戦場に火花が散る。
音を置き去りしてに、俺と『スノーホワイト』は縦横無尽に駆け巡り、致死の刃を叩きつけ合っていた。
「おおおおおおおおおおっ!」
『Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!』
驚くべきことに――『スノーホワイト』は、まるで人間のように雄たけびを上げている。
AIが動かしている以上不要なはずだが、奴の戦闘機動は、他の無人機とは雲泥の差だ。
「沈めぇぇぇぇぇッ!」
左腕の多機能武装腕『
照準を定めた時には、相手も同様に掌をこちらに向けていた。
発射したエネルギーの塊がぶつかり合い、混ざり合って弾け飛ぶ。
完全に相殺された。威力まで同じとはな。疑似ISコアでよくやる。
「おりむーはそいつ抑えてっ」
「あいよぉ!」
のほほんさんが気前よく周囲の敵を爆破して回る。
到着した第二陣、第三陣もゴーレム相手にうまく食らいついている。
だが戦場は膠着状態、セーフハウスの制圧は第四陣に頼り切りだ。
形勢を変えるには、一手必要か。
眼前の真っ白な無人機を撃破して、俺もゴーレムの処理に加わる。
手っ取り早いのはこれだ。
「悪いが決めるぞ」
ウィングスラスターを震わせる。
真後ろと見せかけて斜め後ろを取る軌道を描いていた俺は、驚愕した。
『Ar――――!』
刹那を切り刻むほどの間隙だというのに、
まったく同じように、『スノーホワイト』も個別連続瞬時加速を放ち、俺に追随していたのだ。
ふざけやがって、無人機にできる操縦精度じゃないだろ!?
瞬時加速がもたらす殺人的な加速の中で切り結ぶ。脳が限界を超えるほどの集中に茹だちそうになっている。
駄目だ、正攻法だとどうにも攻めきれない。
なら邪道で行くか。
個別連続瞬時加速の終着点をズラす。俺も『スノーホワイト』も、先ほどまでの超高速戦闘が嘘のように、ピタリと静止する。
奴のバイザーが、困惑するように光った。
その時――俺は愛刀を捨てて、『スノーホワイト』の両腕を潰さんばかりに握りしめていた。
振り払うべく奴が後ろへ下がろうとした。その動きを読んだ。それを待っていた。相手の予備動作を見てから行動するなんて楽勝だ。
「多分痛いぞ、悪いな」
超密着状態。
そして、俺は奴の両腕を掴んだまま、真後ろめがけて
『――――!?』
後ろへの加速というのは、どうにも脳が混乱する。一瞬意識が飛びかけた。
だが――結果として、『スノーホワイト』の両腕が、肩口から引きちぎられた。
うえ、やばっ、吐きそう。
「クソ、二度とやらねえ、もう引退するぞマジで」
悪態を吐きながら、俺は掴んだままの機械腕を放り捨てて、全身から火花を散らす『スノーホワイト』を見た。
両腕を失おうとも関係ない、まだ奴は生きている。だが首は取れる。天秤が傾いているのは俺だ。
その時、だった。
『有吉、エネルギーが危険域だ! 下がれ!』
『は、はいっ!』
通信が聞こえた。
ハイパーセンサーで確認すると、一機のISが戦線から離脱しようとしている。日本人のパイロットだ。
そしてその通信が――合図だった。
ゴーレムたちが突然、
『きゃ、ぁっ!?』
「な――」
エネルギー残量が尽き、そのまま
身にまとう装甲がかき消え、彼女は地面に落下する。幸いにも高度はそこまでなく、受け身を取って着地できていた。
だがここは戦場だ。戦場に、彼女は生身で放り出された。
「ッ、誰か有吉を回収――」
相川の声に答えたのは、味方ではなかった。
撃ち漏らしたゴーレムが一機、ISを解除された日本人の兵士の前に降り立った。
「……ぇ」
理解が追いつかず、困惑の声を上げた、その有吉というパイロット。
ゴーレムが機械的に腕を振った。それだけで事は済んだ。
首から上を失った有吉の身体は、地面に崩れ落ちた。
――――――――――戦場に動揺が走った。
死者が出た。絶対防御がある以上、死ぬ確率が極限まで減らされたはずの舞台で。
一人、死んだ。
ヒッ、と誰かが声にならない悲鳴を上げた。眼前の敵への注意が散漫になる。
まずい。
崩れる。
「――狼狽えるなァッ!」
俺の予感を覆して、相川清香の叫びが、その動揺を薙ぎ払った。
「死んだ、有吉は死んだッ! ならば我々がなすべきことはなんだっ!」
相川がゴーレムに剣を突き立て、至近距離からライフルの弾丸を叩き込む。
幾分か多く銃弾を使っている。感情か、演出か、判断はつかなかった。
「仇だ! 今この瞬間、この虫けらたちは我々共通の仇になったっ! 友を殺されて何も思わないのか、その手に報復のための武器があるのに、何故立ち止まるッ!!」
激情に燃え上がる相川の声に、兵士らの目が鋭く研ぎ澄まされていく。
……これが、将校としての相川清香か。
「――嫌な気分だ」
両足の展開装甲を用いた蹴撃を放つ『スノーホワイト』が、やけに遅く感じた。
ほんのわずかに身体を傾け、致死の攻性エネルギーブレードを掻い潜る。
お返しに左手をどてっぱらに叩きつけた。衝撃に奴の動きが一瞬停滞する。
「『零落白夜』、起動」
第二形態『白式・雪羅』の左手は三つの兵器を搭載した複合兵装だ。
荷電粒子砲『
エネルギー無効化防御兵装『
至近距離で敵を切り刻むクロー。このクローは指をそれぞれ独立させる動きと、手刀のように一本のブレードとして振るう動きができる。
そして指一本一本からは、『零落白夜』を用いたアンチエネルギー・ビームをブレード状に出力することが可能だ。
腹部を掴む鋭いクローが、そのまま蒼いエネルギークローと化し――『スノーホワイト』をバラバラにした。
素早く荷電粒子砲に切り替え、落下していく破片を砲撃し蒸発させる。
敵のエースを討ち取った。
戦況は傾いた。
「片っ端から撃滅しろ! 一気に終わらせる!」
相川から飛んできた指令に頷き、俺は戦場を見渡した。
ゴーレムの数は依然増え続けている。誰もかれもが必死に応戦している。
愛刀を握る手に、一層力がこもった。
敵を殲滅した時には、8名の兵士が犠牲になっていた。
第四陣が既に突入したはずのセーフハウスを視認し、相川が周囲へ警戒態勢を命令する。
「私たちが先行するよ~」
のほほんさんの言葉が指すのは、俺と彼女の二人だ。
相川が首肯し、俺たちはスラスターを吹かして味気ないコンクリート製のセーフハウスに向かった。
『第四陣からの連絡が途絶えている。我々も乱戦で救援を送れなかったが……どうなっている』
通信越しの相川の声には、最悪の事態を懸念した、というより、半ば予想した諦観が漂っていた。
山を越えて、俺とのほほんさんは見た。
散らばる死骸。
ちぎれた四肢が石ころみたいに転がっている。
上半身と下半身を切り離された兵士が、目を見開いたまま横たわっている。
「……生存者は確認できない」
『…………そうか』
「シーラ、だっけ、目標も見当たらないね~」
間延びした口調の中に、どうしようもない、やり場のない感情の色が込められていた。
俺は歯噛みして、兵士らの死体を検分する。
第四陣として発進した兵士は15名。15人分の死体があった。
「大規模な戦闘の痕跡はない。恐らく敵は少数だ」
『……周囲の安全が確保出来次第、我々も向かう。二人はセーフハウスの中を頼む』
頷き、ISアーマーを解除し、エネルギーバリヤーと絶対防御だけ発動した状態で中に踏み込んだ。
一軒家、と言われたら納得できる程度の広さだ。
入り口からまず見えるのは生活用スペース、キッチンすらある。ここで生活するための用具がそのまま置き去りになっている。
「おりむー、たぶんこっち」
「おお」
生活用のスペースを横切って、奥へと進んだ。
廊下を進み、突き当りのドアを開く。ほこりはない、こまめに掃除していたんだろう。
奥の部屋には、俺の背丈より高いサーバーが立ち並んでいた。
サーバーの隣には、開かれっぱなしのウィンドウがいくつも立ち上げられている。作業用か。
空間投影ウィンドウは10以上あった。積み上げられるようにして並ぶそれらのうち一つに、俺ものほほんさんも目を付けた。
真っ赤な画面に真っ黒な数字が表示されている。
『00:06:51』
今50にカウントが刻まれた。
「これって……」
「自爆的なあれだろうな。のほほんさん、悪いけど」
「うんー、爆発物ないか確認するね~」
部屋の隅から隅までを彼女が検分し始める。
俺はもちろん、間に合わなかった時のためにデータを抜き取る準備だ。
立ち上げられたままのウィンドウの一つから、サーバーにアクセスする。
パスワードの要求もなしに、データが開いた。
「うわ、開いたぞ。不用心すぎるだろ」
「多分これー、私たちが想定より早く着いたよねー」
「そうっぽいな……」
死者を出してまでたどり着いたんだ。
ここで有用なデータがなかったり、データを俺がおしゃかにしてしまったら、きっと相川に殺されるだろう。
恐らく何かあるはずだ。次のセーフハウス。あるいはまだ判明していない製造工場。
それらを把握すれば攻勢に出れる。
俺は気合を入れてデータを読み込み始める。吸い出しできなかった俺の記憶頼りになっちまうしな。
それにしても世界を股にかけて暗躍するテロリスト様だ。
果たしてどんなトンデモ計画の立案書があるのやら。
文字を読む。
内容を脳に叩き込む。
……心臓の拍動が、不自然に揺れた。
……手に汗がにじみ始めた。
……視界はしっちゃかめっちゃかに跳ねた。
なんだ、これ。
なんだよこれ。
こんな、これは、いや、これは――
カウントが刻まれていく。
「……爆発物とかはないねー。やっぱりこれがゼロになったら、データが消えるのかな~」
のほほんさんの言葉が耳を素通りしていった。
視線が画面にくぎ付けになっている。
「でも~、シーラの予想より早くつけて良かったねー、今のうちにデータ抜き取っちゃお~」
「――駄目だ」
俺の言葉に、のほほんさんは数秒沈黙した。
意味が分からないんだろう。
「……おりむー、なんて?」
「データは保存するな。お前は見るな」
全部、分かった。
そういうことだったのか。
クソ野郎。地獄に落ちろ。シーラ、お前みたいなやつは生きてちゃいけないんだ。
俺はサーバー室の天井を見た。煙草の吸い過ぎか、白かったであろう天井は黄ばんでいる。
最悪だ。なんて、なんてことを、したんだ。
拳を握った。音が鳴るほどに握りこんだ。
「……おりむー?」
きっと俺の空気を感じ取ったんだろう。
のほほんさんは心配げな表情で俺を見た。
「……ごめん」
のほほんさん、ごめん。
俺が教師でいられるように手を回してくれたのに。
限定解除してキャリア吹っ飛ばした挙句、俺は、今から、最大級の裏切りをする。
「明美を頼む。卒業したら教員になれるよう口利きしてやってくれ」
「え?」
「あと、海美と、ファーレンは、特に伸びると思うから……目を懸けてやってくれ。もちろん、俺たちの同期にも、俺が謝ってたって、言ってくれ。ごめんな。ほんとに、ごめん」
「……何言ってるの、おりむー」
俺はずっと天井を見たまま、矢継ぎ早に告げる。
のほほんさんは俺の正面に回って、背伸びして両頬に手を当てて、ぐいと顔を彼女の方に向けさせた。
瞳と瞳が結ばれる。目をそらしてしまう。
「何をする気なのか教えてよ」
「…………」
「おりむー! また一人でいくの? また、置いていくの?」
「ごめん」
「謝ってないでッ! なんとか言ってよッ!」
俺は答えられなかった――彼女を突き飛ばした。
しりもちをついて、のほほんさんが呆然と俺を見上げる。
ISを展開した。
第二形態『白式・雪羅』。
左腕を荷電粒子砲モードに切り替える。
「な――」
のほほんさんの目の前で。
俺は、
笑えるほどあっけなく、サーバーが蒸発した。
跡形も残らなかった。
「俺、お前らを、結構本気で愛してたよ。いや社会的にはアウトだけどさ、でも、みんな好きだった。みんなで過ごす時間も、一人一人と過ごす時間も楽しかった」
結局そうなんだ。
俺は全部好きだった。
アイリスの冒険に付き合わされるのも。
セシリアとお茶するのも。
マドカに釣りを教えるのも。
鈴とど突き合いするのも。
簪とアニメを見るのも。
シャルと買い物をするのも。
ラウラの任務を手伝うのも。
楯無さんの無茶ぶりをなんとかこなすのも。
姉さんに殺されかけるのも。
山田先生にブラックなこと言われるのも。
相川と顔を突き合わせてああだこうだ言われるのも。
のほほんさんに迷惑かけて謝り倒すのも。
生徒に技術を教えるのも。
先生たちと職員室で話すのも。
全部好きだった。
「……何、してるの、おりむー」
「データを消し飛ばした。多分反逆罪っつーか、シーラに加担したってことになるよな」
「ッ……!」
のほほんさんが俺を信じられないものを見る目で見た。
俺だって同じ反応をしただろうさ。
必死に戦って、死人すら出したって言うのに、その結果の、成果を、俺が今この手で吹き飛ばした。
つまり今回の奮闘も、犠牲も、すべてを俺が、故意に台無しにした。
「何で……」
「ごめん、言えない」
笑った。
きっと何もかもを諦めた笑みだったろうなと、他人事みたいに思った。
表示されていたウィンドウ達が、サーバーを失いかき消えていく。それをぼうっと見つめているうちに、足音が近づいてきた。
「――遅れた、ごめんね」
相川がサーバー室に入ってきた。
そして、凍り付いた。
左腕に荷電粒子砲を顕現させた俺。
消し飛ばされたサーバー室。
「……おりむら、くん?」
「ああ。俺がやったよ。データは抜き取ってない。全部パアだな」
思考が完全に停止しているのか、相川は動かない。
彼女の部下は死んでいる。
相川が部下を犠牲にしてまでもつかみ取ったものを、俺が焼き払った。
「なん、で」
「言えない」
本来なら即座に俺を攻撃すべき場面だ。
でもそこまで頭が回らないんだろうな。そりゃそうだよな、誰より敵を撃破してたやつが裏切り者って、なんだそれって思うよな。
大切にしていたものすべてが、手から零れ落ちていった。
二人の俺を見る視線が、困惑一色から、段々と変わっていくような気がした。敵意、猜疑心、憎悪、それらが混じっていくような気がした。頭を振った。幻覚だ。二人からの視線には、未だ困惑しかない。
でもきっと、幻覚はすぐに、幻覚じゃなくなるんだろう。
悲しいなんてレベルを超えて、つらいなんて言葉じゃ足りなくて、視線を受けたくなくて。
俺はISを全身に展開した。
「……じゃあな」
告げる言葉なんて、別れの挨拶以外には思いつかなかった。
加速して、天井を体当たりでブチ破って空に飛び出す。
突然躍り出てきた俺を、周囲で待機していた連中は呆然と見上げた。
彼女たちに背を向けて、俺はブースターを駆動させて飛び去る。
『――追いかけろッ!! 織斑一夏を捕縛しろ!』
相川の通信が聞こえて、俺は回線を切った。聞きたくなかった。これ以上聞いてたら、自分の喉に剣を突き立ててしまうかもしれないと思った。
アラートが鳴る。背後から複数のISが追いかけてくる。
無力化するにはエネルギーが足りない。下手すれば多分、殺してしまう。
だから逃げるしかない。幸いにも、スピードに関しては、愛機は群を抜いた性能を有している。
「……ごめん」
意識しないうちに、また一つ、謝罪の言葉が漏れて、俺は笑った。
山間部を超えれば海洋が見える。海中をステルスモードで潜航するのが効率よく撒けると、愛機が提案する。そうしよう。
飛んでくる銃弾をすり抜けるように回避する。空中に雫が吹き飛ばされる。
そこでやっと、自分が泣いていると分かった。
その日、俺は全世界で指名手配され、全世界から追われる身に転落した。
慣れてるわけがなかった。
海を渡り切って、陸地に上がる。海岸で素早くISを解除しつつ、格納していた私服を再構成した。
どこの国だ――地図を展開する。アメリカの西海岸だ。
愛機に命令――顔の偽装。束さんがシャルに渡していた機械の劣化コピー。恐らく俺が手配されるまで時間はない。
口座を開く――凍結済み。話が早い。無一文だ。
全部捨ててしまった。
もう学園には戻れない。
作戦は失敗だ。
俺の裏切りで、何の成果も得られず、ただいたずらに兵士の命が散った。
――――違う。絶対に、絶対に、あの場で散った生命を無駄にはしない。俺がさせない。
「…………」
静かにうつむき、拳を握る。
シーラが残していたデータ。あのモニターのカウントは自爆やデータの消去じゃなかった。
俺が消し飛ばすしかなかった。誰の目にも触れさせるわけにはいかなかった。
俺一人でやる。やるしかない。
俺のために。
何よりも――箒のために。
かつてマッドサイエンティストに言われた。世界が滅茶苦茶になろうとも、気にしてないだろうと。
同意した。そう思っているつもりだった。彼女のためなら戦火が再び広がろうと関係ないと。
駄目だ。駄目だった。その場に臨んで、俺は箒を取った。箒の望みは俺の望みだ。
砂浜を歩く。ジーンズに白いシャツだけの服装だ、散歩に来た東洋人と思われるだろう。
周囲に人影はない。確認してから陸に上がった。
慣れ切った、単独行動の始まりだ。今までと違うのは、一切合切の後ろ盾を失ったことぐらいか。
情報筋はない。自分の足で回るのみだ。武器はISだけ。拳銃ぐらいちょろまかしておけば良かったと後悔した。町並みを目指して進む。偽装はうまく働いている。黒髪短髪の東洋人だが、織斑一夏とは看破できないだろう。これを見破るにはハイパーセンサーが必要だ。
「すみません~」
海沿いの通りをけだるげに歩いていたら、後ろから肩を叩かれた。
なんだ? さっそく小遣いせびりか? 若いチャンネーなら大歓迎だが、手持ちがない。もし買わせてくれるとかなら、そこらの店を襲撃してもいい。
そう思いながら、俺は雑に振り返った。
「やっほー、おりむ~」
布仏本音がいた。
「うわあアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?」
ナンデ!? ナンデ!? エエエエエエエエエエエエエエエエ!?
「あはは、びっくりしてる~」
「……ッ!」
思考を切り替えて素早く後ろに跳ぶ。まずい、こんなに早く補足されたのか。
ISをいつでも起動できるように備える。空中に敵影はない。町も静かなもんだ。
「あ、私しかいないよ~?」
「何しに来た、いや、まずどうやって……」
海中深くを潜航していた俺を追尾したのか?
まさか、ステルス機能も併用してたんだ、一体どうやって。
「私のISの~、最後の能力、忘れてたー?」
「『九尾ノ魂』の能力? イメージ・インターフェース兵装のことだよな、他に何か……」
思い出そうとした瞬間だった。
俺の脳天に、いきなり金タライが降ってきた。
ゴオォゥン、と盛大に金属音が響き、俺は頭部を抑えてうずくまる。
「いってェェェェ……」
「ちょっとは冷静になれたー?」
あこれのほほんさん結構怒ってるやつだ。
うずくまった体勢から、俺は痛みに顔をしかめながら正座に移行した。というかのほほんさんISスーツのままじゃん。
それにしてもなんだ今の。どっから出た。ISの武装だとでも? いやしかし……
瞬間、ハッと思い出した。『九尾ノ魂』は雷撃を撃つ装備がイメージ・インターフェース兵装、というわけではない。
「ッ、水流操作!」
「応用したら、潜水してるおりむーをぱぱっと見つけられたよー」
えっへんと胸を張るのほほんさん。
ISスーツ姿なので、大変その、眼福だった。
「そうか……ステルス機能を使っても存在する質量までは消えない。水流の動きを読めば、居場所は分かるってことか……」
「流石にー、
チェルシーがかつて使っていたBT兵器搭載第三号IS、ダイヴ・トゥ・ブルーのことだろう。
「で、どうやって、は分かった。何しに来た」
「もっかい頭冷やす~?」
俺は両腕でその申し出に拒否を示した。必死過ぎたのか、のほほんさんは笑っている。
「いや、結構真面目に分かんねえんだわ」
「私を人質にすれば、もっとうまく立ち回れるよ~」
…………は?
この女ついにイカれたのか? 元々イカれてる節はあったが。
俺が完全に狂人を見る目で見ていると。
のほほんさんは、ISスーツ姿のまま。
此方にすっと腕を伸ばした。
デジャヴった。
「おりむーはさ、いつまでたっても、いっぱいいっぱい、抱え込んじゃうよね」
聞いたことのある言葉だ。
「でもね、もっとみんなに頼っていいんだよ~。つらい時には、みんながいるんだから」
涙は零れない。けれど……いつの間にか、俺はのほほんさんに抱きしめられていた。
「また一人で突っ走ってー、また誰かの代わりに傷ついてー、本当にいつまでたってもバカなんだから~」
「……うるせえよ」
涙は、必死に我慢している。
「でもー、今回は本当に、おりむーに考えがあって、みんなを頼れないってことなんだよねー?」
「……ああ」
「だから今回は、特別に~、私が協力してあげるよー」
「でも」
「知らなくたっていいよ~?」
何も事情を教えないまま協力させるなんて、できるのか。
俺の葛藤を、のほほんさんが刹那に切り捨てた。
「
「……ッ」
やばい一瞬涙がこぼれそうになった。
「……すまない。迷惑、かけてばっかだよな、俺」
「今更だよ~」
「本当にそうだよな」
俺は気合で、のほほんさんの両腕を解いた。
少し名残惜しそうにする彼女に対して、息を整えてから語り掛ける。
「分かったよ。のほほんさんには、俺の人質になってもらう」
「任せて~!」
そう言って――のほほんさんはISスーツを粒子に代えて、スーツ姿に一瞬で着替えた。
ちょっと今のスローモーションでもう一回やってくんない? 多分1フレームぐらい……こう……目押しでいけそうな気がするんだ。
「じゃーいこっかー」
「ああ。つってもどこ行くかな」
「とりあえずラブホテルだよ~」
「ああ。まずは拠点を……悪い。耳がイカれたっぽい。もう一回」
のほほんさんはきょとんした表情になってから、にやっとして、やけに煽情的な頬の色で、そっと俺に耳打ちした。
「ラ・ブ・ホ・テ・ル」
「~~~~っ」
すげえ、声だけで一瞬で発情しそうになった。馬鹿! 猿かよ!
「な、んでだよ」
「男が女を屈服させる方法なんて一つでしょー?」
「いやそれは演技的な話であってさあ」
腕を絡ませて、俺の言い分にまるで耳を貸すことなくのほほんさんが進み始める。
すれ違う人々に東洋人のカップルが微笑ましく見られているのを感じ、俺はホテルに着く前に、のほほんさんに顔面偽装機能を使わせないとな、とぼんやり考えた。
逃避行編スタートです。
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