たぶん危険なので兄様を説得する事にした。
「御馳走とかもう良いですから、さっさと兄様の仕事終わらせて帰りましょうか」
「急にどうしたんだい?あんなに食べ物に執着していたのに。でも、今回はこの辺りに住んでいる仙人に用が有ってね。たぶん、ここだと思うからどの道入らないって選択肢はないよ」
「え?こんなに殺る気満々な場所に入るって正気?」
「別に見た所高級店って訳ではなさそうだし、そこまで敷居は高くないように見えるから、そんなに尻込みしなくても平気さ」
「いや、別に尻込みしてるとかじゃなくて」
「どの道入る事になるんだから、食べて行った方が良いと思うのだけど?」
その後、色々と話し合ったが結局入る事になった。
兄様は、大丈夫大丈夫と言いながら建物のドアを開き入っていく。
何が有っても問題無いと自信があふれているように見える。
俺は、置いてかれないように慌てて後に続いた。
扉をくぐると、入店を知らせる鈴の音が鳴り響くが、これが侵入者を知らせる警報に感じるのは、俺の心がすさんでいるからだろうか?
まあ、すさんだ心の目で店の内装を見てみると、普通の旅館にありそうな玄関だ。
そしてすぐ目の付く場所に立て札が有った。
〔ここは土足厳禁となっております。靴をお脱ぎになって、右手側に見える靴箱にお入れください。また、足が汚れている方は近くにあるタオルを使って汚れを落としてください。それが終われば正面の扉へお進みください。色々と注文が多く煩わしい思いをさせてしまいますが、どうか最後までお付き合い願います〕
「どうやら注文が多いのは、メニューが多いって訳ではなさそうだね。逆に予約が多くて待たされるパターンも有ったけど、これなら心配ないね」
そう言って兄様は、靴を脱ぎ靴箱へ収納した。
俺としては、さっそく靴が人質に取られた上、外の舗装されてない砂利道を裸足で走るのは痛いそうだなと思った。
そして先へと進む兄様の後に続いて次の部屋に入った。
また、立て札がある。
〔まずは手をそこの水道で洗いましょう。清潔さに自信のない方はシャワールームも用意してあるので遠慮なくご利用ください。〕
「確かに食事の前に手を洗うのは基本だね。しかし、野郎のシャワーシーンなんてサービスにもならないだろうし、僕は清潔感には自信があるんだ。ここは手を洗うだけにして先に進もうか」
野郎のシャワーシーンは必要ないのは同意である。
そして、女性で有っても姉様達のサービスシーンは激しく遠慮したい。
しかしながら、これは自分から洗って貰えると調理する側からしたら楽になるって事だよね?
穿った目で見過ぎかな?
兄様は何も思ってないみたいだし。
おっと余計な事を考えていると置いてかれる。
こんな場所で一人になるなんてゴメンなので、急いで追いかけよう。
〔武器をお持ちの方に食事を御出しする事はできません。右手側に見えるコインロッカーにしまってください。鍵は無くさないようお願いします〕
「うーん。まあ、話し合いに来たのだし、食事中に武器を持ちだすのも無粋か。ここは指示に従おう」
あからさまに露骨な武装解除が来ましたよ。
え?縛竜索だけじゃなくて、金蛟剪もしまっちゃうの?
ちょっと考えなおして欲しい。
兄様は自分の強さに自信があるのだろうけど、それは無いと思う。
すぐに次の部屋に行かないで!
もう一度話し合おう。
絶対に罠だって。
この自信はどこから来るのだろうか?
是非とも教えて欲しい。
そして、それが俺を安心させる根拠ならば、隠さずに教えて欲しいものだ。
とりあえず、俺だけここに留まる訳にもいかないので次の部屋へ向かった。
〔料理が出来たらベルでお知らせします。しばらく、そこの椅子に座ってお待ちください。ベルが鳴ったら次の部屋へどうぞ。お待たせしている間に、ドリンクバーはいかがですか?どうぞ自由にお飲みになってください〕
「へぇ。なかなか気がきくじゃないか。待っている間に頂くとしょう」
兄様は、椅子に座りながら優雅にティーブレイクを始めた。
飲んでいる物は色々な物を混ぜたブレンドだけど、すごくチャレンジ精神があるよね。
じゃなくて、料理の準備って向こうは戦闘態勢に入ったって事だよね?
相手に準備する時間を与えて、こんな所でゆっくりとしていて大丈夫なのか?
俺は、とてもそわそわしながらベルが鳴るのを待った。
だって、処刑執行を待つ食材の気分がしたから。
しばらくしてベルが鳴った。
兄様は、意外と早かったと言いながら次の部屋へと向かう。
え?ここは慎重に行くべきじゃないの?
そう思いながらも、兄様の後をおっかなびっくりと警戒しながら次の部屋に入った。
そこには美味しそうな料理が並べられており、またいつもの立て札が有った。
〔どうぞ、ごゆっくりとお召し上がりください。次の部屋にデザートを準備中です。またベルが鳴ると準備完了の合図でございます。しかし、急がせる訳ではないので、御食事中ならば慌てて向かわなくても問題ありません〕
「おお、実に美味しそうな料理じゃないか。しかし、ここの主はシャイなのかね?いっこうに姿を見せる気配がないのだが。まあ、だけど目の前に料理があるなら、まずは頂こうじゃないか」
まさか本当に料理が出てくるとは思わなかった。
ここで戦闘になると思っていたのだけど、予想がハズレて少しだけ緊張がほぐれる。
俺が心配し過ぎなだけで、ここは本当に食事を提供しているだけの場所なのだろうか?
そんな悩みを無視するように、兄様は食事を続けて上機嫌に言った。
「うん。なかなかの料理の腕じゃないか。金鰲島には、料理ができる者がほとんどいないからね。きっと彼を連れて帰れば皆喜ぶよ。材料が無いってのは勿論だけど、全員に料理が行きわたらないから金鰲島で支給されるのは謎肉になってるんだ。でも、料理人が増えれば、それは解消されるかもしれない」
なんと毎日変わりばえのしない味の謎肉しか出て来ないと思っていたら、そんな理由が有ったとは。
これは是が非でも、料理人を連れて帰ろう!
そんなこんなで、会話を続けているとベルが鳴った。
そして、次の部屋に向かうと切り分けられたアプッルパイとお馴染の立て札。
〔料理は満足して頂けましたか?次は、当店自慢のアップルパイをお召し上がりください。そして御代の方なのですが、お金なんて無粋な物は請求いたしません。次の部屋と、次の次の部屋で簡単なお願いを聞いて頂ければ、けっこうです。では、お待ちしております〕
「うん。自慢と言うだけ有って、かなり美味しいじゃないか。これはお土産に包んで貰えないかな?これは是非ともシェフに会わねば」
え?もう食べたんですか?
デザートが準備されていたのにも驚いたけど、簡単なお願いってのが嫌な予感がする。
兄様は能天気に次の部屋に向かって行くが、俺はやっぱりと思いながら痛い胃を抑え兄様の後に続く。
次の部屋に入ると、何かの液体が入った大きな容器と、白い粉が入った大きな容器と、いつもの立て札が有った。
〔まずは黄色い液体に浸かってから、白い粉にダイブして満遍なく粉を体に付けて次の部屋にお進みください〕
「この液体は、溶き卵ようだね。そして、この白い粉はパン粉かな?」
兄様は、触ったり口に入れたりしてそれが何かを確かめている。
なぜそう物怖じせずに口に入れられるのか聞いてみたい所だが、そんな事に思考を割いている暇はない。
やっぱり、ここの主人は俺達を料理する気だったのだろう。
次の部屋からは、油の匂いと何か液体が煮える音がする。
「だから言ったじゃないですか。これは罠だし、殺る気満々な相手だって。急いで引き返しましょう」
そう言って、俺は入ってきた扉に振り返ると、そこに貼り紙が有った。
〔お客様。食い逃げは犯罪ですよ。そんなお客様は足元にご注意ください〕
その文字を見た途端に、俺と兄様の足元に何かの模様が浮かび上がる。
これは何かと疑問に思ったがすぐに答えは分かった。
兄様の足元から、物凄い火柱が上がり炎に包まれたのである。
その炎は消える事もなく延々と燃え盛り、俺を恐怖させるには十分な光景であった。