残っていたので。
あとで章の編集もしないと。
「あとは一日ほど砂漠を進みますよ」
立派な髭の隊長は少女に笑い掛ける、
馬車と護衛が隊列を組み砂漠を渡る
「分かりましたわ」
少女はニコリと笑って馬車から
答えるが、内心はウンザリだった。
初めて王都から外へ、更にシュレイド領
の外まで出られたことが嬉しかったが、
珍しい物も数日見たら飽きてしまう。
砂漠もすぐに見飽きてしまった。
「お母様、外に出てみたいです」
砂漠の砂を触りたい、森の木も、
川の水も……
なのにほとんど外に出してもらえない、
これでは屋敷にいるのと変わらない
白いフリルだらけの少女は
伏し目がちにお願いする
「私も出してあげたいわ」
母親のエレンも気持ちは理解できる、
もう何日も馬車の中だ
「しかしながら旦那様の言い付けです、
辛抱なさって下さい」
使用人の女も困ってしまう
父親のロイズは前の馬車で書類と
質疑応答のシミュレーションで忙しい
「やっとお婆様の目の届かない所に
出られたのにぃ……」
膨れ顔のフリルのドレス
「アルト、ダメよそんなこと言っちゃ」
刺繍をしながら諫めるエレン
「勉強ばっかりだもぉん」
「将来のため……なんだけどね」
「将来って何?顔も知らない人と結婚
するんでしょ?私」
ドカッと馬車が揺れるように座る
「私が平民だから今度こそって……
少し意地になってるのよ」
刺繍の手を止めて微笑む
「お母様は大変だったのよね?」
「そうよ、売り子が若旦那と結婚だもの、
今でも納得してないでしょうね」
下級貴族の自分が金持ちとは言え
平民と結婚、
そして息子が平民の娘と結婚、
納得出来ない気持ちがそのまま
孫に対する期待になっている。
「あーつまんない!!」
「じゃあ少し遊びましょうか」
エレンが言うと使用人は
エプロンなどを用意する
着替え終わると
「トマト、ナッツ類、葉物の下拵えからね」
すっかり着替えると貴族も平民も無い
格好に
「またパン料理かぁ」
アルトも着替えた
「馬車では保存食しかないからね」
火は使えないし、スペースも無い
「お婆様は料理は使用人のやることだ
って言うけど……」
膝の上にまな板を乗せ小さな包丁を
持つ
「あら、貴族や平民である前に女よ?
料理位は出来ないとね」
笑う母親、平民の町娘だから貴族っぽく
ないし、金持ちらしくもない。
お婆様に隠れて家事を教えられた、
お母様が言うには『女子力』と言う
らしい、必要なスキルだそうだが
分かんない
昼下がり……とは言っても常に暑い
砂漠
「お母様、暑いわ」
馬車の中でも汗が出る、
ドレスを脱いで正解だった
「大丈夫なのかしら」
周囲の護衛も変わりなく、馬も平気
そうだが
「水もクーラードリンクなども大量に
あります、心配ありませんよ」
ドアを開けてまな板を軽く水で流す
使用人
「…………!!」
叫び声?
「おい!!何かいるぞ!!」
護衛の声が響く、アルト達は外を見ると
此方に向かって砂埃が何本も高速
で近付いて来る
「なにあれ!!」
目を見張りながら
「モンスターでしょう」
母親は心配そうに言うが
「こんなに護衛がいるんです、
アッと言う間に片付けてくれますわ」
使用人は楽観する
しかし数秒でその価値観は逆転する
隊列の左手にいた護衛が馬ごと
引き摺り倒される、と
砂の中からガレオスが何匹も飛び出す
「モンスターだ!!」
「何だ!!何が起こってる!?」
「砂の中にも居るぞ!!」
「畜生!!当たらねぇ!!」
「馬がやられたぞ!!」
「どうすりゃイイんだ?!」
「隊長!!どこだ!!」
馬から落ちた護衛が応戦するが、
まるで歯が立たない、
次々に砂に引き摺り込まれたり
尻尾で叩かれて飛ばされる。
走る馬からボウガンを撃っても
相応の訓練を積まなければ当たらない
「聞いてたヤツと違うぞ!!」
馬が怯えて動かない
最後尾の馬車が倒され、
使用人達が放り出され砂に消える
「アルト!こっちへ!」
母親に抱かれ震えるしか出来ない
「護衛は何をやって……っ!!」
そこまで言った使用人は言葉に詰まる
窓から見える巨大な体
アルトは見てしまう、
ドスガレオスの巨体を
「ヒッ……!!」
「奥様!!逃げ……」
直後に衝撃!!
暗い……
母親が覆い被さっている事に気付く
「おか……」
アルトの口を急いで塞ぐエレン
アルトは状況を理解するまで数秒を
要した
馬車が倒されている、
護衛達は戦っているが……
一人に数匹で食らい付く、
何も出来ずに喰われている
魚とも竜ともつかない変な生物
そして隊列の周囲を多くの背鰭が
周回している
「アルト、静かに、音を立ててはダメよ」
母親は小声で続ける
「本で見たことあるわ、アイツらは
目が見えないはず」
黒い壁の日陰でじっとする、この壁が
横倒しの馬車の天井だと気付くのに
時間がかかった。
護衛は強いという思い込みはアルトの
中で霧散した、何の役にも立たない、
モンスターの死体は一つも無い
母は周回のタイミングを見ると
「アルト、立って」
立ち上がるとアルトを馬車の上に
上がらせ、自分も登る
良く見える、
どれだけ絶望的な状況か
数台の横倒しの馬車
護衛はいない
馬も全部喰われたようだ
馬車の上に数人づつ人がいる
周囲は確実な死が周回している
「………………」
アルトは無言で母親にしがみつく
エレンも抱き締め震えるしかない
時間だけが過ぎる、しかし容赦ない
太陽が照りつけ、
頭の汗が頬を伝い顎から落ちる
「……暑いわ、お母様」
暑いのにカチカチと歯が鳴る
「ガマンして」
暑くて恐いのはエレンも同じ
耐えるしかない、何か気配を感じるのか
背鰭の輪は崩れない
だけど人間は限界が近い
どうする……
前の馬車の上にアルマの長男ロイズ
と執事が数名
「逃げるなら全員の方が……」
まだ若い次期当主
「ムリです、奥様とお嬢様が砂の上を
走るなど……」
老執事は項垂れる、が、
「ですから若、私達は一か八か街道へ
向かって走ります、その間に奥様と
お嬢様を連れて……」
指さす、最後尾で横倒しの馬車、
物資用のために幌の荷台だが
食糧などが積んであるし、
クーラードリンクもある。
「あそこまで行けば数日は救援を
待てます」
馬車までは100メートルほど、
街道までは……
「止めてくれ、全員で生きる方法を…」
何かないか
老執事は手で制すると
「貴方を死なせたとあっては処分は
免れません」
立ち上がると
「アルマ家使用人!!聞きなさい!!
我々は街道を目指して走るぞ!!」
他の馬車に合図すると
「では若……後程」
飛び降り
「皆!!街道まで走れ!!」
老体にむち打ち走る執事と使用人、
輪になっていた背鰭が一斉にそちらに
走り出す!!
それを見たあとで飛び降り妻と娘の
馬車へ走るロイズ
「エレン!今のうちだ!!」
エレンも察してアルトと飛び降り走る
ロイズは後ろに回りエレンとアルトを
走らせる!!
「急げ!!あの馬車だ!!」
後ろの方から悲鳴が聞こえるが
全力で走る!
あと30メートル程
アルトは今までロクに走ったことがない
何度も転びそうになりながら
横倒しの幌馬車に走る!!
「頑張れ!!アルト!!」
ロイズに励まされ必死に走る、
呼吸が熱い!!
砂が混じる空気の中を全力で
「アルト!ほら!もっと速く!!」
エレンに手を引かれ必死に走る
「ザザッ!!」
ロイズの声が消える
「お父さ!……」
「あなた!……」
振り返ると一際大きな背鰭がある
一瞬遅れて思考が戻る
大きい!!
さっきの!!
お父様が!!
しまった!!
止まってしまった!!
あと少しの所で足を止めてしまった!!
小さい背鰭は執事達を追ったが
この大きいのは動いてないらしい
そして二人の前に
「ザザァァッ」
もう一つの大きい背鰭……2匹居た…
二人は呆然とする
確実な死が目の前にある
どうする……
動けない……
多分コイツらは音に反応する……
ジリジリと砂に、太陽に焼かれる
時間などない
「アルト!!」
エレンは叫びアルトの手を取り走る!!
走りながらアルトを前にする!!
あと10メートル!!
5メートル!!
3!!
「ドンッ!!」
アルトは後ろから押され幌へ
転がり込んだ
意識はハッキリしている
お母様に突き飛ばされた
背中に人の手の感触
数秒で幌の中から振り返る、と、
???
お母様がすぐそこにいる
「アルト、音を立ててはダメよ?」
笑顔で……
「おか……」
エレンは人差し指を口へ
膝から下が砂に……
背鰭が……
「アルトは美人なんだから泣いちゃダメ」
ゆっくりと腰の辺りまで沈む……
喰われてる!?今!!
「いつも笑いなさい、笑顔でいなさい」
苦痛に顔を歪めるが、それでも
笑顔を作る母
叫びたい!!泣きたい!!お母様と!!
でも同時に理解する
泣かせないために!
音を出させないために!
我が子を救うために!
一番の恐怖の中にいる母は
笑っているのだ!!
涙を流しながら頷く、
今はそれしか出来ない
口に手を当てて嗚咽を堪える、
母の思いをムダに出来ない!!
エレンも笑顔で頷く
そのまま……ゆっくりと砂に沈む
笑顔のまま……
「笑いなさい、美人なんだから」
最後の言葉を残し、涙を流し沈む母
どれほどの恐怖だったろう
その中で必死に笑顔を作った
我が子を泣かさないために
守られた、凄まじい愛情で。
………………
「ドォン!!」
砂にハンマーが撃ち下ろされる
堪らずガレオスが砂から飛び出す、と
「「ぬうりゃあ!!」」
二本の大剣がまだ空中のガレオスを
斬る、頭と尻尾を斬り落とされ
砂の上に転がる。
「上手くなったな!!キモがダメに
ならねぇ!!」
ハンマーを担ぐガストン、
白髪混じりの角刈り
「オヤジ、四英雄だぞ?俺達……」
「オヤジのがわりもでぎる!」
2メートルを越える巨体の
ゼルドとガルダ
「イッパシの口利きやがる!!」
ガハハと笑うガストン
「それよりオヤジ」
「でがいむれだ」
「あぁ、珍しいな」
辺り一面に50を越えるガレオスの死体
2日前
ドンドルマギルドに行商人が飛び込む
「誰か来てくれ!!」
近くに座っていた若いハンター達が
外へ出ると竜車があり、片方の足を
失った男が乗せられている。
「何事じゃ?」
ギルドマスターも出てきた
「ほら!あんた!ギルドだぞ!」
片足の男の頬をペシペシ叩く行商人
「う……あ……」
既に意識は混濁しているようだ、
血も足りてないようだし、
傷は止血してあるが既に
腐り始めている、
手の施しようがない。
回復薬をかける間もなく事切れた
行商人に事情を聞くと、昨日
西の砂漠付近の街道で助けたそうだ
自分は商隊の護衛だと言っていた、
ドンドルマに向かう商隊だそうだ
「むぅ、捨て置ける事態ではないな」
ギルドマスターが思案すると
「俺が行ってやる!!」
ガストンが出てきた
「報酬が出せるクエストにはならんぞ?」
「ただ働きなら散々やったし
今さら変わらねぇよ!!」
ハンマーを担ぐと弟子達を呼び集める
が、
「ガストン、ゼルドとガルダを
連れていけ」
ギルドマスターは低い声で
「あいつらァ四英雄だぜ?
雑務でもねぇだろ?」
「装備を見ろ……」
ギルドマスターは顎をしゃくる
「ただの護衛にしては装備が
高そうじゃ」
片足の男が着ているのは薄く延ばした
金属の防具、ハンターではない、
王都の兵士?
「何者だァコイツ?……護衛……?」
装飾部分を見るガストン
「何にしてもトラブルの種だ、
戦力は大きくて良かろう」
王都の兵士か、貴族の連中か……
………………
「妙だな……」
ガストンは辺りを見る
「フム、これだけ大きい群れなのに…」
「どずがれおずがいねぇ……」
隣のエリアに移動する
信じられないモノを見る
砂漠の真ん中に馬車の残骸が
散らばる
2つの大きな背鰭が円を描く中心に
砂の……人形……?
全身砂の色……人間?!!
暑さで陽炎が揺らめく一面の砂、
その中にポツンと立っている
「なんだァありゃあ?」
ガストンは目を凝らして
「生き残りか?……やるぞ!!」
力を溜めながら走るガストン
「「おう!!」」
二人も走り込む
………………
ものの数分でドスガレオス2匹を
片付けて、砂の人形の正面へ
「良く生き残ったな」
ガストンが語りかけるが…反応がない
「フム、この残骸には物資が多いな」
背鰭で壊されただろう馬車の周りに、
食料、水、ドリンク類が散らばる
「ひどりでがんばっだんだな」
空になったビンも辺りに散らばっている
「歩けるか?」
ガストンが手を取り語りかけると
……ゆっくりと手を振りほどく
エプロンをギュッと握り締めて
立ち尽くす
「おい……!」
ガストンは漸く気付く、人形は
ブツブツと小さく呟いている
小さな小さな声で繰り返す
「音を立ててはダメ泣いちゃダメ
音を立ててはダメ泣いちゃダメ
音を立ててはダメ泣いちゃダメ……」
誰かに言われた生き残る術を
必死に耐えながら繰り返している、
小刻みに震えながら。
砂だらけの顔をゴツい両手で包み
「もういいんだ、よく頑張ったな……」
ガストンはニカッと笑うが
「………………」
何かに取り憑かれたように繰り返す
ガストンは砂を払い抱き締める
「もうイイんだ!!オメェは助かったんだ!!」
アルトは膝から崩れる
糸が切れた操り人形の様に