木々の隙間を抜けて、山を進んでいく。
積もった雪は足を乗せるだけで沈む。
ノホホンが、俺の帰りを待ってくれている。
死ぬわけにはいかない。死ぬつもりも、負けるつもりもない。
視界を塞ぐ吹雪だが、ISのハイパーセンサーで無理矢理視界を拡張して足を勧める。セーフハウスはここから十数キロの地点だ。
着込んだ防寒コートが重い。ファーの先端は既に凍り付こうとしている。拳を握る。
バーでつぶれた俺は、アーニャによってホテルまで運ばれた。起きぬけた後のノホホンのゴミを見る目が忘れられない。思い出しただけで背筋が震えた。この年になって酒に飲まれるとは情けない。
あの時何を言ったのかは正直あまり覚えていない。そしてアーニャとは会っていない。今から会えば、彼女がどんな決断を下してこの場にいるのかが分かる。
今回のセーフハウスは、ズバリ当たりだ。既に襲撃されたセーフハウスに移そうという案も出ていたが、織斑一夏として先んじて同じ地点に二度目の襲撃を敢行したので却下された。
だからここが決戦場になる。あの男を殺せば、俺はもうロシアに用はない。残念だがロシアもルクーゼンブルクも蹴散らして目的を遂行させてもらう。
「――――ッ」
ISの反応――ステルスモードですらない。識別名称『インペリアル・パラディン』。
俺は素早くISアーマーを顕現させた。第一形態『白式』を経由し、刹那の内に装甲が変質――左腕が肥大化しウィングスラスターが追加された。
第二形態『雪羅』。出し惜しみはナシだ。
反応が続々と増えていく。ルクーゼンブルク公国製、純正第四世代機『ロイヤルナイト』だ。近接戦闘に重きを置きつつ、パッケージ換装を織り交ぜることで
本気で狩りに来てやがる――が、狩るのは俺だ。ステルス状態を解除し空中に跳び上がる。多対一で絶対にやってはいけない愚行。これでいい。正面から叩き潰し、俺個人の脅威を知らしめろ。最悪のテロリストとして君臨しろ。
「誰から来る?」
互いに位置は割れた。俺はゆっくりと飛行して近づいていく。既に砲撃可能圏内。
正面を見た。アラート。攻撃はされていない。ISが一機、浮かび上がっている。
「――――織斑、一夏」
「久しぶりですね、ジブリル・エミュレール」
破顔しつつ刀を構えた。女騎士は甲冑にへばりつく雪には目もくれず、じっと俺の顔を見ている。
「何故だ」
「――テロリストにそれを聞きますか?」
「何故、なんだ」
「ははははっ」
左手の『雪羅』から荷電粒子砲『月穿』を起動。
のそりと腕を持ち上げて、砲口を突き付けた。
「
「……いいだろう。必ず貴様の口から聞き出してやる。だが」
ジブリルさんは構えない――腕を組んだまま動かない。
直後、俺は急上昇した。俺のいた空間が根こそぎ爆散する。
「織斑一夏――ッ!!」
「アンナ・ブレジネフ……ッ!」
歯をむき出しにして笑った。彼女はまっすぐに俺を見据えて、ジブリルさんと俺の間に割って入る。
愛機『カタストロフ・レイディ』は万全の状態のようだ。アクアクリスタルが光り輝いている。傷だらけにした装甲は一新されていた。巨大なランスの穂先を俺に突き付け、彼女は真正面から突っ込んでくる。
「各員攻撃開始!」
ジブリルさんの号令が響くと同時、木々の隙間から砲火が吹き上がる――旋回して回避、エネルギー弾がウィングスラスターを掠めていく。蛇のようにしなる軌道を、アーニャが金髪を振り乱し追いかけてくる。
「鬼ごっこは好きか? 手の鳴る方へってやつだ」
「ババヤガなら、子供のころに散々聞かされましたとも……ッ!」
エネルギー弾が空中で炸裂し拡散する。髪がなぶられる。光がひっきりなしに目を焼こうとしてくる。前へは進めない、ルートを誘導されている。今のうちに男を逃がそうとしているのか。
そうはさせるかよ――地上に存在する機体をマップ上にマーク、真上に差し掛かったところで急降下。
「――!」
ロングスナイパーライフルの銃口が向けられるが遅い。地面に激突することを恐れず突撃、銃身を真っ二つに叩き切りつつ『ロイヤルナイト』のすぐそばの地面に降り立つ。
「は、速――」
「悪いね」
コンマ数秒間のみ展開した『零落白夜』で切り捨てる。俺を追ってきたアーニャが、振り返ればすでに眼前にいた。
突き出される槍がアクアナノマシンを刃のように伸ばしてくる。愛刀をかちあて逸らす。至近距離。左腕を腹部に突き付ける。
「チィィィ――!」
寸前、超反応でアーニャが身体をねじった。砲口が空に向けられ、咄嗟に荷電粒子砲を真横へ向け、意識外に置いていた他の機体に発射する。咄嗟にかわされたが、掠めただけでその機体の装甲が融解した。有効打。エネルギーの無駄遣いはできない。
横に回り込んできた『カタストロフ・レイディ』を蹴り飛ばして再度空へ。数を減らす――次の得物を密定めようとした瞬間、雷のような悪寒。
「
背後に『インペリアル・パラディン』が剣を振りかぶり待っていた。両刃剣からこぼれた雷が周囲を無作為に破壊している。
振り向きざまに刀をぶつけた――スパークし閃光に視界がつぶれる。互いに弾かれ、即座に踏み込んだ。
剣戟の応酬。ルクーゼンブルク公国の王室剣技、その随一の使い手ともなれば瞬きの間に人間を十等分はできる。だがその剣技は知っている。何度も見た。何度も戦った。
それは織斑一夏に対しては致命的なディスアドバンテージとなる。
「貴様――ッ!?」
「見せたことなかったっけか? パクらせてもらったぞ」
王室剣技に対して、俺が選択したのは
見様見真似を実戦の中で昇華させ、何より世界で最もこの剣技に長けた目の前の女という最良の教材を片手に学び取ったコピー品。
攻勢に打って出ることはできないが、その神髄を知っていれば防御の要は頑強なものとなる。
切り返しをを撃ち落とし、王室剣技の防御の型で徹底防戦――左手をぞんざいに振る。それだけでクローモードかブレードモードを警戒したのか、ジブリルさんが後ろへ下がった。
荷電粒子砲発射、横にスライドさせ三機まとめて吹き飛ばす。戦闘不能には程遠いが問題ない。
眼前の敵は俺に対して、再び両刃剣に雷を纏わせ突っ込んできた。
しゃらくせえが付き合ってやるよ。
「お前はそうだよな、ベッドの上でも真っ向勝負大好きだよなぁ!」
「それしか教えなかったのは貴様だろうに――ッ!」
痴話げんかのような会話をしつつ、互いに必殺の一撃を放った。
ジブリルさんが選択したのは王室剣技第三秘剣――斜め下の視覚外から襲い来る切り上げ。
対する俺は王室剣技、ではなく篠ノ之流剣術を選択――切り上げを小太刀に見立てた左手のクローで防ぎ、右の雪片弐型で斬り込む。
「舐めるな!」
「な――!?」
ジブリルさんは両刃剣を――手放した。俺の放った斬撃に対して腕をかざし――刹那の内に両刃剣が量子化・再構成、雪片弐型を真っ向から迎え撃つ形で顕現する。単一の装備を無理矢理に
剣と刀が激突しスパークした。至近距離で睨み合いながら、押し込みあう。
「これもまた、貴様が教えたものだ! そうだろう!」
「教えなきゃよかったぜ……!」
つばぜり合いの形。出力では及ぶはずもない、ジブリルがスラスターを全開にして俺を押し込む。
砲撃の中を突っ切って、俺の身体ごと女騎士が前進する。
「何故だ、何故だっ! 何故こんなことをする! 貴様が――おまえがこんなことをするはずがないっ! アイリス様は、まだお前を信じているッ!」
「く……ッ!」
信じている、だと。クソ、聞きたくなかったぜそんな言葉。アイリスの馬鹿が。さっさと私情を切り捨てろ。引きずり出せってマジで俺の話を聞くためなのかよ。どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。
頭を振った。懊悩を振り払う。現状、出力負けしている。このまま地面に叩きつけられたら、砲撃に袋叩きにされるだろう。
「調子にッ――乗ってんじゃねえェッ!!」
「!?」
剣を握る女騎士の両手を蹴り飛ばした。取りこぼした剣を拾おうと咄嗟にジブリルさんが腕を伸ばす。その腕を『零落白夜』で狙う。
起動。蒼いエネルギセイバーが顕現する。ジブリルさんが目を見開いた。
――獲ったッ。
「させるかあああああああああああああああああああ!」
放出された稲妻――真下から。転がるようにして離脱しつつ、直撃コースのものをアンチエネルギー・セイバーで消し飛ばす。クソ、エネルギーをかなり持ってかれた!
視線を巡らせる。各地点から俺を狙う『ロイヤルナイト』。得物を取り戻した『インペリアル・パラディン』。そして広範囲殲滅攻撃を応用し俺に一点集中させてきた『カタストロフ・レイディ』。
「……なんだよ、一皮むけたみたいじゃねーか。おじさんはうれしいよ」
アーニャにそう言葉をかけると、彼女は澄んだ眼差しで、俺と同高度まで上がってきた。
元ファンなんだっけか、と笑いながら声をかけた。アーニャは数瞬目を閉じた。
「そうですね。ですが負けません」
「言うねえ。焼き直しにならないよう頑張れ――よっと」
飛んできた砲撃を実体剣で叩き落しつつ突貫。
アーニャが咄嗟に起こした爆発をかいくぐり接近、抜刀。
クリティカルヒット――装甲が砕けるが、俺はそこでちらりと自分のウィングスラスターを見た。ランスが突き刺さっている。最初からこれが狙いか。
「やってくれたなあ!」
使い物にならなくなったレフトウィングスラスターの一基をパージし、蹴り飛ばし荷電粒子砲で撃ち抜く。爆散、視界を閃光が覆う。
ちょっと本気出しちゃおうかな――エネルギーを放出し取り込む。
「各員防御態勢――」
「遅い」
砲撃が飛んでくるがそれは一秒前まで俺がいた地点。すでに遠い。集中に脳が悲鳴を上げる。もう年か。昔はこれぐらい息を吸うようにできたんだけどな。あらぬ方向にライフルを向ける八機目の喉に切っ先を突き込み、ダウンさせた。
「さすがにお前らはこれじゃ落とせなさそうだな」
「……見慣れた光景だからな」
防御態勢を取っていた専用機二人は、減速した俺の姿を見て構えを解いた。
ジブリルさんの瞳には未だ戦意がある――が、アーニャは違う。
「……何よ、これ」
全滅一歩手前に追い込まれている自陣を見て、絶句している。
瞳が揺れている。心拍数が上昇している。かわいそうに。
「
俺が大仰に両手を広げて笑うと、彼女はさっと構えようとして――ランスを取りこぼした。
戦場とは思えないような、間抜けな絵面。ランスの穂先が雪に突き刺さる。そこでやっと彼女は自分の手に得物がないことに気づく。
「ぁ、れ?」
「……ブレジネフ、下がれ。後は私がやる」
ジブリルさんが全身から雷を放出しながら前に出た。過剰エネルギーの放出ならば『白騎士』に似ているが、彼女の場合はれっきとした攻撃手段だ。
刀の切っ先を女騎士に向けて、凄絶に笑った。
「俺は止められない。あの男は殺す。ああそうだ、質問に答えてなかったな」
アーニャを見た。視線が重なった瞬間に、震えていた彼女は、何故だか、少し驚いていた。
「俺は俺なりに
ああ本当に、笑える。偽りない本心だった。馬鹿だ。俺は馬鹿だ。こんな手段しか選べない。
進むべき方向の、その果ての破滅を見据えて全力で走っている。何もかも捨てて。
「愛と、平和」
悪寒がした。
「そう言ったか、今」
ジブリルさんでさえもが瞠目している。
隣で、いやまさに今ジブリルさんの前に進み出たアーニャの機体が、『カタストロフ・レイディ』が光り輝いている。
「ああ、そっか。簡単だった。私、ずっと逃げてたんだ。
穏やかな声色。愛機がアラートを鳴らした。合理的な選択は一つ、この瞬間に彼女を撃ち落とすこと。
けど。
俺は笑いながら、それを見ていた。
嘲りも罵りもなく――純然たる笑みで、それを見守っていた。
「飢えたくない。傷つきたくない。楯が欲しかった――金も立場も
「…………ブレジネフ」
「大丈夫、です」
輝きが一層強まり、それが来る。
破損していた装甲が再構成され、ランスが光の粒子となって彼女の手元に還る。
俺はその輝きを知っている。
「楯が欲しかった。ずっとずっとほしかった――それは私だけじゃないんだ。みんなそうだったんだ。みんな、
装甲が新生される。紫色のアーマーがより鋭角化され、数を減らす。防御を極端に捨てた形態がさらなる先鋭化を遂げる。
「守ってほしかった。愛と平和はこの世界に存在するって誰かに証明してもらいたかった、私には無理だって――だから、その時点で負けていた」
小型化されたランスが彼女の両手に顕現し、即座に水のヴェールを被り巨大化する。
「負けない。私はもう負けない! 私は戦う、私が戦う、誰かの、
「愛と平和のためにッッ!!」
「あぁ……」
感嘆の息が漏れた。
愛機が表示する、その銘――第二形態、『ブレッシング・エイレーネ』!
進化した、この土壇場で。変身した、この決戦場で。
「あなたの愛と平和だって存在するだろうけど――違う、それは、私が願うものじゃないっ! これは証明だ、
俺は満面の笑みで、新たな希望の誕生を祝福した。
俺が捨ててしまった希望を、拾ってくれた彼女の再起を歓迎した。
「そうだ、そうだよアンナ・ブレジネフ。それがきっと、正しい答えだ」
アーニャが両手のランスを構えた。放出されるアクアナノマシンがさらにランスを肥大化させ――俺と彼女が同時に加速。
激突、至近距離で睨みあい、俺は哄笑と共に刀を振るった。
・エイレーネ
平和をつかさどる女神です(Google調べ)
・覚醒
誰もが愛と平和のために戦ってるんだぞ
つまり……誰もが仮面ライダーってことなんじゃないかな?
人間は皆ライダーなんだよってどっかの実業家が言ってたし
・王室剣技
なんか強い剣技
以上
感想評価ありがとうございます。
やっていきます。