これからは約五千を目標にしてみます
ティナ・ハミルトンは憂鬱だった。
母国であるアメリカの西部、軍需産業の工場があるというぐらいしか特徴のない町で大規模爆破テロ事件が発生し、何故かISパイロットである彼女が、その捜査に駆り出されたのだ。
「ハミルトン操縦士も大変ですね」
現地で合流した特殊警察の隊員に同情され、乾いた笑みを浮かべてしまう。
隣の席に座るその女性からの気遣いを受けて、ティナは部屋を見渡した。
会議室に敷き詰められた机に全員据わり、配布されたデータを各自空間投影ウィンドウに浮かべている。
「それでは始めましょう」
指揮を取り仕切る捜査員が告げた。
「爆破されたのはオーウェル社の製造工場。生産されていたものはIS関連の備品、特に増設装甲に注力していました。製造工場は全損、復旧の見通しは立っていません」
表示される工場跡。大まかな骨組みしか残っていない。
どれほどの火力のある爆弾だったのか。この威力ならISでも無事には済まないかもしれない。ティナは右の人差し指に付けた指輪をちらりと見た。
「死傷者は?」
「ゼロです」
誰もが頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。
書類を見れば、警備システムがハッキングされ、警備員に退去命令が出ていたらしい。単純労働者である警備員はそれを受けて素直に立ち去った。直後、全てが吹き飛んだ。
「テロなのに人的被害を避けた……」
「理由は不明です。ハッキング元も辿れませんでしたが、タイミングからして爆破犯であることには間違いないかと」
ティナのつぶやきに、隣の捜査員が答えた。
不自然だ。これほどの威力がある爆弾を使うなら、もとより人的被害は必然だろう。それとも、純粋に工場を破壊することだけが狙いだったのか。企業への嫌がらせなら殺してしまえばいいのにと発想を飛躍させたが、テロリストの思考は読めない。
精神分析などティナにはできない話だ。
「アメリカ本土における大規模なテロ……今日頻発している無人機による襲撃事件に便乗したものかと思われます」
「関連はないと?」
「協力者からの有力な発言があります」
会議室が色めき立った。ティナは眉を寄せた。
協力者の存在は今初めて知らされた。一体何者なのか。
「この町に住んでいる日本人です。ただ……なかなかの曲者でして」
「口を割らせるのが我々の仕事なのだが、のらりくらりとかわされてしまう」
捕捉したのはこの町を管轄に含む警察機関から出向した捜査員だ。
ますますティナは、ISパイロットである自分が呼ばれた理由が分からなくなった。
「工場周囲をうろつく人影が複数あったと。そして空を飛ぶISの機影はなかったという証言が得られました。夜明け前だったので空は明るく、ステルス機能を有していない無人機ではまず目につくはずです」
「爆発物は何物かの手によって直接置かれた。そしてそれが誰かという段階になって、協力者は口をつぐんだ」
さっさと割らせろ、それがお前たちの仕事だろう――内心をティナは必死に押し留めた。
その直後だった。
「自称している名は
「…………は?」
まるで予期していなかったタイミングで、名を呼ばれ、ティナはぽかんを口を開けて固まった。
「
町の一角にある喫茶店のテラス席で、黒髪単発の爽やかな日本人がティナを待っていた。
見覚えはない。声紋も記憶にない。まったくの初対面であることは明白だ。
「……どうも。ティナ・ハミルトンです。ええと、ショータさんですね」
「はい。どうぞおかけになってください」
二人はテラス席に座った。ティナがアイスコーヒーを頼んだ。ショータはビールを飲んでいる。
「いやあ昼間から、それも業務中の方の前で飲むべきではないと分かっているんですが……性分でして」
手の震えはない。顔色も悪くない。アルコール依存だとしたら随分健康的だ。
おそらくこれは交渉する上での挑発だろうとティナは推測する。ナメられたものだと歯噛みした。
「何故私を?」
コースターが置かれ、その上にアイスコーヒーのグラスが乗せられた。水滴が一つ、グラスの表面をなぞっている。そこに映り込む自分の顔がこわばっていることに、ティナは見てみぬふりをした。
「ISが必要になると思ったんですよ」
「……暴動の鎮圧かしら、それなら機動隊で十分でしょう」
ティナが町道を見て、ショータもそれに従った。
ストリートを埋め尽くす人の群れ。喫茶店にたどり着くのも一苦労だった。皆一様に看板やプラカードを掲げて行進している。
『町の不要物は立ち去れ』――ご機嫌な煽り文句だと思った。
彼らは爆破された工場で働いていた単純労働者だ。ティナからすれば会うことなどほとんどない、違う世界の住民。別に悪感情を抱いているわけではない、純粋に住む世界が違うだけだ。それがこうして群衆となり、ある種の軍隊となって、町を席巻している。
「誰の入れ知恵なのか、ぜひ知りたいわね」
捜査員から聞かされていた。このデモの主催者は、他ならぬ、対面に座るショータだ。
町の若者を通じて、仕事を失った大人と接触した。爆破されたオーウェル社は彼らに代わりの仕事を用意できなかった。父親は家で鬼神となり、若者がショータに助けを求めた。
ショータは行進デモを粛々と企画した。誰もが参加した――叫ぶべき不満は山ほどあった。
健全に大声を出し、疲れ果てた父親たちは、家で優しくなった。酒が回っても暴力を振るう元気がない。やがてそうした日々が続き、労働によって溜まっていた鬱憤が消化され、父親は父親に戻った。若者も母親もショータに感謝した。住民の九割がそうだ。
「僕は健全で合法的な手段を教えたつもりですよ」
「……そうね」
一気にアイスコーヒーを飲み下した。ショータの勧めたデモに違法性はない。しょっぴく理由は何一つとしてない。
むしろ町の人々からすれば感謝されて当然だろう。捜査員から渡された資料によると、彼は町中の企業に口利きして、失職者に仕事を紹介しているらしい。手つかずだった林業、流通経路として町を介させる商業、ありとあらゆる仕事を無理矢理拡張させ、人員をあてがい、結果として利益を生んでいる。
このショータという男の手によって、町そのものが大きく変貌した。オーウェル社の工場ありきだったはずが、まるでその存在を不必要としていた。
「喉が渇きましたか?」
ショータがビール瓶をからんと鳴らした。ティナは腕時計を見た。勤務時間だ。出向中。国を背負うパイロットが交渉役として派遣され、ZARAすらない町の喫茶店で薄いコーヒーを飲んでいる。
元凶に誘われるのは癪だったが、割り切った。いら立ちの矛先は、彼自身よりむしろこんなくだらない仕事を自分に割り振ることを良しとした上層部に向けられていた。
店員が持ってきたビールはハイネケンだった。ショータのお気に入りらしい。バドワイザーはないかと問うと、店員は首を横に振った。
「こいつもなかなかいけますよ」
「……あたしが怒られたら、あんたも共犯よ」
「そっちが素ですか」
からからとショータが笑った。いたずらが成功した子供のような笑みに、ティナは肩から力を抜く。
泡がいまにもこぼれそうなグラスが二つ、ぶつかって小気味いい音を立てた。
「それで、ISが必要って?」
「はい。町の人から聞いたんですが、怪しいISがいるんです」
「は――!?」
グラスを取り落としそうになった。
一体どういうことだ。
「あー、工場の爆破には関係ないですよ。ISの噂は、
「……なるほどね。でも、どこかの警察機関が上空から写真を撮るためだったかもしれないわよ」
「まさか、そんなのドローンがやることでしょう。わざわざISが来るとは思えない」
「噂は所詮噂じゃない」
「僕の実績、お聞きになったでしょう? これでも商売には自信があるんです……その上で大事なのは勘ですよ。僕の勘が言ってるんです。ISは爆破事件の犯人じゃないけど、爆破事件に関係ありますよ」
「……なるほどね」
理屈は通っている。その勘とやらが正しければ、だが。
「だからアメリカ代表候補生だったこともあるハミルトンさんをお呼びしたんです。お噂はかねがね聞いていますよ。IS学園でも優秀な成績でしたね」
その言葉に、ティナは面食らった。
IS学園――怪物のような同期に囲まれ、成果はまったく出せなかった。ルームメイトだった少女がテレビの画面の向こう側で活躍しているとき、自分はワンルームの自室でぼんやりと酒を飲んでいた。それだけだ。
「冗談でしょう?」
「
「……他人事みたいね。同郷でしょうに」
顔を何度も見た。ルームメイトを介して話したこともある。
織斑一夏。ティナの同期最大の傑物にして英雄。そして今や、国際指名手配犯。
「有名過ぎて、どうにも。芸能人のような存在ですよ」
「そ」
ビールをぐいを飲む。彼への恋に四苦八苦していたルームメイトは、今どんな気持ちなのだろうか。
彼の凶行に対して各国はコメントしているが、個人としてコメントした人間は未だいない。衝撃であり、困惑であり、ティナ自身まだ実感はない。
「だからティナさん、しばらくこの町にいてください。きっと出てきますから」
真摯な瞳で依頼され、けれどティナは内心でどろどろとした負の感情が湧き出るのを感じた。
同期の中でも自分に依頼が来たのは、それは同期は到底呼ぶことのできない存在だからだ。自分はそうではない。もちろん十分に高い地位を得ているという自覚はあるが、それでも知り合いに比べたら
「良ければ町を案内しますよ。きっと今、ここで一番詳しいのは僕ですから」
「……そうね、お願いしようかしら」
醜い考えを無理矢理振り払うようにして、ティナは申し出に応じた。
男性にエスコートされた経験はない。訓練と演習ばかりの毎日。もう一種のバカンスと割り切った方が良いかとさえ思った。
半分ほど残っている瓶ビールを片手に、二人は喫茶店から外に出た。デモが声高に叫んでいる――もう職を得た人も仕事の合間を縫って参加し、まだ職を得てない人は、労働者が寄り集まった組合から支給金を受けつつ、デモに率先して取り組んでいる。
オーウェル社は工場の復興をしたがっているが、迂闊にはできないだろう。
「オーウェル社の方とは?」
「今後会談をする予定よ。まさか自分も行かせろなんて言わないわよね?」
「まさか。僕が行っても話すことなんてないですよ。ただ、早く出ていくべきだとアドバイスするぐらいですね」
ショータは笑って、デモを眺めながらビールを飲んだ。
デモ隊の一部がこちらに振り向き、ショータに手を振る。
「ショータさん、浮気かー!?」
「違うっつーの! シャレなんないからやめろ!」
まだ死にたくねーぞ! と叫ぶショータに対して、デモ隊たちが大声で笑う。
「……彼女さんがいるの?」
「ビジネスパートナーです。でもまあ、恋人って通した方が早いんで……男女一組で仕事してるとすぐそういう扱いされるんですよ」
憂鬱そうにつぶやくショータに、彼も彼で苦労があるんだな、とティナは思った。
「それで、どこに案内してくれるのかしら?」
「失職者の手で改装した町の美術館があります。かなり良くなりましたよ」
歩幅を合わせてくれているショータの横で、ティナは町の空気を吸った。何かの憑きものが落ちたように、清らかな空気だった。
今回主人公大嘘しか話してないっすね……
感想評価感謝です。頑張っていきます。