篝火ヒカルノとアルベール・デュノアはテーブルを挟んで向かい合っていた。
ビジネスの話の時間だ。
二人は手元の書類を見て瞳を閉じる。
倉持技研の大きなスポンサーでありかつての看板だった織斑一夏の失脚。倉持技研は既に次のメインテストパイロットを手に入れてはいたが、過去に関与していた以上波及はある。
デュノア社とて彼とは懇意にしていた。彼の凶行を聞いた時、アルベールは目を大きく見開いて天を仰いだ。彼の行いと彼が結びつかなかった。恐らく誰もがそうなのだ。
そして二人は恐らく、彼の恐ろしさを誰よりも
数字とは単なる戦績ではない。それだけならばネットで検索をかければすぐに分かることだ。むしろ戦績以上の、戦場に君臨する死神としての織斑一夏なら同僚や同期の方がよほど詳しい。
二人が理解しているのは――彼の愛機『白式』のスペックの話だ。
今でこそ第一形態で行動しているが、話を聞けば第二形態への限定解除もたびたび行っている。一般的にISは
基本形態となる第一形態『白式』。
汎用性を拡張させた第二形態『雪羅』。
そして
それを敵に回した場合、全世界が出血を強いられることになるだろう。
大戦を回避したいのならば方法は一つ――彼の同期である怪物たちが総力を挙げて彼を叩き潰すこと。
愛する者を殺せと命じる、ということだ。
ここにいる二人はとある事情から第三形態までの全スペックを知っている。知っているからこそ、二人は最も事態の深刻さを理解している。
手元の書類は――各国代表への戦力招集についての提言。IS委員会から送付されたデータだ。
二人はこめかみを揉んだ。眉を寄せ、そっと視線を重ねた。
無理だと感情が分かっている。彼女たちが彼を殺すために力を合わせることなどありえない。
妥当だと理性が分かっている。彼女たちの中にも冷徹さは存在し、世界のために彼を切り捨てることは十分考えられる。
だがその命令を下すのはいつだって地位を得た人間だ。
アルベールはいつか、彼に殴られた時の感触を思い出した。
ヒカルノはいつか、彼と過ごした一夜を思い返した。
思い出に差はあれど、二人も、一夏を知っていた。表情に色はなかった。危険因子の存在と、信頼できる人間の存在と、相反する感情が混ざり合って、打ち消し合って、驚くほどに二人は無表情だった。
「ねーお兄さん、今暇なの?」
アメリカを脱出して、俺はオーウェル社の爆破を切り上げた。
ステルスモードのISで太平洋を横断し、到着したのはロシア。
極寒の雪国――思ってたほどじゃない。外套は必要だが、街角で凍えたりはしない。
コーヒーショップの窓際の席で淹れたてのコーヒーを飲んでいると、突然声をかけられた。今の俺は藍沢翔太だ、さすがに偽装がバレたとは考えにくい。
声をかけてきたのは若い女性だった。白い肌に金髪の美人。
「ええ、暇ですね」
目を通していた新聞のデータを格納する。すっかりビジネスマンとしての風格が出てきたと、ノホホンが揶揄ってきたのを思い出した。テロリストには見えないとも。いやあ、テロリストに見えるテロリストなんて今時いないでしょ。みんなこんな感じだって多分。
「よかった。今私暇してて、よかったらアソばない?」
コーヒーカップを取り落としそうになった。
え――つまりそういうことか? 恐ろしい勢いで頭が回転してきた。
おお落ち着け。俺には心に決めたノホホンがいる。ショータは女遊びなんてしないんだ。落ち着け。しかも見るからに俺より一回りは下だぞ。法治国家ならとても許された行為じゃない。いくらテロリストだからってやっていいこととだめなことはある。そっち方面で爆破してしまうつもりはない。確かに刀一本で戦ってきているが通り魔になるつもりはない。行く先々でアドベンチャーしているとはいえこのアドベンチャーは厳しい。教え子に手を出すみたいなもんだぞ! 分かっているのか織斑一夏!
血流が下半身に集中しているのに気づいて、俺はすぐ隣の窓に思い切り頭をぶつけた。一面にひびが広がり、額から滴る血に視界がつぶれる。
やめろ。こんなところで雪片弐型を抜かせるな。俺の零落白夜がシールドエネルギーの吐き出し口を求めて悲鳴を上げている。黙れ! 俺はフォースの暗黒面に呑まれるつもりはない!
「お、お兄さん大丈夫……?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「頭から血かびゅーびゅー出てるけど」
クッッソ、びゅーびゅーに反応しちまったじゃねえかいい加減にしろよ雪片ァ!
なんだ? ここはモンド・グロッソか? いきなり世界戦が始まってやがるのか? この俺の脳天を揺さぶるとは相当な使い手じゃねえか、絶対に許せねえぜロシアンマフィア。
「じゃあアソびましょうか」
俺は内心でファインティングポーズを決めながら立ち上がった。路地裏に入り次第、この女の顎に一発当てることしか考えられない。何か間違っている気がするが、やられっぱなしでいられるほど落ちぶれちゃいねえ。俺は起き上がり小法師のような男なんだ。
「えっと、じゃあ店出る……?」
「はい」
引きつった笑顔で近づいてきた店員に無言で札束を渡すと、店員は晴れやかに笑った。修理代を差っ引いてもお釣りがくるだろう。俺は頭の血が足りなくて計算ができなくなりつつあったが、まあ仕方ない。
頭部から降りた血のせいで上半身が血まみれだったからか、店の客が全員道を空けてくれた。外に出ればみんな悲鳴を上げて散っていく。なんだ、色男を見るのは初めてだったか? こんな赤一色の色男は俺も初めてだが。
「こっちだよ」
話しかけてきた子も気持ち俺から距離を取っているが、これは恐らくミドルレンジでやりあうつもりなんだろう。上等だ、俺は第二形態から全距離に対応できる。
そしてノコノコとついていった路地裏で、俺と女の子は二人して立ち止まった。
即座に周囲にいた男たちが取り囲み、女の子は男たちの向こう側へすっと抜けていく。
「おい、あんたがショータだな……待てアーニャ、お前連れてくるだけつったろ、何大けがさせてんだ」
「ホントに私知らないから、その人が勝手に自分でやっただけだから」
血みどろの俺を見て男たちはおののいている。
「で、なんだ。複数戦か? いいぜ俺はいつでもやれるからな」
ファインティングポーズを取る俺に対して、男の一人が手を突き出して制止した。
「待て待て! 物騒な話じゃないんだ! やり合うつもりはない! 我々はロシア連邦保安庁の者だ!」
ロシア連邦保安庁――KGBの後釜だったか。要するにやべーやつらだ。
俺はさっと顔を青くして、ポーズを解いた。
「あー……いくらだ?」
「なんで我々が旅行者にカツアゲしなければならないんだ! 違う違う!」
なんなら金の方が良かった。
どうする? バレたか? この場にいる全員を昏倒させて、早急にロシアを去った方がいいか? 死者を出すつもりはないし、無力化も容易か? 視線を右から左に滑らせた。全員の装備をISのハイパーセンサーを使い看破する。それぞれ拳銃を持っている程度。俺を連れてきた女も懐にハンドガンを仕込んでやがった。というか見た目に騙されたが想定より上の年か?
「ショータ・アイザワだろう。我々についてきてくれないか」
「理由は?」
「カラシニコフ社のエージェントが君に会いたがっている」
その言葉に、思わず相好を崩した。
俺の態度がおかしかったのか、話しかけてきた男が眉を寄せる。
「いえ、渡りに船というやつです。私はそのためにロシアに来たのですから」
「それはよかった」
ああ――本当に、良かった。
ノホホンに帰りが遅くなるかもしれないと連絡を入れてから、俺はカラシニコフ社のビルへ車で拉致された。送迎ではあるが、両サイドをいかつい男に固められたら拉致って言いたくなるだろ。
「た、助けてくれ!」
面会室に俺が入った瞬間に、そいつは顔面蒼白で俺に叫んだ。
「……この人は?」
ついてきたアーニャに問うと、彼女は嘆息する。
「カラシニコフ社の特殊戦術装備部門の人で……我々に保護を求めた上に、貴方を呼んだ張本人よ」
「このままでは私は殺される!」
面会室にいた男は、スキンヘッドの頭を光らせながら半泣きで俺にしがみつく。
大の男が情けない。こんな様子じゃ、アーニャたちも参っているんだろう。
「何故私を?」
「オーウェル社の同期から聞いたんだ、君は防犯コンサルタントの資格を持っていて、なおかつ織斑一夏のテロ活動に対抗しているんだろう!?」
防犯コンサルタント……ああやべ、適当に嘘八百を並べた時にそんなこと言ってしまったかもしれない。
顔には出さず、穏やかな微笑を浮かべて彼を席まで連れていく。アーニャは俺の座るソファーの後ろに佇んだ。
「ですが正直に言えば、私よりもロシア連邦保安庁の方が安全確保としては適任かと思いますよ?」
「もう三人も殺されているんだぞ!?」
アーニャの雰囲気が悪くなった、ちらりと後ろを見れば、不満そうに唇を尖らせている。
「……今のは」
「ショータ、知らなくていいことを知った時は、
「ご忠告痛み入るよ」
報道されてはいない――報道規制だろう。
カラシニコフ社の役員クラスが三人立て続けに暗殺されるなど、しかもそれが連邦保安庁の管理下で行われたなど、メンツをつぶすには有り余る情報だ。
「藁にも縋るというやつですね。では」
俺は粛々と、テーブルの上で手を組んだ。
「洗いざらいお願いします――連邦保安庁に話した内容を再度。あなたが狙われる理由はいい。あなたの居場所を知っている人間、つまりはあなたが狙われる原因の関係者を教えてください」
「……裏切り者がいるということか?」
「私は一連の事件の中で、そうだろうと確信しています」
真面目な表情で言い切ると、男は思案顔になった。
「……確かに、そうかもしれん。そうでなければおかしい」
「ええ、そうでしょう。私もずっと織斑一夏を追っていますが、あなたが所属していたオーウェル社先端技術部はどうも一枚岩ではなかったようですね」
「なっ、ショータあんた、それ知ってたの!?」
アーニャに肩を掴まれ、俺はその手をやんわりと解いた。
「ビジネスマンを舐めないでください。私には私なりのネットワークがあり、私だけの
凄みを出せば、二人は面白いほど俺を見て狼狽した。主人公オーラって便利だわ。
「オーウェル社の先技部の中でも、今もつながっているネットワークを掌握し、ダミーの情報を流します。織斑一夏をおびき出し、徹底的に叩き潰します。ロシア代表に連絡を取った方がいい。できれば他の国家代表も必要です。二対一ならあの織斑一夏とて抑え込めるはず」
男に対し視線を向ける。
「あなたは連邦保安庁のセーフハウスの一つに隠れているといい。その間に終わるはずです」
救いの神を見たように、男は感極まって涙した。
握手すると、俺の手に彼は額をこすり付けた。キモいからやめろ。
面会室を出て、アーニャと共に歩き出す。
「……うまくいくかしら」
「微妙だとは思う。ただ、現状での最善手には違いないはずだ」
拳を握り、アーニャの目を見た。
「事情があるにせよ、人殺しを正当化する理由は存在しない。絶対に止めよう」
「……想像してたのと、違うんだけど」
アーニャは頬を染めて、さっと俺から顔を逸らそうとし――その前に俺は、彼女の頬に手を当てた。
「ふぇっ!? え、え、何!?」
「いやさ……それで、今夜は空いてる? アソびに誘ったのは君だろう?」
彼女の丸い瞳に映りこむ俺は、完璧な伊達男だった。
零落白夜を一撃当てるの忘れてねえからな?
・スパイ女
スパイがこんなウブなリアクションするわけねーだろ!
まあスパイとは決まってないから……事務局とかだから……多分……
国籍豊かなIS学園! つってんのになんでロシア代表わざわざ日本人にしてんだよ
ロシアの女の子は可愛いって相場が決まってるだろ、ISABですらイロモノじゃねえかふざけんな
・オーウェル社先端技術部
まだ半分ぐらい残ってると思います
・ショータ
テロを起こしたり人を殺したり、ろくでもない計画ばっか実行しやがって!
織斑一夏、絶対許さねえ!