「おにぎりパーティー、ですー」
「は?」
朝のHRでいきなり手を挙げた
「和食の代表でありー、日本四千年の歴史を持ちー、三角や丸など多種多様な流派を持つおにぎりにー、私は夢中になってしまいましたー」
「……それで?」
「なのでー、おにぎりパーティーを開きますー」
教室中がおー! と歓声を上げた。
全員イカれたのか? それとも俺が狂ってるのか?
「既に食堂のシェフさんにはー、許可をいただいておりますー、明日の夜にー、第一食堂を貸し切って行いますー」
「待て……頭が痛くなってきた」
こめかみを指で揉みながら、俺はストップするよう手をかざして合図する。
一体何の話だ?
「まああれです。お姉ちゃんの歓迎パーティーをやろうって話だったんですけど、お姉ちゃんがどこからともなくそれを聞きつけたらしいんです」
明美の双子の妹である
二人そろって中国代表候補生のエリートだが、やはりエリートの言葉は俺にとって理解しがたいようだ。セシリアが数千キロ離れた場所で『今何か悪口言われましたか私!?』と叫んだ気がする。
「先生もそれに来てよーってこと」
「あたしらの寝間着見放題だよ!?」
「その後……私の部屋に……」
皆好き勝手に騒いでいる。
おい、明日の夜だろ? 普通に無理じゃね? 予定あるんだが。
「来ていただけませんかー……?」
珍しく無表情の中に寂しげな色を混ぜて、明美が俺に問う。
ぐっ、担任としてお前の歓迎パーティーをやるのは大賛成だが、普通教師を誘うか?
俺の覚えているパーティーでは千冬姉は来てなかったぞ?
「……はあ。行けたらな」
「! ありがとうございますー!」
弾んだ声色で、明美が笑う。
教室にいる時、彼女はよく笑うようになった。
その笑顔を、裏切りたくはないなと。
けどこれ大丈夫かなと。
俺は明日の厄介ごとを思い返して、憂鬱なため息を吐いた――
「来たか、織斑一夏……は? いや……何故タキシード……」
「この後パーティーなんだよ」
翌日。
パーティー開始まであと12時間。
俺は海辺で、ラウラの副官と落ち合っていた。
ドイツ最強の特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼの副隊長――クラリッサ・ハルフォーフ大尉。
お世話になっておりますーだと? 調子に乗るなラウラ経由で俺が世話しまくってるわ。
この女のせいで俺の気苦労がどれほど増えたか。もう敬語など一生使わないだろう。
ここはIS学園じゃない。日本でもない。学園は現在時刻午前7時だが、俺のいる場所は真夜中だ。時差である。
有休はいつものだ。また殺されるのか俺。
「パーティーに呼ばれたからには、男は一張羅じゃなきゃいけねえ。俺の一張羅はこいつだ。俺は今日の夜、こいつを身にまとい踊り明かす。既に学食にミラーボールを設置した。もう全身がリズミカルにダンサブルなんだ。この状態の俺のことは256ビートイチカと呼べ」
「話を盛り過ぎて昔のUSBみたいになっているぞ」
軍服姿のクラリッサがため息をこぼす。
「で、隊長から聞いただろう」
「ああ。不審なIS……それも、無人機の可能性があるってな」
無人機技術は、篠ノ之束のみが持つ知識だ。
しかし先日野良の研究者が展開装甲を作り上げて見せたように、時代は前へ進んでいる。
今、束さんと関係ない所で無人機が開発されていようと、俺は不自然ではないと感じる。
それが各国主導の研究ならいいが、テロリストなら話は別だ。
無人機にはいい思い出もないしな。というかロクな思い出がない。
「リミットは十二時間――それまでにケリをつけるぞ、マルギッテ・エーベルバッハ」
「十二時間とか何を勝手に設定している。あとそれは別次元の話であって私じゃない」
「じゃあ無印版の冥琳」
「思い出させるな……!」
クラリッサは全身を使って拒絶の意思を示した。
今時珍しいぐらい、捜査は原始的だった。
「反応はないな」
クラリッサが手に持ったガイガーカウンターみたいな機器が、ギョウンギョウンと音を立てている。
うるさいし役に立ってない。
「なんなんだそれ」
「金属に反応するセンサーだ」
「そのギョウンギョウン言ってるのは」
「恐らく周囲の砂鉄などに反応している」
「設定が細かすぎるだろ」
それほぼ何も分かってねーってことじゃん。
半眼で睨むと、クラリッサは嘆息して機器のスイッチを切り、胸の谷間にしまった。
そこでいいのか。
無人機が何をしているのかは分からん。
目撃情報があったってだけで、それ以外に情報はなし。
だが、哨戒中のISと遭遇した際に、生命反応がなかったという。
暗くて外見も判別できず、レコーダーを解析した結果、明らかになったのはかなり重装甲の
「この地区での目撃情報が多い。近辺に潜んでいるかと思ったが」
「十二時間後には俺学園に戻るからな」
「は? 本気か?」
咎めるような視線だが、俺はボランティアをやりに来たわけじゃないんだぞ。
「お前、何のために協力することにしたんだ」
「無人機のデザインだ。あれは間違いなく
「……なるほどな」
紛らわしいし、普通に死ねばいい。
あいつのISのコピー品だとしたら跡形もなく消し飛ばす。
「目撃情報はこのあたりだったらしいが、人はいないぞ」
「ここで違法ドラッグの取引をしていたマフィアが、ISを見た。警察だと勘違いしたらしく、逃げ出した。車だった。法定速度を超えていた――それで捕まった」
失笑が漏れてしまう。お粗末な話だ。
人気のない場所。暗闇。まっとうな人間がここに来ることは少ない。夜に来るとしたら犯罪者か。
俺とクラリッサは歩く。
人気を感じた。先ほどの話を思い出す。クラリッサの雰囲気が変わる。
IS探しのはずが、犯罪の臭いを確かに嗅いだ。
「織斑一夏」
小声で名を呼ばれた。静かに、スーツの内側から拳銃を抜いて答えた。
スライドを引き、初弾を装填した。足音が極端に小さくなった。
砂浜を進む。車が一台止まっている。ワゴン車。揺れている。
ため息をこぼした。
クラリッサが制止するより早く、俺はワゴン車の車体を蹴りつけた。大きな音が響いた。
中から男が二人、転がり出てくる。
立ち上がり構えを取った。何の構えだそれは。路地裏喧嘩殺法か。せせら笑い、二人共蹴り転がした。クラリッサが、砂浜に転がる二人を冷たく見ていた。
ワゴン車の中を覗いた。猿轡を噛まされて、手足を縛られ、衣服の乱れた女が一人いた。無事ではないが、助けは間に合っていた。
ロープを解く。女が俺にしがみついて泣き出す。腕を見た。注射の跡はない。目を覗き込んだ。日陰者特有の、暗い輝きはない。
クソッタレが。表を歩く住人を、無差別にさらったのか。
「連絡を」
クラリッサを制止した。
「お前ら、ここで捕まったマフィアと同じ一味だな」
二人を見た。まだ染まり切っていない。半グレに近いだろう。
質問と同時、二人がズボンから拳銃を引き抜いた。腕の中で女が悲鳴を上げた。
俺とクラリッサの方が早かった。銃を握る腕を撃ち抜かれ、男二人が突っ伏す。
ただのレイプ魔じゃない。
改めて車の中を見た。薬があった。
女を売り物に仕立て上げるシノギだ。
「どうするつもりだ」
「ここを繰り返し使った。ここが仕事場ってことは、情報があるかもしれない」
「マフィア相手に捜査するつもりか」
「慣れてるよ」
硝煙の臭いに身体が沸騰している。けれど脳が、恐ろしく冷たいままだった。
人探しのために、俺は学園教師になる前、世界中を削りまわった。コネも立場も、使えるものは何でも使った。
その中で、偽名で裏社会に身を投じたこともあった。
忌まわしい記憶。名も知らない女と交わった。翌日に、その女が目の前で頭を撃ち抜かれたことがある。片耳のない男と相棒として数か月共に行動をした。そいつは俺をハメようとして、俺に殺された。
「……警察ではない場所に連絡した。彼女を保護する人間が、十五分後に到着する」
頷く。
俺は男二人に近づく。何も知らないと、叫ばれた。
足を撃った。クラリッサが俺の肩を掴んだ。振り払う。背後で俺が助けた女が悲鳴を上げている。
事情を言え。
『薬がバレて、慌てて別の商売のペースを上げる必要が出たんだっ。だから、そこらの女、つ、捕まえろって』
娼館そのものを運営しているのか。女を売るだけか。
『み、店が町の離れにあるっ。アネタロって店だ。ボスもそこだっ』
小さな組織か。
『十五人ぐらいしかいねえよっ。この街で、俺らしかいないんだ』
お前らの中で、どれくらいISを見た。
『ISなら、捕まったやつ以外にも結構見たっ。でも、遠くに飛んでるぐらいだった。あの、赤い奴だろっ?』
俺は二人のみぞおちにつま先をめり込ませた。二人はえずいて、動かなくなった。
「行くぞ」
「……外道が」
クラリッサは嫌悪感も露わに、吐き捨てるように返事した。けれど足音はついてきた。
遠くから車がやって来た。クラリッサが視線で合図をするのを感じた。車から降りた男が、数人、浜辺に向かう。女を保護して、男たちを捕まえるんだろう。
そして数人の男が、俺たちの前に残っている。
「捕まえられると思うのか?」
日本語でクラリッサに問う。兵士たちは、俺を見て怯えていた。顔に出すまいとしているが、目と呼吸で分かる。
あざ笑った。クラリッサが拳銃を俺に突き付けた。
「危険人物に捜査をさせるものか。逮捕はしない。どうせもみ消されるだろう。日本へ送還させてもらう」
直感が、マフィアの下へ行けと囁いていた。深紅のISにつながる何かがあると。
何度も従い、何度も空ぶってきた直感。
「織斑一夏」
クラリッサが一歩詰め寄った。銃口が身体に押し付けられる。
彼女の次の言葉は、ほとんど聞き取れないほど微かだった。
「
瞠目しそうになり、こらえた。
アドリブで潜入捜査を任せる奴がいるか――いや、これは恐らく彼女の筋書き通りだ。
ISの件で釣り、俺自身にとっても必要な捜査をさせつつ、それに乗っかる形で違法売春業者を摘発するつもりなのだ。
呆れた、強かな女だ。
抱いたことはないが、何度もこうしてこき使われた。今回は今までの中でも一番タチが悪い。
やってやる――が、俺を利用しようとしたんだ。痛い目には合ってもらう。
クラリッサの右腕に組み付いた。呼吸の間隙を狙った。驚愕に顔が歪んだ瞬間、その腕をへし折った。
振り向きざま、銃を向けようとする男たちの腕を撃ち抜いた。拳銃は握ったままだった。
兵士全員が倒れたのを確認してから、俺は車に近づいた。
車の窓をノックした。運転手が、頬に汗を垂らして俺を見る。
万国共通のコミュニケーションとして、笑顔を浮かべた。転がり出るようにして、車を譲ってくれた。
「貴様ッ」
最期の力を振り絞って、俺に拳銃を向ける女がいた。
鼻を鳴らして車に乗り込んだ。放たれた弾丸が運転席の窓に弾かれた。強化ガラスだ。
アクセルを吹かす。ターンして、俺は街の中へと突っ込んだ。
車は適当な路地裏に放置して、俺は裏通りを進んだ。
「見ない顔だな」
ひどくなまった英語で、話しかけられた。
俺は自分の表情が勝手に笑顔を浮かべるのを感じた。身体に染み付いていた、忘れていた習慣が、空気を感じて勝手によみがえっている。
「ご機嫌な服だな」
「パーティーの予定があるのさ」
顔を注視した。世間話を突然俺に振った理由。俺のことを知っている。逃走犯に話しかけてくる。刑事じゃない。犯罪者の目をしていた。
「場所を探してる。アネタロだ。友人に紹介してもらった」
「いい趣味じゃないか」
話しかけてきた男。大柄でポロシャツを着ている。腰に拳銃を差して、隠している。
「客となればあいつも喜ぶだろうさ」
「あいつ?」
「ここらのボスだ。カーラってやつさ」
連れ立って歩く。一瞬やつの足が、表通りを指した。俺が動きを止めると、男は苦笑いを浮かべた。
「出るに出れないか」
「どこから銃弾が飛んでくるか」
「よしきた。任せな」
この場に残るよう指示して、男はどこかへ去った。
売られたか。いや、それはないと直感が言っている。
しばらくして、表への出口を一台の車がふさいだ。あの男が運転している。
「乗れ」
「助かる」
開けられたドアから転がり込む。
後部座席に、窓の外から見えないよう寝転がった。
助手席においてあったコートをかけられた。死体を運ぶ時みたいだ。
「検閲が敷かれてる。お前か?」
「多分な」
「何をしたんだ」
「生身でISを撃墜しちまったんだ、そんなつもりじゃなかったのに」
男は大声で笑った。俺も自分のジョークに笑ってしまった。
検閲が近づいてくる。ここを抜けたら直行できると男が言った。
窓の開く音。
ああどうも、お疲れ様です、後ろのやつ? いえ飲み過ぎで、家まで連れ帰るところですよ。東洋人? そうですね。ソウルから来たやつです。プログラマーなんですけど、酒に弱くて――
会話に紛れて、紙の音がした。
窓の閉まる音。
車は出発した。
「いくら渡したんだ」
「俺の給料半時間分さ」
ふざけた話だと思った。あとでクラリッサに報告するべきだ。
アネタロは町を離れ、車で一時間ほど走ったところにあった。
洋館だ。かなり大きい。小さなチームが運営しているとは思えない。
「思っていたより立派だな。タキシードで来た甲斐があった」
「元々あったものを譲ってもらったらしい。そんな服で来たのは、後にも先にもお前さんぐらいだろうさ」
男が笑い、俺を先導して洋館の敷地に一歩踏み入った。俺も続いた。
途端、やつが振り返って両腕を広げた。
「ようこそ織斑一夏。歓迎しよう」
「お前がカーラか」
胸元から拳銃を引き抜く。カーラは笑って、それを手で制止した。
「やめておけ。これから面倒を見てやろうってのに」
「デカい金づるになりそうな男が身一つで飛び込んできて、随分ご機嫌そうだな」
「そう言うお前は、立場にうんざりしていたのか? まるで未練がましくないな」
「いつ捨ててもよかった立場だ」
口からこぼれた声に、自分でハッとした。嘘ではなかった。
カーラは俺の言葉に、満足そうにうなずいた。背を向けて先導する。
「未確認ISを、お前は知ってるのか」
「当たり前だ。あれの商談も入ってる」
「何?」
「聞いて驚け。無人機の量産に成功したやつがいる」
演技を忘れ、瞠目した。
「驚いたか? 驚いているな。ハハッ、それでいい。そいつと今度会うことになっている。お前を会わせれば、あいつも喜ぶだろう」
「……いつだ」
「一週間後だ。俺にもツキが回ってきた」
カーラは興奮を隠しきれていない。
拳銃をしまい込み、俺は鼻を鳴らした。
「とはいえ極秘に試験運用してたら、俺の手下と遭遇しちまった。手下は聞いての通りだ。ドジを踏んだんだ」
「あれはお前の所有物か。つまり既に一機が、お前の手元にあるのか……どうやった」
「開発者が、俺のイトコなのさ」
「チンケなチームに、道理でな」
二人で進む。洋館の中に入った。
出迎える男たちが、俺を見て薄く笑った。もう話が回っているようだ。
階段を上がる。声は聞こえない。
二階の廊下を進んだ。試しに一つ部屋を開けると、男が女に覆いかぶさっていた。こちらに気づく様子はない。床に注射器が転がっている。男の獣のような声、女の媚びる声、廊下には聞こえなかった。大した防音性だ。ドアを閉めた。
「そういうのが趣味なのか?」
「そんなわけないだろ」
最上階まで階段で上がった。四階建て、部屋はかなり多い。
ドアが半開きになっている部屋を見た時には、警官の服を着た男が錠剤を流し込んでいた。
終わってる町だ。
一番奥の部屋に入った。かつて一度行った、ホワイトハウスの、大統領の執務室に似ていた。
巨大な絵画が飾られている。
「いいだろう。レプリカだが、グスタフの作品だ」
俺には絵のことなど分からない。
カールは椅子に座り、部屋の中央に据えられた大きなデスクの上で、パソコンを開いた。
「やってもらいたいことは山ほどある――お前を介して各国とのパイプも作りたい。アメリカは後回しに、アジアから始めようか」
「お前……こんな町に、何故いる?」
立ち振る舞い、声、表情、すべてを観察して、納得がいかなかった。
こんな辺鄙な田舎でチームを組むなど、この男にしてはスケールが小さすぎる。
「なんだ、お前、前にもこっち側だったのか。なら知っているかもな」
勘違いされているようだったが、どうでもよかった。
「その通りだ。俺はアメリカで、デカいヤマをしくじった。数百億ドルが一瞬で消えて、命を狙われる身になった。名義も変わった、顔も少し手を入れた」
「再起するのか」
「俺はハメられたのさ。復讐だ……一応復讐ぐらいはしておこうと思うんだ」
もう、自分をハメた人間に、さほど興味がないのだろう。
「他人なぞ、食うか食われるかだけだ。お前だってそう思うだろう」
「ああ。お前は食われたわけだ。俺もだよ」
「やはりハメられたのか! ハハハッ、世界唯一の男性IS操縦者をハメるとは、とんでもないトリックスターだな!」
言われてるぞクラリッサ。
「そして次に、俺たちは食う側へと舞い戻る。兄弟みたいなものだろう?」
「ブラザーって呼べってか? 俺の兄貴にしちゃあ大柄過ぎるぜ。まあ、姉貴はゴリラだったがな」
「初代ブリュンヒルデのことを、ゴリラなんて呼ぶのは世界で唯一お前だけだろう」
初代だけじゃねえよ。二代目の楯無さんはともかく、三代目のシャルも武力的な意味でゴリラだ。
その時だった。
懐の端末が震えた。
カーラは顔をしかめる。
「まだ捨てていなかったのか。警察が来たら面倒だ、捨てちまえ」
クラリッサからだった。
眼前の男の言葉に構わず、通話をオンにする。
『中に入ったか。奴らがデータを消去する前に終わらせろ。全員殺して構わない』
「いいのか」
『癌細胞だぞ』
「なら遠慮はいらないな」
通話を切った。
カーラは笑っていた。
「……知っていたのか?」
「ああそうだ。情報だけでは、確かにお前は捜査を先走り、しくじり、無法者の仲間入りを果たしたようだった。だが俺の直感が違うと言っていたよ。お前の目はまるで俺たちとは違ったからな」
「自分でも意外だな。そんなに澄んだ目をしていたか」
「いいや。
捨てきれない。それは、何をだろうか。頭を振った。そんなことを考えている暇はない。
拳銃を引き抜こうとした。その前にカーラが口を開いた。
「少しでも動けばデータはすべて消去される。お前が会いたいだろう俺のイトコの手がかりも永遠に見つからない」
「お前を人質にしてそいつと連絡を取ればいい」
「お互いにその辺は割り切ってる。年に一度会うだけだが、その場所に現れなかったら、次には墓を探すのさ――その日が一週間後だ」
カーラは俺に座るよう促した。
来客用の低い椅子に腰かけた。机には酒瓶とグラスが置いてある。俺は琥珀色の酒をグラスに注いで、一気に飲み干した。頭が白熱する。
「やるじゃないか兄弟」
同じように、パソコンのわきに置いてあった酒を、カーラがグラスに注いで飲み干した。
グラスが机に置かれた。高い音が響いた。
「何が目的だ」
「世界を牛耳ることさ」
「未確認ISをどうやって作った」
「俺にイトコの考えることは分からん。お前は篠ノ之束の思考を完璧に理解していたか?」
「町の人々を何故食い物にした」
「元手が必要だった。スリルを求める若者がたくさんいた。俺は最後の一押しをしてやっただけだ。それでこの町は、終わった」
「ISも女も薬も変わらないのか」
「俺たちにとっちゃ全部金の成る木だ。変わらんよ。お前だってそう思うだろう」
「俺は、お前たちみたいな連中を根絶するために、どうしたらいいんだ」
「無理だな、諦めろ兄弟。義憤に燃える警官ですら落ちる時は一瞬だ」
カーラが二杯目を飲み干した。
「どうだ、捜査じゃなく、本当にこっちに来ないか」
「……断る」
ドアが開いた。視線を向ける。デカいドアを開けて、ISを装備した女が、部屋に入ってきた。
瞳に光がない。意識はあるが、ほとんど心神喪失状態に近いだろう。
「無人機以外にも持っているのか」
「聞かれなかったからな。それはイトコの最高傑作だ」
俺は素早く椅子から立ち上がった。
「『オートマタ』と呼んでいた」
「自動操縦か。女の身体が耐えられないぞ」
「安心しろ。そいつは元ISパイロットだ」
「何――」
顔を凝視した。
「第三世代機、第四世代機は若手のパイロットと共に隆盛した。ベテランのいくらかは立場を失った。そいつは売女に成り下がってたところを拾ってやったんだ」
「拾った?
「本人は幸せそうじゃないか。もう悩まずに済む」
女は無機質な瞳を俺に向けた。
ISを観察する。スカートアーマーは『打鉄』をベースにしている。左右一対のウィングスラスター。くすんだ白色の装甲。
こいつはレコーダーで確認できた無人機とは別のISだ。
「正式名称を教えてやろう。そのISの名は『オートマタ・スノーホワイト』」
「――俺が元か」
ウィングスラスターに見覚えがあった。『白式』だ。
俺は腕時計を見た。パーティーまであと6時間を切っていた。
「兄弟、失望させるなよ」
「舐めた真似を――」
ISを起動させる。カーラが視界の隅で、パソコンを持って駆けだす。
それを追う暇もなく、女が剣を召喚して、俺に切りかかってきた。
「チッ」
鋭い剣捌きだった。愛刀で弾く。攻撃が合理的過ぎる。
女は声一つ上げず、しかしカーラの脱出を確認した途端に、窓を突き破って離脱した。
まさか――
嫌な予感が首を走り、俺も女に続いて窓の外に飛び出す。
次の瞬間に、洋館が爆音と共に炎に包まれた。
レーダーを確認する。『オートマタ・スノーホワイト』は既に飛び去っている。
カーラも隠し通路か何かに飛び込んだんだろう。
炎に目を凝らす。人影は見えない。客らはいただろうが、さっきの瞬間に死んだだろう。客だけじゃない。女も、手下の男たちもだ。
「…………クソッ!!」
剣を振りかぶって、思い切り地面に叩きつけた。
遠くからサイレンの音が近づいてくる。
俺は洋館を、アネタロをもう一度見た。
考えろ。なぜ俺のデータが流出している。
「――あいつか」
先日捕らえたマッドサイエンティスト。もしそうなら、展開装甲の技術すら、裏社会には出回っているのかもしれない。
それだけじゃない。レコーダーを見るに、オートマタは他にも、紅椿をベースにしたタイプが存在しているはずだ。
頭が沸騰しそうになる。誰よりも平和を求めた女のデータが、悪人に利用されている。人が死んでいる。あいつが何よりも否定したかった現実を助長させている。ふざけるな、ふざけんな!
もう一度叫び、それは洋館の中で見た、男の獣のような声に似ていて、俺は剣を振りかざして――やめた。右手から剣が滑り落ちた。
激情の最中であっても、次にやるべきことを、俺の頭が冷静に指示している。
考えなくてはならないんだ。
カーラはどこか。やつのいとこにたどり着くために何をすればいいのか。
認めるわけにはいかない。
誰よりも戦争を終わらせたいと願っていた。
誰よりも平和が訪れるようにと祈っていた。
その美しさを、何人たりとも穢させはしない。この罪は、死を以て償ってもらう。
洋館が音を立てて崩れ落ちる。
武装警官が走ってくる音が聞こえる。
俺は拳を握り、崩落する洋館を眺め続けた。