狂い咲く華を求めて   作:佐遊樹

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昨日一日寝てました
寝ると……気持ちいい!


影の薄い親友は有能・前編

 五反田弾は上機嫌だった。

 仕事先に向かうその姿は、洗いざらしのジーンズにアロハシャツというゴキゲンな服装だ。

 社則に縛られることのない立場である彼にとって、その服装と赤い長髪は絶対に譲れない点である。

 また、その外見的な特徴が交渉や印象操作に一役買っていることを、彼自身はしっかり理解している。頭はキレる。腕もある。それでいて気負わず、鼻歌交じりに作業をこなすことができる。

 仕事人に求められる資質の大半は実家の食堂で培われた――彼にとって自分の生み出した何かで他人を喜ばせることは、人生の一部となっていた。

 

 現在は恋人と共にフランスに住み、フリーランスのシステムエンジニアとして腕一本で日銭を稼いでいた。否、日銭というのは不適切であろう。実にエンジニアとして最高峰と目されるその腕前は、フランスの一軒家を借り数年暮らし、週末にはパーティーを開き友人らを招き、夜はホームシアターで芸術的な映画作品を鑑賞する生活を可能にしていた。

 高校生、あるいは中学生のころには考えたこともなかった生活。

 驕ることなく、他者を蔑むこともなく、自分にできることをこつこつと積み上げてきた結果。

 

 五反田弾は、誰もが『成功者』であると断定できるような男になっていた。

 

 地下鉄を下りて地上へ上がり、オフィスシティを空間投影マップに従って歩く。

 町の人々は寛容だ。アロハシャツの東洋人が歩いていても皆笑顔ですれ違っていく。ここに東京のような半ば軽蔑、半ば無視という器用な反応は存在しない。弾は日本よりも欧米の人々の方が付き合っていく上では性に合っていた。青年のころにはまだ余裕のない面もあったが、今となっては決して仕事に妥協はしない、けれどもプライベートでは豪放磊落な性格を見せる好漢へと成長している。

 そんな彼は世界中の大企業から指名を受けるトップクラスのフリーSEであり、今日もまた、お得意先からの呼び出しを受けていた。

 

(にしても、まさかこのタイミングで()()から仕事が来るなんざ、因縁ってやつなのかもしれねえなあ)

 

 今回の仕事相手を弾は知っていた。

 何度も仕事をしたことがある。その最初は――コネ。縁あってのものであり、当時まだ未熟だった弾は死ぬような思いを何度もしながら案件を処理した。それを続けていき、本人のスキルアップもあって、今となっては本社社長、並びに後継者と目されている社長令嬢から気に入られている。仕事の腕は間違いなく、二人とは共通の知り合いを通してよく話した。特に社長令嬢は()に熱を上げており、弾はいつも通りにため息を吐きながら恋の応援をしてあげていた。

 

 ――()()()()()()()()()()()。男は世界の敵となり、弾は連絡も取れていない。

 

(いや、それとも、あいつ関連だからこそ、だったりするのか……?)

 

 手首に巻き付けた最新型の機能複合デバイスが空間にウィンドウを立ち上げる。

 表示されているのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()五反田弾へ送られたメッセージ。

 

『From:シャルロット・デュノア

 To:ダン・ゴタンダ

 

 デュノア社本社にお越しください

 貴方の力が必要です』

 

 案件の詳細は明かされていない――メッセージに迂闊に載せることのできない事態だと分かった。弾は馬鹿ではない。むしろ、その知能指数だけでみれば篠ノ之博士にこそ劣るが世間からすれば十二分に天才と言えるものである。

 中学校を卒業するまで、彼は少し女性にがっつくきらいのあるだけの、普通の学生だった。高校生になって人生初の彼女ができ、親友を取り巻く恋の戦争を見守りながらも、いたって普通の、遠距離恋愛に気をもむ学生として過ごしていた――

 

 その人生は、親友が世界の中心となったことで大きく変貌した。

 否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 半月――たった半月。彼は学校に一切行かずに部屋に閉じこもった。

 半月後、出てきた彼は顔もやつれ、肌に生気はなかった――代償に彼は英語・中国語・仏語・独語をネイティブレベルで話せるようになっていた。寝る間も惜しみ、彼は死に物狂いの努力によって言語能力を強引に拡張して見せた。それから三日間、死んだように寝込んだ。

 何故そんなことをしたのか、未だに彼は周囲の人間には語っていない。恋人の布仏虚(のほとけうつほ)でさえもが何も知らされず、ただ弾の身を案じることしかできなかった。

 

 部屋から出て、マルチリンガルとなっていた弾は――即座に日本を飛び出した。妹や祖父に土下座し、自分の人生を懸けてやりたいことがあると頼み込んで、彼は海を越えた。

 米国の工科大学に編入し――彼は編入試験を歴代最高得点でパスした――通いつつ、さらには研究施設の研究員と掛け持ちをし、ISを筆頭に先端機械工学を学び、人工知能についても深く研究した。彼の同期、先輩はその知識の吸収速度に恐れをなした。五反田弾は誰も寄せ付けなかった。学習スピードや研究成果の話だけではない。

 

 悪鬼。何か悪いものに憑りつかれた人間である、と言われて誰も否定できないほど、彼は研究に自分のすべてをささげていた。

 その成果は戦役開始時に現れており、全ISの稼働効率はそれまでと比較して大きく向上した。無人機の解析も率先して行った。

 ――彼はいわば知る人ぞ知る影の英雄のような存在だった。

 

 

 

 そして――表の英雄と影の英雄は、顔もほとんど合わせていないというのに、戦後まったく同じような道を辿った。

 

 織斑一夏は戦場にも競技場にも戻らず、教師となった。

 五反田弾は学者としても企業お抱えの研究者としても栄誉を選ばず、フリーランスのシステムエンジニアとなった。

 

 奇妙なほどに合致したその人生。

 二人の連絡の頻度は高くない。

 だが――二人を知る者は、どうしてもその人生を対照的に見てしまうのだ。

 

(……一夏)

 

 親友の名を心の中で呼び、弾は空を見た。

 どこかにISの影があればいいと思った。空はシミ一つない蒼穹で、弾は細く息を吐いた。人々は笑顔を浮かべつつ、弾の横を通り過ぎていく。幸福であることと満たされることはイコールではない。弾はそれを知っていた。全てにおいて勝利者であり、成功者である五反田弾は、その喪失感に胸をかきむしりそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、シャルロット」

「ご無沙汰してるよ、弾」

 

 デュノア社本社ビル地上69階。

 客間としてではなく最上級の役員が過ごすスペースとして設計されたそのフロアに、弾は招かれていた。

 四方を取り囲む強化ガラス越しに市街が見渡せる。窓際に立つ弾は米粒のような車が行き交うのをぼうっと見ていた。

 隣に立つ金髪の女性――その美貌と女として完成された外観、世界中の誰もが知っている世界最強(ブリュンヒルデ)

 シャルロット・デュノア、弾にとって長い付き合いのあるビジネスパートナーだった。

 

「親父さんは元気か?」

「調子は悪くないみたいだよ。病気もしてないし。最近は国連からの要請とかが来てて、そっちが忙しいみたい……会社の方はほとんど僕に任されてるんだ」

「そりゃすげえな――ラファール系統の新型機だったか」

「新型、まあリファインと言った方がいいかな。今回はあくまで古参のパイロット向けに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を提案してるだけだからね」

 

 いいコンセプトだと弾は思った。

 ISパイロットは年々増加しているが、コアの数は増えてない。人数のみがオーバーフローしつつある。となれば、()()()()()()に頼れるのはベテランだ。

 より実戦的に。より合理的に。

 篠ノ之博士特有の奇抜な兵装を廃し、展開装甲も無駄を削りあくまで基本性能の底上げに留める。堅実な、軍人ウケの良い機体に仕上がるだろう。

 

「基本設計をしてくれたのは君だ。名付け親になってもらってもいいかな?」

「俺ェ?」

 

 面食らった。確かに基礎フレームの設計は弾がこなしたが、それはあくまでラファール-Rをベースにしただけだ。オリジナルではない。

 シャルロットの目を見た。有無を言わせない権力者の(まなこ)ではなく、別のベクトルから有無を言わせない、お願い事をする乙女の瞳だった。

 肩をすくめた――その目をされては勝てない。

 

「考えておくさ。恥ずかしくない名前になるよう努力もする」

「それはありがたいよ」

 

 弾は知っている――シャルロット・デュノアという女は圧倒的権力者(ビジネス)としての顔と、絶対的操縦者(パイロット)としての顔と、乙女としての顔、すべてを完璧に使い分けることができる。

 年齢と共に経験を重ね、彼女は、弾の親友が言うところの『限界点』を超えた。人間が至れるはずのない場所に至って見せた。そうして篠ノ之束は人間としての心に変調をきたしてしまったわけだが、シャルロット・デュノアは壊れなかった――弾にはよくわかる。当事者である織斑一夏はよく分かっていないようだったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。恋のために動く少女は無敵だし、誰かのために掲げられる希望はそう簡単に朽ち果てたりはしない。

 

 思い返して、ふっと弾は笑った。親友の間抜けなツラ。『そんな精神論で、シャルは束さんを超えてみせたのか? 嘘だろ?』嘘じゃねえよ、人間の可能性ってやつなんだ――言い返せば、一夏は実にさっぱりした声で言い切った。『ああそうか。そりゃいいな。うん、それは……すごく、いいことだ』

 会話はほんの数分前のことのように思い出せる――それがうれしくも、虚しかった。

 思い出に浸るのを切り上げて、弾は身体ごとシャルロットに向き直った。

 

「で、本題は?」

 

 シャルロットが微笑みを引っ込めた。空気が変わる。張り詰めている。ガラスが破れてしまうのではないかというぐらいに鋭い空気――弾は汗の一滴も垂らさない。彼もまた、超人的な精神を獲得していた。

 

「――完全自動工場計画、並びにそれを軸とした完全自動市街地構想」

「『エクリブリウム計画』だな?」

 

 当然弾はそれを知っていた。だが、耳に挟んだだけだった。オーウェルやデュノアといった大企業が出資しているこの計画には、フリーランスの弾は興味を示しつつも様子見の姿勢を取らせていた。

 

()()()トラブったか?」

「……予期していたの?」

「専門分野だぞ――とかっこよく言いてえが、すまん、勘だ」

 

 勘――それ以外に理由はなかった。ある種の、プロフェッショナルとしての嗅覚とも言うべき感覚が、弾に警鐘を鳴らしていた。

 

 全自動工場により人々の生活に必要なものを生産する。

 そしてそれを運ぶのも自動で行う。

 そしてそれを処理するのも自動で行う。

 

 人間は手渡されたものを消費するだけの存在になる――それは、畜生と何が違うのだ。

 

 弾にとって機械というのは共に歩むべき存在だ。人工知能は人間をサポートしつつも、適宜人の手によるチェックが必要な存在だ。『エクリブリウム計画』はその点、弾にとっては不審だった。

 

「トラブルの概要は? 俺に解決できたらいいんだが」

「恐らく君だけでは無理だが、君の力は必要だ――町の管理AIが人間の侵入を拒絶している

 

 思わず、弾は口笛を吹いた――三文SF小説そのものだ。

 これが現実に起きているというのだから恐れ入る。趣味の悪いジョークでないことは、目の前の社長令嬢が吹き荒らす殺気の嵐でよくわかる。今頃五つ下のフロアまでは全員得体のしれない悪寒に襲われているだろう。

 

「警備ロボットを撃破することも考えているけど、そうした武力衝突は最終手段だ。僕らは管理AIに発生したなんらかのバグを君に解決してもらいたい」

()()()()()……それはともかく、どうやって町に入るんだよ。俺ァ銃の扱いに自信はないぞ」

「ネゴシエーターを各企業と共に選出している」

「ロボット相手の交渉か? 教科書に載れそうだな。それとも週刊誌か?」

「ストライプスからの取材は、悪いけど丁重にお断りさせてもらった」

 

 会話の節々から、今のシャルロット・デュノアが死ぬほど不機嫌なのはよく分かる。だがその理由はいまいちつかめない。弾は説明された案件の確認と並行して、その頭脳を回転させ――

 

(あ、これ逆か。今の会話にイラつく材料がないってのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 手を打った――弾の顔を見て、シャルロットは肩から力を抜き、殺気を薄れさせる。

 

「……その表情、ひょっとしてバレちゃった?」

「ああ、このタイミングでトラブったのは親父さんにとってはラッキーだったみたいだな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 シャルロットは唇をかんだ――全て父の思惑通りだった。

 織斑一夏によるデュノア社役員の殺害は、一昨日に二人目が被害に遭った。二人とも派閥は主流派ではない、強化武装増産派だった――オーウェル社から続く一連の流れに、多くの企業役員が武力強化賛成の立場を退き始めている。結果としてみれば、世界が平和になるスピードは間違いなく加速している。

 だからどうした。誰にも傷ついてほしくないから戦っていた男が何故誰かを傷つけている。

 自分の手で見つけ出そうと思った。愛機『リィン=カーネイション』の整備を発注した。その情報が洩れ、父にして現デュノア社最高責任者(CEO)のアルベール・デュノアが割って入った。

 

「動かれちゃ都合が悪いんだろ。まだ俺たちより年上の権力者たちでも意見が割れてるっていうしな」

「IS委員会は紛糾してるよ。僕ら国家代表へ殺害命令を下すかどうか……時間の問題だろうね。反対派は織斑一夏からの要求を確認すべきだって言ってる。賛成派は問答すべき時期は通り過ぎた、()()()を防ぐために手段は選べないってさ」

 

 三度目――第三次世界大戦。

 もし仮に起きれば、ISを用いて初の世界大戦となる。亡国機業戦役の比にならない規模とも予測されている。

 

「最速でこの件を片付けてくれないか、五反田弾」

「……しょーがねーなぁ」

 

 それは乙女としての顔でも、社長代理としてでも、世界最強としてでもなく――シャルロット・デュノアという一人の人間の、真摯なお願いだった。

 

「なら、交渉役ってのを早く決めてほしいんだが」

「ん……あ、今決まったみたい。うわ日本人だ、すごいね君たちの国は」

「同郷か? そりゃすげえな。で、名前は」

「えっと、ショータ・アイザワだって」

 

 日本人と仕事をするのは久しぶりだった――都合が合えば家に招いて、家庭菜園から取れる新鮮な野菜を使った五反田家直伝・業火野菜炒めを振る舞ってやろうかなと、弾は考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・五反田弾
 エリートオブエリートから出世街道を抜けて自由人になったハイスペ
 多分QOL的な意味だったら今まで一番成功してますねこいつ
 虚さん出したいけどな~お前口調分かんねえんだよ!

・シャルロット・デュノアさん
 実際コワイ! 悪鬼そのものなのはこの人です
 間違いなく将来的な部分も見れば資質は原作最強クラスだと思います
 アニメ効果でイズルブーストを受けたヒロインに怖いものはないのだ
 シャルが専用機悪魔合体してトンチキプレーかました直後に箒さんが専用機■■してんのほんと草
 ファース党僕、無事憤死

・エクリブリウム計画
 意味とかはググって……まあ自分もリベリオンの原題ってことでググっただけなんすけど
 何度か出てた自動工場のお話です
 ブラックジャックにこんな話なかったっけ? ちょっとオマージュするにしても遅かったんちゃう? まあええわ
 2018/5/3追記
 エクリビリウムって書いてたけどよくよく考えたらエクリブリウムでしたほんとすみません
 英語一生話せねえわ
 やめます


感想評価ありがとうございます。
引き続きやっていきます。

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