修行なんて無かった。
無いと言ったら無いんだ。
だから、あの場所が砂漠一歩手前に、いや、荒野に成る訳が無い。
むしろ、あんな危険地帯が無くなったのなら、それは正義の行いであり非難される言われはないはず。
世界が少しばかり安全になる、それは喜ばしいことだと思う。
でも、そんな事は無かったので、世界は変わらず、俺も称賛される事は無いし、これからもいつも通りの日常がやってくるだろう。
うん。正直言うとやっちまった感がある。
なので、俺と兄様はそれを無かった事として押し通すと決めた。
あ、そんな事よりも長い休暇を貰ったので、前から準備を進めていた術の触媒が無事に完成したよ。
エネルギーを込めると光るんだ。
それだけの効果しかないのに、作るのに意外と手間取ったけど。
まあ、手間の割に地味なアイテムに仕上がったと思うけど、手軽に明るく出来るのは便利だと思う。
でも、常に手で持っておかないといけない事と、持っている間はずっと光ってる事と、エネルギーを込め過ぎたら眩しいのは改善するべき課題かな?
とりあえずは完成したので、この試作品を張紹さんに評価して貰うべく、俺は移動する事にした。
「これは宝貝だね」
しかし、張紹さんからは意外な言葉が出てくる。
え?そんな事は無いはず。
エネルギーを込めると術が発動する触媒ですよ。
呪符の応用的な感じで。
「しかし、ここまで作り込むと、もはや宝貝としか言いようがない。呪符のように使い捨てでもないし、術の発動を手助けするのではなく、もうほとんど自動で効果発動しているから」
行き過ぎた科学は魔法と変わらないって感じでしょうか?
この触媒は行き過ぎで、ほとんど宝貝と変わらない的な?
でも、もしこれが宝貝認定されると困るのですが。
兄様の方針では、俺は宝貝お預け状態ですし、勝手に自前で作ったとなると、なんと言われるか分かったもんじゃないね。
この事は秘密でお願いします。
「おや、正大。面白そうな物を持っているね。詳しく聞かせて欲しいかな」
突然後ろから、兄様の声が聞こえて肝が冷える。
とりあえず言い訳を聞いて欲しい。
「なるほど。あくまで術の触媒を作っただけで、僕の方針を破った訳ではないと言うのだね?」
俺が作った触媒を弄りながら兄様は、そう問いかける。
分かって頂けたなら幸いです。
しかし、その手元にある触媒を見ると、点滅したりシマシマ模様になったり色が変わったりと、明るくする事しかできない俺よりも上手く扱えているような気がする。
なんかショックだ。
「ふむ。これは、僕としても判断に困る所だ。仕方ない通天教主様に判断を仰いで貰うとしようか。正大も張紹も付いて来たまえ」
え?さすがに通天教主様の御手を煩わしせる事じゃない気がするのですが。
なんか、思った以上に大事になったりします?
兄様だって、けっこう約束破ったりしますし、ここは穏便にお願いできません?
「まあ、僕としても、そうしたいのだけど作った物に問題があると言えば良いのか。詳しくは、通天教主様の所で話そう」
そんな感じに言葉を濁す兄様の後に続く。
そして、ある部屋の前に到着すると、兄様は扉をノックして中に問いかけた。
「通天教主様。趙公明です。少しお時間よろしいでしょうか?」
「ん?趙公明か?ああ、少し休憩していた所だ。構わんよ」
扉を開き中へと、入っていく。
「通天教主様。見て頂きたい物が」
そう言って、俺が作った触媒を通天教主様に手渡した。
「これは珍しいな。エネルギーの種類を要求しない無属性の宝貝か」
「はい。たまに発掘される誰にでも使える宝貝の一種なのですが、これは弟の趙正大が作った物でして」
「何?これを作っただと?」
「はい。術の発動を補佐する触媒を作ったつもりらしいのですが、完成したのがこの宝貝みたいなのです」
「ふむ?つまり、いままで無属性だと思っていた宝貝は、触媒の発展型もしくは通常の宝貝とは違う可能性が出てきたと?」
「詳しく調べてみないと何とも言えませんが、恐らくはそうかと」
えーと、これは宝貝に分類されてた物だから宝貝って事ですかね?
厳密には、宝貝じゃないかもしれないけど、結果的に見たら宝貝みたいな?
もう、これは宝貝で確定な訳ですね。
しかし、何で大げさに話しているのか理解できません。
「ああ、置いてきぼりにしてすまないね。要約すると、エネルギーを送るだけで発動する仙人が不要な宝貝があるのだけど、それを作るヒントが見つかったって事さ。例として、発掘品の中に、この金鰲島の動力炉からエネルギー供給する事で動く乗り物があるのだけれども、このヒントを足掛かりに量産できるようになれば凄い事じゃないかい?」
確かに、それは凄そうだね。
でも、これはシンプルな効果しかないから作れたけど、そんな複雑そうな物は簡単には作れない気がするな。
「ちなみに趙正大よ。この宝貝をまた作るのに何年かかるのだ?」
えーと、今回作るのに一カ月かかったけど、もう作り方は把握してるから頑張れば十日くらいで作れそうと正直に答えると、張紹さんが馬鹿を見る視線を向けてきた。
この時は思いもしなかったが、あの時作成時間を年単位で答えておけば良かったと後悔する事に。
「なんと。では、百日後までにこれと同じ物を十個頼む。張紹も可能なら協力してやってくれ」
え?さっそく作れと言われるとは思ってもみなかったよ。
しかし、俺はまだまだ未熟者ですし、兄様の方針的に宝貝は作れませんし、そんな納期ギリギリな仕事なんてしたくないですと、逃げようとしたのだが兄様は通天教主様に忖度した。
「ふむ。それなら、これは卒業試験って事にしようか。無事に達成できたのなら、次の会議で正大の仙人への昇格を推し進めよう」
「そうだな。これが達成でるなら、もう弟子と言う立場ではなく一人前の仙人と言えよう。それなら文句を言える者もいないだろう」
兄様と通天教主様は、飴をちらつかせて来たが、そんな事で進んでデスマーチに参加したいとは思えないので、どう断ろうと考えてると逃げ道をふさいできた。
「もし断ったり、失敗した場合は修行のやり直しだね。ついでに、金鰲島の底上げの為に他の道士達にも参加して貰おうかな」
「どういう修行をしていたのか気になっていたから悪くない提案だ。趙正大は無事に成長しているようだから、不可能な修行ではないのだろう?その趙正大が手本を見せれば他の者達に良い刺激になるかもしれない」
こいつら、今度は鞭を取り出してきやがったよ。
いくつかと言うか、ほとんどやりたくない修行の数々が頭をよぎった。
そして、その修行は結果的に金鰲島の底上げに繋がると思うけど、恐らくは分母が減ってそう見えるだけってオチが容易く想像できる。
オマケに、この場に張紹さんがいるって事は、この大規模な修行は俺が原因だと皆に伝わるのは確実。
大多数に恨まれては、俺の妖怪生活に支障をきたすのは明白。
こうなっては選択肢が存在せず、渋々と引き受ける事になる。
「大丈夫。正大ならきっと出来る」
「引き受けてくれて助かる。これで金鰲島は、ますます発展するだろう」
「こうなっては仕方ない。他の者達の為にも可能な限り協力しよう」
張紹さん、妖怪だけどマジ良い人。
それと、俺のウカツさのせいで巻き込んでごめん。
あ、でも、なるべくなら変な噂を流さないようにしてくれると、もっと助かります。