後輩は自称劣等生   作:一ノ瀬巧

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二科生の反乱

 新入部員勧誘週間が終了して一週間ほどたったある日。

 

 昼休み、裕也は校舎裏の人気がない場所に来ていた。と言っても喧嘩や告白の類ではない。単なる怪しい密会だ。

 先に来ていた達也を見つけて、挨拶代わりに右手を上げる。

 向うもこちらの姿を認めたらしく、手を上げて応える。

 

「よ、遅くなってすまないな」

 

 裕也のこの言葉には、単にこの場に来るのが遅れたという意味ではなく、今まで予定が合わず会えなかったことへの謝罪の意が込められていた。

 

「いえ、こちらこそ、わざわざすみません」

 

 達也は、どちらの意味への返事と捉えることの出来る返し方をした。

 

「さて、報告……と、その前に聞きたいことがあるんだが」

 

「何でしょうか?」

 

 早速か、と身構えたところに思わぬ不意打ちを食らい、達也は肩透かしを食らったような表情を見せた。

 

「二-Eの壬生(みぶ)紗耶香(さやか)と付き合うことになったって本当か?」

 

 壬生紗耶香は剣道部に所属している二学年の二科生で、中学時代は全国二位の実力を持ち、剣道小町とも呼ばれる美少女である。

 容姿と実力の両面が優れていることもあり、剣道部のアイドルとして校内と剣道関係者などの一部の校外の人間に有名だ。

 

 そんな学校の有名人である壬生紗耶香にここ最近一気に知名度が上がった二科生の風紀委員が、言葉攻めをしただの、告白したされただの、剣道部に勧誘されただの、様々な噂が学校中で流布されていた。

 

 質問された達也はうんざりとした態度を見せる。それを見た裕也は答えを聞くまでもなく噂の真偽を理解した。

 

「なんだ、やっぱり嘘か」

 

「……分かっていて聞いたんですか?」

 

 つい最近、生徒会で摩利がその件について発言したことで妹が暴走しかけたり、クラスのカウンセラーにからかわれたり(その時は仕返ししたが)と、そろそろうんざりとしていた達也は裕也に恨めしそうな口調で言った。

 

 裕也は笑って誤魔化した。

 仮に達也が女性と交際することになれば、あの妹が黙っていないだろう。そうなれば先にそっちが噂になるはずなのでそれが無いということは真実の可能性は低いと裕也は考えていた。

 ちなみに噂になるとすれば、内容は『一年生の美人生徒会書記がご乱心』、とかだろうか。

 

「早く報告をお願いします」

 

 達也は話の軌道修正をすべくこの流れを断ち切る。

 

「そう急かすな、ゴホン」

 

 咳払いをして、緩んだ雰囲気をリセットしてから裕也は本題に入った。

 

「さて、エガリテ、というかブランシュはここ第一高校を狙っている。何が目的かはよく分からないが」

 

 狙いは、物資(モノ)人材(ヒト)情報(データ)かそれとも魔法(技術)か。

 

「ここまではいいな」

 

 達也が頷くのを確認して裕也は話を続ける。

 

「裏には結構大物が潜んでいるらしい。アンティナイトまでブランシュに横流しているようだ」

 

 この一週間で調査はさらに進み、ブランシュがアンティナイトを保持していることは確実になった。という情報を昨日、賢治が達也にもたらした。

 

「それで、黒幕の正体は掴んでいるんですか」

 

「大亜連合だ」

 

 裕也がそう言った途端、達也の目が金属製の刃物を連想させる鈍い光を放った。

 達也は三年前、沖縄での大亜連合の襲撃戦に遭遇している。そこで何があったのかは裕也は知らないが、歓迎すべきでない事態があったのは確かなようだ。

 

(沖縄防衛線の直ぐ後に、達也君と深雪ちゃんの母である、司波深夜(みや)は死亡している)

 

 もしもそれが、三年前の事件が原因だとすれば、達也は大亜連合を憎んでいるのかもしれない。

 裕也は固い口調で話す。

 

「……事は想像以上にでかい。いくら君でも、手を出せば厄介なことに――」

 

「別に俺の方から踏み込こもう、なんて考えてはいませんが」

 

 今度は裕也の方が肩透かしを食らう番だった。

 

「はぁ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げる裕也に達也は心外な、と言いたげな顔をした。

 

「俺を何だと思っているんですか。厄介事に首を突っ込むような趣味はありませんよ」

 

「じゃあ、なんで俺にこんなことさせたんだよ!?」

 

 てっきり裕也は達也がブランシュを潰すつもりで探っているのだと思い込んでいた。

 

「敵の規模や内情を知っておきたかったからです。……こちらからは手出しはしませんが、向うからとなれば話は別です」

 

 途中で達也の口調が変わる、冷たく鋭く。

 ゾクリと、裕也の背筋が冷たくなった。

 

「俺は、俺と深雪の日常を壊す者を何人(なんぴと)だろうと許さない。誰であろうと俺と深雪の邪魔をする者は排除する」

 

 裕也は生唾を飲み込んだ。達也がほんの一瞬発した濃密な殺意、それが裕也の思考を恐怖で満たした。

 達也は何事もなかったかのように殺気を収め裕也に頭を下げた。

 

「ありがとうございました。それでは失礼します」

 

「……ああ」

 

 辛うじてそれだけ返事をした裕也は達也が歩き去るのを立ったまま見ていた。

 

 達也の姿が見えなくなった途端、詰めていた息を吐く。冷汗がドッと溢れた。

 警告、だったのだろう。

 自分と深雪に危害を加えようとすれば、たとえ四葉であっても容赦はしないという。

 

 あれだけは敵に回したくない、と裕也は心から思った。

 

 空を見上げる。澄み切った青が、裕也の心を癒した。

 

「あー、雲になりたい」

 

 思わず独り言が口から零れた。

 雲になって何の悩みも持たず、あの青い空をふわふわ浮かんでいることが出来たらどれだけ幸せだろう。

 

 若干の疲労を感じながら、裕也はその場を離れた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 それからさらに一周間。

 何事もなく平穏に日常は流れた。

 杞憂だったか、と裕也が気を緩め始めたまさにその時。平穏は突然脅かされる。

 

 その日、全ての授業を終えて風紀委員の仕事もオフなので、帰って家でのんびりしようと思い、鞄を取った瞬間。

 

『全校生徒の皆さん!』

 

 大音量が教室のスピーカーを揺らした。

 思わず咄嗟に耳を塞いだのは裕也だけでは無かった。

 

『――失礼しました。全校生徒の皆さん』

 

 ややボリュームの下がった、気まずそうな男子生徒の声がスピーカーから流れる。

 裕也は顔を顰めたまま耳に当てた手を下した。

 

『僕達は、学内の差別撤廃を求める有志同盟です』

 

 教室内がざわつき始めた。

 その中に「雑草(ウィード)の分際で」と毒づく者もいたが裕也はあえて無視することにした。

 

『僕達は生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します』

 

「対等な立場における交渉ですって?どの口が(のたま)うんだか」

 

 憤慨したように千代田花音がまくし立てる。

 このようなゲリラ的行動に学校が許可を出すとは考えにくい。つまりこれは学校側に無許可で行われていると見ていいだろう。

 放送室の部屋は原則鍵が掛けられているため、鍵を壊して開けたか、鍵を盗んだか、どちらにせよ校則云々以前に犯罪行為だ。

 それを花音は理解して今の台詞を話したのだろう。

 犯罪を犯しておいて対等な交渉とはよく言えたものだ、とは裕也も思った。

 

 裕也がポケットに入れている携帯端末が振動する。メールを確認した裕也が放送室前へ向かおうとした時。

 誰かに肩を叩かれた。

 振り返ると、困ったような笑顔を浮かべる五十里啓の姿があった。

 啓が指差す方向に首を向けると。

 席に座り、鞄を持った態勢のまま硬直している中条あずさがいた。

 不測の事態に付いていけず、固まってしまったようだ。

 

「彼女も行かないとまずいんじゃないかな」

 

 そう言う啓の言葉ため息を吐いた裕也は、あずさの元へ早足で辿り着き、机の前に立つと両手を机に叩きつけた。

 バシッ、と結構大きな音がクラス全体に響き、その衝撃をダイレクトに受けたあずさの肩がビクリと跳ね上がる。

 

「メール」

 

「えっ、え?」

 

再起動を果たすも、まだ状況が理解できないあずさに裕也は説明する間も惜しいと手早く行動を促した。

 

「端末、確認、早く!」

 

「は、はいぃ!」

 

 上擦った声で返事をしながら、鞄の中から携帯端末を取り出しもたつきつつもメールを確認する。

 

「なんて?」

 

「ええと、放送室前に集合……」

 

「よし、急ぐぞ」

 

 裕也はあずさの手を掴むと、そのまま引っ張って教室を出る。

 

「ちょ、早いです。待ってください!」

 

「悪いけど時間が惜しい。走ってくれ」

 

 猛然とした勢いで走っていった裕也とあずさをポカンと見つめていたクラスメイトたちだったが、数秒後ヒソヒソと話し合いはじめた。

 「裕也君って結構強引なところあるんだね」「グイグイ行くタイプ?」「……ありかも」

 主に話しているのは女子達だ。女の子はこういう話題に敏感だ。

 花音はやれやれと肩をすくめた。帰ってきたら、少し大変かもしれないわよ静君。と思いながら。

 

 

◆◆◆

 

 

「あの、もう少し、ペースを、落として、くださぃ……」

 

「……中条はもっと体力をつけるべきだと思うぞ」

 

 息も絶え絶えと言った様子のあずさに裕也は呆れながら言った。

 これでも手加減して走ったつもりだ。

 いくらデスクワークが本分とはいえ、高校生でこの体力はどうなんだろうと、裕也は心配になった。

 

 裕也とあずさが辿り着いた時、既に摩利、十文字克人をはじめとする風紀委員と部活連の実働部隊が放送室前に集まっていた。

 

「来たか、おそ……大丈夫か?」

 

 遅れてきた裕也を叱責しようとした摩利は、裕也の後ろに疲労困憊状態のあずさの姿を見つけ心配そうにそう言った。

 

 あずさは、ぜーはーと、大きく息を荒げながら辛うじて立っているという有様であった。

 

「中条さん、つらいのでしたら座って休んでも構いませんが」

 

 無表情で気遣うようにそう言った黒髪ロングに浅黒い肌の女性は、三学生で生徒会会計を務める市原(いちはら)鈴音(すずね)だ。

 

 鈴音に大丈夫です、と蚊の鳴くような声で言ったあずさはハンカチを取り出し汗を拭き始めた。

 それを見た鈴音はそうですかとだけ言ってまた摩利と話し始めた。

 これは鈴音が薄情と言うわけではなく、単に今はあずさより優先すべき事柄があるためだろう。

 

 裕也達が来て少ししてから、司波兄妹が遅れて到着した。

 

「遅いぞ」

 

「すいません」

 

 達也は摩利と短く会話を交わした後、すぐ状況把握に移った。

 

「状況は?」

 

 特定の誰か聞いたわけでもない達也の質問に答えたのは鈴音だ。

 

「彼らは職員室からマスターキを奪い、現在は放送室を占拠し立てこもっているようです」

 

「それは、明らかに犯罪ではないですか!」

 

 達也の後ろで声を上げたのは深雪だ。

 

「その通りです。だから私たちも彼らをこれ以上暴発させぬよう、慎重に行動すべきです」

 

 出来うる限り穏便に済ませるべきだ、と鈴音は主張し。

 

「こちらが慎重になったからと言って、向うの聞き分けが良くなるとは限らん。ここは多少強引でも、短時間の解決を図るべきだ」

 

 それに対し強硬論を唱えるのは、やはりと言うべきか摩利だ。

 現状、二つの意見が対立し合い膠着状態に陥ってしまっている。

 方針を定めなければ裕也達は動くに動けない。

 

「十文字会頭はどうお考えですか」

 

 思い切った達也の発言に裕也は少々驚いた。

 一年生である達也が、三年で部活連会頭と言う立場の十文字に意見をうかがうのは出しゃばった行為と見られても可笑しくは無かった。

 十文字は達也を一瞥し、周囲の人間にも聞こえる程度に大きな声で発言した。

 

「俺は彼らの要求に従っても良いと考えている。この際、しっかり反論しておいた方が後顧の憂いを立つことになるだろう」

 

「では、このまま待機しておくべき、と?」

 

「それについては決断しかねている。不法行為を見逃すべきではないが、学校の設備を破壊しなければならないほど緊急性があるとは思われない。学校側に管理システムから鍵を開けられないかと問い合わせたが回答を拒否された」

 

 十文字の意見は穏健寄りの中立。

 どっちつかずにも思える曖昧な物言いに裕也は眉を顰めた。慎重と言えば聞こえはいいが、これでは結局今後の方針を決められない。

 

一礼して下がった達也が内ポケットから携帯端末を取り出し、番号を入力し耳に当てた。

 周囲の視線が十文字から場にそぐわない動きを見せる達也へと移動する。

 

「壬生先輩ですか?司波です」

 

 裕也だけではなく、他の何人かも驚愕の視線を達也に向けた。

 

 その後達也は携帯の向こう側にいる壬生から情報を引き出し続けた。

 壬生の声はこちらへは全く聞こえないが達也が周囲にも分かるよう返事をしてくれるので問題はない。

 そして壬生が、放送室を占拠し立てこもっている実行犯グループの一人であることを聞き出し、これから交渉を行うので鍵を開けて欲しいと頼んだ。

 

「……いえ、先輩の自由は保障します。……では」

 

 通話を終えた達也は端末をしまい摩利に向き直る。

 

「出てくるそうです」

 

「今のは、壬生紗耶香か?」

 

「はい、待ち合わせのためにとプライベートナンバーを教えられていたのが役に立ちましたね」

 

 達也の後ろで彼の妹の雰囲気が少し変化したが誰もそれには気が付かなかった。

 

「それよりも、態勢を整えるべきだと思いますが」

 

「態勢?」

 

 摩利が言っていることが理解できないという表情をする。

 達也は摩利の態度が理解できないという表情をする。

 

「中にいるやつらを拘束する態勢ですよ」

 

 さも当然であるかのように話す達也に摩利もその他の人間もついていけない。

 司波深雪を除いては。

 

「……君はさっき、自由を保障する、というの話をしたと記憶しているが」

 

「俺が自由を保障したのは壬生先輩だけですよ。それに俺は、風紀委員を代表として話しているとは一言も言っていません」

 

 しゃあしゃあと言う達也に、裕也が摩利が鈴音が十文字が呆気に取られて達也を見た。

 あずさなどあんぐりと口を開けて呆然としていた。

 

「悪い人ですねね。お兄様」

 

 ただ一人、深雪だけがすべてお見通しだと言うかのように笑っていた。

 

「今更だな、深雪」

 

 達也は悪びれる様子もなく、肩をすくめて見せた。

 

「ふふ、そうですね」

 

 だが直後、彼女の笑顔の質が変わると同時に、裕也は少し寒気を感じた。

 

「ですがお兄様?壬生先輩のプライベートナンバーをわざわざ保存されていらした件については、後ほどゆっくりお話を聞かせて下さね」

 

 深雪の笑みが深まるのと、達也の顔が引きつるのは全く同時だった。

 

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