狂い咲く華を求めて   作:佐遊樹

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さすがに長すぎたんで分割しました


中華系ヒロインで勝ったやつ全然いなくね・後編

 演習本番を明日に控えた夜。

 

 日本チームと中国チームはそれぞれ、23時に無理矢理活動を中止した。

 気晴らし、というより、いい加減休息をとるべきだ。整備班も全員だ。

 演習場は不気味なほどの沈黙に包まれている。一帯を照らすライトが空々しい。

 

「……やけに軍部がスムーズに受け入れてくれたじゃない」

「中国軍が賛成したから、なし崩しにこっちも受け入れた。一夏、どういうこと?」

 

 二人の国家代表が素早く女の臭いをかぎ取ったらしく、俺にジト目で詰め寄ってくる。

 いや手回しというかコネというかさ。いいじゃないか、いい方向に働いてるんだから。

 

「あんたの目論見通りよ。両国、もう休みに入ってるわ」

「そして……ISによって警戒を行うから、管制も機能してない」

 

 今この場において何かが起きたら、もう俺たちの責任問題だ。

 管制が機能を休止していることは、候補生らは知らない。さすがに不安になるだろうしな。

 

「間違いなく来るとは思うんだけど……三人で手分けするカンジかしら?」

 

 まだ二人には結論を話していない。

 二人は俺を信じて、この状況を作り出してくれた。

 国家代表二人がかりで警備するからお前らは休めと、ある種の傲慢さをむき出しにした命令を自国の仲間たちに下してくれた。

 

 でもまだ、俺は話せていない。

 

「……ついてきてくれ」

「分かった」

「え、ちょ」

 

 鈴が一瞬戸惑い、けれど三人そろって歩き出す。

 

「どうすんのよ、今来られたらまずいわよ」

「来るんじゃない。俺たちから行くんだ」

「――ッ! 犯人の下に、ってこと!?」

「ああ」

 

 歩き続け、演習場から少し離れ、中国のISが保管されている野外ピットにたどり着いた。

 

「……一夏?」

「お前らはISを展開するな。これは……俺がケリをつけたい」

 

 それだけ言って、俺は二人より数歩前に出た。

 

「出て来いよ」

 

 瞬間、来た。

 月光を遮り、突如としてそこに出現したIS。

 マントを身にまといながらも、はためく隙間から見える深紅の装甲。

 

「嘘、一夏、どうしてここにって……」

 

 簪の驚愕に応える暇はない。

 無言でISを展開する。瞬時に純白のアーマーが俺を包んだ。

 愛刀を顕現させ、切っ先を未確認ISに向けた。

 

「行くぞ」

 

 飛翔。突撃と共に繰り出した一閃が、やつが腰元から抜刀した二刀に阻まれる。

 速度も切れ味も申し分ない。腕のいいパイロットだ。素質もあるし努力もしてきたんだろう。

 

 だが俺には届かない。

 

 斬撃のスピードを上げる。俺と並みのIS操縦者では生きている速度域が違う。

 二刀を防御と攻撃に振り分け、未確認ISは食らいついてくるが――その分け方はよくないな。左右どちらも攻めて守る、攻防一体の型こそが理想だと教えたはずだ。

 剣が剣を弾き、火花が散る。やつの攻撃は最小限の身体捌きのみでやり過ごし、こちらの攻撃を防御用の刀に集中して当て続ける。

 

 数十合に渡り切り結んだ結果。

 やつの左の、俺の攻撃を受け続けた刀が半ばから砕けた。

 

「――ッ!」

 

 驚愕、はなかった。

 既に武器の破損は予測していたのだろう。やつは砕けた刀を俺に投げつけ視界を塞ぐ。

 愛刀を片手に持ち替えて、素手で投擲された柄を叩き落した。

 

 その瞬間、だった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「やっぱりな」

 

 不意打ちだと思ったか。この俺を相手に、攻撃を放つ間隙があるとでも思ったか。

 放たれた弾丸は九発。すべてを一刀で切り捨てる。思考する必要もない、完全な反射神経のみで迎撃。

 

 今度こそ驚愕から、一瞬未確認機の動きが止まる。

 正面から蹴りを叩き込み、やつの機体を吹き飛ばした。

 

 下半身に装備されていた銃火器は計九門。決まりだ。

 俺の追い求めるあのISなら、実弾は飛んでこない。全身を覆う展開装甲が稼働し、攻性エネルギーの刃が飛んできているはずだ。

 

 こいつの名は、深紅の塗装を施された――『甲龍(シェンロン)紫煙(スィーエ)』。

 

 鈴が扱う『甲龍』の量産型。明美が使っていた機体と同型だ。

 

「『零落白夜』ァァァァッ」

 

 瞬時に顕現した蒼いエネルギーセイバーが、夜闇を切り裂き輝く。

 おののく様にやつは震え、背を向けて脱兎のごとく逃げ出そうとした。

 

 俺は――『零落白夜』を展開したままのブレードを、その背中に投げつけた。

 手裏剣みたいに回転しながら、蒼い刃が未確認ISを叩き切った。

 

 稼働エネルギーを消滅させられて、深紅のISは地上へ落下していく。

 ゆっくりとスラスターを吹かし、俺は墜落地点へ向かった。

 

 演習場から物音は聞こえない。誰にも悟られないまま、戦闘を終わらせることに成功したようだ。

 

 鈴と簪が立ち止まり、俺は二人の少し前、未確認ISのすぐ近くに降り立った。

 ISを量子化し、スーツに戻る。復活したサングラスを胸ポケットに入れる。

 

 マントは切り裂かれた。背後の鈴と簪が、驚愕のあまり呼吸できていないのが分かる。

 俺は、月光に照らされた、この代表候補生襲撃事件の犯人の名を呼んだ――

 

 

 

 

 

「やっぱりお前だったんだな――海美(ハイメイ)

 

 

 

 

 

 彼女はなじみ深い、困ったような苦笑いを浮かべた。

 

「はは、先生、分かっちゃったかー」

「俺はお前の教師だぞ。分からないわけがないだろ」

 

 下手人が演習場に潜む誰かであるだろうとは、早いうちから確信していた。

 

 事態を把握した人間なら、誰もが抱く疑問に、俺は最速でケリをつけていた。

 

 犯人は、俺が探す深紅のISなのか――否。

 

 もし彼女なら……演習場全体が既に焼き尽くされているはずだ。一人一人を襲撃するようなルーティンは存在しない。俺の知らないうちにそういう仕様になっていたというのなら、そうかもしれない。だが俺の直感が、それを否定する。何より俺の理性も感情も、全力で彼女の存在を認めていない。

 

 あとはまあ、日本の被害者の言葉。聴覚的にも視覚的にも印象がない。展開装甲を全身にまとうIS相手にそれはない。

 

 加えて、攻撃をどう対処されたか。日本の代表候補生は、受け流されたではなく、弾かれたと言っていた。それは篠ノ之流じゃない。

 

 ……いや。

 これが暴走ISの仕業じゃないと早くから断定していたのは、もっと個人的な、くだらない、感情に任せた行いだったか。

 

「俺も本当におめでたいな」

 

 浮かべた笑みには、自分でも分かるぐらいひどく、自嘲の色がにじんでいた。

 

「俺は……あいつじゃない、あいつであるはずがないって思って、それを前提に捜査した。だからこの結論にたどり着けた」

「ちょ、ちょっと、どういうことよ。あんた、探してたんじゃ」

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう信じたかった。

 すべての戦争を終わらせると願ったあいつが、こんな風に、戦場を知らない少女たちを手にかけるなんてするはずがないと信じたかった。

 それを証明するために動いていた。

 

 俺は彼女を追い求めているのに、彼女がどうかいないようにと願って、捜査していた。

 

「……話は、ちょっと分かった。でもどうして……お姉さんを、襲うことなんて」

 

 同じく姉を持つ者として、簪はぎゅっと拳を握っている。

 

「あははー、やだなー日本代表さん。私だって人間なんですから嫉妬ぐらいしますよー」

 

 海美は軽い口調で、何でもないことのように言った。

 

「今回はお姉ちゃんに休んでもらって、代わりに私がエース兼指揮官として大活躍! そしたら私の評価アーップ! ってわけです。完璧じゃないですか?」

「あ――あんたねえッ!」

 

 前に踏み出した鈴を、手で制止する。

 

「すげえな、さすが俺の教え子だ。実に下衆い発想だ。いらんとこ学ぶなよ」

「先生は悪くないよ、これは私の本当の性格だもん」

 

 深紅の『甲龍・紫煙』を光の粒子に分解してから、彼女はその場に胡坐をかいた。

 本当の性格か。

 俺が気づけなかった、それが、お前の本当の性格なのか。

 

「教師ナメんな、嘘つくならもっとマシな嘘つけ」

「……ッ、先生は何もわかってないだけだもん」

「ああそうだな。俺はまだ、全部分かったわけじゃないんだ――だから教えてくれ明美

 

 俺の言葉に最も驚愕したのは、海美だった。

 面白いぐらい狼狽して、顔から血の気が引いている。

 

 果たして。

 俺の呼びかけに応じて、のろのろと、俺たちのさらに背後から、彼女はやって来た。

 

「御慧眼ですねー、ワンサマさんー」

 

 律儀にも偽名を守りながら、劉明美が、その場に現れた。

 

「お姉ちゃん……」

「最後の最後にー、私をどうしても売れませんでしたかー。まあ予想通りですのでー」

 

 彼女の登場は完全に予想外だったのだろう。

 海美は何かを言おうとして、けれど言葉は出ず、がくりと項垂れた。

 

「何、何なの、どういうことよ……ッ」

「鈴……落ち着いて」

 

 取り乱す友人の肩に手を置いてから、簪が視線で、俺に話を促した。

 

「分かるだろ。明美と海美はグルだ」

「どうしてよッ」

 

 幼馴染の声は、もはや絶叫だった。

 

「意味が分からないじゃない、そんなことをして誰が得するのッ。海美が中心になって活躍? そんなことはできない、ありえないって、あんた自身が一番分かってるでしょうにッ」

 

 鈴は取り乱しながらも、的確に事実を突いていた。

 正解だ。海美では中国チームを勝利に導けない。それは自覚しているらしく、嫉妬に身を焦がした、などとうそぶいていたにも関わらず、海美は平然としている。

 

「ああそうだ。二人のしたことは、結局、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な……ッ!?」

 

 教え子たちの行いが、受け入れられないんだろう。

 完全に思考が混乱しているらしく、鈴はまるで理解が追いついていない。

 一方の簪の瞳は、物思いに沈むように伏せられてから、ハッと見開かれた。気づいたみたいだな。

 

「おかしいじゃない! そんなことをする理由がない! 自分たちのチームが不利になるようなことを、なんでわざわざ……!」

「理由ならある」

 

 俺は静かに、息を吐いた。

 明美と視線を合わせて、一瞬笑顔を作ろうとして、やめた。

 彼女は怯えるそぶりもなく、淡々と俺の言葉を受け入れる準備をしている。責める立場じゃない。寄り添って慰める立場でもない。なら俺は、事実を指摘することしかできない。

 

 例えそれを明かしたところで、誰も幸せにならないとしても。

 そこから、つながる道があるはずだから。

 

 

「お前たち、負けたかったんだろ?」

 

 

 鈴が息をのむ音だけが、虚しく響いた。

 

 そうだ――中国の勝利を求めるのは、中国の選手として当然だ。

 けど、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なん、で」

「俺は、断片的な情報しか得られなかった。動機全てまでは解き明かせていない」

 

 けれど分かったことならある。

 

「明美――お前の強さは、ズバ抜けた空間把握能力と超高速起動をものともしない三次元機動適性だな。その二つを兼ね備えているからこそ、エースでもあり、キャプテンでもあった」

「その通りですー」

 

 もう一度だけ、呼吸を整えた。

 覚悟が必要だった。

 

「身体の何割を機械化したんだ」

「――ふふっ、随分と人脈が広いのですねー、ワンサマさんはー。ええと確かー、半分はいってないかと思いますー」

 

 俺が中国軍幹部から手に入れたデータには、彼女の機械化手術の詳細があった。

 幹部の女ですら絶句していた。知らなかったんだ。管轄が違うとは彼女の言葉だ。アクセスコードを使い隅から隅まで調べ、最後にはハッキングまでして、このデータを掴んだ。

 

 機械化手術。スコール・ミューゼルの身体データから得た情報を元に施された人体実験。

 それだけじゃない。両目が『オーディンの眼(ヴォーダン・オージェ)』……ラウラの左目にも移植されている疑似ハイパーセンサーとなっている。

 恐らく現在の世界において存在する人体改造方法が、そのすべてが、彼女には施されていた。

 

 海美はうつむいている。鈴は呆然と、口をあけっぱなしにして呆けている。簪は瞠目し、それから静かに歯を食いしばっている。

 

 明美は、悠然と。

 俺の前で初めて、微笑んだ。

 

「……何故だ。俺には、その手術の理由が分からなかった。何のためにそこまでするっていうんだ」

「……お姉ちゃんには、適性があったから」

「それは分かってる、分かってる! だがここまですることはないッ。これを指示したやつはイカれた狂人だ!」

 

 教え子の双子の姉――それだけじゃない。少しの会話だったとしても、彼女の人となりを、僅かに知ってしまった。

 大体、生徒と同じ年なんだ。そんな子がこんな非道な仕打ちを受けていて、憤らない理由などない。

 みっともなく、まるで学生時代に戻ってしまったかのように、俺は感情のままに怒鳴り散らした。

 

 唯一残っていた疑問に対して、明美は少し唇に指をあてて考え込み。

 

「ワンサマさんではー、分からないかもしれませんねー」

「何……?」

「かつての話ですけどー、中学時代までまるでISに触れることなくー、けれど、僅かな期間の訓練を経てー、代表候補生の座まで上り詰めてみせた天才がいらっしゃいますねー」

 

 絶句。

 俺と簪は一瞬、彼女を見そうになって、すぐさま視線をそらした。

 

 そうなのか。そういうことなのか!?

 もし、そうなら、これは……とてもじゃないが、この場に一人、絶対にいてはならない人間がいる。

 

「そのお方はー、ついには国家代表にまでなってしまいましたー。ではですけどー、ワンサマさんー、そんな経歴の国家代表を輩出した国はー、何を考えるでしょうかー」

 

 俺は、一瞬、歯を食いしばった。それから細く息を吐いた。

 

「……同じように、天才を生み出すことを、目指すな」

「正解ですー、ピンポンピンポンー。では続いての問題ですがー、そんな天才は果たして何年に一度現れるのでしょうかー」

 

 誰も答えられない。答えられるはずがない。

 

「もう一つ踏み込みましょうー。

 

 ――――そういった天才を再現するために、凡人は何をすればいいでしょうかー

 

 

 

 

 

「あたし、の、せい…………?」

 

 

 

 

 

 鈴が、顔面蒼白で、その場に崩れ落ちる。

 名を叫んで、簪が彼女の肩を抱いた。全身が震えている。

 

「違う、違う……鈴教官のせいなんかじゃないですッ」

「ええー、誰かが悪いと言われてもー、まず教官ではないかと思いますー」

 

 双子から何を言われているのか、きっと鈴には届いていないだろう。

 当たり前だ。

 

「あたしが、いなければ……こん、な、こんなこと、起きなかった、のに……」

「鈴、しっかりしてッ。それは違う……違うよ、鈴!」

 

 俺は強く拳を握った。肌を爪が突き破るほどに強く握った。

 間違ってる。こんな結末は間違っているんだ。

 

「ではー、そろそろ私たちはおさらばですねー」

「……自首するのか」

「ごめん先生……元から、そう終わらせるつもりだったの。勝てばお姉ちゃんのような存在は、もっと増える。負けたらきっと、もっと改造される……なんていうか、限界かな、ってなっちゃっ、て」

 

 ああそうだろうな。

 勝利すればそれは、機械化手術の有効性を示すことになる。被験者は増えるだろう。

 敗北すればそれは、機械化手術が足りなかったことになる。明美はさらなる手術を受けることになるだろう。

 

 最後の矜持だったのか、海美はそう言って、けれど言葉の途中で嗚咽が混じった。

 

「ごめん、なさい」

「……海美」

「ごめん、なざいっ。私、まだっ、ぜんぜいと、いだがったのにっ」

 

 地面に突っ伏して、海美は肩を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 これが、結末だ。

 真相を解き明かして誰が幸せになったんだ。

 皆、泣いている。

 皆、声をからして、誰かを呪っている。

 凄惨極まるこの一幕が、物語の顛末だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――認めるわけねーだろバーカ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏」

「ハッ……何不安そうにしてるんだ、簪」

 

 俺は両手を広げて、最後の希望を込めて、俺に縋る簪に応えた。

 

「ヒーローなんかじゃ、ここで打ち止めだろうな。でも俺は違う。安心しろ、全部片づけてやる」

「お願い」

 

 短い言葉には、万感の想いが込められていた。

 裏切るわけにはいかねえよなあ。

 

「じゃあ事件解決だ。犯人はお前ら、それで終わりだ。話は終わりだ」

 

 双子は、もう受け入れているのだろう。

 海美はまだ泣き続けているが、明美は超然とした態度で頷いた。

 

「ではー、早く公の場でー、全部発表しましょうー」

「ああそうだな。犯人はお前たちだと分かった。これは揺るがない事実だ。けれど、俺は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……………………え?」

 

 初めて、明美がたじろいだ。

 

「……何をおっしゃっているのかー、よくわからないのですがー。代表候補生を闇討ちした以上ー、罪科はありますのでー、裁かれなくてはなりませんー」

「そうだよな。お前の言うとおりだ。罪が存在する以上裁きはある。けどなあ、罪と、罪人は、別だ」

 

 俺の言葉に、時が止まった。

 鈴でさえもが、そろりと顔を上げている。何を言っているんだこいつって感じだ。

 分からないか? いやまったく。これを思いついた時は天才過ぎて我ながらびっくりしたぜ。

 

 広げた両腕で、天を抱き留めながら、俺は不敵に笑った。

 

 

 

「犯人はお前たちだ――話はここで終わりだ。そしてこれからは、さて、じゃあ誰が犯人だったってことにするよ?

 

 

 

 明美と海美だけじゃなく、鈴と簪も、驚愕に目を見開いている。

 

「何、言ってるの、先生」

「悪者がこの場にはいないんだ、だから困ってるんだよ。ならでっちあげるしかない。罪人を一人創り出してやればいい」

「そんな、こと、できないわよ!?」

 

 甘いな鈴。そんなんじゃ俺の幼馴染は名乗れないぜ。

 

「いや、できるだろ。何せ、ここにいるはずのない人間が、一人だけ、ここにいる」

「――――あんた、まさかッ」

 

 やっと俺のやろうとしていることを見抜いたのだろう。

 最近の実戦は一対一ばっかりだったからな。ここらで集団戦闘のカンも取り戻しておきたいし。

 

「つーわけだ、明美」

「……ッ」

 

 俺は彼女に、ゆっくりと歩み寄った。

 

「悪いが……ほぼ初対面だってのに、勝手に出張っちまった。でも最後まで付き合わさせてもらうぜ」

「…………どう、して……」

「はぁ? 俺は大人で、大人ってのは子供を守るのが仕事なんだよ」

 

 手を伸ばせば届く距離まで来て。

 俺は明美の頭に、手を置いてから、乱暴に髪をかき交ぜた。

 呆然として、なすがままだった明美は――不意に、その瞳から涙をこぼした。よかった。そこはまだ、機械じゃなかった。

 

「安心しろ。お前が流す涙は悲嘆の涙じゃなく、歓喜の涙だ。お前の絶望は俺が塗り替える。お前の未来は俺が守り抜く。何度でも言うぞ……お前は、俺が守る」

 

 それが契機だったんだろう。

 明美はしゃくりあげてから、俺の胸に顔をうずめた。

 細い身体を抱きしめて、俺は空を見上げた。

 

 さあ、演習は明日だったか。

 パーティの始まりだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 演習当日――

 

 俺は、暴れに暴れていた。

 

「ハーッハッハッハッ!! なかなかどうして、動けるじゃないか、俺もォッ!」

 

 身にまとうは深紅のISアーマー。

 他ならぬ愛機を、鈴がペンキで塗り替えてくれたのだ。原始的過ぎるだろ。

 

「オオオオオラァァァァッ!」

 

 簪の手によって適当に装甲を増設して全身装甲(フルスキン)に変貌した愛機は、完全に俺の声をシャットアウトしてくれている。だから思いっきり叫びながら戦ってる。

 日本代表候補生をちぎっては投げ、中国代表候補生を一刀両断して叩き伏せる。

 

『護衛ISを全て出動させろ! あのバカ――あの未確認機を鎮圧しろ!』

 

 中国軍幹部の指示に従い、軍用調整されたISが複数機向かってくるが。

 

「はいバイバーーイ!」

 

 適当にそこらからパクった二刀で瞬時に切り伏せる。

 ていうかこれ幹部の女気づいた上で付き合ってくれてるな。感謝しかねえ。

 付き合ってくれた礼に、突き合うってのはどうだろう。いや俺が突くんだけどね、なんちゃって。

 

「楽しそうにしょーもないこと考えてるじゃない!」

「……『山嵐』持ってきた」

 

 俺の脳内ジョークに反応したのか、国家代表二名が当然のように襲ってきた。

 ハハハハハハハッ! どうも最近俺のことナメてる節があるからな、ここでしっかり力関係を示すかァ! 俺を倒すなんて幻想は絵に描いた餅を食うより難しいってことを分からせてやるッ!

 

 そんなカンジで、俺はノリノリで合同演習をブチ壊した。

 国家代表二人がかりで撤退に追い込まれた――という体で、俺はだんだん攻撃に殺意が混ざってきていた二人の友人から逃げ出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても先生、よくあんなむちゃくちゃを考えたね……」

 

 朝のHRが始まる前。

 俺と海美は、IS学園の一年一組教室前の廊下で、窓の外を見ながら話していた。

 

「いや、ヒントをくれたのはお前らだぞ」

「え?」

「深紅の装甲に二刀流。これ、都市伝説の『パイロットの意識を奪い暴走するIS』をまねたんだろ?」

「うん。途中でバレるよりは最後まで隠すべきかなって、普通に隠れ蓑にしちゃった」

 

 そのせいで俺はモンゴルまで超高速飛行をする羽目になったわけだが……

 

「だから、先生もそれに乗っかったと」

「ああ。みんなが半信半疑だからこそ、それが一気に現実に近づいた時、人間はそれの疑わしい点を忘れるからな」

 

 暴れに暴れた俺は、国際指名手配になっていた。

 つまりは国際IS委員会が、都市伝説の実在を認めたのだ。

 実は、これで捜索が広がったり、目撃情報が集まったりしないかなと期待している。完全に考えていなかったので、棚ぼたってやつだ。

 

「……先生」

「お?」

「あ、ありがと。お姉ちゃんを助けてくれて」

 

 俺は笑って、海美の頭を掴んだ。

 

「あ……撫でたり、してくれる感じ……?」

「いやアイアンクローだけど」

「いだだだだだだだ!」

 

 厄介ごとに巻き込みやがって!

 おかげさまで後始末に駆けずり回ってあの日から今日まで不眠不休じゃ!

 いや昨日は朝まで鈴と簪といたからなんだけど……これは自業自得だな。ベッドの上ではちゃんと日中合同演習ができたからセーフ。

 

「ほ、ほら先生しょうもないこと考えてないで! もうHR始まるよ!」

「はいよお……あれ今また心読まれた?」

 

 手を離すと、海美は少し自分の頭をなでてから、そそくさと教室に入っていた。

 入れ替わるようにして、廊下の向こう側から一人の女子生徒が歩いてくる。

 

 IS学園の制服に身を包んだ少女――劉明美だ。

 

 あれだ、シャルロットの時と同じだ。

 学園にいる限りは安全だし……何よりも、機械化手術を暴露されたくなかったら彼女を学園に寄越せと、俺が脅した。

 ちなみにこのまま教員として雇うつもりだ。そのころには俺、教頭とかなってると思うし。

 

 滅茶苦茶雑な将来設計だが、少なくとも、俺が彼女を見捨てることはない。

 約束は約束だ。きちんと守り通して見せる。

 

「おはようございますー、ワンサマさんー」

「ここでは織斑先生と呼べ」

「あらー、堂に入っていますねー」

 

 やっべ千冬姉みたいなこと言っちゃった。普通に恥ずかしい。

 

 さて、彼女を連れて教室に入れば、みんなおー! と盛り上がっていた。

 まあ実力者の美少女だしな。

 

「お前ら、前にも伝えたが転入生だ。海美の双子の姉ちゃん、劉明美だ」

 

 隣に佇む少女に、自己紹介を促す。

 明美は、何故か数秒、穴が開くほど俺の顔を見てから……教室全体に顔を向けた。

 

 世間的には、謎のISに手も足も出なかったことを悔やみ、更なる鍛錬のため学園へやって来たことになっている。俺が考えた筋書きだけど正直記憶が曖昧だなこれ。徹夜続きで身体もふらつくし。

 

 息を吸ってから、明美は鈴を転がすようなソプラノボイスで。

 

「私ー、恋をしておりますー」

 

 教室を爆撃した。

 

「……は?」

 

 全身を駆け巡る悪寒に、きっと俺は面白いぐらい青い顔をしているだろう。

 

「え、えと、明美ちゃん、だよね。それって、その……?」

「実は先日ー、ある殿方とー、ラブロマンスを繰り広げましてー」

「ラッ、ラブロマン……!?」

 

 クラスメイトの質問に、明美は超生き生きと答えた。

 待ってくれ! これだめなやつだ!

 海美ィィーーッ! 助けて! ああだめだ目を合わせてくれない!

 

「絶望して進退窮まった時にー、彼が人目を忍んで颯爽と現れー、無償で救ってくれたのでー」

 

 話が続くにつれて、段々教室の空気が変わってきた。具体的に言うと重くなってきた。

 まずい、みんな勘づき始めている。

 

「恋に落ちるな、という方が無理ですよねー」

 

 演習場ではまるで見せなかった満面の笑みで、いつの間にか俺をガン見しながら語り続けている明美。

 こいつ、教室を処刑場に変える気か?

 

「人生でもうこれ以上の出会いはないと確信できるほどー、運命に射止められたと言ってもいいのでしてー、彼に導かれてこの教室に着きましたー」

 

 語り終わって、明美は――恐ろしいほど美しい笑みを浮かべた。

 話を呑み込んだクラスの生徒らが、ぼそりと、次々に言葉をこぼす。

 

 

「代表候補生と秘密裏に出会った、つまりここ数日姿を消してた人……」

「ほぼ初対面を助けてしまうお人好し……」

「学園に口利きできる人物……」

 

 

 全員俺を見た。

 もうお前しかいないという目だった。

 

 

 完全に時を止めてみせてから、明美はそっと、人間の意識の間隙を的確に突く戦闘歩方で俺との間合いを詰めてネクタイを握った。

 

 あ。

 

 ぐいと下に引っ張られ、反応することもできず――唇と唇が、激突した。

 

 時間だけじゃない、教室の温度までゼロになっている。

 

「というわけでー、私のファーストキスはー、助けて下さったお礼ですー。これからどうぞよろしくお願いしますー、私の王子様ー?」

 

 俺は教室を見渡した。

 修羅しかいなかった。

 

 どうにか場を切り替えるべく、灰色の脳細胞が暴走し始める。

 俺は意を決して、思いついた言葉を放った。

 

「二番煎じだ、バカ。もうそれされたことあるんだよ」

『『『な……ッ!?』』』

 

 やばい、ミスった。

 

 バカは完全に俺だった。いらんこと言ったなこれ。

 教室全体に一瞬で殺気が充満した。一番濃密なのを放っているのは、他ならぬ明美だ。次点で海美。

 

「どういうこと先生……!」

 

 隣の明美も恐ろしいが、専用機を展開した海美が今一番怖い。怖いけど、懐かしい。

 衝撃砲のチャージ音が響く。

 俺は安らかに、瞳を閉じた。

 

「織斑先生の馬鹿ああああああああああああああああああああああああっ」

 

 安心しろ鈴。

 海美はちゃんとお前の後継者として育ってるぞ。生身の人間相手に衝撃砲を撃ち込む後継者としてだけど。

 

 教室を、破壊の炎が駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かろうじて生存した俺は、特に受け持ってる授業が一時間目になかったので部屋でふて寝していた。

 海美は反省文五百枚だ。けじめはつけてもらう。

 

 で、千冬姉から着信が来た。

 死である。

 

「……もしもし」

『一夏。色々ご苦労だったな』

「え、バレてるのか」

『当たり前だ、戦闘機動を看破して各国から秘密裏にあれお前だろと問い合わせが来ている』

 

 えー……あれ? それ普通にやばくね!?

 

『だがそのあたりは誤魔化しておいたぞ。お前は有給休暇ではなく、私たち学園が完全に行動を把握している状態で外部と接触していたということになっている』

「なるほど?」

『その行動の捏造、接触先との口裏合わせとそれに伴う交渉、一度申請された有給休暇の取り消し……すべてを担った女がいる』

「……ん?」

 

 雲行きが怪しくなってきた。なんというか、回避できたはずの惨劇が実はぐにゃっと曲がり形を変えて俺の足元に這い寄って来ているような、そんな悪寒がする。

 

『今回は私より、そいつの方が適任だと判断したまでだ。では、達者でな』

「待ってくれ!」

 

 俺の叫びもむなしく、通話はプツンと切れた。

 達者でなとか言ってたかあの人!? 完全に別れの言葉じゃないか!

 

 何だ、何が来るのか――ベッドからガバリと身体を起した瞬間に、俺の部屋の窓が突き破られた。

 

「おりむーのバカは何処オォォォオオオォォォォォォッ」

「いやお前かよ」

 

 真剣を抜刀し、初めて見る完璧な臨戦態勢で飛び込んできたのほほんさんを見て、俺は完全に脱力した。

 

「あー、おりむーいたーっ」

 

 口調とは裏腹に、俺を見定め、切っ先を向け、踏み込みの体勢を整えるまでゼロコンマ数秒。

 結構真面目に目で追うのが難しいスピードで動かれた。ドッと冷や汗が噴き出る。

 

「ちょっ、えっと、テクニカルタイムアウト!

「きゃっかー」

 

 こないだ通信越しに見たばかりの、絶対零度の笑みを浮かべて、のほほんさんは全然のほほんしてない動きで俺に迫った。

 

 ――千冬姉じゃなくても、死ぬときは死ぬんだなあと思いました。一つかしこくなっちゃった。

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