様、『
自らの父の名を聞いた裕也は眉をピクリと動かしたが、声を出すことは無かった。
「時に裕也様、『ブランシュ』なる組織をご存じでしょうか?」
「……ああ」
知っているも何も、今日学校で身内の後輩に、その組織の下部組織が学校に浸食していると教えられたばかりだ。
「その『ブランシュ』がここ最近活動を活発化させている模様。狙いは第一高校の可能性が高いとのことです」
かちり、と何かがかみ合った音がする。
「第一高校のセキュリティは高い、どうやって狙うつもりだ」
「内部に『ブランシュ』の内通者を増やし手引きさせるつもりのようです」
また一つ。
「それでも決め手が足りない。何かあるのか」
「これはまだ確証が取れていませんが、アンティナイトを所持している可能性がある、と」
アンティナイトと聞いて裕也の眉間に皺が寄る。
アンティナイトとは、希少鉱物の一種だ。魔法の発動を阻害するサイオンノイズを発動させることが出来る特性を持っており、魔法師でなくても使用できるという点が最大の利点である。
つまりはこの鉱物、対魔法師戦に置いて切り札となる可能性を秘めている。
数が少なく高価であること、そしてその危険性から民間の取引が著しく制限されている軍事物資であり、市場に出回ることはまずない。
まして、公安からもマークされている政治活動団体が手に入れられるはずはない。
本来は。
「どこが動かしている」
裕也が訪ねたのは黒幕の存在。果たしてそこまで掴んでいるかは分からなかったが、流石は情報戦に関しても世界最強と裕也が目している一族。
すぐに答えが返って来た。
「裏で繋がっているのはウクライナ・ベラルーシ再独立派。さらに大亜連合がその裏から操作している模様」
最後のパズルピース、その一欠片が嵌った。
「大亜連合の間接的な破壊工作か」
忌々しそうに裕也がつぶやく。
賢治は黙したまま語らない。その沈黙を肯定と受け取った裕也は思考する。
『海外の敵性勢力』が『日本に攻撃』を仕掛けようと画策しており、さらに『魔法師絡み』である。
裕也は四葉上層部が言わんとしていることを察する。
「要するに、
ブランシュを潰せ、ということではないだろう。
それは警察のもしくは関東地方を守護する十師族、『七草』『十文字』両家の領分だ。
四葉の領分はその裏、影で繋がっている存在を炙り出すのが今回の役目だろう。
「よく分かった。下がってよし」
裕也がそう言うと、賢治は頭を下げ、その場から一瞬で消えた。
四月の肌寒い夜風が室内に吹き込む。
裕也がベランダの方に目を向けると、案の定閉まっていたはずのスライド式窓が開いていた。ちなみにこの部屋は五階だ。
わざわざ窓から出て行かなくてもドアから出ればいいのに、と裕也は思った。
「あとせめて窓閉めろ」
裕也はそうつぶやくと、窓を閉めしっかり鍵をかけた。