空を、絶望が覆っていた。
無数のサーチライトが無慈悲に俺を照らす。
意思なき鉄の人形共が無遠慮に俺を見下す。
雨のせいで視界がにじんでいる。半壊した市街地の、かつてビルだったらしい、鉄骨しか残っていないその跡地は、雨に打ち消されくすぶる火の臭いがした。
身にまとうISが撤退を指示する。さっきまでずっとうるさかった、早く逃げろという通信は妨害電波のせいでもう届いていない。
空を埋め尽くす無人機の群れ。一つ一つが、全身の展開装甲から漏れ出る攻性エネルギーの光にシルエットを浮かび上がらせている。
手にした刀を肩に乗せて、俺は笑った。
「これ、全部が第四世代機か。バカバカしいな」
数えるのもおっくうになる。戦力比は目も当てられないことになっているだろう。恐らく、俺が百回ブチ殺されてもキルレシオは足りていないはずだ。
疑似ISコアとはいえ、戦闘力は展開装甲が底上げしている。どんな状況でも対応し、部分的に破壊しようともこいつらは平気で攻撃してくる。
両腕をもいでも攻撃方法が損なわれないってことだし、無人機と展開装甲は思っていたより相性がいいのかもしれない。
『ハハッ、ここで君の死にざまを見ることができるとはな』
声の主は、誰だろうか。無人機のスピーカーから聞こえてくる声。
俺の仲間たちは、この場にいない。俺しかいない。皆、こいつを追い詰めるため奮闘している。
先ほど背にかばった現地の少女は、裸足のまま走り去っていった。
腹部に負った傷が、血を垂れ流している。ISが離脱を推奨するのはこのせいだ。止血治療は一応進んでいるが、高機動戦を行えば傷が開くだろう。
頭部も強く打って、どこかが切れたらしく、血が下りてきている。
雨が降る。前髪が額に張り付く。
腰を落とし、切っ先を地面に向けて構えた。
篠ノ之流剣術の構えの一つだ。
「全部スクラップにしてやる、かかってこいよ」
無人機の、バイザー型のカメラアイが赤く光る。
夜闇に浮かぶ鮮血色のそれらを、俺は笑って迎えた。
「始めようぜ、最後の殺し合いを――――ッ!」
勝った。
「いや勝てるんだ!?」
全身に包帯を巻いてミイラ男状態の俺に対して、部屋に入って開口一番楯無さんはそう叫んだ。
「いやー……なんか、勝てました」
最後の方とか記憶あやふやだけと勝ったっぽい。
多分俺の
まあ切り札の一つや二つ、出し惜しみする必要もない。
本命の
「それにしても、私たち対暗部用暗部ともあろうものがダミーに引っかかるなんてね」
「あれはダミーというより本命を捨ててましたよ。あの戦いで、量産工場も製造品もあらかた叩けましたし」
更識家が掴んだ情報に従い、俺は日本軍や更識家お抱えの部隊と共に侵攻し――待ち伏せに遭った。
ある程度の抵抗は予期していたが、全戦力をなげうっての反抗戦。日本軍と更識家に周辺の住民らの避難を指示し、俺は一人軍勢に飛び込んだ。
勿論、非正規軍である更識家の部隊からちょいとくすねた違法ドラッグのパワーで思考が鈍ってたせいだ。普段の俺ならもっとクレバーにやる。具体的に言うと俺以外全員囮にして逃げる。
それがどうだ、現地の少女を庇って深手を負い、多少の損耗は覚悟の上だったはずの味方の軍勢を追い返して、全部俺が一手に引き受けちまった。後退を必死に叫ぶ相川の声が、まだ鼓膜に張り付いてやがる。
「決めたよ楯無さん。俺はもう二度とクスリはやらない。今回ばかりはいい勉強になった」
「今までやったことがあるのもお姉さん驚きなんだけどね……」
冷たい目で俺を見る楯無さんから顔を背ける。
「せっかくおねーさんが一回限りで山田先生から許可もらったのに、一人で突っ込んじゃって」
「頬をつんつんしながら恨み言吐かれても困ります」
閑話休題。
「それにしても、工場も製造品も何もかもぶっ壊しちゃったし、一応任務は完了なのかな?」
「…………」
目を閉じて思い返す。
無人の製造工場。無人機が無人機を量産していた。雪だるま式に膨れ上がる戦力を、なんとか、対処できる限界ギリギリの数で抑えることができた。
「情報源は?」
「とある筋よ。詳しくは明かせない」
「国際収容所に収監されている男ですね?」
「……」
沈黙は肯定だ。やはり、俺たちにとって都合のいいタイミングだった。都合が良すぎた。
善意からだろう。感謝するしかない。
「間違いなく、痛打にはなっているはずです。でも一手足りてない」
「工場の主がいなかった……またああいう場所を造るでしょうね」
頷いた。
いくら時間がかかろうとも、もう一度シーラはやるだろう。
「新しい本拠地を造れば、必ず足を辿れる。必要な物資を調達すれば、そこには流れが発生する。根気強く待つしかないわね」
「そうですね」
鷹揚に頷いた。内心をおくびにも出さないよう、細心の注意を払いながら。
「ファーレン。話がある」
俺がのそりと帰りのHRをやってる一年一組教室に入ると、生徒全員が悲鳴を上げた。
なんて連中だ、黄色い悲鳴なら大歓迎だが、この美青年である俺を見て、まるで死にかけのゾンビを見た時みたいな絶叫を上げてやがる。
「おりむー……その格好で出歩くのはちょっと~……」
「あん? 今シーズンは包帯が流行りなんだよ。ていうか俺が流行らせる」
「無理だと思う~」
教壇で俺の代わりにHRを進行していた副担任、のほほんさんににべもなく切り捨てられたが、俺は諦めてないからな。
仕方ないので包帯をはらりと解いた。既に表面の傷は修繕が完了していた。
「俺だよファーレン」
「あ、せ、先生だったのですか……」
珍しく俺に敬語を崩さない生徒なので、会話してると自尊心が満たされる。そういや俺って先生だったね。
「ああ。少し込み入った話だ……お前の母さんについてだ。場所を変えよう」
「は、はい」
ファーレンを連れて廊下を歩く。後ろから複数の気配が追ってくるが、無視だ。
屋上に行こうとか一瞬悩み、やめた。要らないことを思い出しそうだった。
渡り廊下に進み、二人で並び空を見上げる。
「お母さんが残した保険金は……銀行の貸金庫ごと、あるんだよな」
「ええ、そうですね。色々入ってて驚きました」
「何があるか思い出せるか?」
ファーレンは顎に指をあてて、目を閉じた。
「お金、拳銃、注射器、色んな人が載ってる書類……」
「待ってくれ」
俺は両手で制止した。
想像以上にヤバいものばかりじゃねえか。娘になんてもん残してやがる。
「書類って絶対機密文書の類だろ。何が載ってんだよ、裏社会のボス共か?」
「よく分からない言葉で書かれてたんですよ。多分ラテン語なのかな」
「漏洩まで防いでやがる……」
読めるが、読みたくはねえな。
「あとぬいぐるみですね。それはこっちに持ってきてます」
「何だ、可愛いなお前」
「うっさいです! 昔にも、買ってもらったことあるんですよ!」
「そっか……
え? とファーレンは首を傾げた。俺は手を鳴らして、無表情のまま言い放つ。
「今夜お前の部屋行くからよろしく」
「え、えぇ……ええええええええええええええええ!?」
背後から瞬時に殺気が飛んできた。
やべっ、茶目っ気を出し過ぎたか。
「そういう意味じゃねえよ。ぬいぐるみだ」
「な、なる、ほど? いやぬいぐるみに何の用があるんですか」
「……ここだけの話、俺は無類のぬいるぐみコレクターなんだよ。見ただけで材質、メーカー、値段までわかる」
そうだったんですかーとファーレンは可愛いものを見る目で俺を見た。
屈辱だ。
しかし咄嗟の嘘をここまで自然に信じるとかマジでちょろいな。
「なら今晩おいでください」
「おうよ。勝負下着にしとけよ」
「……死んでください」
丁寧に俺の足を踏んづけてから、颯爽とファーレンは渡り廊下を去り……彼女と入れ違いに、とんでもない形相の百鬼夜行たちが踏み込んできた。
「おりむ~、どんな感じがいい~?」
先陣を切っているのほほんさんの問いは、つまり死に方を選ばせてくれるということだろう。
俺は鼻で笑い、渡り廊下のてすりを軽々と飛び越えた。
「あばよっ、俺は自由な感じを選ぶぜ!」
叫びながら地面を見た。思っていたより遠い。三階であることを失念していた。
迫りくる大地とのキスを前にして、まあ鬼どもに捕まるよりはましだな、と思った。
ぬいぐるみはかわいらしいクマのぬいぐるみだった。
「えーと、先生、これなんですけど」
「みなまで言うな……」
俺が寝間着姿のファーレンに何かしないよう、この部屋には一組女子とのほほんさんが総出で俺を見はりに来ていた。窮屈だ。
というより、俺が今からすることを考えると邪魔でしかない。
のほほんさんと視線を合わせ、アイコンタクトを取る。
『人払いを頼む』
「おっけ~」
のほほんさんはだぼっとしたスーツ姿のまま振り返って、一人の女子生徒に声をかける。
「介錯がやっぱり必要らしいから、やっちゃってー」
「御意」
「待て待て待て! そんなこと頼んだ覚えはねえぞ!」
竹刀を片手に持った少女がずいと前に出て、俺は両手を突き出し顔をひきつらせた。
「え~? だって今、『手伝いを頼む』って~」
「人払いだよ! つーか手伝いって全自動で介錯になるのかよ!」
俺の生命はどんだけ軽いんだ。勘弁してくれよ。
不服そうにしながらも、のほほんさんはパンと両手を合わせて解散ーと告げる。生徒らは俺をじろりと見てから出ていった。劉姉妹なんて目を合わせただけで魂が粉砕されそうだった。
「で、一体何なの~?」
問いに応えず、俺はぬいぐるみを手でなでる。中身の感触を確かめる。頭部にはなにもない。腹部に、わずかだが硬い感触がした。
迷わず体表を引き裂いた。ファーレンが絶句する眼前で、綿まみれのUSBを引き抜いた。
「古めかしいやり方だな」
「な、なんですかそれ……」
USBポートのあるPCなんてないんだが……仕方ないか。ISを一部展開し、USBをジャックする。正規の手順でない以上データが破損する可能性もあった。
「……これだな」
雑多に収められたデータはほとんどが目くらましのダミー。
愛機が全てを掌握し、求めていたデータをウィンドウに開いた。
「ぬいるぐみはちゃんと縫って返すぜ。俺がぬいぐるみマイスターってのはあながち間違いでもないんだ」
「……お母さん、何を調べてたんですか……?」
「美味いウィスキーの作り方だ」
俺の答えに、意図を理解したのか、ファーレンはそっとうつむいた。
「……おりむー、行くの?」
「ああ。全部これで終わりだ」
篠ノ之家の祠を除けば正真正銘のラストチャンス。
逃す手はない。
ウィンドウに表示されたのは――シーラとカーラが共有していた隠れ家の位置座標。
今しかない。本拠地を叩かれた奴がここに駆け込んでいるとしたら、今なんだ。
「……どうすっかな」
「……ここで行けば、おりむー、学園にいられないよ」
「……だよなあ」
山田先生は見逃してくれるだろうか。
まあ、そんなもん、次会った時に聞けばいいさ。
「ファーレン。お前は伸びしろあるよ。特に空中機動、クラスにいる
「…………先生、何、言ってるんですか?」
俺からくまのぬいぐるみを受け取ってから、ファーレンは目を白黒させて俺の顔を見上げた。
なるべく意識して、優しく微笑みかける。
「俺、教師辞めるわ」
「……え?」
驚愕にファーレンは一歩退いて、そのままとすんとベッドに腰かけた。
いい思い出ばかりだった。
不釣り合いなほどに、この学園で過ごした時間は、俺にとって眩いものだった。
「おりむー……」
「悪いなのほほんさん。でも俺は、あいつが戦争に利用される可能性が1パーセントでも残ってるなら、俺のすべてをかけてそれをこの手で粉砕する」
他人に任せたりするべきなんだろうな。
自分にできないことを分業して、そうして大人は社会を回していく。
俺はそれなら、大人じゃなくていい。
データは必ずどこからか流出する。きっと正規軍のやり方なら、シーラのラボを制圧し、データを保管するはずだ。それじゃあだめなんだ。この世界から一片たりとも残さず消滅させなきゃいけない。
「分かったよ~……」
呆れたようにうなずいてから、のほほんさんはどこかにメッセージを送り……
「
「え?」
俺が驚愕する番だった。
「どーせ何か、おりむーが勝手に調べて、勝手に突っ込むだろーって、みんな思ってたからー」
「……待て。それでどうしてお前がついてくるんだ」
「有休にはしないよ~、私たちは正規軍として行くから~。それで、
よよよ、とのほほんさんが泣きまねをした。
俺が何か返す前に――真横で、ぶふっとファーレンが噴き出した。
「おい」
半眼でファーレンを睨むが、彼女はおかしくてたまらないようで、ベッドに座ったまま腹を抱えて笑っている。
「や、だって先生、すごく覚悟を決めた、顔、ふふ、だったのにっ、普通に流されちゃってて、ふふ」
「クソが……」
顔を覆って天を仰ぐ。
すべてがから回ってやがる。
打ちひしがれる俺がおかしいのか、ファーレンはベッドをバンバンと叩いて笑い、のほほんさんも俺を眺めて、こらえきれず笑っていた。
「で……どうすんだよ、正規軍として行くつっても、山田先生がどう思うかは分かんねーと思うが」
「うんうん。だからおりむーは正規軍としては行くけど、
あーなるほど。替え玉作戦か。
「ちょうど三組担任のー、蘭ちゃんが遠征に呼ばれるってことにできそーだからー、それでいくねー」
「は? 俺親友の妹になり切るのかよ」
弾が聞いたら爆笑した後ブン殴られそうな話だな。
「で、織斑一夏はどうなるんだよ」
「どうすればいいと思う~?」
のほほんさんはいつものぼやーとした顔で俺に問う。
「おりむーが誰にも顔を見せず休んでいて~、有休じゃない方法で~、一番説得力があって~」
「…………おや?」
話が変わってきた。
のほほんさんはぴっと手元の端末を操作して、音声を流し始める。
『あっ……だめ、です、今は私が、一夏さんの、を、ぺろぺろしてるの、にっ、んっ、そんなとこ舐めないでくださいぃ……』
他でもない五反田蘭の淫靡な声が、ファーレンの部屋に響き渡った。
部屋の主であるファーレンが、俺をゴミを見る目で見ていた。
のほほんさんはその両眼以外満面の笑みで、俺を見ていた。
冷や汗が止まらず、顔面蒼白の俺を、見ていた。
「……なんで」
蘭と関係を持ったのはつい最近だし誰にもバレないようにしていたはずなんだが何故だ!?
「ぴきーんって予感がしたからだよ~」
「そんなカミーユみたいな理由で見破ったのか!?」
冗談じゃない、もっと理詰めでやってくれ。それ防げねえじゃんか!
「とゆーわけでこの音声を、校長先生に送ったよ~」
「あああああああああああああああああああああああああああ!!」
俺は絶叫して、窓から身を乗り出した。背後から二対の視線がビシバシ刺さっているが、かまってる暇はない。
飛び降り、地面に着地する。
「――――ぁぁぁっ」
遠くから声が聞こえた。
俺は全開で鳴り響く生存本能の警鐘に従い、その場から脱兎のごとく逃げ出す。
言い訳に使うための負傷でマジで動けなくなったらどうすんだよ。本末転倒だろ。
「――どこだァァァァァツ」
声が近づいてくる。やべえ全然振り切れねえ! もうIS使うか!?
「一夏の馬鹿はどこだァァァァァァァァァァァアアアアァァァァッッ」
後ろを見た。
すでに千冬姉は、ISを展開していた。
振り切れるわけがねえ。
IS学園七不思議に、夜中に男の悲鳴が響き渡る、というのが追加されたのは、その日のことだった。
(都合よく)加筆したことなんですけど
冒頭で無人機の群れと戦ってるのは山田先生公認になるよう楯無おねーちゃんが立ち回ってくれたおかげです
山田先生だから、一回だけなら、許してくれるかなって……
行き当たりばったり過ぎてすいません許してください何でもしますから