狂い咲く華を求めて   作:佐遊樹

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取り急ぎ
話が全然進んでないです
多分今回の話、ロシアと同じぐらい長くなりますね……


影の薄い親友は有能・中編

 五反田弾は不機嫌だった。

 押し込められた自動運転のモーターカーは、あらかじめてインプットされていた目的地へ快走を飛ばしている。流れていく景色を慰めにしながら、けれども嘆息はやまない。

 身分に縛られず、裁量を認められるからこそフリーランスという立場はうま味がある。弾自身がこのポジションを獲得するに至ったのは気疲れや、あるいはもっと深い事情があってのことだったが――ここまで身動きの取れない状態は久方ぶりだった。

 

(だぁー、やってらんねえッつの! 俺ァ小間使いか!?)

 

 目下の案件である『エクリブリウム計画』に関して――どうにも肩身が狭い。

 参加していた企業のほとんどは政府から公的に頼られるほどの大企業、いわばかつての財閥に近い巨大組織ばかりだ。国は違い、業種は同じで、つまるところ競合他社をより集めて今回の計画は進んでいた。立案者の辣腕には感心するが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 各企業の利害はすれ違い、互いの動きをけん制し合っている。この事態をどこか一社が解決したりでもすれば、計画におけるパワーバランスは一気に傾くことになる。

 

 故に弾は、デュノア社の推薦によって選ばれたエンジニアではあるが、同時にフリーランスとして動くことを余儀なくされ――各企業からの当てこすり、牽制の的となっていた。

 同様に選出された藍沢翔太なる男も、オーウェル社からの推薦ではあるが、あくまでフリーのネゴシエーターとして動いている。当然こちらもひどい目に遭っているらしく、不幸の積み重なりから、弾とショータはあろうことか作業を開始する当日、東欧の広大な敷地を用いて建設された無人市街地の眼前で落ち合うという事態に陥っていた。弾は悪態を吐きながら、今回の相棒であるショータ・アイザワの経歴をデバイスに表示させる。

 

 感想――食わせ物だ。ある日ポッと出てきて、グレーゾーンのトラブルシューティングを主に請け負うコンサルタント業で名をはせた。防災コンサルとしても業績を残しているが、やはり対犯罪捜査のエキスパートとして名高い。ロシアでは織斑一夏を一度追い込んだ。それだけで、今のところは十分な経歴と言えた。だがそれ以前の経歴はまったくの白紙。

 ある日突然現れた人間だ。信頼しろという方が難しい。だが()()()()()()。彼の経歴や伝聞から推測できる気質に、弾は少し親近感を抱いていた。

 

 自動運転のモーターカーがアラートを鳴らした――目的地到着を告げている。車が速度を落とし、やがて音もなく停車した。

 ドアが開く。商売道具を詰め込んだ鞄を片手に下りれば、ドアを閉めてモーターカーが走り去っていく。帰りの手段はなし、つまり解決できなければ帰って来るなということか――弾は表情をゆがめた。自信はあったが、案件の詳細を聞くにつれて不安は募った。前例のない事態だ。

 

 人工知能による人間への造反を解除させよ。

 俺はブラックジャックじゃないんだぞ、と吐き捨てた。頼れる人間はいなかった。悲しいことに、この世界におけるそういった先端科学のエキスパートを見渡せば、()()()()()()()()を除けば弾に頼るのは合理的だった。

 唯一無二の権威者は世界を滅茶苦茶にした後、失踪していた。

 

 広大な大地に佇む。視線を上げた。鋼鉄製の城壁が視界をふさいだ。

 場違いな、まるでゲームのオープンワールドに小学生が組み上げたような、現実味のない巨大な存在。

 弾は脳内に叩き込んでいた情報と照合させた――『エクリブリウム計画』によって建造された市街地、それを守る第一の壁だ。物理的な攻撃や侵入者の一切をシャットアウトする特殊合金製の外壁。

 

「立派な外観だよな」

 

 何気なく弾は、後ろに立っていた男に声をかけた。先に来ていたその男は、いつも通りにアロハシャツ姿の弾とは対照的なダークスーツを身にまとっていた。

 男――ショータは爽やかに笑った。写真通り、黒髪短髪の日本人。どこにでもいそうな顔だった。地面に落としていた手持ち鞄を拾い上げ、彼はゆっくり近づいてきた。

 

「そうですね。さすがは人類の英知の結晶です」

「五反田弾だ」

藍沢翔太(あいざわしょうた)と申します。お会いできて光栄です、五反田さん」

 

 握手を交わした――手の感覚に脳髄がスパークした。弾はショータの顔を見た。

 視線が重なる。無言のままに、二人は見つめ合っていた。不意にショータが目を外した。

 

「じゃあ行きましょうか」

「……あんた、敬語、ちょっと無理してないか? 二人しかいないし、別にいいぜ」

 

 弾は慎重に言葉を選んだ。ショータは少し考えてから、息を吐いた。

 

「分かった。五反田、よろしく頼む」

「弾でいいぞ、翔太」

「……はいよ」

 

 足取りが不思議と軽くなった。弾の心に燻っていた不満、不審は、いつの間にか消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外壁に近づくにつれ、嫌でも空気は張り詰めていく。

 二人は知らずの内に声を潜めて、囁くように会話していた。

 

「どうする? 門前払いされたら」

「第一の門を通過するプランは組んである」

「どうやんだよ」

「爆破する」

「お前さぁ……」

 

 防犯コンサルタントとは思えない野蛮な発想だった。弾は天を仰いだ。相棒がテロリストも真っ青の過激思考だと想像だにしていなかった。

 外壁が近づくほどにその存在感は大きくなる。見上げるほどの高さの外壁は、自律高射砲や対歩兵機関銃を備えていた。問答無用で撃たれたら間違いなくお陀仏だ。けれど二人の男は、張り詰めながらもリラックスしていた。

 

「銃口を向けられるのには慣れてるのか?」

「俺ァフリーランスなもんで、たまーにな。あんたも慣れてるみたいだな」

「……不本意ながらな」

「違いねえや、好き好んで危ない目に遭いたくはない」

「そりゃ同意見でよかった。人生をどっかでミスったんだよな、お互いに」

「いや、俺は自分から飛び込んだ面があるからな」

 

 弾の言葉にショータが少し、身体を強張らせた。気づきながらも、無視した。

 

「さて、じゃあ第一関門だ――おーい、開けてくれたりするかー!?」

 

 声を張り上げた。

 

「『スリーピングビューティー』さんよー! 聞こえるかー!?」

「……何度聞いても最悪なネーミングセンスだ」

 

 隣でショータがげんなりとしていた。

『スリーピングビューティー』――それはこの市街地を統括する中央AIの開発名称であった。

 性別は女性。人工知能とはいえ、人格をモデリングする際には性差が必要となった。女尊男卑は薄れ行きつつあるものの、人間の存在を組み上げるうえで性別は外せない要素として出てきた――出て来てしまった。母となる存在として、あるいは各企業の根深い女尊派の意見をこし取られ、()()は誕生した。

 未だ人間が性別から解放される日は遠い。もしかしたら永遠に来ないかもしれない。そもそも性別の存在を肯定し、その上で互いの違いを理解することが必要だと弾は考えていた。ジェンダーは専門外のため、素人意見ではあったが。

 

『五反田弾さんと藍沢翔太さんですね、お聞きしております』

 

 返事は天空から降ってきた――二人は顔を見合わせた。

 幻聴か? と互いに視線で問うことが、現実であることの何よりの証左。

 それから二人は正面を向いた――城壁にぽっかりと、人間が通るための隙間が空いている。出入口が解放されていた。乾いた笑いが出た。第一関門は何の苦労もなくクリアした。情報との齟齬が激しい。

 念のため周囲を見回す。最初に気づくべきだった。警備ロボットは姿を消している。影も形もない。今までの失敗は何だったのか。

 

 否――弾の思考が回転する。恐らくこの二人の内片方、()()()()()()()()()A()I()()()()()()()()()()()()()()()。その要因を探るには材料が足りていない。経歴は共通点なし。弾はAI『スリーピングビューティー』開発に関与していない。研究が流用されていたとしても、直接彼女と会話したことはない。隣のショータに至っては経歴不明だ。

 頭を振った。考察するにしても頭打ちだった。とにかく中に入ってみなければ話は始まらない。一歩踏み出したのは同時だった。

 

「爆破できなくて残念だったな」

「人を爆弾魔みたいに言うな。最悪、中でヤるさ」

「やっぱ爆弾魔じゃねーか」

 

 歩いていく――外壁の兵器は音一つ立てていない。

 恐る恐る外壁をくぐった。二人の背後で隙間が閉じられていく。特殊合金は可変性を持っている、というデータを思い出した。合わせ目すら消滅し、出口が完全に消滅した。

 

 市街地を見渡した――人気は当然ない。ドローンが行き交っている。二人の存在には頓着せず、ただプログラミングされた通りに徘徊し、物を運んでいる。手に持つサイズの物資を、おもちゃのヘリコプターのようなドローンが運搬していた。引っ越し荷物サイズの物資を、無人のトラックが背負って走っていた。車の行き交いは想像より多い。フロントガラスのない、無人を前提とした運搬用ドローンたちばかりだ。車体各部に埋め込まれたカメラやセンサーが外の障害物を感知して回避するため事故は起きない。もとより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()A()I()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 弾は注意深くその様子を見た。ドローンの中には、新規に製造されたものと、今回の計画のために寄与されたものがある。そのどれもが一糸乱れぬ動きで、同じように町を周回していた。一週間ずっと、同じ動きを繰り返しているということになる。

 隣のショータが不意に動いた。ポケットから紙くずを取り出し、路地に放り捨てる。すぐさまドローンの一機が規定コースを外れ、そのゴミを小型マニュピレータで摘み上げ格納した。男二人の口笛が重なった。

 

「こりゃいいな。俺ン家に欲しいぜ。ここだけの話、恋人がすげー掃除にこだわりがあってさ、俺が下手に散らかしてるとすぐ雷が落ちるんだ」

「恐い話だな――悪い、俺のパートナーはそこんところズボラでな。掃除は俺が担当してる」

 

 道を歩き始めた。雑居ビルをイメージしたのか、五階建てほどのビルが立ち並ぶ。路面には店こそ出ていないが、いくらかテナントを前提にした間取りの家屋があった。色はない、ほとんど真白い世界。言いようのない感覚だった。子供一人いない完成された世界において、部外者である二人は居心地が悪かった。

 行き先の検討自体はついている。弾がデバイスにマップを表示させた。市街地の中央部にこそ、AI『スリーピングビューティー』は座している。

 

「ここからだと徒歩でどれくらいだ?」

「あーっとだな……150キロだな」

「はっはっは……冗談だよな?」

 

 ショータが青ざめた。弾は自分も同じような顔色だろうと思った。

 男二人で歩くにしても、この距離は論外だ。道中何度かキャンプをする羽目になる。携帯食料は持ち込んでいたが、かかる時間が長すぎる。恋人からウツホニウムを摂取できず死亡する可能性が高い。

 参加した(発言権はなかったが)会議では、市街地に入れば速やかにAIへ向かえと言われていた。どう向かえばいいのかは、内部に存在する公共交通機関を利用しろとだけだった。

 

「バスなり電車なりはないのか?」

「駅が少し歩けばあるが――ああ、心配しなくてもよかったらしい」

 

 弾は歩道の途中で足を止めた。二人のすぐそばを走っていた車の一台が、ぴたりと停車した。

 最新型の電気自動車(Electric Vehicle)だ。弾が休日に乗り回している乗用車の10台分ほど値は張るだろう。

 ドアが自動で開く。窓はない。中に入れば何も見えなくなるだろう。そこだけを切り取って比較すれば、棺桶と大差はない。

 

『お二方、お乗りになってください』

「……なあ弾、こないだ見た映画でさ、乗り込もうとした瞬間に車が爆発するシーンがあったんだ」

「俺はその後の、ジェイソン・ステイサムが報復に襲撃するシーンの方が印象的だな」

 

 男二人は視線を重ねた――お前が先に乗れと、互いの目がかたくなに叫んでいた。

 

『あの、爆破とかしないんでほんと……早く乗ってくれません? 行っちゃいますよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・五反田弾
 男同士の会話は基本的にテンポよく書けるので好きです
 これISの二次創作書く人間としては最悪だな
 恋人さんは潔癖というか徳が高い感じの想定で書いています
 エピソードなさすぎて基本捏造するしかないんだよ!
 アロハ着てるし外見チンピラなんすよね~ということでショータより砕けた口調です
 でもアロハばっか着るのは止めろと恋人に怒られています
 企業の利害関係に振り回されて激おこカムチャツカファイヤー

・藍沢翔太
 爆弾魔
 隙あらば爆破しようと狙ってくる
 爆破する必要がない……ってことは爆破だな!
 なんで爆破する必要があるんですか

・スリーピングビューティー
 本作のヒロイン

感想評価ありがとうございます。
やっていきます。

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