狂い咲く華を求めて   作:佐遊樹

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wikiだとショウ・オブ・マスト・ゴーオンなんだけど11巻はショー・マスト・ゴー・オンなんすよね
これでじゃあ後者じゃんってならないのが怖すぎる
どっちなんだろう


ショー・マスト・ゴー・オンはない

 

 休日。朝。

 

 

 気が狂いそうだった。

 

 俺は今、自分の部屋で、ベッドの上でゴロゴロしながら呻いていた。

 

「畜生……こんなむごいことがあっていいのかよ……!」

 

 国際IS委員会から、通達が来た。

 愚かな連中だ。自分たちの地位が盤石のものだと勘違いし、権力を振りかざす狸の群れだ。

 唾棄すべき存在であり、俺の愛機に一次形態での起動を義務付けるような小心者の集まり。

 

 基本的に孤高であり、ハードボイルドでナイスガイな俺としては、決して相いれない相手だ。

 

 でもまあ権力はあるので普通に命令には逆らえない。

 この年でお尋ね者にはなりたくないのだ。まだ遊んで暮らしたい。ていうか一生遊んで暮らしたい。将来は俺が国際IS委員会に入るからヨロ。

 

 それはそれとして。

 国際IS委員会からの通達は、俺を発狂させた。

 あんまりだ……! こんな横暴が許されるはずがない!

 内容は、こうだ。

 

 

『お前ちょっと女性関係で問題起こし過ぎだから監視送るわ』

 

 

 んああああああああああああああああああああああああああッ!!

 言われるだろうなとは、思っていました……

 

「けどよぉっ、あんまりだ! 権力者はみんな腐ってやがる……!」

「うーん、妥当だよねー」

 

 同じベッドで寝転がっていたのほほんさんが、のんきにそう返した。

 

「何平然としてんだよ、のほほんさんだって関係あるだろ」

「えー? バレなきゃいいじゃんー

「あ、そっかあ……」

 

 堂々と国際IS委員会への反逆の意思を露わにした同僚相手に、俺は少し距離を取った。

 彼女はベッドから降りると、うーんとのびをしてから、ベッドの下に無造作に落とされていた(ていうか俺が雑に落とした)下着類を着込んでいく。

 

「まー今日はおとなしくしとこっかな。おりむーだって何か予定入れてたでしょー?」

「ああ。刑務所フルコース」

「その呼び方はどうかと思う……」

 

 今まで捕らえてきた犯罪者連中と顔を合わせまくるんだからあながち間違いでもないだろ。

 のほほんさんは下着姿になってから、ベッドに腰かけた。

 その時、ノック音が響く。

 

 俺は青ざめた。のほほんさんははいはーいと返事して下着姿のまま駆けていく。嘘だろ。

 

「あー、やっぱり先生だー」

「布仏さん、お久しぶりですね」

 

 下着姿ののほほんさんに誘導され、部屋の中に入ってきたのは、恩師である山田先生だ。

 

「お久しぶりです。あー、監視って」

「はい、国際IS委員会役員の山田真耶です。本日一日、織斑一夏さんの監視をさせていただきます」

 

 俺は部屋を見渡した。

 全裸でベッドの布団にくるまっている俺。

 下着姿ののほほんさん。

 床に脱ぎ散らかされたままの二人分の衣服。

 

「現段階でどんなもんですか?」

「何もかもおしまいです」

 

 俺は即座に、床に額をこすり付けて許しを乞うた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく! 出だしから何をしているんですか!」

 

 かつて俺の先生をしてくださっていたころと同じテンションで、山田先生はぷんすかと指を立ててありがたい説教をしてくださった。

 もう先生じゃないんだけど、自然と先生って呼んじゃうんだよなあ。俺が先生だっての。まあこの人にあこがれて先生を目指したところはあるしな。

 千冬姉? ないない。生徒を馬鹿呼ばわりする人格破綻者じゃん、教師としては憧れる要素ゼロだ。

 

 車を運転しながら山田先生の説教に力なくうなずく俺は、赤べこのようだっただろう。

 

「最初の一回ということで不問に処しますが、次はないですからね?」

「分かってます。今日は女性と会う予定ないので大丈夫ですって」

「今日は、ですか……」

 

 助手席の先生の視線が冷たい。勘弁してくれよ。

 それにしてもこの人……外見がまるで変わってねえ……アイリスに通ずる謎のパワーを感じるぜ。

 

「それにしても俺ほぼ裸だったんですけど、動じなくなりましたね」

「ええもちろん! 戦役で全裸の敵兵を拷問したりしましたからね!」

 

 胸に手を当ててそう言う先生に、俺はこれ以上逆らわないよう内心誓った。

 怖いし実力もあるし地位もある。現状、俺の知り合いの中ではシャルに近いイメージか。

 国際IS委員会現役員――現場からたたき上げでその地位まで上り詰めた、バリバリのやり手である。

 

「で、今日は何処に行くんですか?」

「拘置所です」

「自分から入っていくんですか……(困惑)」

「入所じゃねーよ」

 

 思わず敬語が外れた。

 

「俺、豚箱にブチ込まれるようなことしてませんからね」

「胸に手を当ててよく考えてみてください」

「………………………………してないっすね」

「嘘つかないでください! 今かなり時間をかけて記憶を改ざんしましたね!?」

 

 全然してないよ。してたとしても山田先生が想定する女性関連よりちょっとエグめの罪状だよ。器物損壊とか傷害とか脅迫とか強要とか殺人とか。

 

「今まで捕まえた連中に話を聞くんですよ。ある程度まとめての方が効率がいいんで今日一気に回ります」

「道理で飛行機のチケットが支給されるわけです」

 

 どうやら委員会の連中、俺の足取りを完璧に把握していたらしい。

 ムカつくな。

 

「じゃあ二人で空の旅ですね」

「織斑先生が良かったです……」

「俺も織斑先生ですよ」

「織斑くんは織斑くんです。あと、私の中では生徒と必要以上に肉体接触を持つ教師は教師ではありません」

「ブーメランそっち行きましたよ」

 

 貴女が俺にISで突っ込んできたのが原因で殺されかけたの、忘れてないですからね?

 言ってから過去の自身の失態を思い出したらしく、山田先生はサッと顔を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行機の中で二人でトランプをしていたが、さすがにポーカーだけにしときゃよかった。二人でやる大富豪の虚無感たるや。

 革命返し返し返しみたいなことが平然と起きて俺も山田先生もうんざりしていた。他にやることなかったのかよ。

 

『事前の連絡では織斑一夏のみですが』

 

 国際犯罪者の収容所に着けば、俺の横にいる山田先生が呼び止められた。

 

『国際IS委員会からの紹介状です』

 

 流暢な英語と共に、先生がウィンドウを立ち上げた。委員会のマークが刻まれている。

 受付の人は頷いて、どこかに電話をかけた。人数の増加を知らせているんだろう。

 

「ところで、どんな人と会うんですか?」

「独自に展開装甲を製造した天才と、俺と至近距離で十秒以上渡り合える元軍人。二人共犯罪者です」

「この世の終わりですか?」

 

 先生は真顔でそう言い放ったが、俺は否定できなかった。

 片方だけでも時代の寵児と言える。それが二人いる。二人共犯罪者である。狂ってるのか?

 

 連絡が終わったのか、受付の人は俺たちに進んでいいと言った。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、俺と山田先生の眼前にはいくべき方向が表示された。さすが最新鋭の設備を備えてるだけあるな。

 

「最初はどちらですか」

「えーと、元軍人の方ですね」

「ということは強化ガラスを素手で砕けると」

 

 冗談にならないかもしれないので勘弁してください……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女傭兵。

 セシリアとマドカと共に捕らえた、ISを用いて裏社会で傭兵まがいのことをしていた女であり、元アメリカ軍所属のISパイロット。北米戦線に出向となった箒と会い、篠ノ之流剣術を少し教わった女。

 強化ガラス越しに、彼女は椅子に腰かけて、少し伸びた髪を弄っていた。

 

「丸坊主にされてるかと思ったが」

「ここにそういうのはないらしいぞ。それと後ろの女……見覚えがあるな。戦役に参加していたか」

「敬語使え。国際IS委員会の人だぞ」

 

 俺がそう言うと、女傭兵は山田先生に、露骨な侮蔑の視線を向けた。

 

「委員会の犬か」

「勘違いしないでください……私、どちらかと言えば飼い主です」

「まさか役員か!? 織斑お前何したんだ」

 

 驚愕と共に女傭兵が俺に問う。

 さっと視線を逸らした。

 

「今日織斑一夏さんを私が監視しているのは、彼の女性関係についてです」

「こいつの女性関係で第三次世界大戦でも起きるのか?」

「ありえます」

「マジでか?」

 

 やめてくれ、俺の人間関係のバカさを他人にまで知らせないでくれ。

 ほら俺たち三人よりも女傭兵の後ろにいる看守さんが顔を青ざめさせてるよ。ヤバイ場面に立ち会っちまったってなってるから。

 

「それはどうでもいい。お前に聞きたいことがある」

 

 話題逸らしやがったな、と視線で言われたが無視した。話進まねえよ。

 

「篠ノ之箒について……知っていることを聞きたい。様子とか、言動とかだ」

 

 問いの内容なんて分かり切っていただろうに、女傭兵は大仰に腕を組んだ。

 

「篠ノ之の様子、ねえ」

「ああ。ささいなことでもいい」

「ささいなこと、といってもなあ……」

 

 女は顎に指をあてて、俺を訝し気に見る。

 

「織斑、お前まさか知らなかったのか?」

「何をだ」

「いや何、ささいなこと、と言われても、むしろ()()()()()()()()()しか思いつかない……お前は知らなかったのか? それとも、彼女がうまく隠していたのか?」

 

 絶句。

 言われても心当たりはない。俺にとって最後に見た箒は、今までと何も変わらない、いつも通りの彼女だった。何も大きな心当たりなんてない。

 

「織斑、お前が最後に会ったのは?」

「……戦役が終わる半年前」

「じゃあ隠していたんだな。さすがだ」

「どういうことだッ」

 

 椅子を蹴とばして立ち上がった。

 女がいびつな笑みを浮かべた。

 

「私と会った時にはもう、いつISに乗っ取られるのか分からず……恐怖していたぞ?」

「――――――ッ」

 

 世界が揺らぐような衝撃を受けて、思わずガラスに手を突いた。

 ふざけるな。

 俺と会った時にはもう、兆候が出ていたのか。それを俺に隠して、あいつは何てことないように笑っていたのか。いつも通りに。何も変わらないように。

 そう、見せていたのか。

 

「……気に病むな。あいつは、あの篠ノ之箒という女は、強い。自分の痛みに対してもそうだろう」

「だが、俺は! 俺はッ」

「気づくべきだったとでも? 彼女を愚弄する気か?」

「ふざけんなァッ!」

 

 ガラスを殴りつけようとした。振り上げた拳が、後ろから伸びた手に止められた。

 

「織斑くん」

 

 懐かしい声色だった。俺の身を案じる声だった。

 

「……織斑、まとまった時間が取れたら、彼女の実家に行け」

「……何度も行ってる。篠ノ之束博士もそこにいる」

「違う。神社の本堂の奥……いや、裏だったか。祠があるだろう?」

 

 何?

 

「よく話していた。女らしいこと……日本のあれだ、舞い、だったか、あれの練習を隠れてする時はいつもそこだったと」

 

 初耳だった。

 確かに思い返せば、小学校の頃に女子らしいこと、あるいは男子より男子らしいこと、といった話題は、箒にとってタブーだった。それが原因でいじめられていた。

 

「そんな場所に何があると」

「分からんのか? 思い出だよ」

 

 答えは抽象的なものだった。

 俺はいまいち理解できず、首を傾げそうになる。

 

「確かにそれは、何か手がかりを残しているかもしれませんね」

「山田先生まで」

 

 背後から同意の声が聞こえて、俺は挟み撃ちにあったような感覚に陥る。

 

「とにかくあとは……そうだな。乗っ取ると言っても、彼女が言うに、あのIS……『紅椿』は彼女のために暴走しようとしていた、らしい」

「な……ISコアの意識を、箒も感じていたのか!?」

 

 嫌というほど知っているが、俺以外にいたのか。

 俺の言葉に、場の空気が微妙なものになる。

 

「逆に私としては、お前もコアの意識なんてものを知っているのか、と聞きたいがな」

「織斑くん、コアの人格が云々とか生徒に言ってませんよね。病院に連れていかれちゃいますよ」

「うるさい、分かってます。俺の頭がおかしくなったわけじゃない」

 

 あるんだよ。コアの意識あるんだもん!

 

 

 

 

 

 

 

 

「次は展開装甲の独自開発者です。こちらになります」

「久しぶりだなッ! 織斑一夏ッ!」

 

 超ハイテンションの男を見て、山田先生はうげえと顔をゆがめた。

 

「篠ノ之博士とは別ベクトルの変人ですね」

「そういう貴女はッ! 国際IS委員会の役員様かッ! 知っているぞッ! 現場から叩き上げの猛者だなッ!」

 

 男は興奮気味にしゃべってから、ふんすと鼻を鳴らした。

 

「そしてオレは知っているッ! 君が今日ここに来たのはッ! 裏社会で『紅椿』をベースにした無人機が開発されたことについてだッ!」

「な――――!?」

 

 山田先生の驚愕を、俺は意図的に無視した。

 

「ああ、そうだ。お前も知っていたんだな」

「無論だッ! あの天才とは連絡を取っていたッ! オレの展開装甲を彼も再現しようとしているッ!」

「奴のイトコである、カーラという男と会った。殺した。『白式』と『紅椿』をベースにしたISがあった。どちらも破壊した。奴のイトコ……無人機の開発者は何者だ?」

 

 あの二機には展開装甲はなかった。

 だがこの話ぶりでは、いつ完成させてもおかしくない。

 そして第四世代機をコピーした無人機が裏社会に流通するとなれば、世界が滅茶苦茶になる。

 

「……その目。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 男が声を落として、俺を嗤った。

 俺も嗤って、頷いた。

 

「本題は、どこから『紅椿』のデータを入手したか、だ。お前か?」

「NO」

「なら、実際に会ったのか」

「YES」

 

 男の声に、俺は目を閉じた。

 

「……どうやって、だ。今の彼女に、行動パターンがあるとでも」

「NO」

「――――亡国機業戦役」

「YES」

 

 やはり、か。

 

「戦役でデータを取っていた、と。世界の存亡をかけた戦いの最中に、それをどう利用するか考えていた、と」

「そうなりますね」

 

 山田先生の言葉に俺は同意した。

 

「ふざけやがって」

 

 拳を強く握った。

 誰もかれもが、みんなの明日のために戦っていた時に、そいつは自分の未来の利益のために動いていた。

 

「故に連絡は取っていたが、オレもあまり奴は好きではない……織斑一夏。奴がどこにいるか知りたいか?」

「ああ」

 

 その次の瞬間に、男が発した言葉は、俺を驚愕させるに有り余る威力を持っていた。

 

「ファーレン・グリーンベルが鍵だ」

「…………ッ!?」

 

 何故、その名がここで出てくる。

 

「確か先日、学園に転入した子、ですよね?」

「ああ。そこの織斑一夏が、彼女を救ったはずだ」

 

 ()()()、だと。

 伝聞した、ということか。あるいは。

 

「お前、まさか……()()()()()()()()

 

 俺がカーラに勧誘されること。

 俺がカーラの勧誘を断ること。

 カーラに操られた彼女の母親……オーフェン・グリーンベルと戦うこと。

 そして、最後に俺がカーラを殺すこと。

 

 すべての絵を描いたのは、この男だったとでも。

 

「ハハハハハハハハハハッ! 当たり前だろうッ! そのために君のデータを送ったッ! 『紅椿』か『白式』を元にすれば、君は必ず奴と引き合うからなッ!」

 

 哄笑と共に男が言った。

 何故だ。何故、こんなことをする必要があった。

 

「ああ……何故、という顔だな。簡単な話だ。オーフェンはあの無人機が作られる前からカーラに嵌められていた。彼女は私の恋人の戦友でね、彼女が手遅れなら、娘だけでもと思ったのだ」

「……これほどの頭脳があり、それを人の心理を読むことにも生かせるなら、篠ノ之博士の再来と謳われていたでしょうに」

 

 どうして犯罪者に、と、背後の山田先生が苦々しげに呟く。

 

「オーフェンならきっと、娘に何かしら遺している。それが奴を追い詰める鍵だ」

「……今回も最後まで読んでいるのか」

「無論だ」

 

 男は頷いた。

 

「なら今教えろ。奴は何処にいる」

「オレに読めているのは展開だけだ。居場所までは読めんよ」

 

 チッ。使えねえな。

 

「だが、名は教えておこう。奴の名はシーラだ」

「……シーラ」

 

 カーラのイトコにして、第四世代機をベースにした無人機の開発に成功した天才。

 

「それと、気を付けておけよ、織斑一夏」

「何?」

「オレの読みが正しければ――君は死ぬ

「……()()()()()

 

 吐き捨てた。

 面会時間は、直後に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒はずっと前から、ISの暴走の予兆を感じていたと女は言った。

 女は俺の無知を嗤った。

 

 ファーレンが鍵だと男は言った。

 男は俺の死を告げた。

 

 止まるわけには、いかない。

 だが――今、打てる手は少ない。きっとファーレンとて、自分に遺されたものが念頭にあれば、最初に言っているはずだ。彼女がそうとは気づかないような形で、オーフェンは娘に託したんだろう。

 

「織斑くん、気を付けてください。今日だけで、今まできみがどれだけ危ないことに首を突っ込んでいるのか心配になりました」

「大丈夫ですよ、これぐらい」

 

 山田先生は受付ロビーのベンチに腰掛け、わざとらしくため息を吐いた。

 

「絶対分かってませんね。君のことを案ずる人が多いことだけは分かってるくせに」

「……分かってるつもりですよ」

 

 思っていたよりも、多くを背負い過ぎているかもしれない。

 肩書も友も、すべてが鎖のように感じる。

 

 いつの間にか弱くなっていた。

 かつてのように、戻らないといけない。

 すべてを守ろうとしていたころに戻らないといけない。

 でも、もう、遅すぎるように、全てが遠すぎる過去のように感じられる。

 

「ああ、そうだ」

 

 野暮用を思い出して、俺は紙コップのコーヒーをすする先生に声をかけた。

 

「先生」

「はい、織斑くん」

 

 呼びかけに応えが返ってきた瞬間だった。

 不意に過去の記憶がよみがえった。

 

 今のは、あの時の、俺が学園に入学して最初の授業で……教科書を電話帳と捨てて何も分からないままだったから、授業にまるでついていけなかった時の会話だった。

 

 何も知らないガキだったころ。

 何も知らなくて……それからどんな運命に巻き込まれるのかも知らず、のうのうと生きていたころ。

 何も知らなかったからこそ、一番輝かしい思い出になってしまった、あのころ。

 

 俺は息を吸った。

 

「今日来た本当の目的、教えて下さい」

 

 女性関係の監視で国際IS委員会の役員をわざわざ寄越すわけないだろ。

 

「……織斑くん」

 

 先生は曖昧に笑った。

 

「あと二年、教員を続けた場合……委員会役員のポストを用意できます」

「そうですか」

「ただし二年間、今まで公国や友人方の尽力で認められていた短期休暇は認められません」

「そうですか」

「分かりますよね?」

「はい」

 

 最後通牒だった。

 俺は先生と同じ、紙コップに入ったコーヒーに視線を落とした。あと少しだけ残っていた。おかしくなって、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 答えは今すぐじゃなくていい、と先生は言った。

 最後の最後に申し訳なさそうに笑って、先生は言った。

 

『このままだと、織斑くんが限界を迎えちゃいますよ』

 

 そうなのかもしれないと思った。

 

 学園のアリーナ。

 生徒が自由に借りられる時間が終わってから、俺は愛機を身にまとい、仮想敵を出現させた。

 制限時間は無制限、敵は無限沸き。

 

 愛刀を手に構えた。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 シルエットのみの敵ISを切り捨てる。

 人間の殺意のない銃弾など当たる道理はない。弾丸を回避し、ブレード一本のまま次々とアグレッサーを両断していく。

 何も考えたくなかった。

 

 空を雲が覆って、雨を降らせ始めた。

 濡れて額に張り付く前髪をそのままに、俺は誰もいないアリーナを飛びまわる。

 最高難易度でも、俺に傷一つ付けることはできない。

 

 喉がつぶれればいいと思った。二度と彼女の名を呼ぶこともできなくなれば、諦められるかもしれない。

 

 空中から三機がフォーメーションを組んだまま俺を撃つ。

 地面を滑るようにして銃撃を回避、そのまま大地を蹴り上げ一気に加速し、すれ違いざまに三機すべて切り伏せた。

 単調な作業が続き、思考の余地が生まれる。

 

 このまま、見つからないままかもしれない。

 今回の手がかりだって、空ぶってしまえば、また振り出しだ。

 その後もずっと探し続けるのか、人生を犠牲にして、ずっと。

 

 今まで彼女のために捨ててきたもの、全部、俺にとって無価値だったと断じることはできない。

 俺がどこかに行ってしまいそうだと、簪が言っていたのを思い出した。嗤った。いびつな笑みを顔に張り付けたまま、俺は眼前のアグレッサーに刀を突き立てた。

 

 撃墜数は数えるのをやめた。百は超えただろうか。

 

 空中で鋭角にターンし、俺の後ろに回り込もうとしていたアグレッサーの胴を切りつける。

 

「ルアアアアアアアアアアッ!」

 

 前後左右にいる敵すべてを同時に認識する。

 かつては無造作にできたことも、今となっては集中しないとできない。

 

 同じだなと思った。

 誰かを守りたいなんて、かつては、当然のように思っていた、はずなのに。

 

 かつての俺は、漂白されたような人間だった。誰かがそう言っていた。

 今はもう、色々なことを知ってしまって、がんじがらめに縛り付けられている。 

 

 ファーレンが鍵で、そこからシーラにたどり着けたとして。

 それがダメだったら、俺はまた次の手がかりを探すのか。次がダメならその次を、探すのか。

 

 山田先生のあれは、最後通牒だけど、無視してもいいもののはずだ。

 でもあれを無視してしまえば……俺はもう止まれなくなる。自分の命が限界を迎えるまでずっと走り続けるだろう。

 

 そこまで考えて、叫びそうになった。

 俺は今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――クソ野郎ッ」

 

 奥歯が砕けるかと思うぐらい、強く歯を食いしばった。

 眼前のアグレッサーの胸に刀を突き込み、そのまま加速して地面に叩きつける。アリーナのグラウンドを削りながら進み、俺はそのアグレッサーごと外壁に激突した。

 

 背後にまだ、無数のアグレッサーがいて、俺に銃口を向けている。

 どうでもよくなって、俺はゆっくりと立ち上がった後も構えを取らなかった。

 

 不意に、俺を取り囲んでいたISのシルエット、すべてがかき消えた。

 誰かがシミュレーションを終了させたのだ。

 

 乱れた息を一瞬で落ち着かせる。篠ノ之流の呼吸法。それをまだ使うのが馬鹿らしくて、刀を捨て、ISを解除する。雨に打たれて、ISスーツが濡れていく。空を見上げた。雲には切れ間など見えなかった。

 その場に倒れ込んだ。冷たい雨が気持ちよかった。体温を容赦なく奪う雨粒に、このまま溺れたいとさえ思った。

 

「精が出るねー、一夏くん」

 

 シミュレーションを止めたのは教員と誰かだと思っていた俺は、驚愕に声を出しそうになった。

 ガバリと振り向けば、傘を差した彼女が歩いてきている。

 

「……楯無さん」

「久しぶりだね」

 

 彼女はスーツ姿のまま、俺に手を振った。

 水色の髪は肩口に切り揃えられている。最後に会ったのはいつだったか。

 

 現ロシア代表。

 対暗部用暗部『更識家』当主。

 前ブリュンヒルデ。

 伝説の七人(オリジナル・セブン)最後の一人。

 

 更識楯無がそこにいて――俺は即座に後ずさった。

 

「嫌です何の話も聞きませんよ! 絶対俺に面倒ごと押し付ける気でしょうッ!?」

 

 シリアスムード出してりゃ話聞くと思うなよ! どれだけあんたに巻き込まれて悲惨な目に遭ったと思ってるんだ!

 

「ちょちょちょっ、いきなりそれはひどくない?」

「全然ひどくないですからねッ! じゃあ何の話ですか、絶対受けませんけど話してみてくださいよ」

「いやーちょっと無数の第四世代機と戦ってほしいんだけどー

「ほら見たことかっ!」

 

 やっぱり面倒ごとじゃないか!

 

「……ていうかそれ知ってますね俺。え、場所分かるんですか?」

「全然分かんなーい」

「嘘だろ」

 

 場所探しから俺に押し付けるつもりだったのかよ。

 頭をかいてから、俺は項垂れた。

 

「……どうせやるつもりはあったんでやります、やってみせますよ」

「ホント!? ありがとうさっすがー!」

 

 地面に膝をつき、泥まみれの俺に、楯無さんは満面の笑みで傘を差した。

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