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俺こと織斑一夏がテロリストになってから結成されたのか否かにもよるが、正直命を狙われる理由なんて無限にある。
俺を殺そうとする連中がまず頭を悩ませるのは、過程やら後始末やらではない。
根本的に、
大抵の致命傷は即座に修復できる。また、死んでも蘇ってくる。戦役時の記録を参照すれば、俺を殺害するということがいかに絵空事か分かるだろう。
それでも殺さねばならない理由はある。山ほどあったし、俺が新たに山ほどつくった。
どいつもこいつも、たいして有効な方法を見つけられたわけでもないのに、『これこそ織斑一夏を確実に殺す方法だ!』って息巻いて来るもんだから笑えた。
学園の教師になってからは、おいそれとはIS学園に侵入できない以上パッタリ止んだけどな。
……自分で言っておきながら、違和感がすごいな。IS学園、俺が生徒の頃は侵入され放題だったのに。気づけばだいぶ、だいぶマシになった。
時代の変化なのか。
それともただ、悪意が息を潜めていただけなのか。
正直どうでもいい。
降りかかる火の粉は払う。
それだけだ。
銃弾銃弾銃弾――
ヌルい。ヌルすぎる。さっきまでセシリアの弾幕と正面からやり合ってた俺相手に、この十倍もなしに挑むなんて、根本的にはき違えている。
「射撃の精度は高いみたいだが、俺にあてたけりゃ人智を超えなきゃな……!」
滑るように回避しつつ視線を巡らせる。
一機、狙いをつけた。
俺の前で甘えた機動を取るとどういう目に遭うのか分からせてやろう。
身体を向けて瞬時加速のためにエネルギーを取り込み、刹那、右へ跳んだ。狙いすましたかのような砲撃――口径から認識。手持ち武器じゃない。
動きを読まれた?
「外したか!」
砲手が悔しそうに叫んだ。
へえ、当てる自信があったってことか。
それだけの根拠もあったってことになる。
考えろ。
「――いつの織斑一夏のデータ参照してんだよオラァッ!」
叫びと共に大地を踏み砕いた。
看破されることは想定内だったのか、連中は顔色一つ変えず俺の包囲網の形を変える。
「戦闘ログ全部集めてAIに軌道予測させてんだろ!? それもう亡国機業がやってっからなぁ!」
「AIの精度では奴らに劣るかもしれん。だが――」
再殺部隊の一員が口を開いた。
「――お前自身も劣化している、そうだろう?」
まき散らされた氷のヴェールを突き破って、再殺部隊が突っ込んできた。
読みあった結果ではない。恐らく、こういった目くらましの直後、俺が
だから突撃体勢のまま、今まさに突撃しようとする俺は無防備で。
武器を振りかざした連中の方が圧倒的に有利で。
「だからどうした」
起動、『零落白夜』――カウンターの一閃が、まとめて五機のISを切り払った。
「劣化、って言葉の意味はなあ、劣ったってことじゃねえんだよ。変わったってことだ」
エネルギーの尽きた連中が地面に落下する中で、俺は両眼に赤光を宿らせながら呟く。
予測されている? 動きを理解されている?
上等じゃねえか、それは
生徒の動きを理解すること。傾向からしてこう動くだろうと読んで指摘すること。
ずっとやっていた。ずっとやってきた。だからこそ、その点に関してどうすればいいのか、俺は第一線に立っている、と言っていいだろう。
教師になったから腕がなまっているだと? ああその通りだ遥かに弱くなっただろうさ。
でもそれは総合的な面に過ぎない。
相手を理解すること――その一点に関しては、俺は戦役が終わってから誰よりも努力を積んできたつもりだ。
その時、鈴は我知らず動いていた。
再殺部隊を相手取って大立ち回りを繰り広げている一夏。
その背中を見て、彼女はごく自然に、攻撃態勢に移っていた。
意識を集中していることを察知した。
まさに動物的な本能が、攻撃するように唆していた。
(え、ちょっと、待って)
一騎打ちで討ち取るつもりだった。
正面から堂々と打倒して、彼の罪を問い、そして――真意を暴くつもりだった。
考えなしの行動ではないことだけが分かる。分かってしまう。だから聞きたかった。何のために。誰を救うために。一体全体何が見えているからこんなことになってしまったのか。
それを尋ねたかった。
いいや……鈴の本意は、そこにはなかった、と、彼女は自覚できていない。
結局彼女は、叫びたかったのだ。訴えたかったのだ。彼を糾弾したかったのだ。
『どうして、あたしに何も言ってくれなかったの』
そう、聞きたかった。
甲龍のスラスターが蠢動する。
加速の前触れ。鈴の思考から外れた、ただ自然体で、
相手の命を刈り取るという自覚があった。それでも身体は動いた。一夏のことを敵として認識している証拠に他ならなかった。
水が流れるように。
雲が流れるように。
彼女が手に持った青竜刀は自然にあるがまま、無念無想の境地に至っていた。
(だ、め)
もう遅い。
超加速――
ただそれは、相手の思考の埒外を突くだけの一閃。
純粋に、相手を殺すためだけの技術。
「それはだめだよ」
優しく、受け止められた。
加速の勢いを載せた刃がギシリと硬直する。振りかぶった腕ごと押さえつけられた。
目と鼻の先に、寂しげな笑みを浮かべた一夏の顔があった。
なんで。どうして。分からなかったはず。何がどうなって。
鈴の思考を無数の疑問が流れる。
「それ……戦役の頃の技術だ。
凄惨極まりない鉄火場の中で。
無数のISが墜ち、パイロットが息も絶え絶えに呻く戦禍の中で。
ただ、あのころと違う点を挙げるなら――焔と死体がない、白銀の世界の中で。
「今のお前には似合わないよ、それ」
織斑一夏はどこまでも優しく笑っていた。
鈴はそれを見ていて、ただそんな顔をさせたのが自分だと言うことを認めたくなくてこんなにも寂しげな笑みを浮かべる彼を初めて見てもしかして自分はとんでもない思い違いをしていたのではないかという後悔に襲われて衝動的に唇から自分でもよく分からない言葉を吐き出そうとして。
腹部に押し当てられている感触に気づかなかった。
――『零落白夜』
勝敗は、そこで決していた。
次の相手誰だよ。
首を鳴らしながら飛び上がり、俺は加速する。
倒れ伏した鈴は、
それにしても、皮肉なモンだ。
何かのインタビューで、鈴は『亡国機業戦役で培われた相手を殺すための技術からは離れるべき』だと語っていた。俺もそれを読んだ。感心とか感嘆じゃなくて……ただ、静かに泣いたのを覚えている。
そうであるべきだと、心の底から同意した。あんな技術、あんな、殺人剣、一刻も早く封印するべきだと叫ぶ声が自分の中に響いていた。
同時に、何故だと問う声があった。技術は決して裏切らない。相手を迅速に殺す技術は高い価値を持つ。理想も夢も捨て置いて、その価値だけは認めなくてはならない。平和の礎としてではなく、平和に向けた動きを加速させるための装置として、担い手の心が誤らなければ有用であると冷たい声で説く自分がいた。それはいくらかき消そうとしても消えない残響だった。
俺は悲しいほどに、根っから人殺しが嫌いで、根っから人殺しに向いていた。
だからこそ。
相手を殺す技術に、あの戦役を通じて、誰よりも精通していた俺だからこそ、鈴の奇襲を察知できた。
「…………はは」
乾いた笑みを浮かべながら南極大陸を駆ける。
次のターゲットが見えた。
『――――止まれ』
「やっぱ軍人は警告から入るモンなんだな」
ラウラ・ボーデヴィッヒ。
前回のモンド・グロッソ準優勝の傑物。
彼女の警告を無視して、俺は飛びかかる。
一刻の猶予もないのだ。
「全武装を解除して投降しろ」
当たるはずのない斬撃だった。すかされて、氷の大地をたたき割るオチがたやすく見える、真正面からの唐竹割り。
それを真っ向から受け止めて、微動だにせず、ラウラはただそう言った。
「……は?」
「武装を解除して投降しろ、一夏。私は……お前に反撃するつもりはない」
必殺のワンオフアビリティこそ発動していなかったが、それでも痛打には変わりない。
だが顔色一つ変えずにラウラは俺を見ている。
ただじっと、見ている。
刀を振り抜いた体勢で、俺は硬直した。
――最強の難敵をシャルロット・デュノアとするならば。
最悪の難敵と言うべき相手との戦いが、始まった。
というわけでラウラ編は一話で終わるよ!やさしい!
いや本当に更新遅れまくってすみませんでした