狂い咲く華を求めて   作:佐遊樹

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本編がありえん進まないので気晴らしに。
読み飛ばしても問題ないやつです。


小話 水族館はアクアパーク品川が一番だよな

 

 

 ここまで遠かったなあと彼女は言った。

 そうだな、と思った。

 水族館の明かりは薄暗くて、隣にいる彼女の顔も満足に見えない。

 正面に浮かぶクラゲがふわふわと浮いている。時間が経つにつれ、水槽内の光は色を変え、半透明なクラゲも色合いを次々に変化させる。

 二人でずっと眺めているだけで、時間が飛ぶように過ぎ去っていく。

 

「イルカのショーが始まるらしいぞ」

「……私は、これをもう少し見ていたんだが」

「ならそうするか」

 

 俺がそういえば、彼女は嬉しそうに笑った。

 皆ショーに向かう。クラゲのコーナーには俺たちしかいない。クラゲは多種多様だった。別の水族館では、クラゲの育つ過程を見ることもできた。

 

 海が好きだと彼女は言う。

 すべての生命が生まれた場所。彼女の姉ですらその全貌には手が届かない神秘の領域。そこが好きだと彼女は言う。

 お前が好きなら俺も好きだよと言う。揶揄うな、と怒られる。本気だったが、まあいい。照れる表情が見れたので良しとしよう。

 

 クラゲが浮いている。不意に視界がブレる。地面が揺れている。

 

 

 クラゲの色が変わる、水槽の中で気泡が浮かぶ。

 人の血の色。俺は無感動にそれを見ていた。彼女は鮮血なんて気にしないかのように、クラゲを見ている。

 銃声が響く。ショーに行っていた人々の悲鳴が響く。足音がうるさい。誰も入ってこないこの場所は、外側の騒音と切り離されているようだった。

 ああそうだな、俺も彼女も、外とは関係ないんだ。俺たちは二人でここにいる。

 

 そうだよな?

 

 

「往くぞ」

 

 

 身にまとう深紅の戦装束――『紅椿』の展開装甲が稼働し、漏れたエネルギーが空中に光の粒子として漂う。なんだかそれが、小さな小さなクラゲみたいだと思った。

 彼女が俺を見ている。行こうと。無辜の人々を守るために戦おうと。

 

 それが結局、今の俺を突き動かす理由だ。

 かつては純粋に、彼女と立ち並んでいたような気がする。戦争を失くしたいと心の底から願っていたような気がする。戦争を根絶させるために、戦争よりも凄惨な虐殺が必要となった。その時に彼女は、最後の最後まで反対して、俺が無言で、一人で実行した。彼女に頬を張られた。その後、彼女は俺の胸に額をこすり付けて泣き出した。すまない。すまない。ごめん。すまない。

 

 すまない、いちか――――

 

 別にいいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『往かないのか?』

 

 彼女の問いに俺は肯定も否定もしなかった。

 いつもそうだったような気がする。戦いの場に行くのは、彼女がそう望んだから。

 彼女がいなくなってしまっても、俺はずっと、心の中に響くその問いに答えてから、動いていたような気がする。

 

 顕現――第三形態『ホワ■■・■イ■』。白い死神。純白の虐殺者。彼女と並び立つ紅白。彼女は返り血のような深紅。俺は白い。血に染まった真っ赤な手で刀を握るのに、白い。

 誰かに言われた。紅白だというのに視線は逆だ。彼女の瞳は真っ白だった。明日を夢見ていた。それしか今を生きる燃料にできなかった。それでも彼女は信じていた。未来を信じていた。

 

 俺の瞳は真っ赤だった。超高速戦闘による充血。情報戦闘により過負荷を受けた脳がバグって、身体の穴という穴から血を噴きだしたこともある。

 けれど何よりもそう言われたのは、きっと殺意。他者を殺すことへの意志。誰かを退けるためには、その誰かの息の根を止めてやる必要があった。多くの人々を屠った。屠殺した。塵殺した。命を命と思わないような殺し方で殺した。

 

 二人が並ぶ。クラゲが浮いている。クラゲの水槽をたくさん並べた場所で、俺と彼女は兵器を身にまとっている。

 

 クラゲが浮いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おりむー?」

「あ、織斑センセ、起きました?」

 

 目を開けた。汗をかいていた。ベンチに座り、腕を組んで寝ていた。血流が滞っているのが分かる。

 視界に入る副担任と生徒。水族館。クラスで来ていた――懇親会に近い。ファーレンが来たのを祝して、だったか。

 

 海美(ハイメイ)がぱたぱたと俺の顔を手で扇ぐ。

 中国の代表候補生。俺が担任を務める一年一組のクラス代表。

 

「ちょっと休むって言ったら寝ちゃってて、びっくりしたんだからね」

「……ワリィ」

 

 視界の奥では、生徒たちが私服姿で水族館を見て回っていた。海美が手渡したミネラルウォーターを飲み下した。

 のほほんさんは俺の様子を一瞥してから、ふにゃりと笑う。

 

「じゃ、私はみんなの方見てるね~」

「お願いします、のほほん先生」

 

 海美が隣に座った。俺はずっと床を見て、自分のこぶしを見ていた。肌色。おれの手はいつか赤かったような気がする。夢の中の話だろうか。何かの夢を見ていた。内容があやふやになって、もやがかかったように、ピントがズレてしまったように、詳細を思い出せない。

 

「うなされてたよ」

「……生徒の前でか。最悪だな。マジでだせぇ」

 

 手で目を覆った――心の底からの吐露だった。

 

「先生は……水族館、嫌な思い出でもあるの?」

「いいや。いい思い出があるのさ」

 

 立ち上がった。少しふらついた。海美が心配そうに俺を見る。

 ついてくるように視線で促してから、ベンチを立ち去る。水族館の水槽を横切っていく。小さな熱帯魚がテーブルに埋め込まれている。カウンターにすら魚が泳いでいる。飲食スペースを抜けてスロープを下りた。

 

「あ、クラゲ?」

 

 海美は先ほど行っていたらしい――

 

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 空中に浮かぶウィンドウを見た。クラゲコーナー、撤廃。他の水族館にクラゲを移したらしい。

 はは、と、笑った。

 

「次、何か、別のが入るのか」

「……そうみたいだね」

 

 海美が隣まで近寄ってきて、そっと俺の手を握った。

 

「禁断の恋愛に興味でもあるのか?」

「……行こうよ」

 

 腕を引かれ、驚愕に反応が遅れた。彼女は俺と連れ立って、進入禁止のウィンドウを通過して突き進んだ。

 右に曲がる。薄暗い空間。

 

 かつて存在した水槽は一つ残らず撤去されていた。

 

 鏡面の壁も剥がされ、一切の意味を奪い去られた部屋になっていた。

 

「クラゲ、次は、ちゃんと見に行こうよ」

「…………」

 

 二人して部屋の入り口に立ち尽くす。海美が俺の手を握っている。伝わる温度は温かい。

 それに返事できず、俺はしばし考えこんでから、息を吸った。

 

「そろそろ、たぶん、イルカのショーが始まるよな」

「だね。行こっか」

「ああ」

 

 

 いつかの日、俺は、イルカのショーが見たかったんだと、その時ふと思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想評価誤字報告いつもありがとうございます。
助かっています、これからもよろしくお願いします。
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