逆行のあれは本編が行き詰ったら気晴らしに更新するかもしれません……
第二部からは一話当たりの文字数ぐっと減らしてみるテストです
というか今までが長すぎましたわホントすみません
二度死んでるし俺もMI6所属ってことでヨロ
逃亡を開始して一週間。
俺――俺たちは最初に辿り着いた町から居を移し、それなりに大きな市街のアパートの一室に住み着いていた。
この町は無駄に広い。ISを製造している企業の工場もある。多くの人間は、大人になったらその工場で働く。町の支配者のように、工場の管理棟がそびえたっていた。町のどこからでも見えるそのタワーが人々の生活に溶け込んでいる。背景のようなツラをして、支配している。
愛機に通話が延々とかけられていたので、いい加減出てみる。発信元は『ミステリアス・レイディ』だ。
「もしもし」
『……出るとは思わなかったわ』
楯無さんの声は冷淡なものだった。
サウンドオンリーの通信。
今の俺の顔は別人だ。この顔で手配されるとまた変えなきゃいけない。整形したわけではなく視界を偽装しているだけなので別に手間はかからないが、気持ち的に面倒だ。
『一夏君、自分が何をしたか分かってるの……!?』
「分かってなきゃ逃げませんよ」
のほほんさんは部屋に一つだけ置かれたベッドでぐーすか寝ていた。
俺も寝起きなのでいまいち頭が働いてないんだよな。何かまずいことを口走らないようにしないと。
『せめて、理由を教えて』
「できません――強いて言うならまあ、邪魔なんですよね」
『は?』
楯無さんは、呆気にとられたような声を出した。
「要らないんです、今回の事態を解決する上で、貴方達は。足手まといです」
勝手に口が回る。でも告げるべきことだった。
テレビを付けたら指名手配犯となった世界で唯一ISを起動できる男の話題で持ち切りだ。
その状態は俺が望んだものではないが、必然でもあった。
テロリストの証拠隠滅、つまるところテロリズムへの加担。
IS学園の同僚を人質に潜伏中の凶悪な犯罪者。それがこの一週間でマスコミが世界中にばらまいた俺のイメージだ。
学園の責任者――つまり千冬姉が謝罪会見で頭を下げている光景を何度も見た。申し訳ないという気持ちと、そんな感傷に浸っている場合じゃないという気持ち。
いまだ人種のるつぼとして、表面的にはあらゆる民族を受け入れているこのアメリカという国で、俺はやるべきことがある。それは織斑一夏にはできないことだ。黒い金を持った東洋人の噂は町の裏側でまとこしやかに噂されている。暴力団のような、組織的なギャングはいない町。
少し裏通りに入れば、暇を持て余し、怠惰に押しつぶされそうな青少年がたむろしている。煙草を吸って酒を飲む。実に健康的な青少年だ。ドラッグをやってないなんて目が飛び出るほどの優等生ぶりである。売人がいないんだ。そして学校の教師も、悲しいことに
表面的には平和な町。
一度徹底的にトレースした、ある男の思考――欧州の街を地獄に変えた、カーラの思考が、俺に囁いている。振り払うべき悪魔の言葉に、俺は笑みを深くする。
『……私たちは足手まといなんかじゃない、絶対に、そう言わせるわ』
「楽しみに待ってます」
無感情のままに言い切って、俺は通話を切った。
「逆探知されたか?」
「そんな感じはなかったよ~」
「なら良しとしようか」
寝たふりをしながらこっそり俺の通信状況を見ていたらしい。のほほんさんがむくりを起き上がり、安いカーテン越しの日差しがその露わになった肢体を照らす。
視線だけでねだられて、寝ぼけ眼の彼女にキスを落とす。気持ちよさげに目を細める様子に苦笑して、頭を撫でてやった。
「どうなるかと思ったけどー、なんだかバカンスみたいだね~」
「まあな」
このアパートの一階には俺たちの身元を確認もせず、金を積んだだけで満面の笑みを浮かべた素敵な老婦人が住んでいる。日本で言う大家さんだ。金は前の街で稼いだ。親切な悪人が、溜め込んでいた金を俺に譲ってくれた。何も返せないのは悪いから歯を全部へし折ってやると、泣きながら感謝してくれた。義理人情ってやつだな。
誰もかれもが押しつぶされそうな町。代わり映えしない24時間を繰り返して、無為にカレンダーを消費していく町。
「……おりむー、どうするの?」
「俺はショータだぞ、ノホホン」
織斑一夏改めショータ。
布仏本音改めノホホン。
この部屋を借りる人間の名前だ。のほほんさんの名前は彼女が自分で付けた。必死に変えるよう説得したがまるで聞く耳を持たず、最終的には人質に負ける凶悪犯罪者の絵面が完成した。
「じゃあショーショー」
「偽名にすらあだ名をつけるのかよ……」
俺は嘆息して、ベッドの下に落ちていたジーパンを拾った。
のほほんさんもブラウスの袖に腕を通した。
「町の構造は大体掴んだ。一週間もあれば顔見知りもできた。そろそろ動くぞ」
「何するの~?」
「テロリストだって言われてるし、一回ぐらいはやっておきたかったんだよな」
「え?」
ぽかんとするノホホンの顔がおかしくて、笑いそうになった。
「テロリストだよ――倒すばっかじゃなくて、たまにはやりてえし」
爆弾なんてものは簡単に作れる。
通販で材料をそれぞれ別個に注文すれば、部屋の中で誰にもバレず爆弾を生産することが可能だ。
造り上げた爆発物を見せると、路地裏に集まった若者たちがはしゃいだ声を上げた。
「すっげぇ! ショータさん、これどんくらい爆発するんすか!?」
「コンクリートが粉々になるぐらいだな」
俺の隣で、ノホホンが不安そうに俺を見ている。
何をするつもりなのか図りかねているんだろう。
「あとこれ……声が変えられる薬だな。これで声紋をごまかせば、誰にもバレず、あのドデカい工場に嫌がらせができる」
「どっから持ってきたんですかこんなの」
「東洋の神秘だよ」
俺がそう言うと、若者たちはおかしそうに笑った。
調べるほどにあの工場は埃が舞った。火のないところに、というやつだ。ほとんどの町民が働いている。行政すら口出ししにくい。だからこそ、若者の多くは父を知らない。家にほとんどいない。帰ってきたら酒を飲んで妻子を殴りつける。母は精神を病み、子供はグレる。分かりやすい構造であり、シンプルだからこそ解決策は限られる。工場の労働環境を改めるという方法しかない。その方法は、残念ながら工場側に理解者がいないのでありえない。
この場にいる若者は、俺が酒をおごってやったり、うまいメシを作ってやったりした連中だ。男も女もいる。仲良くなれば、すぐに出てくるのは工場への恨みつらみだ。あれがなければ、あそこでふんぞり返っている連中がいなければ。グレたくてグレたわけではない。父親への恨みはあっても、その根本的な元凶は誰もが知っている。傑作機『ファング・クエイク』を世に送り出した企業の工場だった。シェアを伸ばすためには生産力の底上げが必要だった。IS本体には関わらなくとも、装甲、武装、作るべきものはいくらでもある。EOSにも手を出す方針を打ち出していた。
人手は足りなかった。
「いいか、二時間後から向こうの監視網を俺が無効化する。その間に、指示した通りの場所にこいつらを置いて回れ」
工場の見取り図と、爆発物を置くポイントはすべて手書きの紙で渡してある。事が済めば燃やす。証拠の隠滅はデータよりずっと簡単だ。
何より荷物を置くだけだ。警察に捕まっても、爆発の規模はしょうもないイタズラレベル、絞られて終わりだと言っている。
俺とノホホンは若者からすっかり人気になっていた。
見慣れない顔つき。シンプルな服装。気取らない性格。意図してこしらえたそのとっつきやすい仮面に、彼ら彼女らは面白いぐらいなついた。女の中には、俺を誘惑する者もいた。ノホホンに言い寄る男もいた。やんわりと拒絶するだけにとどめた――男の方もだ。俺が拳を出さなかったのは気が狂ったからじゃない、計算だ。
「夜明けにはBOMB! だ」
「……大丈夫なんすよね?」
「子供もイタズラに本気で怒ってる暇は、あいつらにはありはしない。ただイラついて、お気に入りのカップを割っちまうぐらいだろうな」
こちらにデメリットはなく、連中の鼻を明かせる。
若者たちの目には隠し切れない好奇心があった。復讐心よりも、非日常への憧れがあった。
カーラが脳裏で嘲笑う。うまくやるじゃないか兄弟、やっぱりお前はこっち向きだよ、全部捨てた甲斐があったな――柔らかな笑みを維持したまま、俺の中のカーラとウィスキーを飲み交わした。妙な解放感があった。立場を捨ててから身体の調子もいい。教師なんて向いてなかったのかもなと思った。何かを背負うなんて、するべきじゃなかったのかもなとすら思った。
若者たちが嬉々として、紙袋に入った爆弾片手に立ち去っていく。
俺はノホホン以外誰もいなくなってから、ISを使い工場の警備システムに不正アクセスした。ザル以下の警備だ、手間取ることなどありえない。
「ねえ、ショーショー。どういうつもりなの? 本当にあの爆弾は大丈夫なの?」
「人は死なない。それは断言する」
俺の言葉に、ノホホンはしばらく悩んでから嘆息した。
「分かったよー。信じるって、言っちゃったし~」
「後悔してるか?」
「う~ん」
「悩まないでくれよ……」
少しショックを受けた。
ノホホンは頬を引きつらせる俺を見て、冗談だよ、と笑った。
俺は警備システムを無力化せず乗っ取った。ただ、侵入者はモニターに映らないよう、画面を変わらないようループさせた。
爆発する十五分前に警備員を安全な場所へ移動するよう命令を出し、人払いをした。
俺がそうしている間、ノホホンはずっと俺のことを見ていた。
「うんー、安心したー」
「何がだ?」
「おりむーは、おりむーだなーって」
「……ショーショーだろ。ああいや、間違えた、ショータだ」
爆発まで二分。
すべての工程を終えて、うんと伸びをする。
「声の変わる薬って何ー? チョーク粉?」
「そりゃ大昔の民間療法だろ」
童話『狼と七匹の子ヤギ』では狼がチョークを食べて声を変えているが、それはグリム兄弟が生きていたころにはチョークが喉の薬として用いられていたからだ。無論そんな効能がないことは科学的に証明されている。
炭酸カルシウムが喉にきくなんて誰が言いだしたのだろうか。確か胃酸の抑制には使えるらしいが……
「まあ必要な手順さ。って、それはどうでもいいわ。そろそろ花火が上がるぞ」
「はーい」
痕跡を残さないよう、極力アナログに組み上げた爆弾は時限式となっている。
さて、うまく作れているといいんだが。
俺とノホホンがアパートの部屋から、工場を見上げていた時だった。
地面が揺れた。爆発だ。
「……おりむー?」
「死人は出さねえって」
工場が吹き飛んだ――夜明けの空が、瞬時に爆炎を受けて赤く染め上がる。
警備システムによってすべての警備員は退去させられている。
工場への嫌がらせどころではない。工場そのものがまるまる吹き飛ぶほどの火力だ。
当然だ、どれだけ爆弾を懇切丁寧に組み上げたと思っている。威力は折り紙付きだ。今頃、仕掛けた若者連中は顔面蒼白だろう。そして俺の下へ押しかけてくる。
「そんな目で見るなよマジでさあ」
「本当にテロじゃん……」
「しょうがねえんだって」
相棒から顔を背ける。気分を切り替える。
さて、忙しくなるぞ。
失職するであろう若者たちの父親が、
俺は舌なめずりをして、これから先の、誰も殺さないテロリストとしてのキャリアを描いた。
ノホホンの視線は死ぬほど冷たかった。
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