後輩は自称劣等生   作:一ノ瀬巧

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襲撃

 放送室に突入後、実行犯グループを捕縛した裕也達だったが、生徒会長である真由美が放送室に現れ、彼女の頼みで実行犯達を解放し生徒会メンバーが彼らと交渉を行うことになった。

 裕也ら風紀委員達はそのまま退出したためどのような話し合いが行われたか直接は見ていないが交渉の結果、二日後の放課後に真由美と有志同盟のメンバーが討論会を行うことになった。

 

 放送室占拠事件から二日後。

 討論会当日。

 

 風紀委員会は同盟が実力行使に出てきても対応できるよう全員が討論会の会場となっている入学式でも使用された講堂に集められてた。

 裕也は講堂の入り口外側付近に配置されていた。裕也の役目は外部から不審な人物が入ってこないかの監視と講堂内にいる『同盟』のメンバーが何かしら問題行動を起こして逃亡を試みた際、捕縛することだ。

 

 とはいえ監視と言っても学校の非関係者が紛れ込んでいないかというのを見る程度で、たとえ同盟のメンバーと判明している生徒がいようと講堂への立ち入りを拒むことはしない。

 万が一、同盟メンバーが講堂内で問題を起こしても、多数の風紀委員と生徒会役員が講堂内を監視している。即行で鎮圧されるのがオチだ。

 

(むしろ俺の役目はその後だろうな)

 

 この討論会は同盟の敗北で終わるだろう、裕也は確信していた。

 真由美は口が上手い。

 人をからかい、(たら)し込むに関してかなり優れた才能を持っている。

 実年齢と外見からは想像も出来ない大人顔負けの話術と明晰な頭脳、そして自らの容姿やいざとなれば家柄をも利用するためらいの無さ。

 まさに天性の扇動者と言える。

 そんな真由美に年相応な感情論しか持っていない少年少女が論戦で勝てる道理などない。

 第三者が見れば明白なことだ。

 同盟の言い分は内容が無い漠然としたものであり具体性が無い。

 感情論によって一時的な共感は得られても、冷静に見つめてみれば中身が空っぽであることがすぐ分かる。

 

 討論会で敗北した同盟は影響力を失い自然消滅するだろう。

 

(そうなる前に同盟の裏にいる黒幕とさらにそいつらを操っている連中が必ず動く)

 

 恐らくは今日、この討論会の途中か終わった直後。

 

 

◆◆◆

 

 

 講堂内部から拍手の音が聞こえてきた。

 終わったか、そう裕也が思った次の瞬間。

 

 筒状の物が講堂の入り口目がけて飛んでくるのを裕也は見た。

 裕也は右手に持っていた携帯型CADを操作し魔法を発動する。

 移動系魔法『停止』。

 文字通り動く物質を停止させる魔法。

移動系統魔法の基礎の基礎とされ、魔法科高校に通う者なら誰だろうと苦も無く使用できる魔法。

 そして、裕也が最も得意とする魔法でもある。

 

 物理法則に従い放物線を描似ながら飛んでくる筒状の物体が空中で不自然に停止する。

 そのまま空高く上昇したかと思うと轟音をたて爆発した。

 裕也の思った通り、爆発物だった。

 

「思ったより派手だな」

 

 目の前で爆弾が炸裂したにも関わらず呑気に裕也は呟くと、こちら目がけて走ってくるガスマスクをつけた数人の男達に向け左手を伸ばす。

 今度は数人の男達に『停止』を行使し動きを止める。

 男達は見えない壁に激突したように止まると、次に後ろへ引っ張られるように飛ばされた。

 移動系の魔法を行使された影響だ。

 

 猛スピードで五メートル程度空中浮遊した後激しく地面に叩きつけられ、動かなくなった。

 

 骨折くらいはしたかもしれないが命に関わる程でもないだろう、そう判断した裕也は襲撃者から悲鳴と怒号が聞こえる実技棟の方に意識を移した。

 

 あちらの方も襲撃を受けているらしい。この講堂と実技棟まではそれなりに距離があるにも関わらずここまで音が届くということは恐らくここ以上に激しい戦闘が行われていることが予想できる。すぐに向かうべきか、摩利の指示を待ちこの場に留まるべきか、裕也が判断を迷っていると。

 背後にある講堂の扉が勢い良く開いた。

 裕也が振り返るとそこには後ろに深雪を連れた達也の姿があった。

 

「静先輩、状況は?」

 

 達也は裕也の姿を認めると即座に状況確認のため質問した。

 

「分からん、ただ実技棟の方が騒がしい。敵戦力は講堂よりあちらに向かっているのかもしれん」

 

 この非常事態にも関わらずこの場にいる三人に混乱や恐慌の類は感じられない、この程度の事態は恐れるに足らないとでもいうように平静さを保ち続けている。

 

「そうですか。……俺と深雪は実技棟に向かいます」

 

 達也が思考に費やした時間は三秒にも満たない。

 この短いやり取りの間にも実技棟がある方角からの喧騒は激しさを増している。

 戦場で時間がどれほど貴重な物か言うまでもない。

 一秒の遅れが生死を分けることもあるのだから。

 

「そうか、やり過ぎるなよ」

 

 裕也がこの兄妹を心配することはない。

 むしろ相手にしなければならない襲撃者に同情したい気分だ。

 

「はい、先輩もお気をつけて」

 

 鈴の音が鳴るような声で身を案ずる言葉を掛けたのは深雪だ。

 彼女にそういわれるとゾクリとした快感に全身が震えた。

 

「おう、そっちもな」

 

 不審がられぬようすぐ返事をする。

 

(これちょっと怖いな)

 

 深雪にそういわれれば何としてでも無事に帰らなばならないという気分にさせられる。

 これでもし、期待しているなどと言われれば、手柄を上げるため死地に飛び込むことも躊躇しないだろう。

 意識しないでこれなのだ、その気になれば男共を容易く操り人形にしてしまえる。まあ彼女は人を顎でこき使い悦に浸るような性格ではないのでやらないだろう。

 

 達也と深雪が実技棟の方向に駆けていくのを見送って姿が見えなくなるのを確認した後、裕也は情報端末を取り出した。

 普段使っている物とは違う、ハッキング対策に高度なプロテクトが何重にも掛けられた『仕事』用の情報端末だ。

 裕也は情報端末の電源を入れると九桁のパスワードを入力する。ちなみにこの時パスワードを間違えるか十五秒以内に入力できなければ、端末に保存されているデータが物理的に消滅する。更にパスワードは毎回変更される。

 そこにはメッセージが一件だけ保存されている。

 メッセージを開くと『移動中』という文字とどこかの町の地図があるだけ。地図は赤い点が点滅しながら移動している以外に変わった所はない。

 裕也は端末をしまうと実技棟とは反対の方角へ歩いて行った。

 

 達也と深雪にかかれば鎮圧までに時間はかからないだろう。

 なら自分も気にせず『仕事』に集中できるというものだ。

 

 五分後、裕也の姿は学校のどこにも無かった。

 

 

◆◆◆

 

 

 一人の小柄な男が早足で街を歩いている。

 帽子を深くかぶり目線を下に猫背で両手はズボンのポケットに突っ込んでいる。

 

 男は大亜連合の工作員であった。

 裏でブランシュと本国の連絡係を任されており、ようは(てい)の良い使い走りだ。

 

 下っ端も下っ端であったが男は祖国のために働けることを誇りとしていた。

 

 今回の任務は失敗に終わったが、元々そこまであの自尊心と催眠術の腕だけは一丁前な男が期待されていたわけではない。

 

 本来の予定では、第一高校内部の反抗分子をさらに増やし可能であれば、学校の組織運営に関わる中枢の人間を引き込んでから行動を起こすという物だった。

 

 それが洗脳下に置いた生徒の暴走により予定を前倒しせざるを得なくなり、ろくに準備も出来ぬまま襲撃を行うこととなった。

 

 結果は予想されていた通り、武装し潜入したブランシュのメンバーと第一高校内部の反抗勢力まとめて鎮圧されるという結末に終わった。

 とはいえ第一高校の図書館にある日本の魔法研究の最先端にアクセスできる端末にハッキングするところまでは行ったというのだから想像よりブランシュのメンバーたちはガッツがあったらしい。

 その後、あえなく拘束されたので結局のところあの学校の高校生達の方が遥かに上手だったようだが。

 

 何はともあれブランシュ日本支部はもうお終いだろう。

 元々公安に危険性が高いとしてマークされていた組織がテロ行為を犯したのだ。

 可及的(かきゅうてき)速やかに壊滅を図るのが国家の治安維持組織として当然の行為だろう。

 

 どれほど遅く見積もっても三日、それがブランシュ日本支部の寿命だ。

 早ければ今日中にも機動隊か警察所属の武装魔法師がブランシュ日本支部のアジトに突入してくるだろう。

 その前にブランシュ日本支部にある本国と繋がりを悟られるような証拠は全て処分してきた。

 

 あとは逃げるだけだ。

 横浜にある中華街まで行ってそこにいる周公瑾という男に頼れば何とかなる。

 

 

 

 男は人目を避けるため、薄暗い裏路地へと入った。

 

 車が通れない程狭い道だ。人がすれ違うためには片方が壁にへばりつく様にしなければならないだろう。

 

 清掃が行き届いていないのだろう、空き缶や生ごみなどが散乱し悪臭が漂っている。路地の両側には背の高い建物が並んでおり夕方とはいえかなり暗い。

 

 

 気温が低いというわけでもないのに寒気がする。息苦しい、空気が淀んでいるせいだろうか。

 やけに静かだ、人の声も物音も聞こえない。

 

 何かがおかしい。何が、誰が、自分が?

 

 ――一刻も早くここから抜け出さなくては。

 

 理由不明の恐怖が男の脳内を浸食する。

 

 何かに突き動かされるように、男は衝動的に走り出した。

 この裏路地はL字状になっており突き当りで曲らないと向こう側の出口が見えないようになっている。

 

 走って角を曲がる。

出口が見えた。

 

男は大きく息を吐いた。

訳の分からない恐怖感は出口を見ると同時に消えて無くなっていた。

ここ最近忙しかったからノイローゼになっているのだろうか。

この任務が終わったらゆっくり休もう、そう考えて男は息を整えてから歩き出した。

 

 

「こんにちは」

 

 

 背後から声が聞こえる。

 まだ若い、大人になりきっていない男性の声。

 

 男はばっと振り返った。

 

 一人の少年が立っていた。

 両手を背中に回し、背筋を伸ばし、足を若干開く『休め』の姿勢をとっている。

 服装は魔法科第一高校の制服。

 現代ではあまり見かけない眼鏡を掛けている顔はまるで張り付いたような笑顔が浮かんでいる。

 

「…………私に、何か用かな?」

 

 後ずさりしながら男は尋ねる。

 足音や気配は一切なかった。

 にも関わらず、この少年は男の背後にいた。

 

 男は直感で分かった。

 先ほど感じていた恐怖の原因はこの少年だ。

 例えるならばこの少年は蜘蛛だ。そしてこの裏路地は蜘蛛の巣。自分はそれに気づかずのこのことやってきた哀れな蝶。

 今まさに捕食されんとする獲物に過ぎない。

 

「用という程のことではないのですが」

 

 少年は張り付いた笑顔を欠片も崩さない、まるで仮面を被っているかのように眉一つ動かさず話している。

 

「ただ……大人しく投降して欲しいんです、工作員さん」

 

 男が懐から拳銃を取り出し発砲するまで一秒もかからなかった。

 体に染み付いたその動作は精確に少年の眉間に狙いをつけていた。

 サプレッサーにより音と閃光が抑えられた拳銃から放たれた弾丸は、少年の皮膚を容易く突き破り頭蓋を抉り脳髄を損壊しつくす、そのはずだった。

 

 弾丸は少年の眉間の十センチ手前で止まっていた。

 

 少年が後ろに回していた手を下す。

 その右手に情報端末型CADが握られていた。

 

 少年は笑顔を崩し気怠そうにため息を吐く。

 

「はぁ、仕方ないなぁ。じゃあ少し痛い目見てもらおうか」

 

 男は少年の話を聞かず、更に発砲し続けた。

 頭部と心臓それぞれに三発づつ、最初に撃った分も含めて合計七発。

 それが銃に込められていた全弾らしい。

 

 男は弾切れを悟ると同時に背を向けて逃走した。

 

 少年は右手でCADを操作しながら左手を前方にかざした。

 

 少年の十センチ手前で浮かんでいた七発の弾丸は向きを変え、発砲された時と同じスピードで男に襲い掛かった。

 

 両肩と両太腿を撃ち抜かれた男は激しい痛みと共に意識を失った。

 

 

◆◆◆

 

 

 工作員を無力化した裕也は倒れた工作員の首筋に手を当て脈を取り、生存を確認した。

 

「岩尾」

 

 裕也が呼びかけると彼のガーディアンである岩尾賢治が物陰から現れた。

 一体その巨体をどうやって隠しているのか裕也は気になったが好奇心を抑え任務の遂行を優先した。

 

「そいつを連れていけ」

 

「はっ」

 

 賢治は頷くと工作員を抱えて、両脇のビルの壁を交互に蹴りながら上空へと去って行った。

 

(あれを魔法無しでやるんだから大したもんだ)

 

 小柄とはいえ、成人以上の男性一人を抱え三角飛びを繰り返しながら上へ昇るなどどれほどの筋力があれば可能なのだろうか。

 

 流石は身体能力に限れば四葉の調整体魔法師最強の太鼓判を押された『岩』シリーズと言ったところか。

 

「……それにしても」

 

 無駄骨だったかもしれないと裕也は言葉に出す前に口をつぐんだ。

 それは言っても仕方のない事だ。

 自分はただ命令を粛々とこなす手足に過ぎない。動くたびに脳に文句をつける手など疎まれるだけだ。

 下手をすれば切り落とされかねない。それは御免だ。

 四葉は身内贔屓の特性があり結束が非常に硬い、しかし結束を乱すような要素は容赦なく切り捨てる。

 自分が四葉の血を持つものとはいえ、切り捨てられないとは限らない。

 下手に口を開くのは愚かしきことだ。

 

 けれど裕也は今回の任務はあまり意味のある物だとは思っていないこともまた事実だった。

 

 あの工作員は大した実力のない男だった。魔法師でもなく単独行動をとっておりしかもその行動は杜撰とさえいえる。

 当人は隠れて動いているつもりだったかもしれないがその動きは完全にこちらに筒抜けだった。

 

 恐らく黒幕側としてもあの工作員はたいして重要な存在ではない単なる捨て駒に過ぎないのだろう。

 裕也は切り落とされる前提のトカゲのしっぽを掴まされたのだ。

 

(いやそこまでも真夜さんの計略なのかも)

 

 裕也はあの得体のしれない女当主の感情の見えない微笑を思い出した。

 

 敵の陽動に引っかかった、ということがこちらの陽動で油断した敵本体をこちらの本隊が叩く。

 

 そう考えて裕也は思考を打ち切った。

 仮にそうだとして裕也にそれを確かめる術はない、考えても無駄なことは考えても時間と脳味噌の無駄遣いにしかならない。

 

「……帰るか」

 

 早く戻らなければ校内にいないことがばれてしまう。

 そうすれば面倒な嘘を考える羽目になる。

 

 まだ四月、新年度が始まって三週間程度しかたっていないのにもうかなり疲れた気がする。

 

 これからまだまだいろんなことがあるのだ大なり小なり騒動は起こるだろう。

願わくばその騒動が出来る限り小さく済みますように、そして巻き込まれずに済みますように。

 

 けれどもあの兄妹が騒動の中心にいる限り自分は巻き込まれる運命なのだろうなぁ。

 

 諦めにも似た感情と共に裕也は学校へと走っていった。

 

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