狂い咲く華を求めて   作:佐遊樹

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書き始めてから気づいたけどあらすじだけじゃキャラとか分かんないわ


第一部 散発索敵
第七王女がのじゃロリって本当ですか!?


「ひょっひょっひょ、おぬしにしては早い反応じゃったのう」

 

 蒸し暑い密林を前にして、ここまで案内してくれたおんぼろワゴン車の運転手に別れを告げる。

 ここから先に進む相方は目の前にいた。

 

「どうした? わらわの美貌に見惚れおって」

 

 ルクーゼンブルク公国の第七王女(セブンス・プリンセス)――アイリス。

 最初に出会った時、俺はまだIS学園の生徒だったか。

 彼女はそのころとさして変わらない外見を維持していた。何だったか、現状維持は女の最大の難問だ、とセシリアが言っていた気がする。

 アイリスがいかなる方法で若さというか幼さを維持しているのかは分からないが、白を基調とした豪奢な衣服でなければ、夏の旅行に来た子供に見えただろう。

 

「いや別に。とにかく、ここまで呼びつけたからには……あるんだろうな」

「ひょひょっ、そう殺気立つでない。既にデータは送ったはずじゃぞ」

「分かってる」

 

 年を重ねるにつれて、自分でも感情の制御がだんだん利くようになったつもりだ。

 けれどどうしても、()()に関しては抑えが利かなくなってしまう。

 

「移動はこいつじゃ」

「骨董品だな」

 

 トヨタ製のカローラ。もちろんガソリンタンクは取り外され、完全電力式になってはいるだろうが、未だ現役で使っている場所があるとは恐れ入る。

 もちろん現地で改修されている、タイヤ周りは密林を走破するためにごつくなっている。銃弾を受けてもパンクしないだろう。

 アイリスは親指で運転席を指した。

 俺はネクタイを緩めてカローラに向けて歩き出す。

 

「おぬし、スーツは脱がんのか」

「防弾素材だ」

「なるほどのう、随分と用意のいいことじゃ」

 

 舌打ちを返す。お前だって、スキンバリヤーを張っているだろうに。

 俺は運転席に乗り込むと、ざっと計器を確認した。ガソリンは満タンだ。予備のタイヤも一つ格納されている。

 

「――所属不明のIS」

 

 助手席に乗り込んできたアイリスの言葉に、俺はハンドルを握る力を強めて、アクセルを踏み込んだ。

 

「おぬしが血眼になって探す、()()かもしれんの?」

「……確かめるまでだ」

 

 鬱蒼と生い茂る密林の中を、場違いな駆動音を響かせながら、カローラが疾走し始めた。

 

 

 

 

 

 所属不明のISが確認されたのは、 ルクーゼンブルク公国が親交を結んでいるA国から、国境線をまたいで数十キロの地帯。

 熱帯雨林が空を覆い、蒸し暑さに汗が止まらないこの地域。

 情報提供者であるアイリスは意気揚々と、目撃情報をよこした村落の人々に聞き込みを始めていた。

 

 仮にも第七王女である彼女のこうした暴挙には、もう慣れたものだ。

 今頃本国では大騒ぎだろうが、誰もが心の底で、ひょっこり帰ってくることを確信している。

 彼女はそういう存在なのだ。

 

「ほれどうした。おぬしも聞き込みをせんか。捜査の基本はこれじゃぞ」

 

 健康的な両足をぱんぱんと叩き、アイリスが笑う。

 

「王女の言葉じゃないな」

「ふん、貴様がそれを言うか。世界唯一の男性IS操縦者」

「……チッ」

 

 座り込んでいた丸太から腰を上げ、ISの通訳機能を立ち上げる。

 周囲から聞こえる言葉を自動で広い、ヒットした言語を選択。

 

『なああれが、捜査に来た人か?』

『二人だけみたいだな』

『おーい、マキムの婆さんの部屋、空いてたか? 客人用に掃除しとけよ』

 

 声が飛び交っている。どうやら俺とアイリスが泊まる部屋を工面してくれるようだ。

 

「何か情報は」

「既に知ったものばかりじゃ」

 

 つまり、俺の下にアイリスが送ってきた情報通りか。

 

 ――この地区では、金鉱の存在がまことしやかに噂されている。

 金鉱だ。この地球上で、かつて最も価値があった物質。

 今となってはもう時代遅れで、仮に金鉱をモノにしたところで世界に名をとどろかせることなどできない。この地区で住む人々からすればお宝かもしれないがな。

 そして金鉱を掘り当てるための工事が進みそうになったところで、機材類一切が突如爆破された。

 

 目撃されたのは、その時だ。

 工事現場から命からがら逃げだした作業員らが、飛び去るISの影を見た、らしい。

 

 コアネットワークにアクセスしたところ、公的に存在が確認されているコアはいずれも所在が明らかになった。つまり、政府が公に所持しているコアを搭載したISの仕業ではない。

 ならば政府が秘密裏に所持しているIS、なのかもしれない。

 

 けれど俺は、そうじゃない可能性を知っている。

 

 世界中の政府も俺と同様に、彼女を必死に探している。

 かつての戦い、亡国機業による世界紛争を、俺と共に駆け抜けた少女。

 

「リミットはどれくらいじゃ?」

「もうセシリアと鈴とシャルロットとラウラ、簪まで連絡を寄越してきやがった。粘って二日だな」

「ひょっひょっ、あやつらはおぬしの()()に関してはよく思うておらんようじゃからな」

 

 俺に協力してくれる人と言えば、それこそアイリスぐらいだ。

 一応は現更識当主も、俺に諦めるよう説得しつつも、情報は流してくれている。

 各国代表となったかつてのクラスメイトらは、あるいは戦争を共に戦い抜いた上の世代のエースらは、俺のこの行いに真っ向から反発している。

 

 仕方ないと思う。

 いい加減に前を向けと思うこともある。

 

 我ながら女々しいやつだ。

 

「現場はここから数キロ離れておる。機材類は破壊されたまま放置されておるな」

「今日は現場確認で終わりだな」

 

 俺は首を鳴らしてから、現地の人の案内に付き従って歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 日が暮れ、俺とアイリスは出された食事を平らげた後、狭い部屋でうんうん唸っていた。

 

「分からぬ。あの破壊のされ方が分からぬなあ」

「ああ。あれはまったくもって、ISでする必要のない破壊だ」

 

 機材類は銃弾を撃ち込まれスクラップと化していた。

 しかしながら、それならばISを使う必要などないではないか。ただ武装した勢力に襲わせればいい。

 

「やはり金鉱が原因かのう。利権がらみなら説明はつくのじゃが」

「この村落は、お前の国とつながりがあるんだろ。そのあたりは知らないのか」

 

 ルクーゼンブルク公国と通商を結んでいるのはA国だが、やはり近いということで、隣国であるB国に所属するこの村落からもルクーゼンブルク公国へ出稼ぎに集団渡航した人々がいる。らしい。

 そのつながりで、A国とB国をめぐる情勢が分かればいいのだが。

 

「それが妙なことになっておる」

「何?」

「――――――」

 

 アイリスの説明に、俺は思わず眉を寄せた。

 これは思っていたよりも、まずいことになっているかもしれないな。

 

「で、明後日で帰るのじゃろう。解決は間に合いそうか」

「明日で大体のことは分かるはずだ」

「さすがじゃな!」

 

 膝を叩き俺をほめそやしてから、アイリスはベッドに飛び込む。

 

「では今日はもう休むとしようか。ほれどうした、わらわの嬌声を聞こうとはせんのか」

「……お前はなあ」

 

 疲れてんだよこっちは。地味に歩いたしな。

 

「最後に確認なんだが。この村落の連中に、俺たちはどういう立場で来たと思われてるんだ」

「無論、ルクーゼンブルク公国から事態を確認するために訪れた、単なる捜査員じゃ。武装は拳銃のみ」

「了解した」

 

 俺は椅子に腰かけたまま、目をつむる。

 

「おーい。据え膳、とやらはどうしたのじゃ日本男子よー」

「……俺はロリコンじゃない」

「こちとらアラサーじゃぞ!」

 

 瞬時に沸点を超えて、アイリスが俺の首根っこを掴みがくがくと揺さぶってきた。

 寝かせてくれ、頼む。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、ぐーすかと眠りこけるアイリスをベッドに放置して、俺は宿を出て密林の中を歩いていた。

 椅子で寝たせいで身体が軋む。血流が滞っているのが分かる。俺もそろそろ三十路だ、あまり無茶をすると後で響く。

 それは分かっているのだが、どうにもこればかりは止められない。

 

「……ISによる破壊か」

 

 午前中は聞き込みに当て、ついでに監視カメラの映像を確認した。

 確かに工事現場に飛来し、空中から銃撃を浴びせ、それから空の彼方へ飛び去って行く機影は確認できた。

 しかしあの程度の働きをするために、わざわざISを使うだろうか。

 

「金鉱を欲しがる勢力は、二つ」

 

 一つは、ルクーゼンブルク公国と親交を結ぶA国。

 一つは、当然ながらこの村落を有するこのB国。

 

 順当にいけば利権はB国にある。

 つまりISを寄越して妨害するとしたら、それは隣のA国だ。

 

「……ここか」

 

 工事現場だけでなく、村落も見渡せる小高い丘。

 ジャングルをかき分けた先に見えたそれは、天日に照らされ神々しい雰囲気に満たされていた。

 一歩一歩進む。靴に付着した泥が、乾いた草に落とされていく。

 

 午前中を村落での聞き込みに費やしたが、まるで成果はなかった。彼らも事情をいまいち把握していないのか、あるいは。

 

 丘の頂上に着く。

 

「――――――ッ!」

 

 そこから見えた光景に、俺は拳を握った。

 アイリスにとっては、つらい結果となるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「む、どこへ行っておったのじゃ! もう少しで捜索隊を組むところであったぞ!」

 

 村落へ戻れば、アイリスがぷんすか怒りながら俺の鎖骨をグーで殴ってきた。

 さらりとそれを避けてから、心配してくれていたらしい村落の人々に礼を言う。

 

「悪いな、少し周りを見ていた」

「成果は?」

 

 無言で肩をすくめる。

 脛に鋭いローキックが飛んできて、飛び退く。

 

「ええい、一度ぐらいは当たらんか!」

「悪いがそういうのには慣れていてね。竹刀でも持ってこない限りは当たってやれない」

「ムキー!」

 

 地団太を踏むアイリスを放置して、俺は傍に立っていた男性の肩を小突いた。

 

『え、あ、はい何でしょう』

 

 ISが翻訳してくれた日本語が脳内に流し込まれる。

 便利なものだ。通訳者が次々と失業した理由でもあるわけだが。

 

「今日の夜で帰る。特にISの足取りは掴めなかった……工事はそのうち再開するだろう」

『工事を再開したら、またあのISが来ませんかね』

 

 不安そうにしながら、彼はそう聞いて来た。

 

 俺は口元をゆがませ、彼の肩を握る手に力を籠める。

 

 

あんたの方が知ってるだろう?

『…………ッ!?』

 

 

 男は俺の手を乱暴に振り払った。

 それから、鋭い目つきで俺を睨む。

 

「アイリス、部屋に戻るぞ」

「ん? おお、分かった」

 

 彼女を連れ立って、宿へと戻る。

 背後で、男が周囲に何かしら話すのが聞こえてくる。そのひそめく声が、共鳴するようにしてざわめきとなり広がっていく。

 

 宿として借りている家の階段を上がり、二階の部屋へ入る。

 後ろ手にドアを閉めてから、俺は上着を脱ぎ捨ててネクタイを解いた。

 

「お、おい。さっき、おぬし何をしたのだ。何か、様子がヘンなのじゃが……」

「夜には分かるはずだ。それより」

「む?」

 

 アイリスの肩に手を置いて、ぽんと押す。

 華奢な身体が仰向けに、ベッドに転がった。

 

「む、お、あれ? いやおぬしまさか嫌な癖が――」

 

 唇を押し付けて、うるさい口を黙らせる。

 悪い癖というのは、鉄火場を前にするとどうしようもなく身体が火照ってしまう俺の習性のことだろう。

 

「ぷは! いや待て待て! おぬし昨晩はまるでつれなかったくせに何をッ」

「お前も昨日こうすりゃよかったじゃねえか」

 

 衣服を乱暴にはぎ取って、床に落としていく。

 俺は彼女の身体に覆いかぶさって、凄絶に笑った。引きつった笑みを浮かべるアイリスの瞳には、一匹の獣が映り込んでいる。

 

 

 

 

 

 

 日が落ちて、再びスーツを着込んだ俺は、宿の出入り口に立っていた。

 アイリスは息も絶え絶えになっていたが、もう少しすればここまで降りてくるだろう。

 

『……ミスタ。一体何の話でしょうか』

 

 呼びつけた村落の人々に向かって、俺は指を立てた。

 

「なんだっけか、この村の名前」

『……アリミスルですが』

「ああそうだったな。うん。アリミスル村」

 

 俺は立てた指を、地面と水平に、銃口のように構えた。

 

「金鉱があるかもしれない、と知って、あんた達は沸き立った。工事を誘致して、作業員をもてなし、金をいくらか分けてもらうことを期待した」

『ええ、それはまあ、仕方のないことです。うちからも働き手を何人か出しましたし、その利益が我々に恵みをもたらすことは、期待しますよ』

 

 男の一人が薄く笑いながら言った。

 人々もその言葉に応じて、穏やかにほほ笑む。世俗的な笑いだ。誰だって、生活が楽になるならそれに越したことはない。

 俺もそれが分かっているからこそ、応じるようにして薄く笑った。

 

「ここはアリミスル村じゃないな?」

 

 視界に広がっていた笑みが全て、一瞬にして引っ込んだ。

 夜闇の中、村を照らす篝火が、彼らの瞳を浮かび上がらせている。

 

「アリミスル村だった場所は、今日確認させてもらった。子供一人生き残っていない、家屋の燃え残りしかなかったがな」

『……どういうことです?』

「最初は、俺のツレの証言だった。ルクーゼンブルク公国に出稼ぎに若者を送り出した家族が、ここには一世帯もいないという。皆引っ越した、だったか。そんな嘘で俺たちを騙し通せると、本気で思ったか?」

 

 男が一人、前に出てきた。

 右手を背に隠しながら近づいてくるバカだ。

 

『失礼。貴方は何か、思い違いをされて――』

 

 それ以上何か言う前に、胸倉を掴んで地面に引きずり倒した。

 後ろ手に隠し持っていたナイフを蹴とばし、顔面を踏みつぶす。鼻の骨の折れる音が響いた。

 

 それきり、篝火が爆ぜる音だけが聞こえる。

 

「お前らのやったことだ、一から十まで説明する必要があるか? 工事現場も村落の場所も、すべてズラしたんだろう?」

 

 金鉱を掘り当てるための工事は、当初は発見したアリミスル村の人々が先導していた。

 しかし彼らはきっと、途中で工事に反対したのだろう。

 報復として村落は焼き払われ、そのカバーストーリーとして、都市伝説である『所属不明のIS』が持ち出され、俺がここに来た。

 

「工事の機材を見た。派手に爆発して、でもけが人が出ないよう、機材類は現場の一か所に密集していた。工事は既に始まっているのにだ。おかしいだろう。そもそも機材として使う予定はなかった、ただ爆破するためだけに、工事が妨害された証拠とするためだけに使ったんだ」

 

 本来の工事現場は別の場所にあるはずだ。

 そこでの工事を妨害するアリミスル村を焼き払って邪魔者を消し飛ばした。

 

「だが解せねえ。何故、工事現場を襲撃させる必要があった。アリミスル村を焼くだけで済んだはずだ」

『……だって、あいつら、A国に、金鉱の権利を売るって言うから』

 

 一人の女がそう呟き、脳内ですべてがつながった。

 

「A国に妨害の濡れ衣を着せて、世論を自国、B国主導で工事するように仕向けたかったのか。しかし何故、アリミスル村の人々はA国に権利を……」

「ルクーゼンブルク公国、じゃな」

 

 扉が軋み、俺の後ろからのろのろとアイリスが出てきた。

 思わず舌打ちしてしまう。くそ、この辺の話は、こいつには聞かせたくなかった。

 だというのにアイリスは、俺の顔を見上げて気丈に笑う。

 

「気遣い感謝するぞ。おぬしにして、なかなか相手を慮ったようじゃな」

「……うるせえな」

 

 それから、いつも見る活発な笑みはかき消えて。

 第七王女(セブンス・プリンセス)としての冷酷な表情で、アイリスはその場に君臨した。

 

「出稼ぎの者どもを通じて、ルクーゼンブルク公国に金鉱を売り払い、ついでに我が国へ移り住もうとした……彼らは貴様らを、B国の同胞らを裏切ったというわけじゃな」

『……ああ、そうだ! そうだよ! あんたたち公国に恨みはないさ、けど、あいつらは金鉱を他国に売り払い、自分たちだけ助かろうとしやがった! 許せるわけないだろ!』

『いいや、公国は話に応じてたそうじゃねえか! あんたたちも同罪だ! 捜査官だかなんだか知らねえけど、あんたらが俺たちを追い詰めたんだ!』

 

 やめろ、しゃべるな。

 末端の捜査官でも、つらい場面だってのに。

 

 この場にいるのは王女なんだ――

 

「黙れ!」

 

 俺は足元の男を、群衆の中に蹴り飛ばした。

 

「お前らの言い分など存在しない。お前らはそんな、金鉱なんてもののために、村を一つ丸々焼き払った。お前たちは平等に罪人だ」

『うるせえ!』

 

 村人たちが、それぞれの手に武器を持った。農耕用の器具や、調理用の刃物ばかりだ。

 俺とアイリスを傷つけられる代物じゃない。

 

「……一夏。わらわは……」

「考えるな。お前は正しい。正しいんだよッ。」

 

 歯を食いしばり、罵声を受け止めていたアイリスの前に割って入る。

 

「裏切っただの裏切られただの、そこに絶対的なものなんてありはしない! こいつら皆、自分の立場からモノ言ってるだけだ! 立場が理由で罪が許される道理なんてないッ」

 

 叫び、スーツの内側から拳銃を引き抜く。

 トリガーガードに指を添わせてから、叫んだ。

 

「全員武装解除しろ! 今なら間に合う!」

 

 だが彼らはまるで武器を下げない。

 やるしかないか。

 

 その時だった。

 

『来たぞ!』

 

 声につられ、人々が上を見た。

 俺もアイリスも顔を上げる。

 

 夜闇を切り裂き、一条の流星が降ってきた。

 

「――ISかッ」

 

 識別――『ラファール・リヴァイヴ』。第二世代の骨董品だ、馬鹿馬鹿しい。

 こんなものを現場で使っているのなんて、訓練校か、あるいは。

 

「B国の、機密部隊所属ISか」

 

 銃を構えていた腕から、力が抜ける。

 外れだった。

 これは違う。

 

 このISは、間違っても、深紅なんかじゃない――

 

「一夏! まずいぞ!」

 

 エネルギーチャージ音に反応できたのは僥倖だった。

 ISが両手で構えていたカノン砲は、ビーム兵器特有の駆動音を轟かせている。

 建物の影に飛び込もうとして、しかし思考を戦慄が走る。

 

「ま、さ、かッ」

 

 嫌な予感の通り、全てを焼き払う灼熱と閃光が、放たれた。

 俺とアイリスは即時IS展開。パーソナライズ機能が作動し、衣服を量子変換し瞬時にISスーツへ移行、爆熱から身を守るISアーマーが上から着装される。

 

『こいつ、村人ごと!』

 

 広範囲殲滅兵器だ。人気のあるところでの使用は禁止されているが、関係ないのだろう。

 村人は今際の言葉を残す暇なく、炭化していった。

 

『アイリス、待ってろ。終わらせる』

『……頼む』

 

 声には涙がにじんでいた。

 背後にかばった彼女に振り向くことなく、俺は炎を突き破って空中へ跳び上がる。

 

「なッ――ISだと!」

「おおおおおおおおおッ!」

 

 呼び出したブレードを叩きつけ、武装を真っ二つに割った。

 下から炎に照らされ、俺とやつのISが赤く染め上がる。でもシルエットは、俺の探し求めるそれじゃない。

 無性に腹立たしくなり、俺はワンオフアビリティを起動させた。

 刀身が、『雪片弐型』が割れ、蒼いエネルギーセイバーへと変貌する。

 

「貴様、まさか――」

「死ね」

 

 答えてやる義理などなかった。

 逃げようとバックブーストするラファールに対し、俺の第四世代機が追いつけないはずもない。

 

 瞬時に距離を詰め一閃。

 上半身と下半身が分かたれて、そいつは驚愕の表情をうかべたまま、炎の海へと落下していった。

 

「…………」

 

『零落白夜』を終了させ、空を見上げる。

 足元に広がる地獄など知らないとでも言うかのように、無言の満月が、黒い海にぽつりと浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「おぬしにしては上出来だったのう」

「スピード解決という面だけならな」

 

 俺の職場――IS学園の緊急滑走路にプライベートチャーター便で送ってくれた後アイリスはいつもの気丈さで言った。

 

「あの二国の関係は終わったな」

「まあ、そこを取り持つことでわらわがこう、がっぽりじゃ!」

「お前が巨悪みたいになってるぞそれ……」

 

 顛末として、二か国間での争いはすべて公となった。

 俺とアイリスの関与は機密事項として箝口令が出ているため、同僚ですら知ることはないだろう。

 

 金鉱は、ルクーゼンブルク公国に渡されることとなった。

 

 機密所持ISの暴露、アリミスル村の虐殺。

 それをやってしまったB国は、もう終わりだろう。

 弱腰の政府に対して軍部がクーデターを行う予兆すらある。そうなれば、出張るのはアイリスたちルクーゼンブルク公国だ。

 

 A国とて、秘密裏に金鉱をかっさらって公国に売り払おうとしたことに関して批判が上がっている。現政権の寿命は長くないだろう。それでも、公国とのつながりは断ち切れない。周辺諸国に対する唯一のアドバンテージだからだ。

 

 どう転んでも公国の得になると、アイリスは笑う。

 でもきっと、あの夜、村人たちから糾弾された声は、ずっとアイリスの中に残っているだろう。

 

 俺は滑走路の上で、アイリスの肩を抱き寄せた。

 

「む、おぬしまさか、ついに身を固める決心を……?」

「んなわけねーだろ」

「それはそれでまずいぞ。もうわらわたちもアラサーに片足を突っ込んでおる、皆内心でいい加減はっきりしろとおぬしを呪っておるぞ?」

 

 はっきりするつっても、一人いねえから仕方ないだろ。

 まあ全員たまにベッドの上で可愛がったらしばらく落ち着くから、それでなんとか引き伸ばしてるだけなんだけど。

 

「……我が公国は、一応、一夫多妻が認可されておるからな」

「本当に最終手段だな」

 

 互いに笑って、アイリスは俺の腕を引きはがした。

 

「では、また何かあれば頼るが良い」

「お前が俺を頼ってるだろ、いつも」

「そうとも言うがな! ひょっひょっひょっ!」

 

 タラップを駆けあがり、彼女は一度振り返ってから、飛行機の中に消えていった。

 吹き飛ばされてはたまらないのでそそくさと滑走路を立ち去る。

 

 学園の敷地を校舎に向かって進んでいけば、早朝のトレーニングをしている生徒が次々と挨拶をしてきた。

 

「あー、織斑センセおはよー、今度はどこ行ってたのー?」

「究極のカカオ豆を探して南米に行ってた」

「校長先生カンカンだったよ」

「千冬姉が? 今度こそ殺されるかもな……」

 

 生徒らからの挨拶を受け流しつつ、職員室へ向かう。

 飛行機の中でちゃんと学園仕様のスーツには着替えたが、どうにもジャングルとは違う歩き心地にまだ身体が追いつかないな。

 

 廊下を進み、職員室に入る。

 

「おはようございます」

「あーおりむー! やっと戻ってきたー」

「いつも通りに謎の圧力がかかって有給休暇にはなっていますが、もうやめてくださいね……」

 

 同僚となったのほほんさんと虚さんが俺を出迎えてくれるが、それどころではない。

 

「分かってますよ、気を付けます。じゃあのほほんさん、ちょいと失礼」

「お?」

 

 のほほんさんの机の下に潜り込み、呼吸法を駆使して存在感をゼロにする。

 椅子に座ったままの彼女はスカートだから、中身が見放題だ。

 

「今日は紺色か」

「うん! 前におりむーが気に入ってたっぽいからねー!」

「……織斑先生、少し話があります」

「本当にすみません許してください」

 

 虚さんが絶対零度の視線を突き刺してきたが、今は出るわけにはいかない。

 いずれ来る。多分あと三秒……二秒……来た。

 

「一夏の馬鹿はどこだァァァァァァァァァァァアアアアァァァァッッ」

 

 完全武装の織斑千冬、現IS学園校長が職員室のドアを吹き飛ばして躍り出た。

 

「校長先生おはようございますー。究極の抹茶を探すとか言ってー、京都行くそうですー」

「私もそう聞いています」

「ほう……そうか……そこにいるのは愚弟ではなかったか、見間違いなら仕方ないな……」

 

 二人のごまかしもむなしく、校長先生の視線は狙い過たず俺を突き刺していた。

 嘘だろ瞬時に看破されてんのかよ。

 

「……あーおりむー、だめみたい」

「ご愁傷さまです」

 

 二人はそろそろと、俺の潜む机から離れていった。

 千冬姉が、幽鬼のようなオーラを揺らめかせながら、俺に近づいてくる。

 

 こんな幽鬼に立ち向かうには、勇気が足りないな。なんちゃって。

 

「……くだらんことを考える前に、何か言うことがあるだろう?」

「はい」

 

 のそのそと机から這い出て、俺は土下座の体勢のまま懐を漁った。

 

「えっと、お土産に恋愛祈願のお守り買ってきたから――」

「吹き飛べエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

 

 俺は死んだ。スイーツ(笑)

 

 ――どっかで第七王女が『ざまあみろなのじゃ! ひょっひょっひょっ!』と笑っているような気がした。

 

 






どうしても我慢できなかった
アイリスは多分のじゃロリだと思います。イズルてめーⅤYouTuber見てんじゃねえよ!

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