重大な事を気付いてしまった
日課に寝る前の術符作成の練習が追加された。
何故寝る前かと言うと、修行の前に作成練習をすると疲労感から修行に身が入らないからである。
しかし、この練習はなかなかに苦行だった。
いきなりお手本通りにヤレと言われても無理な話だったので、姚斌さんからしばらく綺麗な直線を描くように指示された。
縦だったり横だったり斜めだったりと、ひたすらに直線を描き続ける。
しかも、これに慣れたら次は綺麗な円だったり、直線を太くしたり細くしたりと練習の終わりが見えない。
そう現在は見事に疲れるだけで、何の効果も無い術符を量産しているのだ。
それは使い物にならないと分かっていても疲労の結晶なので捨てる事も出来ず、部屋に術符のなりそこないが貯まり始める。
何かリサイクル方法を考えないと精神衛生上よろしくない気がしているのだが、良い案なんて簡単に出るものではなかった。
実に悩ましい。
そんな疲労はしているが安全な日々を過ごしていると、ある事に気がついてしまう。
それは昼休憩で支給された謎肉を食べている時に、ふと思った。
俺は人型になってから、まだ御馳走を食べた事が無いと。
最初に人型になった時は、急にお偉いさんに呼ばれて、その後は無理難題に四苦八苦してそんな事を気にしている余裕は無かった。
そして、その無理難題を達成した後に宴会で御馳走が振る舞われたのだが、その時は植物だったので、ついに口に入れる事が出来なかったのだ。
その後、再び人型になったら兄様に振り回されてそんな事を考える余裕もなかったし、この支給された謎肉でも食べ物を味わえる喜びを感じて満足していた自分もいた。
だが、疲れているが安全な日々が過ごし考える余裕が出てくると、植物の時に兄様や姉様達が食べていた料理の数々を思い出してしまい、急にこの謎肉が味気ない物に感じられる。
気付いてしまったからには仕方ない。
この謎肉だけで満足するのは、もう無理だろう。
ならばする事は一つである。
兄様に抗議に行こう。
思い立ったなら修行をしている場合じゃないな、さっそく行こうすぐさま行こう。
俺は、足早に兄様がいるであろう場所に向かった。
普段なら余計な厄介事を避ける為に自ら行こうとも思わない場所だというのに。
「なになに?正大は御馳走が食べたいのかい?」
まったくもって、その通りなので、首を縦に振り肯定する。
それに対して兄様の回答は無慈悲な物だった。
「残念だけど、今は材料を切らしていてね。他の仙道達もその謎肉で我慢しているんだ。次の大規模な調達があるまでは、御馳走は無いよ」
材料が無い。
御馳走は無い。
最初は、その言葉が頭を素通りして事実を否定し、次にその言葉が頭にリフレインした後にその事実を認識して崩れ落ちる。
ちょっとこれは久しぶりにショックを感じているようだ。
「ふむ。そんなにショックを受けるとは思わなかったよ。仕方ないね。かわいい弟の為に、この兄が一肌脱ごうじゃないか」
「さすが兄様です。実に頼りになるお方ですね」
「この僕でも、この立ち直りの速さは驚きを隠せないよ。まあ、それも嫌いじゃないけれど」
「そんな事は、どうでも良いです。具体的にどうするのですか?」
「相変わらず性急だね。まあ、簡単に言うと無いなら自分で調達してくれば良いじゃないか。まあ、普通の仙道なら許可が必要だけれども、僕はちょうど外に行く仕事が有った所さ」
「なるほど。それに同行して、御馳走が食べたければ自分で材料を調達しろと?」
「まあ、そんな所かな。ちなみに、行くなら空と山と海のどこが良いかい?」
「山です。他の選択肢はありえない」
「即答だね。そっか山か。ちょっと行く予定の山には竜はいないけど良いんだね?」
「いや、居なくて良いです。海で魚や、空の鳥とかも少し良いかなと思ったけど、能力下がるから選択肢から外して正解でしたよ。まさか選択していたら竜を狩る事になるとは思ってませんでした」
「ノンノン。御馳走を食べたいと言ったのは正大だろう。なら素材は最高を狙うべきだと僕は思うよ」
「何事も限度があります。何回も何度でも言いますが」
「まったく我儘だね。雲霄達を見習って欲しいものだ」
むしろ、兄様が御姉様達を見習うべきじゃないかと思ったが、口から出る前に思いとどまった。
今は、兄様の職権乱用で外に行けるのだから、機嫌を損ねさせて気が変わられたら困る。
なので、日取りが決まったら教えてくださいと言って部屋を出ようとした。
「じゃあ、さっそく今から行こうか」
うん。たぶん兄様も俺にとやかく言えないくらい性急なんじゃないかと思う。
そして色々と準備を終えて、いつもの気球乗り場に来ているのだが、さっそく抗議したい事が出てきた。
「兄様。俺は、何故ロープでまた縛られているのでしょうか?」
「ほら、せっかく出かけるのだから、例の修行を再開しようと思ってね。正大も成長しているだろうから目指せ記録更新って所かな」
「いやいや、この修行って命懸けだし、目的地についても疲れて狩りにならないよ」
「なら見事に成功させるしかないね。姚斌の所で基礎は習ったのだろう?なら今度こそ逝けるさ」
「ちょっと待って。なんかニュアンスがおかしくなかった?ねえ?もしかして、今度は落とすつもりですか?」
兄様は、楽しそうに笑うだけで何も答えてくれなかった。
そして、気球はつつがなく空の旅に出発する
俺は、さっそく兄様を頼った事を後悔した。
「ちょっと兄様返事してください。本当にシャレにならないですから」
空での修行が始まったが、基礎的な修行をしたおかげか前よりは楽に出来るようになっていた。
楽と言っても気を抜いたらヤバいレベルなのだが。
そして、俺がこんなにも慌てているのは時間が夜になり、定期的に声をかけてくる兄様が静かになったからである。
もしかして寝ているなんて事は無いよね?
もし寝てた場合、今ロープが切れたら確実に落ちる。
さすがに達人でも、寝てる状態から俺を引き上げられるとは思えない。
ここはジョークで静かにしている可能性に賭けても良いのだが、掛かっているのは自分の命だ。
「まさか寝てたりとかしませんよね?本当に寝るなら引き上げてからにして貰えませんか?」
俺は大声で叫び続けるが、現実は無情だ。
返事は無い。
あ、これは絶対に寝てるパターンだ。
そして、俺の絶対に気が抜けない戦いが始まった。
ブッラクアウトしていた意識が戻り、俺は飛び起きた。
なんだ夢か。
ロープが切れて気絶したなんて無かったんだ。
「残念ながら現実だよ。まったく、精神的に余裕がある時は安定していたのに、少し揺さぶりをかけただけで脆くも崩れるなんて、まだまだ修行が足りないね」
「え?ここはどこ?」
「目的地の近くに到着したよ。かなりグッスリだったし、地面に接してたらから少しは回復したかい?」
ああ、通りで地面にいる安心感がある訳だ。
あの戦いが始まってから、助けが無いかもと疑心暗鬼になった結果集中力が途中で乱れたのだろう。
すぐに限界が近くなり、俺は二回目のロープが切れる音を聞いた。
そして、情けない事に気絶したのだろう。
いや、言い訳させて貰うと、こんな無茶な修行が悪いのだ。
そしてギリギリな所を揺さぶりをかけるヤツが悪いのだ。
つまり俺は悪くない。
「いつでも助けがあるとは思わない方が良い。今回も僕が声をかけている間は、危険な修行だと言うのに妙に安心している風に感じたよ。次からは、もう少し気合を入れて頑張るように」
いや、危険な修行ならしたくないのですが。
でも、一度助かったので、妙な安心感が有ったのは確かだ。
気合も初回に比べて入っていなかったかもしれない。
それに、いつでも平常心でいられる訳でも無いので、むしろ危険を感じてからが修行の本番だったのかも?
あれ?なんか少し感覚がマヒしてきている気がする。
とりあえず、安全に関してだけは抗議を入れておこう。
「ところで、もう動けそうかい?目的地の近くに着いたから、さっそく御馳走の材料集めに入らないかい?」
そうでした。
今回は、御馳走を求めての旅だったのだ。
さっそく獲物を探しに行かなければ。
「うん。しっかり成長しているみたいだね。今回は動けるだけの元気がありそうだ」
「ええ、御馳走が俺を待っているのです。さっさと獲物を探しに行きましょう」
俺は、緩慢な動作の兄様をせかしながら、山へと向かった。
しかし、この山は何か変だ。
少し捜索を開始して、違和感を感じた。
自然の中にしては静か過ぎるし、他の生き物の気配がない気がする。
まあ、俺に野生の直観や、生き物の気配がはっきりと分かる訳じゃないので気のせいだと思いたい。
ちょっと嫌な予感がする。
しかし、その予感が当たっているのか探しても獲物は見つかる事は無かった。
ちょっと待って、こんなに苦労して遠征したのに成果無しで帰る事になるなんて勘弁して欲しい。
必死に探したが、やはり見つからない。
泥臭いから少し敬遠していたが、最悪川魚でも良いかと川辺に行ったのだが、魚すら見当たらない。
実に最悪である。
兄様の言葉を借りると、まさにアンニュイだ。
見つからないのは仕方ないので、今回は諦める事にしよう。
兄様には、さっさと仕事を終わって貰って、もう帰りたい気分である。
そんな事を考えていると建物を見つけた。
近くに行ってみると御食事処と看板が付けられており、店先にあるメニューボードの貼り紙に目がいく。
〔ここは注文の多い御食事処です。どなたでも遠慮なく中へお入りください〕
なんか見覚えがあるし、嫌な予感しかしない。
「正大。獲物が見つからなくて御馳走が食べられないと落ち込んでいたし、ここに入って何か食べて行こうか。いやー、獲物が取れなくて不運だと思ってたけど、こんな所に御食事所が有るなんてラッキーだったね」
改めて言おう、嫌な予感しかしないと。