狂い咲く華を求めて   作:佐遊樹

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正統派のロシア美人を出せや・中編

「ショーショーどしたの~? なんか不機嫌ー?」

「……別に」

 

 俺はホテルの一室で、ノホホンと共に茶をすすっていた。

 ロシア連邦保安庁――通称FSBのオフィスでやるべきことはやった。あの禿男から得た情報を元に、今はロシア当局が織斑一夏を釣るための偽情報をばらまいているだろう。

 

 当然それを仕組んだ俺こそが織斑一夏なので、流れてきた情報がダミーだなんて分かっている。

 分かってはいるが……ショータとしての活動に箔をつけるためにも、一度は飛び込んでおかなくてはならない。罠だと分かってるし国家代表つったら俺の知り合いなわけで、正直気乗りはしない。でもまあいいかな、たまには知り合いと殴り合って友情を深めないと。

 

「戻ってきてからずっと不機嫌じゃん~」

「まあな」

 

 俺もノホホンも顔面の偽装は維持している。

 入国してからの足取りはずっと追われていた、と考えていいだろう。ならば監視カメラの類は24時間警戒しなければならない。

 無論盗聴だってされているだろう――というかされてる。別れ際にアーニャが俺の衣服に超小型の発信機を付けたのを、愛機が感知した。さすがに反応したら何者だよこいつってなるだろうから、意図して残してある。部屋に入った瞬間にハンドサインでノホホンには伝えてある、ボロは出さない。

 

「で、それどしたの~」

 

 指さされたのは俺の右頬だ。

 ものの見事に、それはもうマンガかよって具合で、綺麗なモミジが貼り付けられていた。

 

「……トラブって、頬を張られた」

「……大変だねー」

 

 へにゃりとノホホンが笑う。

 多分これナンパに失敗してビンタ食らいましたとか言ったら殺されちゃうな。

 アーニャは俺の誘いの意味を理解した瞬間、烈火のごとくブチギレて俺にきつい一発を馳走してくれた。

 まあそりゃそうだよね。出会って少しだし、ちょっと真面目な部分見せたらコロっといくかなーと思ったけどだめだった。俺の同期はちゃんと彼女を見習った方がいい。マジで。

 

「ただビジネスの方はうまくいったと思う。この調子でうまくいけば、織斑一夏のツラをおがめるさ」

 

 ノホホンがすごくもの言いたげな表情になったが、俺は無視した。

 空っぽになったカップを机に置き、改めて流したデータを確認する。セーフハウスの内一つ。内部は無人で、織斑一夏の出現が確認でき次第ステルス状態で潜伏しているIS部隊が攻撃を加える。

 のこのこと罠に飛び込んできた哀れな獲物をがぶっといっちまうわけだ。最高にクールな計画だ。織斑一夏相手に情報アドバンテージを取れていると皆が確信しているから、実情は子供だましに等しいこんな作戦がまかり通る。

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「ショーショーは明日、どうするの~?」

「どうもしない。俺の手出しできる範囲はここまでだ……そうだな、どうしよう」

 

 途中でマジでノープランであることに気づいてしまった。

 実際問題、全部掌の上とはいえ俺が動き出すタイミングはそう多くない。

 禿男が移送され、ダミーのセーフハウス近辺に戦力が集まるまでは数日かかる。

 

「……暇だしビジネスやっとくか」

「ショーショーさ、本当に勤勉だよね」

「当たり前だ」

 

 俺は鼻を鳴らした。ノホホンの声色には、意外なものを見たという意味合いが強く出ていた。

 

「こんなに勤勉実直な男はそういない。昔からそうだったろう?」

「うーん、ノーコメントで~」

 

 ひらりとかわされた。

 確かに座学の成績はよろしくなかったがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで俺暇になっちゃったからさ、護衛よろしくね」

「……マジない」

 

 げっそりとした顔で、アーニャは俺の隣で嘆息している。

 

「いやあ助かるよ、俺って色々やってるから恨みを買いやすいし、それに加えて()()()()()()()()()()()っぽいし」

「脅迫メールだっけ」

「ああ」

 

 織斑一夏から藍沢翔太へ届いた一通のメール。

 仕事の邪魔をするな、という簡潔な一文。それをちらつかせれば――身を守るには戦力が必要ですがあっしは風来坊故、とも告げた――国外逃走の補助の申し出が来た。のらりくらりとそれを嫌がれば、アーニャが派遣されてきた。護衛というわけだ。

 

「大体、その、こないだのアレとかだってあったのに」

「気にしないでくれ。美人を見かけると思わず声が出ちゃうんだ」

「サイテー」

 

 彼女の目がごみを見る目になったので、俺はさっと視線を逸らした。

 

「なんだって私が……そもそもあんたを引っ張り出す時点でおかしかったのよ」

「ああ、何、自分のフィールドじゃない感じか?」

「ええ」

 

 何の仕事をしてるのかは知らないが、確かに人をだましたりするのは向いてなさそうだ。

 どっかのロシア代表とは大違いだな。

 

「ちょっとした休憩だと思ってくれればいいさ。実際問題、俺を直接襲いに来るとは思えないし」

「向こうもそこまで暇じゃないでしょうね」

 

 地球を股にかけるテロリスト様だ。こんなぺーぺーの一商売人にかかわってる暇なんてないだろう。

 ショータのしたことなんて後始末ぐらいで、()()()()()()()()()()()()()()()()()からな。

 

「で、商談って何をするの」

「んー候補を絞ろうかって段階で、まだなんとも。一応オーウェルとのパイプを生かして、オートメーション技術の導入を提案してみるぐらいかな。デュノアも力を入れてるし」

 

 世間話を続けつつ、俺とアーニャは二人で屋台型のコーヒーショップに並んだ。

 

「知ってるか? IS関連の部品を自動で生産する工場で得られたノウハウをもとに、完全自動の市街地を造る計画」

「聞いたわよ。ウチの国から出資はしてないけど、興味はある」

 

 完全自動工場を軸においた完全無人市街地。無人の市街地には現在、入居希望が殺到している。

 労働を行う人間がいない、全てをロボットに明け渡した生活の場。

 

「ドローンが街を清掃して管理する。公共交通機関は自動で走っている。物資を配送して、消費されたと仮定して処分していく。人間だけがいない町ってわけで、これから人間も増えていく」

「まだ人口はゼロ人で、町がちゃんと運営できているかの確認段階よ」

 

 俺は頷いた。

 

「いずれはあんたもそこにかかわるんでしょう?」

「勿論だ。ビジネスマンとしては死んでも見逃せない。アーニャはどう思う?」

「……人間が入ることを、ロボットは良しとするのかしら」

「おいおい、一気にSFになったな」

 

 AIによる反乱か。それもまた面白いだろう。

 

「いいえ。…………入居計画が遅れている理由は聞いてないのかしら」

 

 コーヒーを受け取り損ねそうになった。

 カップを持ち直して、湯気を上げるホットコーヒーをすする彼女の顔を見た。

 

「冗談だろう?」

「いいえ。()()()()A()I()()()()()()()()()()()()()()()()()。周辺を警戒する武装ロボットにみんな追い払われている。町の中の発電機を使って、すでに完全孤立状態で一週間の運営が行われているわ」

「……そんなことになっていたのか」

 

 道理で話が進まないわけだ。

 ビジネスとしては完全に失敗だ。商売をする相手としては信頼がゼロに落ちた。出資していた企業はてんやわんやだろう。

 

「そのうちAIとのネゴシエイトが始まるわ。……ショータ、あんた、何で笑ってんの?」

「え? ああ、笑ってたか」

 

 路地に面する窓を見た。男が獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「ビジネスのにおいがしたんだよ」

「……呆れた人ね」

 

 隣から聞こえてきた声を、俺は気前よく無視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビジネスは中小企業を回って終わりにした。

 ある程度商談を取り付けることはできそうだ。手際の良さにアーニャが『うちの事務系に来ない?』と聞いて来たが、丁重にお断りさせていただいた。

 

 というかうちの事務系ってことは、あいつは事務系じゃないのか。

 

 流れてきた情報を元に、数日置いてからISを身にまとい空を裂く。

 発信機はそのままに、部屋ではノホホンと俺の録音した音声が会話している。恐ろしく退屈な時間だといけないので、ちゃんと味のある台本を書き上げた。ノホホンは超嫌そうだったけどな。

 

 数百キロの旅を快適に過ごしていた時、愛機がアラートを鳴らした。

 まだ視界にセーフハウスはない――警戒線に引っかかったか。

 

「随分早い到着だな」

 

 ロックオンされているというレッドアラート――大きく旋回。地上の砲台がこちらにのそりを顔を向けていた。

 自律兵器の砲撃を回避。俺のいた空間で数秒後、空中で砲弾がはじけ眩い光を放つ。

 攻撃ではなくこれは合図か。

 

 途端、横から最大級の殺気がきた。

 国家代表クラス特有の、絶対にお前を殺してやるという殺気だ。

 

 刀を握る。――跳躍した。飛翔とは言い難い急加速でがむしゃらにその場から離脱する。

 瞬間、視界を爆炎が埋め尽くす――空間そのものが燃え盛るような異常事態。俺はそれを知っていた。知っていたから対応できた。

 

清き熱情(クリア・パッション)だと――!?」

 

 ありえないッ! こんな広範囲を根こそぎ焼き払う火力は出せないはず!

 何よりこの規模は、IS委員会が定める条約で規制されてる、広範囲殲滅攻撃だ。

 ロシア国家代表更識楯無の愛機『ミステリアス・レイディ』にそんな兵装は乗せられていない。乗せられるはずもない!

 

「――初めまして」

 

 装甲を身にまとった人影が、飛び出してきた。

 爆炎を切り裂いて現れたのは、見覚えのある、幼げな顔だった。

 アーニャ。金髪をなびかせ、彼女は巨大なランスを俺に突き付ける。

 

 驚愕も一瞬にとどめた。そうか、そうだったのか。

 君は、ISパイロットだったのか。

 

 素早く表情を立て直し、嘲るような笑みを張り付ける。

 

「おいおいおいおい、国家代表じゃねえやつが来るとは。もしかして俺のファンだったりする?」

「元、ファンです。今の貴方は、違う」

 

 ISの装備を一瞥した。量産機と比べて圧倒的に少ない紫色の各部装甲。関節部に埋め込まれたナノマシン散布装置と、彼女を包む水のヴェール。

 間違いない、『ミステリアス・レイディ』の同型機だ。

 それも基本出力においてかなり上回った、改良型――!

 

 

 

「――私はアンナ・ブレジネフ。そして愛機の名は『カタストロフ・レイディ』。ロシアの裏の国家代表、と呼んでくださいな」

 

 

 

 アクアナノマシンのロングスカートを翻して、彼女は朗らかに笑った。

 対する俺は笑い返そうとしたが、自分でもおかしくなっちまうぐらい、見事に頬を引きつらせてしまった。

 

 ISの名前が物騒過ぎるだろ。




・裏の国家代表
 ロシアにいないわけねーだろ!
 アクア・クリスタルの数を増やせばパワーアップできんじゃね? という脳筋仕様機体がテロリスト織斑一夏を襲う!

・完全自律の市街地
 雑談の中とかで何度か出してますけど多分次の次ぐらいの話でメインになります
 五反田弾君編になるかと思います


感想評価いつもありがとうございます。
やっていきます。

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