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爆音、崩落音――それらに気づいた瞬間、デモ隊は呆然と空を見上げた。
かつて町に君臨していたオーウェル社の管制タワーが、その最上層部が、綺麗に一つのフロアを丸々吹き飛ばされ、落下している。
天墜する鉄の塊を、群衆も、機動隊も目を見開いて見つめた。
危機にあるとしたら――まさにタワー最上階にいたであろう、会談に参加していた人間だ。
「ファングッ! ショータはどこッ!?」
『熱源多数、確認不可』
専用機としてあてがわれたISの愛称を叫んで、ハイパーセンサーを起動させるもうまく動いてくれない。
落下するビルの中で、ティナは目を血走らせて人影を探す。
爆発は会談を行っていた部屋を直接吹き飛ばしてはいない。一つ下のフロアが吹き飛ばされ、ちょうどだるま落としを失敗したかのように最上階が落ちているのだ。
(近くにいるはずッ――この高さ、生身じゃ助からない!)
内心の絶叫は、ほとんど悲鳴だった。
ISを展開したティナならば無傷で済む、そもそも地面に落下することはないはずだ。
だが生身であの場にいた二人は違う。
「ハミルトンさん――ッ」
名を呼ばれ、ほとんど反射的に、視界を横切った腕をつかんだ。
スーツに包まれた細い腕。アメリアだった。
「ショータはっ!?」
「――――」
当然、自由落下中のアメリアに返答する余裕はない。先ほどティナの名を呼べたのは、最後の力を振り絞ったものだ。
周囲を見渡しても人影がない。どうする、どうすればいい。
焦燥が体感時間を引き伸ばした。ハイパーセンサーが全力稼働し、周囲を探る。
鼓膜を突き破る騒音と共に、ビルが地面に激突した。
ティナは立ち上がり、ISを身にまとったまま周囲を探った。
群衆のどよめきとサイレン音が響く。
腕の中で、ぼんやりを目を開いたままのアメリアが呻いた。
彼女の身体を地面におろして、楽な姿勢にした。それから立ち上がって、もう一度周囲を見た。
ショータの姿はない。
どこにも見当たらない。
「…………」
とっくに理解していた。恐らく肉片に変わり果てているのだろう。
捜査官たちが近づいてくる。それを呆然と見ていた。
「ハミルトン操縦士、爆破テロです! 工場の件と何か関係があるかも……!」
「……そうね」
恐ろしく底冷えした声だった。犯人への憎悪が、一拍遅れて胸中に膨れ上がった。
「でも、一人多分、どこかにいるはずなの」
ティナが静かな眼差しで瓦礫の山を見渡した。
捜査官らもそれにならって辺りを見て、沈痛な面持ちになる。
「ショータさんですか」
「……ええ」
「……探しましょう」
「……話したの?」
捜査官はしゃがみこんで、小さな瓦礫の破片を手に取った。
「お二人は、その、よく話題になっていましたから」
「……ごめんね」
「捜査されていたと理解しています。仕方ないことです」
会話は乾いた声で交わされた。ティナはふと、視界がにじみそうになった。
群衆が叫んでいる。うるさい。ISは身にまとったままだ。空中に砲撃でも飛ばしてやれば黙るだろうか。危険な、やけっぱちになった思考だと冷静な自分がどこからか観察している。初めて惚れ込んだ男だった。大切に思っていた。一瞬で消えてなくなった――群衆がうるさい。空を指さして何か叫んでいる。
「……ハミルトン操縦士。戦闘時用のメンタルメディセットはありますか」
「…………え?」
問われたのは、精神を高揚させ戦闘に向いた状態に切り替えるための薬物。
首を横に振った。そんなものがあるはずがない。
「では、今から、全力で戦闘機動を行えますか」
「何が言いたいの」
捜査官が無言で空を指さす。彼はずっと上を見上げていた。
ティナは顔を上げた。青空だ。黒点が一つ浮いている。呼吸が止まり、目を見開いた。
ISがいた。
白いウィングスラスター。視線認証から、愛機『ファング・クエイクⅡ』が即座に識別名称をはじき出した。
型式XX-01。
第三世代機。
日本製。
銘は『白式』。
操縦者――
「織斑、一夏……!?」
愛機が最大音量でアラートを鳴り響かせると同時、ティナの精神が完全に切り替わった。
鍛え抜かれたISパイロットは、薬物に頼らずとも精神を完全に調整することができる。
「貴方……どうしてッ!?」
「どうしてって、決まってんだろーがよ」
一夏は酷薄な笑みを浮かべて、高度を下げた。
既にそこはティナが一呼吸で拳を叩き込める距離だ。距離だけなら。
それが不可能であることなど嫌というほどに知っている。隔絶した実力差。一対一なら
間違っても、ティナのようなレベルのパイロットが挑んでいい相手ではない。
けれど。
「ビル吹っ飛ばしただけさ。テロリストのたしなみってやつだ」
その言葉を聞いた瞬間に、ティナの理性は蒸発した。
「お前ええええええエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!」
背中が白熱する。『ファング・クエイクⅡ』が装備する背部スラスターが瞬間的にエネルギーを放出、そして再度取り込む。
旧式よりも向上した性能と、補佐するように花開いた脚部展開装甲により、ティナの身体がはじき出された。真正面から――と見せかけ急制動、一夏の眼前で姿がかき消える。
「
驚くべき技量と胆力だ。並みの代表候補生にはとてもできない。
この時点で、ティナ・ハミルトンが怪物の世代にうずもれた、もし生まれる時期が違えば傑物と名高く呼ばれていたであろうことは想像に難くない。
だが――
「俺相手に通用すると思ったのか」
振り抜いた拳が、一夏の横っ面を捉えたはずだった。ティナにとって人生最速といってもいいほどのスピードだった。
わずかに首を傾げただけで、その右ストレートが空を切った。驚愕に背筋が凍る。至近距離で一夏が口を吊り上げた。
「失せろ」
腹部に右足が叩き込まれた。スラスターの加速を乗せた蹴りに、絶対防御が発動する。大幅にエネルギーを削られながら、ティナがISごと吹き飛ばされる。
「――ッ、まだッ!!」
「いや、終わりだ」
ティナのリカバリーは神がかっていた。空中できりもみ回転している間にスラスターを微調整、一瞬だけ吹かすことで回転を打ち消し瞬時に体勢を安定させてみせた。
そう、
「『零落白夜』、起動」
蒼いエネルギーセイバーが振り抜かれた残影のみが、ティナの視界に映った。
愛機がエネルギーを一瞬でゼロにされ、訳も分からず地面に叩き落された。立ち上がろうとした瞬間に、腹を踏みつけられた。逆光の中、太陽を遮るようにして見下す一夏の表情は見えない。
「お、ま、えェェェェッ」
憎悪の声が迸る。
ビルを吹き飛ばした犯人だと名乗った。織斑一夏が本当にテロリストかどうかに確証なんてなかったが、今、それを得た。
超えてはならない一線を超えた。かつての同期であり、ルームメイトの恋の相手は、ティナにとって殺し尽くしても足りない仇敵と化した。
「は、ハミルトン操縦士……!」
戦闘を見守っていたアメリアも捜査官も、顔面蒼白で一夏を見た。
「あなた――」
アメリアが口を開いた。
「ま、さ、か」
愕然と、周囲とは違うリアクションを取っている。それが何故か、ティナの視界にちらついた。
「限定解除」
【Second Shift】
一夏のISが姿を変える――見覚えのある第二形態だった。左腕が複合武装に変化した。本気の一片たりとも出していなかったということだ。ティナが悔しさに涙をにじませる。
その様子を無感情に見下ろしてから、一夏は荷電粒子砲の砲口を、アメリアに向けた。
間違っても人間相手に向けていいものじゃない。
「な――」
ティナが何か言おうとした、アメリアは目を見開くことしかできなかった。
発射されたビームが、アメリアの上半身を消し飛ばした。
「……じゃあな」
一夏は用は済んだとばかりに告げて、空中へ飛び去って行く。黒点は浮かび上がり、ステルス機能を発動してかき消えた。
腹部の激痛に顔をしかめながらティナは立ち上がる。歯噛みした。何もできなかった。今すぐに地面を殴りつけて叫びたかった。捜査官が彼女に肩を貸そうと近づき――立ち止まり、目を見開いた。
何かを見て、固まっている。ティナはそちらを向こうとして、バランスを崩した。
情けないと、自虐的な笑みが浮かぶ。地面に倒れ込む、寸前、誰かが彼女の身体を支えた。
「っと、大丈夫ですか、ティナさん」
この一週間ほど、ずっと聞いていた声だった。
ティナ・ハミルトンは自分の聴覚が完全にイカれたことを疑い、顔を向けて、次に視力を疑った。
「……しょーた?」
「ええ、さっき意識を取り戻したんです。いやあ死ぬかと――」
「ショータああ――――――――っ!!」
叫びと共にティナは彼に抱き着き――二人そろって、仲良く瓦礫の中に倒れ込んだ。
「じゃあな。これから先、どうやっていけばいいかは全部指示書にまとめてある」
バートン総合商社の社員らが、一様に寂しげな目で俺を見ている。
「ショータさん、行ってしまうんですね」
「俺は所詮風来坊だ。今までと同じさ。やれることやったら次の場所に行くんだ」
その言葉に、苦笑いと、尊敬のまなざしが向けられる。
相棒のノホホンは既に町の外で車に荷物を運び込んでいるはずだ。
「あの、ショータさん」
最初に利用した若者たちが、俺に近づいてきた。
「
「気にすんな。俺だってここまでうまくいくとは思ってなかったさ」
朗らかに笑い、連中のあたまをかき混ぜる。くすぐったそうに彼ら彼女らはされるがままだ。
爆破事件の実行犯として覚悟を決め、俺と最後まで付き合ってくれた――
――ワケがねえ。こいつらは全員、あの夜の記憶を失っている。
声を変える薬だと? そんなものはない。あの時服用させたのは、遅効性の、精神を不安定にさせる薬だ。爆発直後、こいつらはこぞって俺の下にやって来た。爆破の実行犯となってしまった、だけでなく、薬によって極度に不安定な状態だった。
そこに漬け込むのは容易だ。俺の命令に素直に従うよう、かつ、その夜はずっと家にいたと自分で信じ込むよう、精神を誘導した。
「達者でな」
「ショータさんも!」
「彼女さん泣かせちゃだめですよ!」
彼女さん――ねえ。
この町で俺の恋人と言うと、みんな二人の名前を挙げるんだけど、おかしくねえ? 俺一人しかいないぜ。
商社のオフィスを出て、町を進む。町の出口に、捜査官たちが並んでいる。
「……結局貴方の予想通りで、かつ、私は信頼に応えられなかったわね」
真ん中にいたティナの言葉に、俺は苦笑した。
「そんなことないですよ。あの時、僕を守ってくれたじゃないですか」
「ねえ、あんたも楽にしていいわよ?」
「ん、あー、そうか?」
口調を崩すと、ティナは嬉しそうに笑った。
…………やっべえ。この女チョロ過ぎるだろ。マジでここまで俺になびくのは想定外だった。そりゃあ、多少はカッコつけたり頼られるように立ち回ったりはしたよ? でもこんな即惚れる奴いる? しかもクッソ重い。織斑一夏として相手してた時殺されるかと思ったもん。
「次は何処に行くのかしら」
「風の吹くままさ。俺はこれまでもずっとそうだった」
大嘘である。次に行く、つまり次に滅茶苦茶にする町はもう決めてある。
「ねえ……これ」
「ん?」
紙切れを渡された。今時アナログだな。
書かれた文字列はメールアドレスのようだった。いやこれまさか……
「わ、私の、プライベートアドレスよ」
「……はは」
なんで恋人気取ってんのこいつ?
「じゃあ、いつかまた会おう」
必死に動揺を隠しながら、気丈にふるまう。
ティナは一瞬目を伏せてから、がばりと顔を上げた。
「ちょっと、ショータ」
「うん?」
腕を掴まれ、思いっきり引き寄せられた。捜査官が口笛を吹いた。
ああクソ、そんな耳真っ赤にするぐらいなら、やんなきゃいいだろ――
ゼロ距離になった彼女の顔を見て、俺は観念して瞳を閉じた。
「おーそーいー!」
「悪かったっての」
ノホホンは車の横で、ぷんぷん起こりながら俺を待っていた。
荷物は全部積み込んであるようだ。
「それで、あの人は……」
「今回唯一の犠牲者だな。運が悪かったんだよ」
口早に告げるも、まるでノホホンは納得してねえ。当然だわな。
「……ねえ」
「あん?」
「ショーショーはさ、
その問いに、俺はしばし沈黙し。
「いや、
「……そっか」
ノホホンは嘆息してから、車の助手席に乗り込んだ。運転は俺かよ。
運転席に座り、シートベルトを締める。
「次からはちゃんと私も連れて行ってよ~、毎日毎日、書類整理とかー、爆弾製造とかー、挙句の果てには爆破スイッチ役とかー、内職ばっかで部屋から全然出れなかったじゃん~」
「悪かったと思ってるさ。最初だからあんまり勝手がわからなくてな。お前に傷ついてほしくなくて、安全な場所にいてもらいたかったんだ」
ティナ相手にショータを演じていた時とは違う、百パーセントの本心だった。
ノホホンは面食らったように動きを止めると、パーカーのフードを被ってうつむいた。湯気が出てるぞ。
「……ありがとー」
「どういたしまして」
自分で言っておいてなんだが、クッソ恥ずかしい!
やめだやめだ! ラジオでも流して気を紛らわそう。そう思って俺はカーステレオを立ち上げた。
「そろそろ出発するぞ。忘れ物ないよな」
「多分~」
陽気な声でニュースが読み上げられる。
『爆破テロ事件の犯人である織斑一夏の行方はつかめず、捜査当局は遠方まで逃走した可能性があるとして、全国土を範囲に調査を進めていく方針です』
おっと人気者はつらいね。
ISを使って個人的な活動をするテロリストなんて物珍しいから、皆連日連夜騒ぎ立てている。
街中でサインをねだられる日も近いか。
『続いては芸能ニュースです。皆さんもうご存知でしょう――あの! 我が国きってのホープであり、隠れたファンも多いであろうティナ・ハミルトン操縦士に春がやってきましたっ!』
運転席のドアを蹴り破ろうとした瞬間、首元に狐の尾を模したブレードが突きつけられて、俺は泣きそうになった。
嘘だろ……このタイミングで死が来るのかよ……
『市民からの情報提供によりますと、なんとお相手は先ほどのニュースにあったテロ事件について捜査協力を申し出た一般人ッ! 町にふらりと訪れ、商売繫盛していた東洋人だそうです! 二人で捜査を続ける中で愛が育まれていくとは、めったにないラブロマンスですねぇ~~!』
そりゃあ良かったな。ところで俺も今、めったにないサイコホラーに遭遇してんだけど、責任をどうとってくるつもりだ? ああん?
「おりむー……私を部屋から出させなかったのって……」
「いや、違う、本当に今回ばかりは違うぞ。マジで違うんだってそれは――」
『おっとなんということでしょう! まさに今、噂のお二人が、町の出口で別れのキッスを交わしている写真が届きましたァァァァァッ!』
テンション上げてんじゃねーよ。こっちは危機レベルが上がりっぱなしなんだよ。
「おりむー?」
もはや偽名で呼ぶ余裕などないらしく、致死の刃を俺の喉に押し付けてくる。ちょっと! 死ぬ! シャレになってない!
「クソが! やってられっかよ!」
俺は一瞬のスキを突いて車から転がり出て、そのまま走り出した。
無論背後からすぐさまエンジンの駆動音が鳴り響く。後ろを見ると、般若そのものを背後に顕現させたのほほんさんが、アクセル全開で俺を追いかけてきた。
「ちくしょ~ッ! もう爆破テロなんてこりごりだ~~ッ!!」
哀れな男の絶叫は、幸いにも、ティナ・ハミルトンまで届くことはなかった。
感想評価ありがとうございます。
引き続き、やっていきます。