狂い咲く華を求めて   作:佐遊樹

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最後の方読めば分かるんですけど今回は原作のサブタイトルを勉強しました

お気に入りは
3巻3話「その境界線の上に立ち(シン・レッド・ライン)
9巻エピローグ「恋するように乞い、愛するように逢い(ライク・ア・ラブ・ライク・ア・ヴァージン)
です

でも1巻1話「クラスメイトは全員女」が一番完成度高いと思います

「暗がりに潜みし闇苅(くらがり)」と「しろいしっぽの、おとぎばなし(テイルズ・オブ・ホワイトテイル)」はマジで許せねえ




パーティー用の一張羅で戦わせるな・後編

「お前とラウラが不仲って設定マジでイズル忘れてるよな」

 

 俺のつぶやきにクラリッサはギョッとした。

 

「お前、いきなりどうした。本当にその話は誰も得しないぞ

 

 町の警察署の、日本で言う捜査一課に当たる、強硬班のオフィス。

 がらんどうになったそこで俺とクラリッサは思い思いにくつろいでいた。

 俺は机にねそべり、クラリッサは向かいの机に腰かけている。

 

 既に俺の指名手配は解除済みだ。町以外には連絡していなかったらしい。手回しは素晴らしい文明だな。

 

 彼女の右腕は平気で動いていた。

 なんでも専用の治療ナノマシンを注入して自然治癒を数千倍のスピードにできるらしい。

 それ欲しいな。俺にも使わせてほしい。具体的には精力を数千倍にしてほしい。

 

「七割が汚職にかかわってたとはな」

 

 呆れとも悲しみともつかない声色でクラリッサが言う。

 このオフィスで働いていた人間のほとんどが、今や取り調べを受ける側だ。

 クラリッサが連れてきた欧州全域で捜査権限を持つ部隊が、臨時で町の治安維持に勤しんでいる。

 

「これからここ、どうすんだよ」

「近く我々の方で選抜したメンバーがここに来る」

「左遷じゃねえか」

「左遷で町の治安の立て直しなどできるか。こういった事態のプロフェッショナルがいる」

 

 クラリッサの言葉に、引っかかった。

 プロフェッショナルだと、冗談じゃない。

 

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「……現在の欧州で、社会的な問題になっている。このような地方の町ばかりだから、大きなニュースにもなっていない」

「あのカーラって男は」

「奴が首魁だ。これで五件目だ。町を根こそぎ荒らし、不意に飽きたかのように去って、また次の町を見定める。各国のブラックリストにも載っているだろう」

「驚きだな、そんな大物だったとは」

 

 問答無用で射殺するべきだったな。俺としたことが、判断ミスか。

 

「奴を探し出さねばならない」

 

 言われずとも分かっている。だが俺たちにとって、町を守るための捜査にかまかけて、町そのものを見捨てることは本末転倒だ。

 窓の外を見た。警察署に詰めかける群衆が山のように蠢いている。

 どいつもこいつも、カーラの息のかかった連中だ。

 

 町に入るもの、町から出ていくもの。およそ全てに奴の存在が影を落としていた。

 影響力は計り知れない。生活できなくなった連中がいくつもいる。あの男の存在が町の在り方をゆがめ、その中心に根を張っていた。だが奴は消えた。町が成り立たなくなった。リンゴ一つ買うにも奴の影響があった。集められたデータを見て、めまいがした。

 

 カリスマ的な存在だったのだ。スリルを求める若者から始めた。その若者から店を守るため、カーラに従った大人がいた。店の常連を伝い、公共施設の運営に一枚かみ始めた。公共施設を使う町民が奴の権力の傘に入った。そして行政が陥落した。指揮権を握られた警察が傀儡となった。

 どこから捜査をしても奴にたどり着いた。驚くほどに奴の懐に、利益は入っていなかった。元手を稼ぎ終わって、それ以降は他人の利になるよう立ち回っていた。だから誰も奴を告発しなかった。

 

「まるで遊戯だな」

「……ゲームセットにはまだ早いぜ」

 

 屋敷には何も残っていなかった。

 一時間かけて、俺もクラリッサも、町民がカーラと交わした連絡に目を通した。多岐にわたり、単純に数も多かった。人手が足りない。多くの戦力が町民への対応に回されている。すべて奴の掌の上だ。

 

「少なくともISが二機いる。片方が無人機だ。恐らく紅椿をベースにしている。もう片方は俺がベースだ。ISなら足が辿りやすい」

「監視カメラが全てダウンしている。聞き込みもこれではできないだろう」

「お前らが持ち込んだレーダーは」

「町一体に強力な妨害電波が広がっている」

 

 舌打ちした。町のあらゆる場所に、俺たちを足止めする罠が仕掛けられている。

 奴は逃げ出すことをあらかじめ想定していた。

 

「……今頃、どこにいるのやら」

 

 諦めたような声色。頭に血がカッと昇る。感情が暴発しかけるが、理性はまだ冷静だった。

 

「まだだ。奴は近くにいる」

「何故そう思う」

「お前がさっき言った。これは遊戯だ」

「……見ているのか。我々を嘲笑っていると」

 

 クラリッサが窓の外を見た。押し掛ける群衆。怒号が飛び交っている。門を固める武装警官に、液体や果実が投げつけられている。

 

「お前のレコーダーから、パイロットの顔を照合した。オーフェン・グリーンベル……()()()()()()()()()()()()()()()()()

「何だと?」

「売女という表現は誤りだ。彼女は訓練校の教師をしていた。その生活は荒れていた。家に男を連れ込まない日はなく、同じ男を連れ込むことはほとんどなかったらしい。ある日姿を消した。生徒は男と駆け落ちしたと噂していたそうだ」

 

 かつて代表候補生にまでなった女。訓練校の教師。当然の天下りだ。

 端末に送信されてきた書類データを読み込む。訓練校は小さかった。天下りではあるが、厄介払いでもある。

 

「だが、ISの訓練校だ。地位も名誉も保証されている。男に逃げるような環境だとしても、それでも、カーラのような犯罪者に手を貸すとは思えねえ」

「彼女が誰に教えたか確認してみろ」

 

 書類を読み返した。その生徒は後にIS学園に転入している。呻いた。

 生徒――()()()()()()()()()()()

 

「本物の天才を見たんだ。恐らく、最後の一押しだったんだろう」

 

 才能が人生を狂わせた。本人だけじゃない。それはこの間、よく理解していた。まだあったとは。

 データを表示するウィンドウを消した。机の上で身体を起こした。

 

「ISを使っての犯罪だ。もっと戦力を送らせろ」

「半日かかる。スクランブル発進を求めるには緊急性が足りていない」

 

 冷静な返答だった。

 握った拳を机に叩きつけた。

 

「……お前はもう、日本に戻った方がいい。約束があるんだろう」

「こんな気分じゃダンスは踊れねえ。まだ俺は盤上から降りねえぞ」

 

 何かがあるはずだ。

 カーラを追い詰めるための何かが必要だ。

 

 思考を走らせる。日中合同演習の時は、犯人に条件を当てはめて絞り込んだ。その前に犯人の思考をトレースして、行き詰った。

 今回は逆にするべきだ。カーラの思考を追え。

 

 差し出されたコーヒーを口に含む。クラリッサが探るような目つきで俺を見ている。

 

「行くなよ」

「どこに」

「カーラについて行くな、という意味だ」

 

 この女――

 立ち上がり、詰め寄って、クラリッサの胸倉を掴んだ。表情一つ変わらなかった。

 顔をずいと寄せた。瞳に俺が映り込んでいる。

 

「ふざけたこと言ってんじゃねえっ! 俺と奴は違う。悪人の甘言に惑わされる男に見えるなら、その目を抉りだしてやろうか」

「なら私の目を、もっとよく見てみろ」

 

 凝視しても、俺の獣のような顔が映り込むだけだ。

 卑しい、野蛮な顔つきの男だけが映り込むだけだ。

 

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「…………ッ」

 

 図星だった。何も言い返せず、腕を振りほどかれた。

 

「だが……今は、奴にならなくちゃいけねえ。奴の考えを追うしかない」

 

 考えろ。奴にとってこれはゲームだ。俺がいかに奴の思考を辿れるか、カーラは楽しんでいる。その裏をかく。

 ISが二機。手中の街一つ。戦力にならない警官。俺とクラリッサ。カーラ。盤上の駒はこれだけ。

 既に局面はチェックメイト寸前になっている。

 奴はここから、詰めにかかるはず。

 

 奴の狙いは何だ。

 いつも通りの暇つぶし、遊び、元手を得て既に目標は達成している、一週間後まで生き延びてまた次の街に行く。

 

 カーラの言葉を思い出した。身震いがした。

 咄嗟に爪を腕に突き立ててごまかした。恐れを抱くなどあってはならない。だが震えは収まらなかった。

 

()()()()()()

 

 最後の狙い。俺を誘っていた。俺を本気で戦力にしようとしていた。

 

「まさか――説得に応じないと伝えたんだろう」

「ああ。だが奴にとっては、だからこそ口説き甲斐があるんだろ」

 

 最後の最後まで、スリルがあるからこそのゲーム。

 奴は俺にその身を晒した。射殺される危険性を孕んだ行動だった。

 最終局面を安全地帯から見守る男には思えない。

 

「外に出る」

「私も行こう。IS同士の戦闘になるかもしれん」

「頼む」

 

 外套を羽織って外に出た。

 時差のせいで感覚が狂っている。時刻を表示させる。パーティーまで一時間と少し。すでに学園では授業が終わっているが、ここでは太陽が頂点に達しようとしている。

 

「まさかお前を囮に二度も使うとはな」

「俺だってこんな目に遭うとは思わなかったさ」

 

 一階に下りて、裏口から外に出た。群衆の怒号を直に聞き、クラリッサが顔を伏せた。

 俺は群衆の顔を見た。ある種の、享楽的な、祭りを楽しむような空気さえあった。

 中に突っ込んで手当たり次第に殴り倒そうかと思った。やめた。

 

 

 

 

 

 

 

 車で海辺に来た。町から離れる必要があった。

 砂浜に人影がある。カーラだ。

 

「来たか兄弟」

「お前、随分気に入られたんだな」

 

 カーラの言葉に、クラリッサが俺を呆れた目で見た。

 

「よしてくれ。俺は美人が大好きだが、美人に睨まれるのだけは嫌いなんだ」

「つれないこと言うなよ。兄弟、お前あともうひと押しでこっちに来るだろ?」

 

 否定しようとして言葉に詰まった。

 カーラの手腕をまざまざと見せられた。集まる情報量は、俺の想像を超えていた。かつて裏社会に潜った時よりもはるかに多かった。

 ()()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「貴様を捕らえる」

「おっと、アンタの相手はこいつだ」

 

 海面を割って影が飛び出した。『オートマタ・スノーホワイト』――幽鬼のような面持ちのパイロットと視線が合う。オーフェン・グリーンベル。

 隣のクラリッサが一秒でISスーツ姿になり、次の一秒で全身に漆黒の装甲を装着した。展開装甲を加えられた『シュヴァルツェア・ツヴァイク』。

 

 飛翔すると同時に、二機が激突した。黒と白が空で踊り、火花を散らす。

 俺もカーラも、それに見向きもしなかった。

 互いの視線が結ばれる。これが口火を切った。

 

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 結論はこれだ。

 

「なるほど。動かねえと思ったが、確かにあの女には聞かせられねえな」

「黒ウサギ隊じゃない。あそこは全員、お前なんざより俺の方が信用を得ている。俺のとっかかりであり、フィールドだ」

「部隊長が聞いたら泣くぜ?」

「黙認してくれている。それにベッドで散々鳴かせてる」

「こいつは驚いた。国家代表相手にも無双してるのか」

「ハンデ抱えた状態でな。何せ、日本男児は刀一本が武器なんでね」

 

 カーラは卑しい笑みを浮かべた。俺もきっと同じ顔をしている。

 

「だから恐らく、クラリッサが連れてきた欧州の特別警察。そこにお前の手下がいる。そこから、俺が捜査に加わることを知った」

「加わることが確定する前に聞いたさ。ラウラって女がお前に協力を打診したとな」

 

 拳銃を引き抜いた。

 

「俺の女の名を、お前みたいなクズが口にするな」

「おっと、失礼」

 

 奴はニヤニヤと笑っている。腹が立った。足元に銃弾を撃ち込んでやった。微動だにしない。

 

「どうした、撃てばいいものを」

「データを渡せ」

「嫌だと言ったら」

「……お前を殺す」

「じゃあ嫌じゃないさ。むしろ渡したくて仕方ないぐらいだ。ならこうしよう……俺に協力してくれたら、渡してやるよ」

 

 IS――『白式』を全身にまとった。

 それが答えだった。

 カーラは哄笑を上げながら指を鳴らした。

 

 空からISが降ってくる。動画で何度も確認した機影。

 砂浜に着地し、砂煙が上がる。刀で吹き払えば、くすんだ紅色が目に入った。

 

「こいつの名は『オートマタ・マーメイド』――最高傑作のスノーホワイトには劣るが、無人機としては上々だ。俺の命令に背かないってのは同じだが、こいつはもっといい。人間がいらない、コストがかからない。派手な機動に耐えるための強力な人体が不必要なだけで手間が省ける。あの、なんだったか、なんとかベル……まあ、今スノーホワイトを動かしている女を口説くのは大変だった。結局ベッドの上で半殺しにして、娘を人質にして脅さねえと手術を受けなかった。あれは面倒だ。その手間が省ける。イトコもいい発明をしてくれたよなあ。これが普及したらお前もいらなくなるぜ、兄弟。そうしたらどうなる? 新しいビジネスができるってもんだ!」

 

 カーラはご高説に浸っていた。

 俺は無人機を注視した。紅椿をベースにしている。展開装甲はない。あいつ、そのデータは渡していなかったのか。いや配備が遅れているだけか。どのみちこの場に存在しないのは確かだ。

 

 空中からクラリッサが叩き落されてきた。追撃に疾走するスノーホワイト相手に、クラリッサはてこずっている。パイロットを殺さないようにしている。

 ISが知らせてくれた。敵性IS二機は絶対防御を発動していない。パイロットの人格がないデメリットだろう。クラリッサが下手に攻撃をすれば女の命は散る。だが、クラリッサとて猛者だ。任せていいだろう。

 

「お前にとっては因縁のある、なじみ深い外見だろう。見せてくれよ兄弟、お前の強さを、価値を、それを俺は見たいんだ。俺はもう見せただろう。次はお前の番だぞ」

 

 無人機が唸った。駆動音。一秒後には来る。

 俺の思考はこの上なく冴えわたっていた。水面のように静かだった――

 

 

 ――否。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 こいつは超えてはならない一線を越えた。

 

 スラスターが瞬時に起動。最大出力の瞬時加速(イグニッション・ブースト)を連発する。二つのスラスターが交互にエネルギーを吐き出し蓄積し吐き出し蓄積し、累乗されたように出力が跳ねあがる。

 多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)

 

「『零落白夜』ッ」

 

 蒼いエネルギーセイバーが展開される。

 無人機が一歩動いた。眼前に既に俺がいた。迎撃をAIが実行しようと腕を振り上げた。その腕を断った。後ろに下がろうとした。頭部に切っ先を突き立てた。そこから身体を真っ二つに裂いた。

 

「………………は?」

 

 カーラがあっけにとられる前で、無人機は綺麗に縦に割れて、砂浜に転がった。

 しばらくそれを見て、カーラは赤い装甲を蹴とばした。

 

「無価値だなこれ」

 

 俺はISを解除した。

 

「お前が無価値だよ、カーラ」

「フン。ならお前だってそうだろう」

「俺とお前は……違う」

「同じさ兄弟。他人を全部ひとくくりにして、利用できるかどうかで考えてる」

 

 少し離れた場所で、クラリッサがISを解除するのが見えた。

 相対する『オートマタ・スノーホワイト』からパイロットが崩れ落ちるのが見えた。

 

「おいおい、ここまで来て、パイロットが限界だったのかよ」

「……休みを与えなかったのか」

「注射一本で人間は無限に動けるだろ」

 

 俺は笑った。近づいた、カーラの顔に拳をめり込ませた。

 よろめいたカーラが、俺の腹に膝を入れた。身体がくの字に折れる。

 

 ISを使ってブチ殺せと、頭に声が響いた。肉の塊を破裂させて、こんな外道がこの世にいた痕跡を一つ残らず消し飛ばせと声が囁いた。首を横に振った。ぼやけた視界。ピントを合わせる。奴の拳が頬に飛んできた。まともに受けて、砂浜に転がった。

 

「お前は俺と同じだ! 他人を利用するだけ利用して、それだけしか考えられない!」

「違うッ」

 

 立ち上がりざまに、近づいてきたカーラの顎を蹴り上げた。

 奴はたたらを踏んだ。距離を詰めた瞬間、奴の腕が振るわれた、袖に仕込んでいたナイフ。避けようと思えなかった。ノーガードで殴り勝つしか、こいつを否定できない気がした。

 ナイフが俺の腹にするりと滑り込んだ。

 こふ、と、血が喉をせり上がってきた。

 

「織斑一夏ッ!?」

 

 クラリッサが悲鳴を上げて、拳銃を構えた。視線で制した。

 

「まだやるか!」

「俺は――違う! 俺は、誰かのためにッ」

 

 いつか叫んだ言葉だった。

 俺は俺のために動いているだろうと、声が囁く。違う。箒を取り戻したい。でもそれは俺のためじゃない。

 彼女がいないと、みんな心の底から笑えない。

 ああそうだ。笑えなくなっていたのは俺だけじゃない。みんなそうだ。

 

 カーラの顔を見た。笑っていた。勝ちを確信していた。

 

「来いよ、織斑一夏。最後の一押しだ。――俺のイトコは紅椿のデータを持ってる。それを辿れば、見つかるぜ?」

「……ああ、そうだな」

 

 膝から砂浜に崩れ落ちた。カーラが手を差し伸べた。手を掴んだ。

 砂浜に思い切り引きずり倒した。

 

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 頭全体を抱え込むようにして、腕で包んだ。

 

「後悔するぞ」

「今もしてる。ずっとしてる。だからこそ――譲れねえ」

 

 箒が憎むような相手の力を借りて箒を探し出してしまえば、きっと、あいつは笑えない。

 腕に力を込めて、首の骨を折った。カーラの足が砂を蹴って、動かなくなった。

 

 全身から力が抜けて、そのまま倒れそうになり、クラリッサが俺の上体を受け止めた。

 

「無茶をするな!」

「……悪い」

 

 カーラの亡骸を放り捨てた。最期に、奴は笑みを浮かべていた。

 

「試合は勝ったが、勝負には負けたな」

「言うなよ。次につながる負け方だって自分に言い聞かせてんだ」

 

 視線を横に向ける。オーフェン・グリーンベルが横たわっている傍に、悠然と『オートマタ・スノーホワイト』がたたずんでいる。

 

「……ISを回収するよう連絡した。お前は早く、町の病院で治療するぞ」

 

 目をつむった。

 疲れ果てていた。水が飲みたかった。腹も減っている。

 

「お前は、いつもいつも、誰かを置き去りにしないと気が済まないのか。隊長の気苦労が分かった。お前は目を離してはいけない人種だな」

 

 そうだろうな、と思った。

 身体が重い。けだるさが瞼にのしかかっている。栄養を補給しなければならない。

 

 砂まみれの腕時計が、太陽に照らされて光った。パーティーまであと少し。

 気力を振り絞り、立ち上がった。

 陽光がやけに眩しかった。ISを展開した。『白式』は俺の命令に従ってくれている。

 

「どこへ行くッ!?」

「パーティーだよ」

 

 生徒とはいえ、俺を待つレディを任せるわけにはいかない。

 水平線の向こう側で、俺を待つ人がいる。

 太陽の光に目を細めた。一歩踏み出した。鎖が解けたような、しがらみから解き放たれたような感触がした。

 

 悪いなカーラ。俺は行くよ。お前が知らないぐらい遠い場所へ。お前が見たこともない美しいものがたくさんある場所へ。

 足取りは軽かった。

 もう、頭の中に声は聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ending 彼は遅れてやって来る(マン・イン・ザ・パーティー)

 

 副担任の布仏本音教諭が、織斑一夏の有給休暇を告げた。

 いつものことだったけど、今日という日でなくてもいいだろうと皆文句を垂れた。

 

 劉海美(ラウ・ハイメイ)はそっと双子の姉であり、今晩のパーティーの主催者である劉明美(ラウ・ミンメイ)の顔を見た。今にも泣きそうだった。

 

 授業を受けた。先生が今どこで何をしているのか、想像もつかなかった。自分たちの時のように誰かを助けているのだろうかと、海美はぼんやり考えた。腹が立った。自分勝手な怒りだとという自覚はあった。

 

 時刻を確認した。授業が全部終わった。

 海美は部活に行った。明美は食堂で、有志と共に準備を始めると言っていた。二人の足取りは重かった。

 

 時刻を確認した。部活が終わった。

 食堂にはクラスの半分ほどが既に集まっていた。海美もおにぎりを握った。難しく、不格好なのばかり作ってしまった。

 

 時刻を確認した。パーティーが始まる一時間前だった。

 食堂になぜか設置されているミラーボールを発見して、皆で遊んでいた。明美は楽しそうに踊りながらも、たびたび、椅子に座ってから、ぼうっと窓の外を見ていた。

 

 時刻を確認した。おにぎりパーティー、兼、劉明美の歓迎パーティーが始まった。

 織斑一夏はいなかった。その不在をごまかすように皆大声を出していた。明美は静かにほほ笑んでいた。

 

 時刻を確認した。おにぎりパーティーが始まって十五分だった。

 先生はまだ来ない。海美はスカートを握りしめた。明美が普段と変わらぬ様子でクラスメイトと話している。双子だからこそ、必死にごまかしていると分かった。今にも壊れそうな笑顔だった。

 

(今日じゃ、なくてもいいじゃん)

 

 目の前の皿には、不格好なおにぎりが並んでいる。

 見せたくはなかったけれど、見てほしかった、乙女心の発露だった。明美はすぐにコツをつかんでいたが、海美は最後までうまく握れなかった。

 

 気分が沈み、視線も下がっていた。

 食堂の入り口で悲鳴が上がり、次の瞬間に歓声が上がった。

 何事かと、緩慢とした動きで顔を上げた。

 

 入り口に視線を向ける前に、横からにゅっと伸びた腕が、海美が握った不格好なおにぎりをつかみ取った。

 

「うわなんだこれ、前衛芸術か? 前ボコボコに殴られた時の俺の顔みたいだぞ」

 

 待ち望んだ、声だった。離れた席の明美が立ち上がり、泣きながら、笑っている。

 海美は顔を上げた。

 

 

 織斑一夏が血まみれのタキシード姿で立っていた。

 

 

「ええええええええええええええええ何でええええええええええええええええッ!?」

「騒ぐな、傷に響くマジで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ending2 突撃! 双子が晩ごはん

 

「…………あれ……?」

 

 目を覚ます。俺はベッドに横になって天井を見上げている。

 起きた。起きたってことは寝てた。いつ寝たんだ俺。

 

 パーティーの間はなんとか意識を保っていた。『白式』の治癒機能で学園に着くころには止血完了してて、保健室から輸血パックをくすねて血を補給した。我ながらサイボーグみたいな治療法だ。

 それからだ。

 確かパーティーが終わって、自室に引き上げて、疲れがドッと来て……寝ていたというよりも、完全に気を失ったと言った方がいいか。

 

 しかし待て、ベッドにちゃんと入ったか? どうなってる? ていうか誰が入ってね?

 

 恐る恐る、視線を横に向けた。

 

 

 生徒である劉海美がぐーすかと寝ていた。

 

 

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?!?

 絶叫する寸前だった。

 視線を天井に大慌てで戻し、瞳を閉じる。夢だな。

 だが……反対側にもぬくもりを感じる。

 嫌だ見たくない。

 

 恐る恐る、海美と反対側に顔を倒した。

 

 

 生徒である劉明美がすやすやと寝ていた。

 

 

 んぎゃああああああああああああああああああああああああっ!?!?

 終わった。終わりです。完全に終わりました。

 いくらなんでもさすがに自重しろ俺! 確かにまあまあの修羅場を潜り抜けた割にはボンドガールいねえと思っていたけど、生徒は! 生徒だけはない! 本気で!

 

 俺の脳裏に『世界唯一の男性IS操縦者、淫行で逮捕!』とでかでかと見出しに書かれた新聞がかざされた。考えただけで心臓が縮み上がるわ。マジで無理。一生お天道様の下歩けねえじゃん。俺こんな形でカーラの言いなりになるのマジで嫌だよ。

 

 落ち着け。確認しろ。ベッドの毛布を持ち上げた。

 三人とも服を着ていた。俺に至っては血まみれのタキシードのままだ。おいシーツ全部台無しじゃねえか。

 

 ていうかこれ俺無罪だな。多分部屋に侵入した二人が俺をベッドまで運んでくれて、その後しれっとベッドに入って来たとかそんなんじゃん。何だよビビった。

 

 ふうと息を吐いて、安堵のあまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()に普通に話しかけた。

 

「いやびっくりしたわ。セーフじゃんかよこれなあ。いや寿命縮んだわー」

「そだね~。でも生徒と一緒のベッドの時点でアウトなんじゃないのー?」

「意識のないうちに入って来たからセーフセーフ。はっはっは」

 

 笑った。

 俺は笑って、笑い終えて、真顔になった。

 

「許してくれ」

「初手謝罪って、おりむーも慣れてきたねー」

 

 のほほんさんはとーうという気の抜けた声を上げて、生徒二人をベッドから叩き落した。

 目を白黒させる双子相手に、マジで大人げない殺気をぶつけながらのほほんさんは微笑む。

 

「二人共ー」

「え、あ、先生ッ、えっとこれは」

「あらー、おはようございますー。あのー……その、怒ってます、よねー……」

「ゲット・アウト」

 

 笑顔のまま、親指で部屋の出口を指さした。

 二人がぶるぶる震えながら、俺たちに一礼して出ていく。

 

「……じゃあ保健室行こー、肩貸すからー」

「助かるわ」

 

 無茶しすぎたという自覚はある。

 だけどまあ、成果自体はあったんじゃないかなと思った。自分なりに、消化できていなかったものを消化できた。

 

「ひどい目にあったのに、なんで嬉しそうなのー?」

「何でもねえよ」

「やっぱりマゾだからー?」

「やっぱりって何だやっぱりって」

 

 のほほんさんは俺を見た。瞳に、発情した色香が混じっていた。

 

「そんな気がしてたしー。保健室行ったら確かめないとねー」

「……勘弁してくれよ」

 

 治療してくれるんじゃなかったのかよ。

 肩をすくめて、ナイスガイである俺は身体に喝を入れた。待望のボンドガールの登場だったが、こんなボンドを殺しそうなボンドガールじゃなくたっていいだろうに。

 そうだよなあ、おい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ending3 白雪姫は目覚めませんでしたとさ(エンド・オブ・フェアリーテイル)

 

 事後処理のため、日曜日になってから、町にもう一度行った。

 課題は山積していた。

 クラリッサが連れてきた欧州特別警察の中にすら、膿があった。

 仲間を疑い、尋問しているクラリッサは、目の下にクマができていた。

 

「どうして、こうなってしまったんだろうな」

 

 自分を責めるような声だった。警察署の廊下に、俺と彼女の足音は響かない。そんなものを打ち消すほど、多くの人々が動き回っている。

 課題は山積している。前進しているという実感もなさそうだ。

 

「あまりいい話は聞けそうにないな」

「その中でも最悪の話がある」

 

 応接室に入った。

 女がいた。瞠目した。俺とクラリッサが、最初に助けた、半グレ二人に犯されそうになっていた女だった。

 顔はやつれている。瞳には光があった。少し安心した。

 

「久しぶりだね」

「ええ。お久しぶりです」

 

 彼女は立ち上がろうとしたので、制止した。

 対面に腰かける。何だよ、最悪の話って言うからビビってたわ。冗談が好きだな。

 

 クラリッサはしばし沈黙した。俺から世間話でも振ればいいのか?

 結局俺がジャパニーズカルチャーの誤解について熱弁を振るいだす直前、咳払いをしてから、クラリッサが口を開いた。

 

「彼女はファーレンだ」

「そっか。俺は織斑一夏」

 

 名乗ると、彼女は目を輝かせた。

 

「あの織斑一夏さんですか!?」

「そうだ。この間は怖がらせてしまいすまなかった」

 

 頭を下げると、彼女は面白いぐらいテンパって、俺に頭を上げるよう懇願した。

 いいねこれ。皆普段から俺をこんぐらい尊敬してくれよ。

 

 視線を横に向けた。立ったままのクラリッサは、俺に目を合わせようとしなかった。何だよ。

 

「ええと、はい。私はファーレン――」

 

 女は笑顔のまま、俺に改めて名乗る。

 

 

 

「――――ファーレン・()()()()()()といいます」

 

 

 

 視界がぐらついた。息が詰まった。

 恐る恐る、クラリッサを見る。彼女は黙ってうなずいた。俺は天井を見上げた。

 

 なんて、ことを。

 なんてことをしたんだ。なんで、こんな、惨い真似ができるんだ。神様ってやつは血も涙もないのか。

 

「母について何か、連絡があると聞いたのですが」

 

 事態を把握した。

 確かにカーラが言っていた。娘を人質に取ったと。元代表候補生を毒牙にかけるために、オーフェン・グリーンベルの娘を人質にして脅したと。

 それがこの子だったのか。

 

 言えばいいのか、君の母親は町を掌握していた大罪人にハメられて尊厳を凌辱され、生きた歯車として戦わされ、ISの性能に殺されたと伝えればいいのか。

 

「……お前も立ち会うべきだと思ったんだ」

 

 目を伏せたまま、クラリッサが言った。

 

 それから、全てを説明した。

 

 ファーレンは黙って全てを聞いていた。俺は時々捕捉を入れた。君の母に罪はないと。利用されただけだと。意味のない言葉を並べ立てた。

 気が狂いそうだった。罪を裁くことに、しっぺ返しが来るとは思わなかった。悪を討ち、それが原因で善人が泣かされるだなんて、そんなこと、あっていいはずがないのに。

 

 説明を聞き終えて、ファーレンは無表情のまま、涙をこぼしていた。

 歯を食いしばり、拳を握りしめた。クソ野郎。

 言うべき言葉を絞り出した。

 

「君のお母さんは俺が殺した」

 

 クラリッサがギョッとして俺を見た。

 

「カーラという黒幕は、自分の手腕を俺に見せつけるために、この町を荒らした。全ての計画は俺が原因だった。一番の大元を辿れば、俺だ」

 

 事実ではあった。果たしてオーフェン・グリーンベルをハメた段階から計画に俺が組み込まれていたかは分からないが、この町で彼女を利用していたのは、俺が原因だった。

 

 ファーレンは息を整えてから、俺を見た。碧眼に俺への憎悪が宿っていた。

 頬にビンタが飛んできた。避ける気力などなかった。いい音が響いた。

 

「……こうすればッ、満足ですか!!」

「……まあ、分かるよな」

 

 浅はかな慰めは、これから俺を憎み、それをエネルギーに絶望から目を背けられたら、という目論見は、やはり看破されていたらしい。

 

「保険金が、君には下りる。恐らく最後の力を振り絞って、君の母が君に遺したものだ」

 

 クラリッサの言葉を聞き、涙を流しながらファーレンは俺に叫ぶ。

 

「私を――IS学園に入れてくださいッ」

「……実力がなければ入れない」

「転入試験を受けますッ。適性はAなんです! 母が、その道はやめろと言っていました。でも今は、違います」

 

 俺はそっと、データを思い返した。オーフェン・グリーンベルの個人情報。娘が一人いた。夫とは離婚している。娘の年齢は16歳とあった。

 やべえ本当に入学できるかもしれねえなこれ。

 

「私は母にできなかったことをやってみせます。多分。それが。一番っ。喜ぶ、こと、だと……!」

 

 言葉に嗚咽が混じり始めた。机に額をこすり付けて、彼女は言葉にならない声を上げながら、泣いた。

 

「……分かった。口利きはしない。選考用の書類を渡す。来週また、来る。勉強を教える……ISの動かし方も、教える」

 

 言い切って、嘆息した。

 クラリッサが肩を小突いたが、しかめっ面で無視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一か月後。

 

「というわけで本日から皆さんと共に学ばせていただきます、ファーレン・グリーンベルです。よろしくお願いいたします」

 

 本当に受かりやがったァァァァァァッ!!

 内心冷や汗だらだらの俺に対して、ファーレンはくるりとスカートを翻して、正面から視線をぶつけてきた。

 

「織斑先生には色々手助けしていただいて、私、感謝しています」

『は?』

 

 クラス全員が『またかお前』という目で見てくる。

 違うぞ、今回はマジで違う。そんな目で見ないでくれ。

 

色々慰めて下さりましたし、受験前には手取り足取り指導いただきましたが――目標はあなたを超えることです。覚悟してください!」

 

 ビシリ! と指を突きつけて、ファーレンが宣戦布告する。

 でもさ。

 もっと言い方とかあるじゃん。

 ほら、クラス見てみなって。中世の処刑人みたいなやつしかいないよ。全員俺の首を落とす気満々じゃん。お前の発言のせいだからなこれ。

 

「これあれじゃん」

「もうあれ確定だよね」

「ではー、執行しますー」

 

 待ってくれ! 明美、執行って何だ? やっぱりギロチンなのか?

 明美は清々しい笑顔で、手元の端末を操作した。

 

 俺はすべてを察したので、ファーレンを席へ向かうよう促す。彼女が首を傾げながら教壇から降りた瞬間だった。

 

「一夏の馬鹿はどこだァァァァァァァァァァァアアアアァァァァッッ」

 

 真剣抜刀済みの千冬姉が教室に怒鳴り込んできた。

 俺は教壇の上で、おとなしく座禅を組み精神を統一していた。死ぬ時ぐらいクールでありたい。教壇で、凶弾に倒れる時ぐらいな。なんちゃって。

 

「ほう……くだらんことを考えてばかりだから、貴様の私生活もくだらんことになっているという自覚がまだないようだな……」

「いやほら今、瞑想してるから。あ、今のは別に千冬姉の婚活が迷走してるのを揶揄したわけじゃないぜ?」

 

 

 

 ファーレン・グリーンベルはその日、人間のマゾヒズムがどれくらいの痛みに耐えられるのかという実験を、生で見る羽目になった。

 

 

 


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