狂い咲く華を求めて   作:佐遊樹

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蒼雫Ⅲ

 爆炎を抜けて落ちていく。

 意識すらも明滅して、手足がうまく動かない。

 セシリアが悠然とこちらを見下すのが、見えた。それでも一夏の身体は動かなかった。

 

 終わり――絶対防御を貫いた衝撃に、臓腑が損傷したのが分かる。内臓に肋骨が突き刺さり、体内で爆発的に血が暴れている。ショック死を免れているのはISによる応急処置のおかげだった。

 死んではいない。だが()()()()()()()。意識と肉体は乖離し、一夏はスローモーションの世界の中で、墜落する自身の身体を見ているだけだった。

 終わり。敗北。

 元より負け戦なのは分かっていた。だがこんなに早く終わってしまうとは。

 空の上でセシリアがこちらを見下ろしている。憐憫のまなざし。優しい奴だなと、苦笑いを浮かべた。

 

 ――――本当に?

 

 装甲が吹き飛んだ。翼も光を失っている。全身を倦怠感が包んでいる。激痛に脳髄が悲鳴を上げている。

 戦える道理はない。

 既にこの戦場において、織斑一夏は脱落者だった。

 

 ――――本当に?

 

 まだ戦える理由があるとしたら。

 それはきっと、心だ。

 

 

(なら――戦える)

 

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 終わってなどいない。敗北してなどいない。

 装甲が吹き飛んだ。だから?

 翼も光を失っている。それが?

 全身を倦怠感が包んでいる。だから動けないと?

 激痛に脳髄が悲鳴を上げている。それがどうした?

 

 織斑一夏は脱落者だと皆が認めたとして。

 本人が認めなければどうだ?

 

 

「――――――――――――まだだ」

 

 

 そう、まだだ。

 まだ脱落など認めない、まだ負けてなどいない。

 

 故に。

 爆発するようにして噴き上がるエネルギー・ウィングが羽撃き、ボロボロの身体を弾き飛ばす。

 既に人間としての形をとどめているのが奇跡としか言いようのない肉塊。織斑一夏の内部は著しく損傷し、一秒後にはこと切れる可能性もある。そこには敗北の可能性が、確かな数字としてあった。

 

 だが、そう、()()()

 敗北の可能性、数字を踏みつぶせずして何が人間か。

 気力と意志力で、遠ざけるのではなくその可能性をねじ伏せる。一秒後の死を破壊し、その次の死を踏み砕き、その次の次の次の次の――すべての死と敗北を粉砕する。

 

「なん、て、出鱈目……!」

 

 セシリアの有する『天眼』はその光景を見て、悪寒に震えた。

 人の形をした悪魔としか思えない。けれど、それは確かに人間だからこそなせる業だ。

 相手は死に体と侮っていては、血みどろにされるのはこちらだ。

 シールドビットを全て配置し、あらためて偏向射撃の雨を降らせる。一夏はそれを弾き飛ばし、猛然と突き進んでくる。

 

(早い――先ほどよりも、早くなっていますの!?)

 

 体力は尽きたはずだ。エネルギーも大幅に減っているはずだ。だというのに、何故この期に及んで早くなるのだ。

 これが練習試合であれば、あまりの理不尽に呆れの言葉をぼやいていただろう。

 だが絶死の戦場であれば受け入れ、対処するしかない。狙撃手としての彼女は冷徹に数字を見る。

 

(体力切れ――既に半死半生ならば、時間を稼げば!)

 

 常識的に考えれば最適の一手。

 行動を阻害するための攻撃をばらまき、防御を固める。

 巧みな、そして計算高い彼女だからこその選択。

 

 ――この場にいるのがシャルロット・デュノア、あるいは凰鈴音であれば、防御をすべて捨てて攻勢に打って出ただろう。

 それが答えだった。

 

『いかんなセシリア。守りに入ってはいかんよ』

 

 オープンチャンネルに、ラウラの冷たい言葉が響いた。

 

「――ッ!」

 

 最適解が失策であったことに、セシリアは数秒遅れて気づく。

 光の嵐を、まるで端から蒸発させているかのような勢いで一夏が突き進んでくる。時間稼ぎは時間稼ぎとして成立しない。数秒ごとに、一夏は()()()()()()()()()()()()()()

 

「進化、して――!?」

『違うわよ……戻ってきてんのよ、アレ』

 

 鈴は通信越しに見る『ホワイト・テイル』の猛進を見て、悲しそうに呟いた。

 ISパイロットの教育に携わる第一人者として、絶対に認めてはならない光景。自身の生命そのものを削り、燃料に替えて燃え盛るかのような気迫。命を懸けての戦いでしか見られないその姿。

 

「セシリアァァ――――――!!」

 

 一夏がついにシールドビットの領域へ到達した。

 ブレーキが壊れたかのように跳ね上がり続ける剣速は、小型ビットを次々と叩き落しながら、大型シールドビットに裂傷を刻んでいく。

 

「どうして、ここまで……!」

 

 至近距離――ビットから放たれるレーザーを曲げ全方位から撃ち込んでも、それらすら雪片弐型の領域に入れば即座に打ち落とされる。

 ビットたちの壁が、まるでやすりにかけられているかのように削られていく。

 

 どうして。

 どうしてそんなになってまで、戦い続けるのですか。

 近づいた一夏の顔が鬼の形相で、それは間違っても愛を交わし合った相手に向ける表情ではないことに気づいて、セシリアは泣きそうになった。

 ハイパーセンサーは彼の隙を察知できない。『天眼』が最悪の未来を既に予期している。

 

「どうして、どうしてなのですかッ! 一夏さんはいつもいつもいつも! いつもそうです!」

 

 感情の発露が、絶叫となって迸る。

 耳を貸すこともなく、充血した眼で眼前の楯を切り刻み続ける一夏に対して、彼女は悲痛な叫びをぶつけた。

 

「だって、もういいじゃありませんか! 十分戦って、十分頑張って! もう一夏さんが戦う必要なんてありませんわ! だって、だってだって! わたくし、料理だってうまくなりました! プライドに負けないぐらい強くなりました! 誰かを見下すこともなくなりました!」

 

 一夏の動きにブレは生じない。

 ただ腕を振るうだけで、致死の閃光を切り飛ばし、邪魔な小型シールドビットを葬り、大型シールドビットをついに破壊する。

 距離を詰めると同時に彼は刀を逆手に持ち替えて、背後から襲うレーザーを弾いた。

 

「なのに……貴方はずっとずっと、箒さんの背中ばかりを……ッ、どうして――――」

「――――それが正しいと信じているからだ」

 

 シールドビット全滅。

 英国代表が死力を尽くして構築した包囲網・防衛陣を壊滅させて、かつての戦役で最も多くの敵を殺した男は、自身の血で染まった顔を一切歪めることなく、かつての戦友に向けて刀を振り上げた。

 

「故に、俺はお前の敵となる」

「……嗚呼、なんで、こんなにもなったというのに」

 

 セシリアは『インターセプターⅡ』を右手に持ち、そして左手を一夏へ伸ばす。

 どうか手を取ってと。

 切なる祈りにも似た、願望を込めて。

 

 

 

「『零落白夜』、起動」

 

 

 

 右手の短刀が蹴りに弾き飛ばされ、差し出した手は空を切った。

 逆手に振り下ろされた切っ先がセシリアの胸部装甲に突き立てられ、瞬間、蒼い光がスパークする。

 セシリアはかつて見たその蒼いエネルギーセイバーを、美しいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮に。

 仮にこの戦場が、他の各国代表もまとめて一夏を迎え撃つような舞台だったとしたら。

 その場合に織斑一夏は呆気なく敗北しただろうか――否である。

 セシリア・オルコットの対抗策は彼女単独だからこそ成せた策だ。

 もし小型シールドビットをフル展開していれば他の代表らの邪魔になっていただろう。

 そして間隙を生み出せば、一夏は見逃さない。まず間違いなく『零落白夜』が起動される。彼は絶対に相手を仕留められる場面でしかワンオフアビリティを切らない。

 

 だからこの結果は――彼女単独だからこその敗北でもあるし、彼女単独だからこその、織斑一夏にとっての痛打だった。

 

「カッ――」

 

 身体の内側からせり上がってきた血を吐き捨て、眼下に墜落していくセシリアを一瞥もせずに飛び去る。

 その後姿を見ながら、セシリアは唇をかんで通信を立ち上げた。

 

「……申し訳ありません。鈴さん、頼みます」

『任せて。ナイスファイトだったわよセシリア』

「わたくしは貴女の教え子ではありませんわよ」

『いいじゃないこれぐらい』

『すまないなセシリア、これがテロリストの基地を攻撃するれっきとした軍事作戦でなければ、援護に行けたのだが』

「構いません。ラウラさんが応援に来ていた場合、また別の形になっていたというだけで、勝利の保証はありませんから」

 

 一対多数で彼に挑むことは、各国代表にとってはタイマンとさして変わらない。むしろ味方の援護を考えつつ、彼の突発的な変則機動を読むのは難しい。

 またこれが()()()()()()()()()()()()()()()()であるが故に、戦力は分散せねばならなかった。万に一つも、死者など出せない。これだけ多くのトップガンが集った戦場で死者を出すことは、軍の安全性保障問題に関わる。

 初代世界最強もIS学園校長としての立場から軍事行動には参加できず、国家代表はそれぞれの持ち場に縛り付けられている。

 一夏にとってそれが幸運が不幸かは、結果だけが証明できる問題だ。

 

『じゃ、そろそろあたしは通信あんま出来なくなるから――悪いけどゴーレムを通す数抑えてよね、シャルロット』

『分かったよ、『ソード』の実戦データも十二分に取れたし、そろそろ『フォース』で行く』

『……ねえそれまさかと思うけど、私をこないだのモンド・グロッソで叩き落した奴じゃない?』

 

 楯無の言葉に、シャルロットは笑顔でうなずいた。

 げぇと全員呻く。シルエットシステムは大体が相手したくない兵装だが、その中でも群を抜いているのが『フォース』だった。

 

「なるべく早く基地を陥落させていただけると助かりますわ……」

『内部侵攻できなくもないけど、僕一人で突っ込んだ場合、置いて行かれる他の子たちが危ないからね……もう少しかかりそうだ』

『……慎重さは大事』

 

 皆が簪の発言に頷き、それぞれの持ち場に集中し始める。

 セシリアは地面に墜落寸前、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を用いてPICを作動、ゆっくりと着陸した。

 他の兵士らが飛んでくる――セシリアは、大きく破損した自分の胸部装甲を見る。

 戦闘できるエネルギーは残っていない。

 止められなかった悔しさと、まるで構わずに突き進んでいった彼を思い出し、セシリア・オルコットの視界が、不意ににじんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白銀の大地に、赤銅色の機体が一機。

 それを見て、高速飛行していた『ホワイト・テイル』が速度を落とし、彼女の正面に降り立つ。

 

「来たわね」

「……よう」

「まああたしとセシリアは、ほら、()()()()()()()()()()()からそんなにだけど……後で控えてるシャルロットと楯無さんはカンカンよ?」

「……そうか」

 

 二人は、少し黙った。

 

「じゃ、始めましょっか。負けたら文句言わずに捕まりなさいよ」

「……確約はできない」

「確かに今のあんた、生身でも走って行きそうね……分かった、そんときは気絶させるから、自決とかはやめてよ?」

「……自決? するわけないだろう」

 

 二人は、互いの得物を構えた。

 

「俺は負けられない。お前を叩き切って進む」

「あ、そう。別に反論はないけど、文句だけ言わせてもらうわね」

 

 ウィングスラスターが蠢動し互いの視線が交差する。周囲の兵士らがゴーレムの相手をしつつ、二人の戦いを見守る。首を突っ込めば瞬時に死ぬ。手出ししないよう彼女からあらかじめ言い含められていた。

 

 凰鈴音――中華人民共和国国家代表は、両手に持つ青龍刀を軽く振る。

 それから、はらわたを砕くような怒声を叩きつけた。

 

「あんた、()()()()()見てないで、いい加減、今目の前にいるあたしを見なさいよ――――ッ!!」

 

 それに対して織斑一夏は雪片弐型の切っ先を突き付けて、冷たく返す。

 

「無理だ。俺は今、無辜の人々を守るためにここにいる。お前は障害物の一つだ――切り捨てる!!」

 

 刹那。

 地面を爆砕して、加速した両者が激突。

 余波に大気が震え、世界が悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・徹底的にメタ張ったろwwwww
 ↓
 ウ ル ト ラ ト ン チ キ
 ゴリ押しには勝てなかったよ……
 まあ上半身の装甲吹っ飛ばして身体ボロボロにできたし、多少はね?
 (エネルギーは言うほど削れては)ないです

・戦場だけど国家代表こんだけいて死者とか出たら
 いくら軍人が命かける仕事とはいえ損耗率あかんやろって感じで
 各国代表は戦力かつ御守として機能するよう言われてます
 だからボスラッシュなんすね~
 千冬姉が出てないのは何で? というのは至極まっとうな疑問なんですが
 さすがにテロリスト絶対ぶっ殺す戦線に教育者は出せんやろみたいな
 IS学園は名目上軍人育成機関ではないし……

・ブラストソードフォース
 普通にソードでワンサマに挑むの馬鹿すぎるのでソードは役目終了
 種死では出番たくさんあったから勘弁して
 対艦刀は人間の背丈ぐらいの刀身で
 本当に戦艦相手の時はエネルギーを刀身に収束させてびよーんと伸びるイメージ
 オーバーエッジ君!?
 フォースどんな感じにするかは諸案ありますが多分一番キツいのになりそうです

・順番
 シャルロット・インフィニットジャスティス・デュノアとかいう例外を除いて
 基本は表紙になった順番で行こうかな~と思ってます
 その時は前回やったみたいに原作での対決を踏襲していきたいです

 いつも感想評価ありがとうございます。
 リアルの都合で次回更新はちょっと遅れそうです。
 頑張ります。

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