狂い咲く華を求めて   作:佐遊樹

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ご無沙汰しております(悶絶少年専属調教師)


甲龍Ⅰ

 互いの武器が激突し、甲高い音を立てる。

 本気の斬り込み――文字通り鋼鉄を両断するその剣筋同士がぶつかり、火花を散らした。

 それきりの、沈黙。視線が結ばれたまま、二人はゆっくりと半歩だけ下がった。

 

 青龍刀にヒビはなく、雪片弐型にも刃こぼれはない。

 だが追撃はなく、決して視認できないスピードの斬撃でもなく、決戦場を沈黙が包んでいる。

 周囲の断続的な発砲音が、ゴーレムの断末魔代わりに響いている。渦中にいるはずの二人だけが、痛いほどに、静かだった。

 

「――鈴代表、どうしたのっ!?」

「分かんないっ!」

 

 周囲に散らばっていた国連軍兵士らが、突如停滞した決闘にどよめいた。

 ゴーレムの数は減っていた。最前線でシャルロット・デュノアが高機動戦を展開しているのだ。彼女の高機動戦とは、即ち、一般兵にとっての絶死に当たる。

 鈴の教え子であり、中国軍のエリートである兵士たちならば、これしきの数相手に苦戦することはあっても敗死することはない。基本に忠実なスリーマンセルでゴーレムを叩き落していく。ある程度の余裕があった。弛緩ではない、緊張の中で戦域を見渡す、IS搭乗者にとって必須であり高難易度の能力。それが、一夏と鈴の異様な決闘を確認させた。

 

 得物を下ろしてこそいないが、二人は死地の中で余りにのろのろと、円を描いて立ち位置を変えていく。

 初撃の反動? ――否。

 国家代表である鈴は、継戦能力に重きを置く指導を行っていた。それは無論、当人による当人の調整にも現れている。

 

 戦うべき時に戦えない人間に、意味はない。

 戦うべき時に戦えない人間には、何も守れない。

 

 彼女が何度も繰り返し、繰り返し告げていた言葉だ。

 それは時には叱咤を、時には痛みすら伴う指導によって叩き込まれてきた。この戦場にいる誰もが、彼女の言葉の重みを知っている。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからこそ。

 

 誰もが、彼女の言葉の重みを知っている。

 

「情がわいたとかっ!?」

「うそ、鈴代表に限って、ここでそんなこと!」

 

 彼女と織斑一夏の関係性。ある程度は、知っていた。それなりの付き合いで、それなりの感情があるのも知っていた。彼について語る時の表情。声のトーン。観察すればヒントはいくらでもあった。

 だからこそ、一夏がテロリストになり果てた時には、誰もが鈴を気遣った。

 予想通りというべきか、鈴は気丈に振る舞っていた。違和感はなかった。()()()()こそが、異常であるなんて、みんな分かっていた。

 

 今回の出撃。数多くの国家代表。誰が織斑一夏を撃墜するか賭けをしようと、不埒な輩が提案した。運悪く、それが鈴に見つかった。

 

『決まってるでしょ。あたし以外、候補にもなんないわ』

 

 その時。

 その時、彼女の瞳に宿っていた炎。

 

 それは『覚悟』と呼ばれる心の在り方だった。

 

 故に誰もが、口に出す言葉と裏腹に、鈴の次の行動に、全幅の信頼を置いていた。

 

 

 

 そして、予想通りに。

 何の前兆もなく――鈴が飛びかかった。

 

 

 

 近距離戦闘において、両者はほぼ同じ領域にいると言っていい。

 間合いの読みあい。次の一手の模索。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 耐え切れず、先に出たほうが負ける――どこかにそんな気持ちがあった。

 

(けどねえっ!)

 

 猛る内心のまま、鈴は刀を振るう。

 

(決めてたのよ、あんた相手だったら、ガンガン行くってっ!)

 

 一方。

 刃のように鋭く、けれど鉄のように冷たい眼差しで、一夏は飛び込んでくる彼女を見ていた。

 

(まあ、そうなるよな)

 

 柄を強く、強く強く握り込んだ。ギチギチと不協和音が響くほどに、握り込んだ。

 

(分かってたよ。俺相手だったら、真っすぐ来るって)

 

 狙うはカウンターの一閃。それも『零落白夜』を使っての必殺。

 

(当たったらあたしはオシマイ! だから、当たらなければいいっ!)

(当てられなかったら一巻の終わり。だから、絶対に当てるッ!!)

 

 視線は結ばれたまま。

 けれど鈴と一夏とで、見ているものは違った。

 

(殺気、闘気、剣気、なんでもいいから気配をよこしなさいっ! この土壇場、()()()()()()()()()()()()()()()! それさえあれば読める、そこからあんたの身体がラグを挟んで動いて、その時にはもうあたしは回避機動を取れてるッ!)

(次は誰だ。シャルは奥に行ってるはず、なら、中間地点を埋めるとしたら間違いなくラウラだ。戦場全体の戦術指揮を執っている可能性も高い。南極大陸全域の趨勢を囮に使えたら万々歳だが、あいつなら合理的に、俺だけに集中しそうでもある)

 

 距離が縮まる。一般兵が口を開けていく。叫び、驚き、祈り。それらがスローモーションになるほどの遅滞。

 集中が時間軸に作用し、二人の間でのみ、一秒が極限まで切り刻まれていく。

 

(――来ないッ!? うそでしょ、()()()()ってワケ!? 上等じゃない、それならあたしの勘で避ければいいッ!)

(簪は……果たして潜り込めるかどうか、だな。そこさえクリアできれば、かなり楽になる。楯無さんは時間稼ぎに徹されたら厄介だ。空間が丸々地雷原になってちゃ、骨が折れる。そして最後にシャルか。嫌になるな)

 

 鈴がスラスターに点火した。真っすぐに、更なる加速。

 それを見てなのかも分からぬまま、一夏の身体が自然と動いた。

 

 ――雪片弐型を、突き出していた。

 

(な、まだ、とどかなッッ)

 

 純白の刀身が割れ、蒼いエネルギーセイバーが吐き出され、()()()()()()()()()()()()

 出力を内部転換して攻撃範囲を伸ばす、織斑一夏の奥の手。

 加速し、突っ込んでくる鈴の回避機動が間に合わないタイミングでの巧緻極まる一手。

 

(あ、だめだ、こいつ避ける)

 

 スラスターは動かない。PICも間に合わない。その状態で、()()()()()()()()()()()()()

 ISの戦闘機動ではない。体術による、地面を蹴りあげての回避。

 加速、慣性、反動、全てを我が身に引き換えての、0%を引き寄せる強引極まりない一手。

 

 

 アンチエネルギー・ビームの奔流はわずかに掠めるだけに終わり。

『ホワイト・テイル』のエネルギーが空振りになって。

 鈴が激痛に顔をしかめながら転がって距離を取る。

 

 

「…………ああああああふざけんなよ鈴テッメェ! 今のは駄目だろ! 今のは当たってただろ絶対!」

「イッタタタタタ! 痛い! 足折れちゃったじゃないのよ馬鹿ぁ! ていうかあたし今何したの!? 今のどうやって避けたのッ!?」

 

 唾を飛ばし合い、ののしり合う――その光景に、周囲の兵士は頬をひきつらせた。

 こうなってしまっては、読みあいもへったくれもない。

 

(クソ! こいつ、マジで動物的な本能だけで今のを避けたのかよ! 信じられねえ! ふざけんな! 俺みたいな主人公だけが許されるはずだろ、そういうのはさあ!)

(と、とにかく避けることができた以上、今の一合はあたしの読み勝ちね。いやまあ、経過分かってないし、身体的なダメージはそれなりだけど、とにかくあたしの勝ちよ!)

 

 鎮痛機能が起動し、鈴の脳に殺到していた痛覚信号が遮断される。痛みを感じられないのは、それは更なる危険にもつながり得るが、この場においては思考を邪魔されることの方が甚大な被害だった。

 

(ああもう、しょうがねえ。今ので決められなかったのは、俺も悪い。だが足はもう使えなくなってる。なら――)

 

 一夏は息を吐いてから、ゆっくりと身体を、鈴に向けた。

 

「鈴」

「なによ?」

 

 

 

「本気で行くからな」

 

 

 

 音が消えた。

 真後ろから振るわれた刀を、鈴はその場から跳ね飛ぶようにして避けた。

 舌打ち。一夏は追撃に踏み込みながらも思考を回す。

 

(ああやばいなこれ。ちょっと、あれだ、負けパターンに近づいてきてる。どんだけ頭を回して、戦術をこねくり回しても、こういう手合いは全部、気合だの勘だので解決しやがる。そりゃ俺だって昔はそうだったよ? 全盛期なら全部補正で解決してたよ? でも年には勝てねえって)

 

 あの啖呵の直後にネガティブスパイラルに陥るというアクロバティック思考である。

 だが弱音を吐いてはいられない。

 

(掠めた、ってことはエネルギー自体はかなり減ってるはずだ。ここから先の相手を考えれば、鈴みたいな直感型はいない。なら、()()()()使()()()()()()()()()()

 

 一撃一殺。

 集団戦において、彼が自らに課しているルールだ。

 単なるエゴではなく、エネルギーの節約を主な目的としたその戦法は、必殺であるはずの攻撃を避けられた際、呆気なく崩壊する。

 

 だが。

 

 そこから先の段取りを組めずして、『零落白夜』の使い手は名乗れない。

 

(あいつのやることは変わらないッ)

(俺のやることは変わらねえッ)

 

 身体の感覚を調節し、鈴が体勢を整えた――ここまで二秒。

 ワンオフアビリティの出力を調節し、一夏が次なる戦術を構築する――同じく、二秒。

 

((あいつ/俺は、真正面から叩き斬るッッ!!))

 

 故に。

 エネルギー・ウィングが猛る。束ねられていたエネルギーが出力に転換される。

 鈴は歯を食いしばった。

 

(防御は無理ッ、なら、ここであたしが堕とされてもいいッ、捨て身の一撃でこいつも道連れにする!)

(回避を選ぶようなヤワな女じゃない。間違いなく捨て身で来る。こんな場所で相討ちなんて笑えねえ、死んでも一方的に勝利するッ!)

 

 互いの勝利条件のズレ。

 織斑一夏を進ませない。

 織斑一夏は進まざるを得ない。

 

 そこに鈴はつけ入る隙を見出し。

 そこに一夏は自身の弱点を自覚している。

 

「『零落――――」

 

 ワンオフアビリティを起動させようとし、鈴が両手の剣を振るおうとし。

 両者、弾かれたように。

 

 顔を上げた――空中から降り注ぐ光。

 

「――――ッッ!?!?」

 

 一夏は決闘を瞬時に放棄し、ランダム回避機動でその場から退避する。鈴も同様に転がりどいた。

 直後、氷の大地を高出力エネルギービームの雨が穿ち、破壊し、爆音と共に砕く。

 

「ちょ、ちょっと何よ今の……ッ!? どこの部隊!?」

 

 困惑の声。一般兵もまた、同様に、空を見上げた。

 十に届くかといった黒点が浮かんでいる。それらは全て、IS――そう、IS!

 南極大陸で、テロリスト基地への攻撃作戦の最中、基地そのものへの攻撃を放棄している、IS!

 

『鈴ッ、こっちから何機かいきなり離脱して、そっちに行ったっ!』

「どういう意味よシャルロット!」

『外部からの、僕の直轄後輩じゃない人たちだ――()()()()()()()()()()()()()()()!』

『こちらも同様だ。簪、把握できるか』

『ラウラとお姉ちゃんのところから、三機ずつ……私のところからは、行ってないけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 鈴は馬鹿じゃない――思考が高速で回転する。

 自分ごと攻撃した。狙いはどちらだ。いや、国連軍のパイロットにテロリストが混じれるとは思わない。ならば、作戦とは別の系統からの指示で、織斑一夏を狙っているのか。

 

「――――何だ、お前ら」

 

 一夏が切っ先を天に突き付けた。

 IS群――ラファールタイプ、シュヴァルツェアタイプ、その他国籍の異なるISが並ぶ中、一機が高度を下げてきた。

 ファング・クエイク系統の機体だ。

 

識別名称(コード)と作戦目的は」

「『再殺部隊(リピート・キラーズ)』と申します」

「へえ」

「貴方を殺しに来ました」

「参ったな、心当たりがありすぎて、それだけじゃ絞れねえや」

 

 彼は肩をすくめた。その間にも、ISたちが一夏を囲むように陣形を組み上げていく。

 

「まっ、待ちなさいよっ! そいつの相手は――」

「鈴代表は戦線指揮にお戻りください。我々は特殊権限を持っています」

 

 表示されるウィンドウ――鈴の上司の名前もあった。許可が出ている。

 大きな、現場のパイロットとは隔絶した場所にいる権力者の意志を感じて、鈴は目を見開いた。

 

「では、すみません。死んでください」

「――まあ、なんていうか。別にやること変わんねーわな」

 

 エネルギー・ウィングがはためくと同時、戦場に降り立ったIS達が、一斉にトリガーを引いた。









更新ペースがいきなり前と同じというわけにはいきませんが、ぼちぼち再開していきます。
よろしくお願いします。

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