ワンダリング・テンペスト   作:負け狐

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時系列や年齢とかも若干変わっているかもしれません
作中に出すかどうかは未定ですが

あ、いや時系列は変わってない方がおかしいのか


その2

「方法は実に簡単、単純です」

 

 そう言ってアンリエッタは紅茶を一口。猛烈に嫌な予感のしたギーシュとモンモランシーは、しかしそれを表情に乗せるのはマズいと必死で顔を固定させた。ルイズはあからさまに嫌な顔をした。

 

「無いならば、持ってくればいい」

 

 至極当たり前である。わざわざ口にするまでもないことである。だというのに、目の前の彼女がそれを述べたということは。

 まあつまりその方法が真っ当ではない、あるいは無理矢理真っ当にするのかのどちらかなのだろう。色々諦めた二人と一人はとりあえず続きを聞くことにした。

 

「ところで皆さんは、学院に宝物庫があるのはご存知?」

 

 聞くんじゃなかった、とこの時点で後悔した。逃げ出せばよかったとギーシュとモンモランシーは心の底から己を責めた。

 アンリエッタはクスクスと笑う。理解の早い方は大好きです、と柔らかく微笑む。

 

「で」

「何でしょうかルイズ」

「そこから何を盗むんですか?」

「人聞きが悪いわね。あれは国の所有物が保管されているのですよ? つまりは、わたくしのもの」

「でも盗むんですよね?」

「だから人聞きの悪い言い方はやめてくださいな。足りない国庫の資金を所有物を売り払い捻出することのどこに問題が?」

 

 確かに問題はない。国の財政が厳しいのにそんなものを溜め込んで手放さないなどと言い出せばその方が問題だ。貴重な品、他国に渡るのを良しとしないものはその限りではないだろうが、それでも流石に全部ではあるまい。多少なりとも該当するものはあるだろう。

 ならば何故それをしないか、といえば。

 

「普通に宝物庫開けて普通に売り払えばいいじゃないですか」

「許可が降りなかったわ」

「……どうしてですか?」

「『くだらないことにお金をかけているからこうなるのだ、姫殿下の我儘をこの機会に控えていただき、少し税を上げるなどして凌ぎましょう』、とのことです」

 

 静かにそう述べ、そして紅茶をもう一口。お代わりを控えているメイドに頼むと、アンリエッタは分かりましたかと三人を見た。

 ちなみに言ったのは誰だ、とルイズは問う。マザリーニ宰相ではないのは確かだろうけれど、とついでに続けた。

 

「ええ、マザリーニ宰相はそれを聞いて憤慨しておられましたわ。我儘を述べているのはどちらも一緒だ、と」

「結局姫さまも怒られてるじゃないですかそれ」

「いいのよ。わたくしは我儘を言っているのだもの」

 

 ああ分かってるんだ、とギーシュは頷く。モンモランシーもまあそうだろうな、という顔をした。アンリエッタはそれを見ていたが、敢えて何も言わない。事実だからである。

 

「ともあれ、そういうわけですから」

「無理矢理にでも宝物庫の中身を持ち出す必要がある、ですか」

「ええ、理解が早くて助かるわ」

「……恐れ入りますが姫殿下。結論に至るまでが色々と飛んでいるような気がします」

「あらミスタ・グラモン。出来るだけ問題解決は早い方が良い、というただそれだけのことですよ?」

「ほ、他の貴族を、説得とかでは駄目なのですか?」

「ええ、ミス・モンモランシ。駄目なのです。だってあのクソ野郎共は、わたくしの話など聞く耳を持っていないのですもの」

「姫さま、言葉遣い」

「あらごめんなさい。でもルイズに言われるのは心外ですわ」

 

 うふふ、と笑うアンリエッタはとても可憐であったが、しかしそれがどうしようもなく恐ろしかった。そう後にギーシュは語る。モンモランシーは諦めの境地に達した。

 

 

 

 

 

 

 そんな経緯で今回の作戦は実行に移されたのだが、しかしこれといってギーシュとモンモランシーはやることがない。精々何かあった時のフォローである。逆に言えば出番がある時はヤバイ時ということだ。

 現在諜報役はロングビルと名乗っているマチルダの仕事である。正直やる意味あるのかと半ばげんなりしているマチルダを見るたび心苦しくなるが、しかしギーシュは顔に出さない。知り合いだとバレるわけにはいかないからだ。他の男子生徒が新しい学院長秘書は美人だな、という話題にああそうだねと適当に相槌を打つに留める。

 そんな他愛もない会話を続けていると、ラウンジに三人の女生徒がやってきた。二人は彼のよく知るルイズとモンモランシー。そしてもう一人は。

 

「……確か、ガリアの」

 

 ジョゼットという名前の留学生だ、とギーシュは記憶を手繰り寄せた。姫を助ける勇者の話が好きらしく、暇潰しの読書はその手の物語の本をよく読んでいたのを覚えている。入学式もそうやって本を読んで隣のキュルケにからかわれていたが、彼の記憶にはそこまで残っていなかった。

 まあ仲良くなったのだろうとギーシュは三人から視線を外す。余計な詮索をされないように、この場では関わらないでおこうと彼は決めたのだ。

 目論見通り彼の周りの男子生徒はそこに触れることはなかった。が、話題自体はそれに近しいものになっている。公爵令嬢について、だ。

 

「なあギーシュ、お前確かミス・ヴァリエールと仲が良かったよな?」

 

 男子生徒の一人がそんなことを彼に問う。否定することもないので、ああそうだよと返した。彼の父親と彼女の両親が友人なのだ、必然的に会う機会も増える。ただそれだけである。あくまで表面上は。

 

「なら、ひょっとしてお前の恋人は」

「ありえないよ。僕が薔薇だとしたら、彼女は大樹だ。あり方が違う、重なることはない」

 

 自分は誰かを楽しませるのが精一杯、だが、ルイズは誰かの支えになることが出来る。雨や風から護ることも出来る。そんな存在と自分では合わない。

 と、いうのは建前である。顔は可愛い、胸が少し平たいがスタイルもいい、聡明であるし魔法の実力もある。だが人間暴風と付き合うほど彼は命知らずではない、それだけなのだ。そしてぶっちゃけてしまえば彼はモンモランシーが好みなのだ。

 彼の心情は露知らず、男子生徒は口々に勝手なことを言って盛り上がる。どうせ以前告白して振られたんだろうといい出す輩もいる。ははは、とそれを聞いてギーシュは笑った。

 大正解である。幼い頃、モンモランシーに惚れる前の話であった。

 

「そういえば、ミス・ヴァリエールは姫殿下とも仲が良いらしいよな」

 

 誰かがそう呟く。幼い頃遊び相手を務めていたという話もあり、その関係は今でも続いているのだとか。そこまでの話で、皆の視線がギーシュに集まった。どうしたんだい、と尋ねると、それはつまりお前も繋がりがあるのではという疑問が飛んでくる。

 

「まさか。彼女の繋がりは彼女の繋がり、僕とは別のものさ」

 

 大嘘である。そもそも今現在アンリエッタのやらかしに巻き込まれている真っ最中である。覚られないように、平静を装いながらギーシュはそれを乗り切った。

 アンリエッタとギーシュの関係の話題は過ぎたが、変わらず姫殿下の話は続く。なんでももうすぐ使い魔品評会とやらが行われるらしく、二年生の使い魔がどんなものかをアンリエッタ王女も見学に来るらしい。

 

「へ、へぇ……」

 

 そこか、とギーシュは感付いた。実行するタイミングは秘密にされていたが、まず間違いない。使い魔品評会に合わせてアンリエッタがやってくる。宝物庫をどうこうするらならば恐らくそこだ。思わぬところで覚悟を決めるチャンスがやってきたことに彼は内心ガッツポーズを取っていた。

 だがしかし、と彼は思い直す。それを外してやってくる可能性も無きにしもあらずだ。前後も警戒する必要があるだろう。そう結論付け、後でモンモランシーにも伝えようとギーシュはこっそり心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと大正解であった。まあ当然分かってくれると思っていた、と仮面の美少女はギーシュを見てコロコロと笑う。あーはいはいそうですねとぞんざいな返事をしながら、それで何をする気ですかと問い掛けた。

 場所は学院の外れ、外壁付近である。茂みで若干視界が悪いが、見上げれば宝物庫の壁が見える。

 

「宝物庫の鍵は、調達出来ましたか?」

「出来たら苦労しないわ」

 

 はぁ、と物凄くげんなりした表情でマチルダが述べる。もう帰っていいかな、という彼女の言葉に、もう少しだけ待って欲しいと仮面を付けたアンリエッタは――『豪雨』のアンゼリカは返答をした。

 

「今回の事件は、『土くれのフーケ』をでっち上げるのですから」

「あ?」

「マチルダさん、抑えて」

 

 拳に力を込めたマチルダをギーシュが止める。とりあえず続きを言え、という彼女に、アンゼリカはええ勿論と笑みを見せた。

 まず前提として、いい加減そちらの名を捨て去らないといけないだろうとアンゼリカはマチルダに告げる。確かにそうなので、彼女は素直に頷いた。

 

「ですから、宝物庫の中身を頂くついでに、『土くれのフーケ』は消えてもらいます」

「……それをするには、中身を売っぱらってからじゃないと都合が悪いだろう?」

「そうですね。ですから……シャジャル様には、少しだけご心配をお掛けするかもしれません」

「もう今回の騒動に巻き込まれた時点で心配掛けまくってるんだよ! テファとシャジャル様の手紙が一回十枚超えてるんだよ!」

 

 ほぼ大丈夫か、という心配の声である。大丈夫だ問題ないと送っても効果があるかどうか定かではない。

 

「あら、では尚更今回の作戦は成功させなくてはなりませんね。お二人の心配の種が一つ潰えるのですから」

「ぐ……」

 

 入学当初の時の依頼も、元を辿れば『土くれのフーケ』と称してブイブイ言わせていた頃のマチルダを心配したシャジャルとその娘ティファニアの手紙が原因である。その際の心配とはまた違うが、それでも当時の悪名を捨てされるのならば随分と身軽になれるのは確か。はぁ、と溜息を吐くと、仕方ないといった風に彼女は肩を落とした。

 

「それで、何をする気だい?」

「鍵がないのならば仕方ありません。破壊しましょう」

「……は?」

 

 今なんつったこいつ、という目でアンゼリカを見る。一点の曇もない目、かどうかは仮面を被っているので分からないが、とりあえずふざけているわけではない様子で彼女はもう一度こう宣言した。

 開かないのならばぶち壊そう、と。

 

「ひ――ミス・アンゼリカ」

「どうしましたミスタ・グラモン」

「宝物庫壊したらその修理費は国が捻出するのでは?」

「何故です? 学院に賊が侵入、更には建造物の破壊ともなれば、その責任は学院長が負って然るべきでしょう? ましてや姫殿下が訪問する直前ともなれば、尚更」

 

 流石性根が腐ってる。そう思ったが口には出さない。出会った頃には既にこれだったので彼の感想はもっともなのだが、ルイズに言わせれば『染まったから』である。一応性根はギリギリ腐っていないという彼女なりのフォローらしい。

 

「とはいっても、どうやって壊すんだい? 宝物庫というだけあって、強力な『固定化』が掛かってる。上位の土のスクウェアでもいないと解除は無理よ」

「ええ、ですが『固定化』以外魔法は掛かっていない。だからこその破壊なのです」

「無理矢理、ですか」

 

 ギーシュの言葉にええと頷く。そういうわけですから、とこちらに合流した二人を見て口角を上げた。

 

「随分と遅かったのね、フラン」

「しょうがないでしょうアン。ちょっとジョゼットに絡まれてたのだから。勝負だ、って」

「ミス・ツェルプストーも加わってもう大変だったんです。そうこうしてる内にいつの間にかあの二人が勝負することになったんで急いで逃げてきましたけど」

 

 大丈夫かな、とモンモランシーはちらりとその場所だと思われる方を見る。まあ死にはしないでしょうとポニーテールに水晶のバレッタを付けたルイズは――『暴風』のフランドールは軽く流した。

 

「それより、今はこっちよ」

「ええ。仕事は手早く終わらせなくては」

 

 そう言ってフランとアンは宝物庫を見上げる。先程ギーシュやマチルダにしていた説明を再度軽く述べると、そういうわけですからとアンは二本の杖を構えた。そういうわけなのね、とそれに合わせてフランも大剣を構える。

 

「ええと、一応聞きますけど、何をする気なんですか?」

 

 モンモランシーの恐る恐る尋ねたそれに、アンもフランも決まっているでしょうと揃って答えた。アンは二本の杖を交差させ掲げ、フランは両手で大剣を持って掲げる。

 猛烈に嫌な予感がした。ギーシュはモンモランシーの肩を素早く抱き、急いで二人から距離を取る。マチルダはなるようになれと諦めて立っていた。

 

「ねえフラン。どのくらいが適切かしら?」

「全力、は倒壊しそうだし……まあ三割程度でいいんじゃないですか?」

「そうね。では、三つでいきましょう」

 

 そう言いながらアンは呪文を唱える。水と水と水。己の系統を三つ掛け合わせる。

 まあそんなもんか、とフランも目を閉じ呪文を唱える。風と風と風。己の系統を三つ、掛け合わせ剣先に込める。

 

「……ねえ、ギーシュ」

「何だいモンモランシー」

「あれ、何をしようとしてるの?」

「宝物庫を壊すんだろう?」

「……うん、そうよね。でもわたしの聞きたいのはそれじゃないわ」

「知ってるさ。――『ヘクサゴン・スペル』だろうね」

 

 さらっと言ってのけたギーシュにモンモランシーは絶句する。が、すぐにまあそのくらい出来て当然かと思い直した。自分が見ていないだけで、ひょっとしたら彼は既に見ているのかもしれない、とも思った。

 

「一回だけ」

「え?」

「一回だけ見たことがあるよ。『六つ(ヘクサゴン)』じゃなかったけれどね。……アレ以上があるんだよ」

 

 それでもピンピンしていた『烈風』と『魔女』はもう人間とか化物とかそういうのを超越していると思う。そんなことを呟きながら、ギーシュはまあ心配いらないだろうと笑った。

 

「いきますよフラン」

「いつでもどうぞ、アン」

 

 生み出された水の竜巻が六芒星を描く。普通ならば巨大で、当たれば間違いなく城壁も木っ端微塵になるであろうそれは、威力を意図的に抑えられ宝物庫の壁のみを破壊する『鍵』となる。

 

「せー」

「のっ!」

 

 ズガン、と大地が震えた。爆発音のような轟音が響き、宝物庫の壁にヒビが入りパラパラと少しだけ崩れ落ちる。だが、それだけ。敢えて完全に破壊しないように、もう一回別の衝撃を加えれば穴が空くように。そういうようにされた一撃だ。

 ああもう、とマチルダは頭を抱えた。意図は分かっている。つまりそうしろということだ。この野郎覚えてろと毒づきながら、彼女は杖を振り巨大なゴーレムを生み出した。その拳を鋼鉄に変えると、思い切り振りかぶる。

 

「『土くれのフーケ』の、最後の大花火といってやろうじゃないか!」

 

 再度轟音。木々が揺れ、砂埃が舞い上がり。

 宝物庫の壁は、今度こそ完全に崩れ去った。




原作沿ってます

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