狂い咲く華を求めて   作:佐遊樹

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メアリー・スーみたいなオリキャラが出てます


中華系ヒロインで勝ったやつ全然いなくね・中編

 深紅のISは、鈴と簪の猛攻を振り切って逃げおおせた。

 というのは、ここが日中合同演習のために借りた、モンゴルの国土だったというのが原因だ。

 

 やつは演習用のスペースの外に逃げた。

 国家代表が緊急時とはいえ、不法に国土を犯すことはできない。

 

「やられたわ」

 

 憤りを隠す余裕もなく、鈴はそのへんにあった椅子を蹴とばした。

 休憩用のテントに戻った後でよかった。彼女のこんな様子は、周囲に見せられない。そのあたりは鈴も頭が働いたらしい。

 

「モンゴル国軍とモンゴル国境警備隊、共に未確認機をロスト……使えない……」

 

 イライラしているのがすごく伝わる口調で、簪が切って捨てた。

 まあ目の前に現れた下手人を、政治的な事情でみすみす見逃す結果になったのだ。

 二人の気持ちは推して図るべきだろう。俺だって、そうだ。けど。

 

 もしあれが、俺が追い求め続けた機体なのだとしたら。

 追いかけるべきだった。

 けれど足は動かなかった。

 

 怯えていた? 違う。

 驚愕していた? 違う。

 

 どうしようもないほどの違和感に、俺の足は縫い留められていた。

 

 けれど、今は関係ない。被害が広がっている以上、俺が考えなきゃいけないのは事態の収拾についてだ。

 

「……これで二人目だな」

 

 被害は先ほど確認した。

 日本の代表候補生が一名、ISを起動させて迎撃し――二刀に切り刻まれ、一分もたずにダメージレベルDにまで至った。

 

 これで計二人、犠牲になった。ISは戦闘不可能、演習には参加できないだろう。

 日本も中国もそれぞれ平等に痛手を負った――わけではない。

 

 より大きな痛手を負ったのは、中核であるエースを潰された中国だ。

 

「このままぶつかったとしたら、高確率でウチが負けるわ。一応聞いとくけど、あんたの差し金じゃないわよね」

「当たり前。それより、そっちに明美さん以外の隠し玉がいて……それを前提に目くらましとして、明美さんを襲った可能性は?」

「自作自演って言いたいの? 面白い冗談ねェ」

 

 冷たい声で、二人の女性が互いに目をむけることもなく会話する。

 まずいな、彼女たち、俺が思ってたより余裕がなくなってる。

 

 ……当然か。国家代表にとっての代表候補生って、それ俺にとっての教え子じゃん。

 俺も生徒の誰かが不当に傷つけられたんだとしたら怒り狂う。

 

「どっかの誰かは長年待ち焦がれた想い人の登場に上の空だし、あーやだやだ」

 

 鈴はテントの中を見渡して、鼻を鳴らした。

 その言葉に、俺はゆっくりと、腰かけていたベッドから離れた。

 

「……何よ」

 

 近づくと、テントの照明を俺の背丈が遮った。

 影の中にすっぽりと収まってしまう小柄さは、今も変わっていない。

 俺は鈴の背に腕を回してから、かがんで、思いっきり唇を押し付けた。

 

「ん、ぅ~~~~~~~~!?」

 

 突然の凶行(キス)に一瞬ビクリと跳ねてから、鈴はじたばたと暴れ始めた。この手乗り虎女め。両腕で全身を押さえつけて、キスを続行。舌で口内を蹂躙し続けているうちに、段々と暴れる力が弱まっていく。

 鈴がぐったりと脱力するのを確認してから、俺は彼女を解放した。

 ぺたっと地面に座り込む鈴を見下ろして、酷薄に言葉を放つ。

 

「勘違いするなよ。惚れた腫れただの、そんな話で、俺を括るな」

「にゃ、におう」

「大体考え事をしていただけで、上の空じゃない。簪、こいつを頼む。少し話合っとけ」

「……どこいくの」

「捜査の基本だ」

 

 両足を叩いてから、俺はテントを抜け出した。

 見上げた空には無数の星が瞬いている。その中を駆け抜ける深紅の機影を幻視して、俺は頭を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 日本代表候補生らが集まるテントは、痛いほどの静けさに包まれていた。

 

「失礼」

 

 入り口を固めていた、学園とは異なる教導施設の教官らに簪からもらった紹介状を見せる。

 今の俺は鈴と簪、二人の紹介状を持つ。つまりは二つの勢力に平等に足を延ばせる――どう考えたって、聞き込みに最も適したポジションだ。意図して獲得したものじゃないがな。

 

「被害者の聞き込みに来た者です」

「……すみません、サングラスを外していただいても?」

「先天性でして、光に弱いんです」

 

 教官らが慌てて謝るのを、手で制する。大嘘だ。

 同時に、俺に感づいたっぽい学園所属の代表候補生らを視線で黙らせる。

 適切にナメられておく余裕はない。今ばかりは冗談を挟む時間が惜しい。

 

「被害にあったのは、君だね」

「は、はい」

 

 片腕に包帯を巻いた少女が、おずおずと手を挙げた。

 

「腕は……打撲か?」

「そうです、ISだけ壊して、どこかに行っちゃったので」

 

 それは明美の時も同じだった。パイロットにはさして興味がない、あるいはISを戦闘不能にした時点で目的を達成したということだ。

 俺が探すISと同じルーティンだな。

 

「向こうの被害者と同様、敵は二刀流だったか」

「はい……」

 

 思い出したのか、少女はぶるりを身を震わせた。

 この子が学園所属でなくて良かったと、思う。関係ない子だからこそ、俺は冷静さを保てている。

 ひどい言い草だなと内心で自嘲した。

 

「音、光……何か印象に残っているのは?」

「ええと、特に、ないんです」

()()()()()

「はい。本当に特徴がないっていうか、印象に残ることが何もなくて」

 

 聴覚も視覚も、敵の特徴を捉えなかったと。

 

「君の攻撃はすべて弾かれた」

「ッ」

 

 少女の呼吸が乱れた。背後で教官の気配が少し動いた。

 今は止めないでくれ。

 

「銃火器は互いに装備していなかった。剣を剣で弾かれた。一分間、攻撃は何も通らなかったんだね」

「……はい」

「あの、そこまでに」

 

 制止の声を無視して、俺は最後の質問をした。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え?」

 

 一瞬呆けてから、少し考えこみ……少女は口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「鈴代表のお知り合いです……か……あれ?」

「頼む言わないでくれ頼む」

 

 中国チームのテントを訪れると、少し時間が経過して落ち着きを取り戻したのか、ある程度の活気がよみがえっていた。

 選手たちは集まって、特に海美を中心に作戦を再構築している。

 話し合いには明美も参加していた。相変わらずの無表情で、何を考えているかは分からない。

 

 俺の目的の人物は、普段鈴の専用機を調整している専属の技師だ。

 一応知り合いの知り合いというか、鈴を介して仲良くさせてもらっている。

 だからサングラスをかけただけの俺を瞬時に看破して、作業着姿の彼女は顔を引きつらせていた。

 彼女の紫色のショートカットヘアが一瞬跳ねて、慌てて俺まで駆け寄ってくる。

 

「なんでいるんですか」

「見ろ。鈴と簪からの紹介状だ。今この演習場で一番自由に動けるのは俺なんだ」

「あーなるほど、悪い癖ですね。初対面相手でもすぐ助けようとしますよね」

「……うるさい」

 

 生徒にもよく言われるよ。

 彼女は呆れたようにため息を吐いて、それからテントの奥にある物陰に俺を誘導した。

 

「で、何を聞きたいんですか」

「こっちの様子はどうだ。鈴は今少し、荒れててな」

「あの子の気持ちは、みんな察してます。だからこそ、本番で取り返そうとしていますね」

「なるほどな……」

「すみませんどこ触ってるんですか?」

 

 狭い物陰でほぼ密着状態だったので、俺の右腕は彼女の腰に回されていた。

 いや狭いから仕方ないんだ。

 

「……あーなるほど。騒ぎのせいで無駄に溜まってますね?」

「悪かったな」

 

 鈴ほどじゃないが、俺と比べれば背の低い彼女は、顔を上に向けてこちらの目を見た。

 突き出された唇に、キスを落とす。彼女の両腕も俺の腰に回された。

 

「他に聞きたいことは?」

「ん、あー……ISの色って変えられるか?」

「ISアーマーの色の変更……まあできますよ、装甲に流す電流パターンを変更するだけですね。新装備のデモンストレーション時などによくやります」

「そのあたりの細かい、融通の利く感じは中国製の特徴だな」

「無論です、汎用性を高めることがモットーですから」

 

 ふと気になったことを聞いてみた。身体を擦り付けながら、彼女は丁寧に答えてくれる。

 便利だな。俺の機体は白から変わんないから、そろそろ金色にしてみたいんだけど。今度こそ百式名乗るから。

 

「それで、他……というより、一番聞きたいのは?」

「バレてたか。演習に対しての、以前のモチベーションだ」

 

 作業服のジッパーを下げ、空いてた左手を中に突っ込む。彼女は一層俺に身体を寄せた。

 指を彼女の下腹部に這わせながら、質問を細かく加えていく。

 

「この場所に来る前の、訓練校での状態。前入りして全員顔を合わせた時の状態。分かる範囲で教えてくれ」

「んぅ……大体は、んっ、鈴からのまた聞きですけど……あっ」

 

 彼女は甘い嬌声の合間に、少しずつ情報を話してくれた。

 

「――――()()()()()()()()()()()()()()()、と」

「そ、う、ですっ」

 

 頬を上気させ、彼女はくるりと後ろを向いた。

 臀部を俺に強く押し当てる格好。

 

「いいのか? ここで」

「別に……あなたほどじゃないですけど、私だって、その、あれです。つまりこれは情報への、正当な対価です」

「……分かったよ」

 

 背後から抱きしめながら、俺は彼女の作業着のジッパーを一番下まで下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 事が終わって、俺は最高の気分で中国チームのテント内でくつろいでいた。

 ざっくり言うとスッキリした。

 

「先生、なんかあの技師さんと仲良い?」

「ん?」

 

 作戦会議は小休止に入ったらしい。

 海美は、テントの隅にいた俺に茶を持ってきてそう言った。

 

「さっき先生と二人でどっか行って、戻ってきてから、あの人超ルンルンじゃん」

 

 元気なものだ。直後は息も絶え絶えだったくせに。

 

「まあ長い付き合いだからな。こんな時になんだが、昔話に花を咲かせていた」

 

 礼を言ってから、茶をすする。

 嘘八百だ。

 まあ未来の花を咲かせるための、受粉的なことはしてたけどな。なんちゃって。

 

「……先生今最悪にしょうもないこと考えなかった?」

「なんで分かるんだよお前らはよぉ」

 

 もう迂闊にジョークを飛ばせないじゃないか。

 半眼で俺を見る海美から意識を逸らして、俺は顎に指をあてた。

 

 さて。材料は大半出揃ったはずだ。

 考えをまとめよう。

 

 日中合同演習そのものの中断が狙いか――否だ。

 何故なら、もしそうならISのみ破壊などせず、パイロットを殺害すればいい。人が死ねば騒ぎが起きる。将来を約束されたエリートともなれば話は大きくなる。ISパイロットは貴重な人材だ、それが損なわれたとなれば演習が続く道理はない。

 

 ならば演習の勝敗を操ることが狙いか――恐らく、そうだ。

 日中双方に対して与えた損害が平等ではない。そこには犯人の意図が働いている。特に、どちらも一人でいるところを狙った、という点が致命的だ。犯人は日本を勝たせようとしている。いや、あるいは、()()()()()()()()()()()()。言葉遊びのようだが、どちらであるかによって話は変わってくるだろう。

 

 政治的な背景に基づく計画か――これは否。

 言っては何だが、犯行が短絡的過ぎる。演習に対して何かしらの方法で介入したいのならば、選手を直接襲うことは最悪の禁じ手だ。普通は輸送の妨害や何らかの形で政府声明としていちゃもんを付けてくるかだろう。今から世界大戦を起こそうってなら話は分かるが、それをして得をするのは誰だ。誰もいない。武器商人? 亡国機業のようなテロリスト? 誰もいない荒野に工場を建てるならまだしも、こんな演習場のど真ん中に戦力を送り込むだけの力を持った組織など存在しない。

 かつてはいた。亡国機業戦役後に俺が全て潰した。半ば八つ当たりだった。自分でも抑えきれない苛立ちと憤怒と絶望の矛先が、奇跡的に悪人へと向いただけの、偽りの正義の鉄槌だった。

 ああいや待て、俺は、得するかもな。きっと世界が戦火に呑まれたなら、どこからともなく彼女がやって来るから。でも俺は犯人じゃない。

 

 ではこれは、作為などありはしない、例えば……()()()()()()()()()()()()()()()I()S()の仕業なのだろうか。

 

 そこまで考えて、ふうと息を吐く。

 思考は犯人の考えをトレースする方向で動いていたが、どうにも頭打ちが見えてきた。

 視点を変えよう。

 犯人が何を考えているか、という方向から犯人を絞るのではなく。

 シンプルに条件を付けて範囲を狭めることで、犯人を絞り込んでいく。

 

「なあ海美」

「うん……? どしたの先生」

 

 突然真面目な声を出した俺に、海美は訝し気な視線を向けた。

 

「お前よりも、明美の方が強いんだよな」

「はは、当たり前じゃん! 一回も勝ったことないんだよ!」

 

 今年の春に行われたクラス代表トーナメントにおいて、海美は一学年の他クラス全ての代表をなぎ倒して優勝した。接戦もいくつかあったが、やはり素質も努力の量も、彼女が一つ頭抜けていた。

 その実力を知っている。

 その実力を裏打ちするものも知っている。

 ならば当然の疑問。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――――――ッ」

 

 当然にして、あまりにもおかしな質問だ。

 誰が織斑千冬に『どうしてあなたはそんなに強いんですか?』と聞く。どうせ『私だからだ』と答えが返ってくるに決まっている。そして俺もそう答える。

 強い人間が強いことは当たり前だ。

 IS操縦者の強さとは、即ち才能と努力を持ち合わせること。

 

 典型的な例が、凰鈴音だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 IS学園に入ったばかりで右も左も分からなかった俺は、その事実のすさまじさ、荒唐無稽さをまるで理解してなかった。あいつは本物の天才だ。あいつは、本物の天才である上に、努力を厭わない。天から二物を与えられた、傑出した存在だ。

 

 ……大人になってからそれを伝えると、絶対零度の声色で『あんたがそれ言う?』と返されて何も言えなくなったが。確かにISに触れて一年半、つまり学園二年生の秋ごろには最前線でバリバリ戦ってたしな。もちろんある程度の時期まで機体性能頼りだったのは間違いない。ていうか俺ピンチになるたび都合よく覚醒しすぎなんだよおかしいだろ。

 

 それはともかくとして。

 俺の何気ない質問に、何故か海美は完全に凍り付いていた。

 

「ん、分かる範囲でいいんだが」

「……あはは、私はよく知らないかな。多分、先生と同じような感じだと思うよ」

「そっか。いや、それはないんじゃねえかな」

「やっぱりー?」

 

 おうとかああとか適当な相槌を打って、会話を切り上げた。

 海美はチームメイトに呼ばれ、俺に一度手を振ってから作戦会議へ戻っていく。

 

 何かが、ある。

 勝利のために一丸となって戦う中国チームには、俺には見えない何かがある。

 それを明かすことは必要か? いや、待て、今回の件と関係あるとは限らない。

 個人の事情を、緊急事態という名目で土足で踏み入ることはしたくない。

 

 だが直感が囁いている。

 今の会話で得た違和感を、絶対に無視してはならないと。

 

 俺はテントを出た。腰に潜めた拳銃の重みを少し確認した。

 慎重に行くべきだろうか。違うな演習まで時間がない、最短ルートがあるならそれに越したことはない。

 風が俺の身体をなぶる。先ほど発散したはずの欲望が膨れ上がり、鉄火場の予感を確かなものにする。

 

 少し、首を突っ込みすぎたかもな。

 段々と感情が強くなっているのが分かる。少女たちに、教え子たちにもう一度笑ってほしいと熱心に願う俺の存在を感じる。

 

 そして、それ以上に、あれほど追い求めた深紅のISがいるかもしれないというのに、俺は――

 

 

 

 

 

「部外者に開示できる情報などない」

 

 演習を取り仕切っていた中国軍幹部の女は、俺に一瞥もくれずそう切って捨てた。

 テントはテントでも、俺が案内された休憩施設にもあった防音シート付、かつ急造の密閉処置が施された機密テントだ。

 中に入れてもらえただけでも僥倖だろう。ほとんど押し入った形ではあるがな。

 

「捜査許可はありますが」

「国家代表と軍が同じ管轄だとでも? 今回の件についてそちらが何をしようと構わんが、それは我々と協力できる切符ではない」

 

 いら立ちも露わに、まくしたてるような中国語で女は続ける。

 テントの中にはこの女と俺と、肩からライフルを下げた女軍人が二人のみ。

 

 この人、見覚えがあるな。戦役で会ったか……会ったな。

 ユーラシア大陸の中央戦線で、ISを全損した彼女を基地まで運んだことがある。

 それだけのつながりだったから、サングラスが機能してくれているんだろう。

 

「そもそも貴様、日本人だろう? この状態で何故貴様に情報を渡せるとでも」

「襲撃が発生した三分前からのレーダー記録、それと劉明美についてのデータのみでいいですから」

「くどいぞ」

 

 女が周囲の軍人に目配せした。

 俺は両手を挙げる。

 

 さて、どうするか。

 別段ここでダメだとしても、他に当たってなんとかできるかもしれない。

 間違いなく、最短ルートで行きたいならここだ。

 

 少し、悩んだ。

 

 海美の笑顔が一瞬思い浮かんだ。

 馬鹿馬鹿しいと、俺の口元が醜く歪む。それを見て幹部の女は眉を寄せた。

 

 俺が今からしようとすることは間違いなく海美の笑顔をぶち壊しにするのに、何を考えているのか。

 

 背後から俺の腕を掴もうと伸びてきた手を叩き落す。

 反撃されると思わなかったのか。振り向きざまに一人、頭部に回し蹴りを叩き込んで昏倒させる。

 

「貴様ッ」

 

 幹部の女が机に飛びつこうとする。

 反対側にもう一人いた護衛の喉を貫手で突き、呼吸を詰まらせ、首根っこを掴んで幹部の女に投げつけた。

 机に設置された緊急時のボタンを押す前に、女は飛んできた部下の身体に巻き込まれ床に転がる。

 俺はベルトに挟んでいた拳銃を引き抜いた。

 

「よく考えろ。お前が強情なことが原因で、部下の命を散らせるつもりか?」

「……ッ!」

 

 拳銃のスライドを引いて、弾丸を装填する。

 彼女の顔の傍に座り込んで、グリップの底で頬を叩いた。

 

「データだけでいいんだ。寄越せとも言わない……この場で見せてもらえばいい」

「何のために、だ」

「確かめなきゃいけないんだよ……ほら、ああもう仕方ねえなほら! 命の恩人のよしみでさ!」

 

 起き上がろうとした部下に対してグリップを振り下ろして意識を奪い、俺はサングラスを外した。

 女幹部は、素っ頓狂な叫びを上げた。

 いや防音で良かった本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 当然めちゃくちゃ怒られた。

 最初からサングラス外してたら普通に情報くれたらしい。何だよ部下二人に謝っといてくれ。

 ついでに個人秘匿回線も教えてもらった。

 

 確認できたデータの内容を頭の中で反芻しつつ、俺はリスポーン地点である休憩テントに戻った。

 中では、鈴と簪がああでもないこうでもないと話し合っている。

 

「いやだから、次は外に逃げられないよう空中散布型の機雷を撒いちゃえばいいのよ!」

「環境破壊懲役二十年」

「じゃあ狙撃ライフル使って背中撃って叩き落す!」

「モンゴルに回収されて、話がややこしくなる」

「むきーっ! じゃああんたが代案出しなさいよ!」

「全ての代表候補生の専用ISに自爆機能を設置して襲われた瞬間自爆させる」

「えっ……」

 

 鈴のドン引き声がテントに反響した。

 

「さすがに、それはないな」

 

 俺の声も同じぐらいドン引きしてた。

 声をかけられてやっと俺の帰還に気づいたらしい、鈴も簪もこちらを見た。

 

「あら、調査は順調?」

「大体材料はそろったと思う。そっちはどうだった」

「……一夏、ありがとう」

 

 簪の言葉と、鈴の苦笑いが答えだった。

 良かった、仲直りできたみたいだな。

 

 嬉しいことだ。喜ぶべきだ。

 でも。

 

「……一夏?」

 

 簪に名を呼ばれ、でも、何と言えばいいのか分からない。

 

 俺がたどり着いた結論は、途方もないぐらいに、俺の気を滅入らせていた。

 

「分かった、のね」

 

 いち早く察したらしい鈴が、椅子から立ち上がる。簪もベッドから立った。

 結論は出た。推測ではあるが、恐らく大きな誤りはないはずだ。

 必要なのは……適切な時間か。

 

「二人に頼みがある――」

 

 

 

 

 


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