狂い咲く華を求めて   作:佐遊樹

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ご無沙汰しております(悶絶少年専属調教師)

読み返してたら五巻だと偏光射撃なんすね~
まあその後は偏向射撃なんでこっちに統一します、どっちでも意味は通ると思うし……


蒼雫Ⅰ

 セシリア・オルコットは偉大なる英国代表である。

 歴史ある祖国を誇りに思い、伝統と威信をかけて戦うだけの器量。

 同世代と比較しても先進的な装備と、それを誰よりも使いこなす技量。

 誰よりも冷徹に戦場を見通し、いかなる一兵卒すらも自由に動かさせない()()

 

 伝説の七人(オリジナル・セブン)の中でも突出していたのが最後の点であり、雲の上からすべてを見透かしている、まるで神そのものであるかのような戦術・戦略眼。

 そこから戦役後付けられた渾名は――

 

 

「――ケラウノス(Keraunos)は伊達じゃねえなッ!」

「――その呼び名は好きませんっ」

 

 

 光と光がぶつかり合い、飛び散って消える。

 手出しを許されていない――もとい手出しできない兵士らは、その輝きを呆然と見上げていた。

 これが、亡国機業戦役を戦い抜いたパイロットの力……! 言葉にならぬ畏怖が自然と伝播し、皆一様に慄く。今自分があそこに飛び込めば何秒もつのだろうか。

 常人は踏み入ることはおろか、直視することすら憚られるおぞましき異空間。生命の価値を切り詰めて引き伸ばし、極限まで軽くしてしまった、至ってはならない場所。

 

 全方位から放たれるレーザーは並みのパイロットならば一秒かからず被弾し、そこから連鎖的なダメージを負い瞬時に殲滅されるだろう。

 単純な数だけではない。狙いすまされた脆弱な部分、呼吸の間隙、意識外。全てが彼女にとっては照準の内であり、息をするように死角から攻撃を打ち込める。

 理由は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 それは偏向射撃(フレキシブル)の極限領域。

 

 セシリア・オルコットは一度として、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もはや子機など不要だった。

 彼女は自身の装甲に装着されたビットから直接エネルギーを吐き出し、それをレーザーに変換して縦横無尽に暴れさせている。

 戦場を埋め尽くさんとする光線はもはや波濤であり、隙のない絶命必至の波状攻撃だった。

 だが織斑一夏はそれをかいくぐり、まるですり抜けるようにしてセシリアへ迫っている。

 この場でそのからくりを看破できているのは一夏と、セシリアのみだった。

 

(エネルギー・ウィングの、いわば()()()()! わたくしの偏向射撃をこうも易々と予期されるとは……!)

 

 光が一瞬散っているのは、単にBT兵器から放たれたレーザーが弾かれているから、だけではない。

 一夏が展開する『ホワイト・テイル』の背部スラスター、そこからエネルギー・ウィングが一瞬だけ羽ばたき、レーザーを消し飛ばしているのだ。

 常時展開ではエネルギーを食い過ぎるため、必然的に一夏が習得した、習得せざるを得なかった技術。より多くの敵を屠るための殺人術の一環。

 どれほどレーザーの数が多くとも、そのすべてを見切って弾き飛ばす。自らの直前で曲がる、フェイントのレーザーには目もくれない。殺気の乗っていない攻撃に見向きする必要がどこにある。

 

「シッ――――!」

 

 鋭く息を吐いて、『ホワイト・テイル』が一気に加速する。

 セシリアはBT兵器から放たれ、偏向射撃によって今も周囲を飛び回っているレーザーを操る。自身と一夏の間を遮るようにして、レーザーの網を形成する。

 だが。

 

「効くわけねえだろォォォォォッ!!」

 

 ウィング前面展開――障害となるレーザーを消し飛ばし、零落白夜の塊とも言うべき彼が迫る。

 接触すれば瞬時に落とされるだろう。

 だが。

 

「まったくもっておっしゃる通り――分かっていましてよ」

 

 セシリアの姿がかき消えた――否。自分が大きく吹き飛ばされた。

 咄嗟に姿勢制御し、追撃に放たれるレーザーを回避。ウィングをはためかせるように動かし、大きく後退した。

 混乱は数秒。すぐさま思考を回転させる。弾き飛ばされた。つまり何かが真横から飛来し、エネルギー・ウィングごと一夏の身体を吹っ飛ばした。

 

(今のはエネルギ―攻撃じゃない。物理的な攻撃。零落白夜越しに衝撃をぶつけられるほどの――)

「ご覧ください――『スカイ・ケラウノス』」

 

 セシリアは戦端が開かれた時から変わらない微笑のままに、右手を一夏へ差し出す。

 瞬間、見慣れた姿の『ブルー・ティアーズ』を、背中から抱きしめるようにして一つの追加装備が包み込んだ。

 一夏は瞠目する――解析した内容。

 

(なんだ、それはッ!?)

 

 機能特化換装装備(オートクチュール)は、一般的にその機体専用のものである。

 ワンオフ機である専用機は必然として高性能を得て、それだけのキャパシティを得る。

 例えば、量産機では空中分解するような出力。例えば、量産機の射撃管制機能では賄いきれない高火力。例えば、量産機では動かすこともできない超重量装備。

 それらを扱うことができるのは専用機だけだ。

 故にオートクチュールは専用機のために開発されることとなる。

 

 だが――傑物は、その論理を時に歪曲させてしまう。

 

 今セシリアが身にまとうその装備は、『ブルー・ティアーズ』のために開発された代物、ではない。

 開発段階での識別名称は『碧眼の見透す蒼空に、闇はなく(Sky・gun Keraunos)』。

 ロールアウト後にパイロット自らが(識別名称が複雑かつ長すぎるという理由で)命名した正式名称は『スカイ・ケラウノス』。

 

 これは――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あり得ないッ! なんだそのオートクチュールは!?」

 

 驚愕を露わにして叫ぶ一夏を、再びレーザーの嵐が襲う。

 ぞんざいに振るわれたエネルギー・ウィングが光弾を消し飛ばすと同時に、セシリアが細い人差し指を()()と空に走らせた。

 

 巨大な、蒼が顕現する。

 

 一夏は呻いた。

 遮るようにして現れたのは、物理的にしかと存在する楯。

 

「あり得ない、あり得ねえだろッ……」

 

 それこそがオートクチュール『スカイ・ケラウノス』の主兵装。

 巨大なシールドビットが二基、立ちふさがる。

 セシリアの周囲に小型のシールドビットが数十基展開される。

 

 それだけ。

 ()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 織斑一夏にとっては、セシリア・オルコットに絶対に持たせてはいけない追加だった。

 

 

 

 

 

 飛び交うレーザーの雨を強引に突破して一夏は彼女に迫るが、シールドビットが阻む。

 ビットをまず切り捨てる――だがその前に、偏向したレーザーが全方位から襲う。

 優先順位が滅茶苦茶になる。防御を切り裂くか攻撃を防ぐか。否、本当に攻撃するべき本体は既に大きく後退している。仕方なく仕切りなおす。

 

「これは――()()()()()()()()()()()()()()()()オートクチュールだ……ッ!」

「ええ、如何にも。そのために造らせた代物ですわ」

「国家代表がこんなもん持っててどうするんだよッ!」

「今、一夏さんが身をもって知っている最中でしょう?」

 

 ああそうだ、その通りだ――忸怩たる思いで、一夏は歯噛みした。

 セシリア・オルコットを相手取る際に、一夏が最も考えるべきことは如何に距離を詰めるかだった。BTの包囲網を潜り抜け、接敵し切り捨てる。それだけだった。

 逆に言えば、それ以外に彼女に隙など無い。

 もとよりこの世界においてBT兵器の精密性の頂点に君臨する彼女が、こんなものを持てば、接近する相手をあしらうことなど容易い。

 

 BT試作二号機――『サイレント・ゼフィルス』に試験目的で搭載されたシールドビット。

 それはあまりの性能的欠陥から開発が中断された代物だ。

 単純に、ビットを操るだけならばまだしも、そのビットの中でも攻撃と防御が分かたれる。自身の攻撃防御以外にもそれを扱ってみせるなど、常人にはなしえない。

 一時は織斑マドカという例外が確認され、開発チームは沸き立ったが――限定開示された彼女の出自、即ち遺伝子段階から最高レベルの強化を施さなければならないというハードルに、開発は沈黙した。

 

 それを、セシリア・オルコットが打ち破ってみせた。

 

 何の強化手術も受けず、ただ絶え間なく数えきれない修練の果て。

 彼女は、その領域にたどり着いた。

 

 

 

 織斑一夏はかつて、篠ノ之束と同格の領域にたどり着いた人間はシャルロット・デュノアだと言った。

 それは誤りではない。

 だが、訂正は必要である。

 

 世界最強(シャルロット・デュノア)以外にも――人間の限界を超えた存在はいる。

 ここに、いる!

 

 

 

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

 ビームが荒れ狂う。一夏はエネルギー節約のため必死にそれを回避する。

 全てがセシリアの計算通りだった。

 この地点――織斑一夏がやって来た場合に、一番か二番目に相手取ることになるポジション。

 まさしく()()()()()()()()()()特注していたオートクチュール。

 

(貴方はエネルギーを節約しなければならない。その制約に縛られたまま、徹底的に貴方への対策を講じたわたくしを相手取らなくてはならない)

 

 彼個人へのメタを張り、完全に封殺する。

 それがセシリア・オルコットが南極へ出征するにあたって出した結論だった。

 この作戦には、例え自身が敗北しても気力・体力・シールドエネルギーの大幅な減損が狙えるという利点もあった。

 

 かつてのセシリアならこれだけやれば満足しただろう。

 今のセシリアは違った――英国代表として腕を磨き、熟練を通り越して極の位置に達した彼女は、だからこそ織斑一夏の危険性を理解していた。

 

 故に。

 

「ねえ、一夏さん」

 

 ここに()()()()が存在する。

 

「悪いが取り込み中で、返事できねえぞ……ッ!」

「ええ、そうでしょうね」

 

 飛び込んできた一夏をシールドビットで退け、楯ごと切り捨てようとする突撃を小型シールドビットで絡め捕るようにして逸らす。

 すべてが神域と言って差し支えない動き。

 それを成しながらも、高高度で悠然と腕を組み、セシリアが唇を動かす。

 

「滑稽ですわね」

「あぁ!? 何だがよッ!」

「一夏さんのことですわ」

「だろうなあッ、今お前の下をチワワみたいに這いずり回ってるところだしなァッ!」

「こんな凶悪なチワワいませんわ……そうではなくて」

 

 咳ばらいしてから調子を取り戻し、セシリアは悠然と告げる。

 

「今の一夏さんは――()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――――――――」

 

 一瞬、動きが乱れた。

 セシリア・オルコットが、ケラウノス(Keraunos)がその間隙を見逃すはずもない。

 周囲を旋回していたレーザーが超高速で飛来、一夏の動揺を撃ち抜く。ウィングの隙間を通り抜けたレーザーが上半身の装甲をほとんど吹き飛ばす。黒煙を噴き上げて、一夏が地面へ墜落していく。

 

「――――チィィ!」

 

 意識が一瞬飛んだ。頭を振って意識をつなぎ留め、墜落寸前で急制動、ばねで弾かれたように空中へ舞い戻る。だが動きは、明らかに精彩を欠いている。

 

「なんでしたっけ、そう。箒さんは――正義の味方でありたいとおっしゃっていました。わたくしも彼女の理想を尊いものだと思っていたのに。それなのに――なんですの、そのザマは」

「黙れ、黙れ黙れ黙れッ!!」

 

 ウィングだけでなく、『雪片弐型』も振るってレーザーを弾く。そうでなければ追いつかなくなっていた。

 脳が白熱し、冷静な思考が欠落していく。

 

「今の一夏さんは、まさに箒さんの敵です」

「分かってるッッッ」

 

 乾坤一擲。あるいは自暴自棄。一夏が超加速でセシリアに迫る。

 シールドビットは――動かない。

 振り抜かれる白銀の刃。

 金属音と共に、火花が散った。

 

「…………今の貴方の太刀筋は、犬畜生にも劣る下劣な、殺意に任せた代物。はっきり言って失望です。箒さんならきっと、鍛錬が足りない! とおっしゃるでしょう」

 

 侮蔑の言葉と裏腹に、セシリアの碧眼は寂しそうに歪んでいた。

 だが、一夏はそれに気づかない。

 気づけない。

 

 自分の全身全霊の剣が――セシリアが片手間に振るった短刀に、受け止められていた。

 

 近接用ショートブレード『インターセプターⅡ』。本格的な近接戦闘装備とは比べるまでもない鈍ら。一夏の一閃ならば、その刀身ごと切り捨てることが平時のはず。

 

「顔を洗って出直しなさいな」

 

 自分を取り巻く銃口に気づき、一夏は頬をひきつらせた。

 閃光が、奔った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ISバトルにおいて精神攻撃は基本

いつも感想評価・誤字報告ありがとうございます。
やっていきます。

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